ファイナル実家に帰りますファンタジー

 「降りろ。ここからは歩いてもらう」

 ナジェがそう言って、追いたてるようにおれたちを馬車から降ろす。

 言われるがまま馬車を出ると、ダークエルフの女性たちに囲まれた。

 女性に囲まれたといっても、ちやほやしてくれるわけではない。

 彼女たちはみな鎧を着込んでいて、武器もめいめいが複数身につけていた。彼女らの兜は全面まで装甲でおおわれていたので、それぞれがどんな表情をしているのかはわからなかった。

 「こ、こんにちは」

 「ようこそ。といっておく。振る舞いには気をつけろ……」

 ナジェがおれたちの後ろに立つ。

 完全に囲まれている。脳天気なおれでもコワイ。

 「ど、どうも。み、みなさん、背、高いですね……」

 おれは周囲を見回していう。みなおれよりずっと背が高い。

 なかにはおれの二倍ほどの兵もいる。ミフネが小柄だと気にしていた意味がようやく実感できた。彼女らの中では小さい方なのである。

 「異世界人が何か言っている」

 「賛美と受け取っていいのか?」

 「男と比べられてもな」

 兵士たちはぼそぼそとささやき合っていた。

 「あまり軽口を叩くなよ」

 ナジェがおれの肩をぐっとつかむ。

 「冗談が通じないものも多いからな」

 「さ、さようでございますか……」

 「ほら、見るがいい、異世界人よ」

 兵士のひとりが親指を後ろにむける。

 彼女らの鎧のむこうに、赤い城壁と、鉄の城門が見えた。



 おれたちは城のふもとにいた。

 ふもとというのは、その城は岩山の上にあったからだ。

 城壁のむこうに、いくつもの円柱状の塔をもった城が見えた。もとの山の形にあわせて建てられたせいか、まるまったヒトデみたいな不規則な形をしていた。

 本丸にあたる城の外側にも、塔や兵舎らしきものがいくつも建っていて。松明の明かりがその上でいくつも動いている。主要な建物のあいだはアーチでつながれている。

 そんな城が、暗くなりつつあったなかで、月の光に照らされている様は、なかなか不気味であった。

 「かなり戦闘的なつくりの城だね」

 と、エコー先生は言った。

 「そうなんですか?」

 おれには城の区別なんかつかない。

 「城といえば要地防衛のための施設と決まっているであろう?」

 兵士の一人が言う。

 「いや……ぼくのいた世界では。平和な時期には、もっと装飾的な城が建設されたよ。一度も戦闘を経験していない城もある」

 「ああ、ハイエルフの作るような城のことを言っているのだな」

 べつの兵士が言った。

 「たしかにハイエルフの貴族どもは、権勢を誇示するためにそういった城を建てる。磨いた大理石で飾ったり、軟弱な裸体の銅像を建てたり、派手な飾りガラスを張らせたりする」

