おれのせいで異世界にラスボスが生成された件

 男らしさと人は言う。

 あいつの顔が目に浮かぶ。

 もとの世界にいたとき、とても男らしいやつを知っていた。

 彼はネトゲ友達だった、数少ない友人であった。

 とあるネトゲで、おれがロリ巨乳エルフのキャラを使い、彼はスレンダーな褐色ネコミミ少女を使っていた。

 ゲームの世界でおれたちは出会った。

 レベルが近かったこともあり、よく一緒にプレイした。

 必殺技を出すたびにかっこいいセリフを言うことを除けば、スレンダーネコミミ少女氏は非常にまともなプレイヤーであった。

 ゲーム内での戦争イベントをきっかけに、オフで会うこととあいなった。

 おれにとっては初めてのオフだった。


 待ち合わせ場所の喫茶店に行くと、いかついレザージャケットの男がそこにいた。

 スレンダーなネコミミ少女の中の人は、マーベルコミックのヒーローみたいなガチガチの大人であった。よくあることである。

 彼は格闘技の黒帯で、去年まで自衛隊員をやっていて、いまはとある防衛関係の企業につとめているのだ、と自己紹介した。有事とあらば動員もされるという。

 「リアル戦士ですね……」

 というと、彼ははにかんだ笑顔を返し、Tシャツをまくりあげ、六つに割れた腹筋を見せてくれた。

 「砂糖はいくつ入れる?」

 彼は非常にいい人であった。

 非常に世話好きだったし、ニートのおれを見下すこともなかった。


 何度目かに会ったとき、わりと洒落たバーに連れて行ってもらった。

 バーに来たのなんかはじめてだったおれは、とりあえずジンジャエールをたのんだ。おれが知っているソフトドリンクの中では、ジンジャエールがいちばんオシャレ感があるような気がしたからであった。

 彼はジントニックとかいうカクテルを飲んでいた。

 酔った彼は、真剣な目でおれに言った。

 「美少女になりたかった」

 泣き上戸のところがある彼は、涙ぐんでいた。

 「本当は自衛隊員じゃなく、美少女になりたかった!」

 「う、うん、そうだね」

 「いやむしろ美少女だった!」

 「えっ」

 「……こないだ始めて抱きまくら買ったんだけど」

 彼はカミングアウトするような感じで言うのだった。

 「そう、抱きまくら買ったんだ……」

 ここでいう抱きまくらというのは、ゲームとかの美少女キャラがプリントされたタイプのキャラクターグッズである。無印良品とかで売ってるやつではない。

 これはおれのせいもあった。おれが彼と仲良くなって、彼にわりと特殊な内容のコミックをいくつか貸してオススメしたのだ。

 具体的に言うと、おれたちがプレイしていたネトゲを題材にした、エロ同人と呼ばれるタイプの本である。おねショタと呼ばれるジャンルの二次創作であった。これがよくなかった。