 「なんと」

 べつの兵士が応じる。

 「裸体の銅像と」

 「堕落だな。それは」

 「まったく戦闘の役に立たないものをそこまで設置するか」

 「装飾ならせめて、威嚇して敵の士気をくじくぐらいの意味はなくては」

 彼女らはハイエルフの悪口を言いはじめた。

 やはり仲はよくないようだ。

 「奴らの堕落の最たるものは噴水だな。装飾のために貴重な水を無意味に撒く」

 「なんと」

 「領民が哀れだな」

 「全くだ。悪い手本になる」

 ダークエルフたちが口々に言い合うのを見て、エコー先生はうなずく。

 「うん。彼らの基本的な価値観は理解できた。物質主義と合理主義だな。科学技術に利用価値があるとわかれば、ぼくを受け入れてくれるはずだ」



 「そうだな。われわれは愚かではない」

 ナジェが言う。

 「ほかの種族からは戦争馬鹿のように言われるが、馬鹿に戦争などできるはずがない。戦争は合理性の固まりなのだ。理にかなわない行動をすれば負ける」

 「そう思うね」

 エコー先生がうけあう。

 「だから、貴様らに正当な利用価値があれば、我々がそれを軽んじることはない。その点は安心するがいい。たとえお前たちが男であっても」

 「期待していいのかな?」

 「ああ、だからこそ、おまえたちのような所属のはっきりしない者を防御施設に招き入れたのだ。これはごく例外的なことだ。ふつうならまず認められない……」

 そう言いながら、ナジェは視線を城のほうに向ける。

 「おーい、お前ら」

 城門のそばで、ミフネがこっちに手を振っている。

 「……君主の気まぐれでもなければな」



 「こっちに来るのだ。異世界人」

 「もう少し早く歩かれよ」

 おれたちは兵士に引き立てられるようにして、ミフネの前に連れて行かれた。

 歩幅が違うので、彼女らに合わせるには早歩きせねばならなかった。

 ミフネは身体をかがめて、子供にするようにおれに視線を合わせた。

 「ようこそ我が家へ。楽にせよ」

 「よ、よろしくおねがいしますです」

 「わははは」

 ミフネはおれの頭をぽんぽん叩く。

 「お前ら、そう囲んでやるなよ。異世界人が怯えている」

 ミフネがそう言うと、兵士たちはおれから一歩離れ、姿勢を正した。

 「もう丁寧な扱いをしろと言いつけたはずだがな!」

 彼女は兵士たちを叱責する。

 「こいつらは捕虜ではないっ!」

 「し、しかし」

 「黙れ! 兜を脱げ! いまは平時だぞ!」

 兵士たちはみな兜を脱ぐ。

 顔が見えるようになると、彼女らが、みなそれぞれの表情を浮かべていることがわかた。唇をぎゅっと結んでいたり、あるいは困惑したような顔をしていたり。

 「異世界人を無用に怯えさせるなと言いつけたぞ、私は」

 「しかし、最大限の警戒をしろと」

 「誰が指示した?」

 「ナジェ様が」

 ミフネはナジェを睨む。

 「どういうことだ?」

 「警戒するにしくはありません。奴らは異世界人です」

 ナジェも引く様子はない。

 「しょせん男だ」

 「異世界人がわれわれと同じような性を持つとは限りません。猿などでは、雄のほうが身体が大きく凶暴です」

 「こいつらはごく温厚ではないか」

 「コボルトも普段は温厚ですが、戦闘では危険な種族です」

 「見るからに非力だろう」

 「何を企んでいるのかまだ解りません」

 ナジェはおれたちを見た。

 「この銀髪の少年は、我々に協力する見返りとして報酬を要求しています。ですが、もう一人のほうは何を考えているのかまるで理解不可能です」

 「だから警戒しろと」

 「そうです」

 「慎重すぎるな」

 ミフネはこれ見よがしにあくびをする。

 ナジェはむっとした顔になる。

 「この異世界人はな、たんに少し頭がゆるいのだ……そういう、気を張らずとも生きておれる場所で育ったというだけだ。育ちがいいのだよ」

 「しかし、この世界に召喚されて生き延びる異世界人はそうはいません」

 ナジェの口調もだんだんとげとげしくなってきている。

 「なんの強みもなく生き延びる者はいません」

 「なるほど、こいつに何か企みがあると?」

 「可能性の話を申し上げています」

 「実証がないではないか。ただの勘ぐりだ」

 「ええ、ただの勘です。しかし……」

 「考慮するに値せぬ」

 ミフネの口調は冷たかった。

 「……わかりました。ミフネ様」

 ナジェはぎろりとミフネを睨む。

 「…………実家に帰らせていただきます」



 「ちょ、ちょっと待て!」

 ミフネはとり乱した。

 「実家に帰るだと?」

 「ええ。私の進言がお役に立たないようなら、おそばにいないほうが」

 「ま、待て。お前、場をわきまえろ!」

 「なんの話ですか」

 「公私を分けろ」

 「これはミフネ様の私事でしょう……」

 「ま、待て! おまえは何か気に入らないとすぐ実家に戻る!」

 ナジェはミフネに背を向け、歩き出す。

 「ちょ…………あ、お前ら、そこで待て。いいな」

 ミフネはおれたちに指示し、ナジェに追いすがる。

 「ま、待て」

 「離してください!」

 「お前、立場をわかっているのか! 百人隊長だぞお前は!」

 「だから何ですか!」

 「将が実家に帰っては部下に示しがつかんだろうがー!」



 「……え、どういうこと?」

 おれは周囲の兵士たちを見た。

 みなお互いに目配せし合って、何人かは笑いをこらえている様子だ。

 「あ、あのう……」

 「なんだ、異世界人」

 声をかけると、兵士が小声で応じる。

 「ナジェさんって、ミフネさんの部下じゃ」

 「部下と言えば部下だが、小姓だ」

 「なにそれ」

 「まあ……身の回りの世話役だな。夜も含めて」

 「愛人?」

 「悪いものではない。公的に認められておる」

 兵士はちら、とミフネのほうを見てから、おれに小声で説明してくれた。

 短い髪を後ろで束ねた、わりと優しそうなお姉さんであった。

 「ダークエルフは、女が戦場に立つから、戦地の陣は女ばかりになろう」

 「ああはい」

 「ずっと横で戦っておれば、互いに気に入ることもな。あとは、まあ上官が若い部下にな……まあ、個人的な関係を求めることもな」

 「あー、衆道ってやつですか」

 「よくわからんが、たぶんそれだ」

 「アーハー」

 「ナジェ様は、べつの有力な家から当家が預かっていたのだが、まあ想像に任せるが……。とにかく、公的に関係が認められれば、婚姻と同等のあつかいとなる」

 「ようするに奥さんもいるんだ」

 「そうだな」

 「あの、ミフネさんっていま夫も」

 「十二人いるな。公的に認められた関係だとそうだ」

 「多いです……よね」

 「有能な方だが、あっちの方については手くせが本当に悪い」

 兵士のお姉さんは呆れた顔で言う。

 「いまさら驚かん。じつは私も……あ、嘘だ。忘れろ」



 そんな話をしているあいだにも、痴話喧嘩は続いていた。

 「何が不満だ。言ってみろ」

 「異世界人をアリコワ家に加えるのはいいとしても、こちらの銀髪の少年のほうがお家にふさわしいと何度も進言しました」

 ナジェはエコー先生を指す。

 「器量も知性もこちらが勝っておりますし、気性も落ち着いております」

 「それは聞いた」

 ミフネは顔をしかめて首を振る。

 「もう美丈夫は飽きた。話がうまいのも、扱いやすいのも飽きた。そういうのは気が晴れんのだ! 少しぐらい遊ばせろ!」

 「遊びでしたら口出ししません!」

 ナジェも大声を出す。

 「勝手に婚姻を口走るとはなんですか! 妙な者がいたら家の格が落ちます! あなたは家長ですよ!」

 「その話はもう済んだだろう、他の事で怒っているのだろう?」

 ミフネがナジェの肩をさりげなく抱く。

 「誕生日にはあたらしく邸宅を建ててやると言っただろう」

 なかなか強力なご機嫌取りに見えたが、ナジェの態度は硬いままだ。

 「理由……おわかりですよね?」

 「…………」

 長い沈黙。

 おれたちも固唾をのんだ。

 ナジェはきっとミフネをにらみ、ミフネは顔をそらす。

 「……アイシャか?」

 「やはり、あのウッドエルフとまだ切れていなかったんですのね」

 「す、すまん」

 「……実家に帰ります。あの異世界人と楽しんでらして」

 「ま、待て!」

 ミフネは慌てている。

 「お、おい、お前ら!」

 彼女はうわずった声で兵士たちに指示した。

 「そっちの銀髪の異世界人は、とりあえず兵舎で応接しろ! 兵舎より奥には立ち入らせるなよ! 博士として不足ないよう扱え」

 「はっ」

 「それからそっちは……ちょっと楽しめる状況じゃないな」

 ミフネはおれを見る。

 「おい、ルカを呼べ! その異世界人の応接はルカに任す! 一任だ! ルカにぜんぶ任せる! あいつの自由にさせろ、いいな!」

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