 それから彼はなにかに目覚め、これまで避けていたグッズ類を積極的に買うようになったのだ。

 そんな彼が抱きまくらの話をする。

 「オレ、カバーの中に入ってみたんだよね」

 「抱きまくらの?」

 「うん。あの美少女がプリントされてるカバーね」

 「それで」

 「オレの体だと、でかいから、カバーに入りきらないんだけど」

 と、ピチピチのTシャツを筋肉でパンパンにふくらませた彼は言う。

 「うん」

 「抱きまくらカバーをかぶったときに、なんか安心したっていうか」

 「…………」

 「胎内回帰っていうのかな、ああいう気分になって」

 「ああ、うん」

 「これだ! ……って思って」

 「なるほど」

 「鏡を見てみたらそこにオレでなくなったオレが居てさ」

 「カガミを」

 「それでオレは気づいたんだよ。オレはいま美少女なんだ、って! オレいま輝いてるって! オレは美少女になったんだって!」

 「お……おう……」

 そこで彼はカウンターに突っ伏して泣き出した。

 「おれは本当は美少女だったんだよ! こんなグリズリーみたいな見た目だけど、本当は美少女だったんだ。それがわかった。きみのおかげだ」

 彼はそういって、おれの手をぎゅっと握りしめた。

 友人の手はあまりにも野太く美少女には届かない。

 「ま、まあ、新しい自分が見つかってよかった……ね……」

 おれは力なくその手をにぎり返す。

 「オレは美少女なんだ……このいかつい身体の中に、美少女の魂が隠れているんだ」

 そういって、友は魔法で野獣に変えられたディズニーアニメの怪物のように、おうおうと嘆くのだった。

 おれはだまってジンジャエールをのんだ。



 「なにを遠い目をしているんだ、きみは」

 エコー先生がおれの顔をのぞきこんでいる。

 おれはハッと白昼夢から目覚めた。

 「あれ? 何見てるんですか?」

 「きみがぼくの顔をじっと見ているんだろ」

 「ああ、そうか、先生……」

 どうやらおれは、無意識に彼を見つめていたらしい。

 「……相変わらずきれいな髪ですね」

 「何を言っているんだい?」

 エコー先生はうんざりしたような目でおれを見る。

 「ほう、ついに、ぼくのこのあどけない姿に対して性欲を抱いていることを認めたな。このペドフィリアめ、ショタコンめ」

 「違いますよ!」

 「なんだ、ついに去勢かと思ったのに」

 「ちょっと前の世界のことを思い出していただけです」

 「前の世界を? きみにしては人間味のある発言じゃないか」

 エコー先生は皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 「機械のぼくが言うのもなんだが」

 と、つけ加える。

 彼本人は自覚していないようだが、彼の表情はどんどん複雑で人間らしいものになってきていた。それが彼の異世界で得たものなのだろうか。

 「で、なんの思い出なんだ」

 「前の世界にいた数少ない友人との思い出です」

 「へえ、その友達がぼくに似ていたのかな。もしかして」

 「ええ……まあ」

 おれは友人のごつい顔を思い浮かべた。

 「そうですね」

 それからエコー先生の顔を見た。

 彼の柔和な顔だちと、涼しげな銀髪は出会ったときから変わらない。

 今ではそこに新しく、皮肉っぽい表情と野心的な目つきがつけ加わっている。それがどんな変化によるものかおれにはわからない。

 「人ってどうして見た目で判断してしまうんでしょうね……」



 「ど、どうしたんだ。きみ? いきなりまともな事を言いだすなんて」

 エコー先生は引きつったような笑みを浮かべる。

 「この旅ももうおしまいに近づいてきたわけだが、まさか、いまさらマトモになったなんて言わないでくれたまえよ? 頼むから」

 「旅もおしまいに近づいてきた」

 「ああ、アイシャはどこかに行方をくらましてしまったし、クムクムやシンとも街で別れたじゃないか。いま残ったのはぼくだけだ」

 「ああ……そうか」

 おれは少し寂しくなった。

 もとの世界に置き去りにしてきた友人ともう会えないように、彼らもまた、おれの旅のルートからはずれたのだ。

 「もうすぐ旅も終わり」

 「そうだ。その通りだ」

 エコー先生はうなずく。

 「ダークエルフルートが終わりに近づいている」

 「そうだ…………は?」

 エコー先生はうなずくのをやめた。

 「ダークエルフルート? なんだその概念は」

 「おれ、あのときミフネさんについていくほうを選んだじゃないですか」

 「ああ。ライトエルフとダークエルフのどちらにつくかせまられた時だね」

 「そのときにおれは、褐色の乳につられてダークエルフを選んだ」

 「うん。意思決定のファクターとしてそれを最重要視する君の考えかたは、はっきり言って病気だと思ったよ」

 「だからおれたちはいま、ダークエルフルートにいるというわけですが……」

 「……よかった」

 エコー先生はおれの肩をぽんと叩く。

 「やっぱり狂ってるな。安心したよ」



 「なんにせよ。きみはミフネと結婚し、彼女のハーレムの一員として満ち足りた生活を送ればいいね」

 「え、ええ……」

 「ぼくには性欲なんてものは理解できないが、きっと死ぬまでの生活は保障されることだろう。それがきみの望みだったんだね」

 「ええ……たぶん」

 「ぼくは彼女らダークエルフに軍事知識を伝え、見返りを受け取る」

 エコー先生は笑った。

 「この世界における最大利益を追求するつもりだ。ぼくはキングメーカーになる。知恵を持つのはぼくで、血はこの世界の住人が流しあえばいい。だれが大陸の覇権を握るかは、ぼくが決める」

 「先生……」

 「おたがい、君が言うところの理想の異世界ライフじゃないか」

 「先生」

 「なんだい」

 「……おれは先生に何をしてしまったんですか?」

 「…………」

 「……」

 「……きみとぼくは同じ世界から来たけど、きみのいた時代は、ぼくにとっては単に歴史データリンク上の記述に過ぎない。ぼくから見たら完全に異世界だ」

 そう言うエコー先生の態度は、どこか冷たかった。

 「きみのいた時代には、まだ人間は資源を奪い合ってた。ダークエルフが水や木を必死に奪い合ってきたのと何も変わらない」

 「えっ……」

 「人間は判断力のある産業ロボットが作れなかったから。だれかに退屈な労働を押しつけていた。この世界ではコボルトに押しつけられている」

 「……」

 「二十一世紀初頭の人々は、自分がどんな存在かを自分で決められなかった。自分の遺伝子ひとつ、寿命ひとつ、外見すら、自由にできなかった」

 おれはもとの世界のことを思い出す。

 そんなこと当たり前だと思っていたから、考えた事もなかった。



 「だから逆に、きみたちは、持って生まれたもの、自分の外見や自分の遺伝子配列、あるいは能力、身分、そういったものを、これが自分なのだとごく自然に考えた」

 「……」

 「それはとても素朴な信仰だ」

 君たちが『自分らしさ』と呼んでいたそれ、とエコー先生は言う。

 「ぼくのいた時代では、人間は、そんなものが自分が自分であることを保障してくれないと知っている。遺伝子は変えられる、身体も変えられる、能力や性格も変えられる。身分制度は廃止され、家族制度も好みで選ぶものになった」

 「じゃあ、未来の人は」

 エコー先生の話は抽象的すぎておれにはわからなかったが。何か彼にとって大切なことらしいことはわかった。

 「どうやって自分がなんなのか決めていたんです?」

 「自分なんてなくてもいいと思ったのさ」

 「え?」

 「……感謝するよ。ぼくはずっと『自己』を知らなかった。なぜなら『自己の概念』はきみたちの時代には存在したが、ぼくの時代にはもう滅んだ人間の文化だから」

 エコー先生はおれの手を握る。

 彼のそのしぐさには、おれは壁を感じなかった。

 「この世界に来てから、自分の内側になにかざわついたものが生まれた。でもそれがなんなのかぼくにはずっとわかってなかった。今はわかる。『自己と欲望』だ。きみが教えてくれた『異世界の文化』だ」

 彼はほんとうにおれに感謝していた。

 「ぼくはこの世界が欲しい。この世界を思い通りにしたくなった」

 「あの……それって」

 「ダークエルフ帝国に軍事技術を与え続け、この世界を征服させる」

 「は?」

 「きのう決めた」

 「なんで?」

 「だってそのほうが」

 エコー先生は、完全に子供の笑顔でにっこり笑う。

 「……ぼくが楽しいから!」



 ダークエルフルート。ラスボス確定の瞬間であった。

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