第三章 地獄に堕ちろ異世界ハーレム

異世界ハーレム詐欺、その実体

 日が落ちかけたころ、茶店を出た。

 エコー先生たちと合流し、これまでのことについて立ち話しながら大通りで待った。シンも無事だった。ヘンなことをされてないといいのだが。

 「とうとう来たな」

 クムクムが耳を動かす。

 「……お別れだ」

 やがておれの耳にも、規則正しい足音が聞こえてきた。

 通りを歩いていた人々はさりげなく道を開けたり、あるいは建物の中に引っ込んだりした。

 「堂々としてろ、なめられるぞ」

 シンがおれをひじでつつく。

 迎えが現れた。真っ黒に塗られた馬車が四台と、槍騎兵が八騎、もちろん整然と行進してくる。先頭には真っ赤なローブを着た旗手がいて、サソリのようなシルエットが描かれた旗を誇らしげにかかげて歩いてくる。

 「……え、戦争?」

 「おまえを迎えに来たんだよ」

 シンがまたおれをつつく。

 「ミフネさん、まじで権力あるんだ」

 「行列ぐらいでそんな驚くなよ。田舎もんだな。しょぼいじゃねえか」

 シンは大あくびをする。

 「アリコワ家はケチで有名だよ。金はあるくせに」



 「大義であったな」

 ミフネが馬車から降りて、おれを出迎えてくれる。

 彼女は黒い軍服に身をつつんでいた。軍服といっても、全体に銀糸で刺繍の入ったかなり派手なものである。礼装なのだろう。

 彼女の胸には勲章がいくつも並んでいて、腰に差したサーベルは柄も鞘も宝石で装飾されていた。

 つづいて、ミフネよりいくぶん地味な礼装に身をつつんだナジェが降りてきて、やっぱり今まで通りの歓迎していない目つきでおれを睨んだ。

 つづいて護衛やら盾持ち

 「迎えにきたぞ」

 「あ、ああ……」

 「まだ緊張しているのか、近う」

 ミフネがおれに手をさしのべる。

 その様子はまさに王子様であった。性別が違うが。

 「これにて、この異世界人の全所有物とともに、この異世界人はアリコワ家の管理下に入る。何か質問は?」

 ナジェが一歩前に出て、二つ開きの書類をとりだしてクムクムに確認させた。

 「わたしはないがな……」

 「なら署名せよ。召喚士」

 クムクムは多少いやそうだったが、署名した。

 「おまえは何か質問は?」

 ナジェはおれにも書類を見せた。

 もちろん読めないが、サインと印がやたら並んでいるのはわかった。

 「質問?」

 「そうだ。おまえがこれに署名すれば、帝国の法に従うことになる」

 ナジェはおれを睨んで言う。

 歓迎していないのか、たんにそういう人なのか、いまだにわからない。

 「確認したいことはあるか?」

 「よくわからんから、ない」

 おれは言った。

 理解不能なことは理解するのをあきらめるのがラクに生きるコツだ。

 「ないからサインするぞ」

 「は……?」

 ナジェは呆れた顔をして、クムクムを見る。

 「大丈夫なのか、こいつは?」

 「おまえも横で見とっただろう。こういうやつだ」

 クムクムはため息を吐く。



 「ちょ、ちょっと待ったほうがいい」

 エコー先生がサインしようとするおれを止める。

 「よく考えた方がいいよそれは!」

 「いや、一刻もはやくおれは異世界ハーレムに!」

 「れれれ、冷静になれ!」

 「止めないでくれ! エコー先生! ハーレムがおれを呼んでる!」

 「まあまあまあ、いいではないか。いいではないか」

 ミフネが割って入った。

 「いまさら婚約を反故にする気か? 恥をかかせないでくれ」

 彼女は強引におれと先生を引きはがす。

 「ちょっと待て! 自分の権利が本当に保障されるか……!」

 「むずかしい話は嫌いなんですよ!」

 「異世界の法律だぞ! どんな内容かわからないルールに従うのか」

 エコー先生はおれを止めようとする。

 その様子をナジェがじっと見ていた。

 「あの、ミフネ様? 意見を申し上げても?」

 「なんだ? 言え」

 「今からでも、あの銀髪の少年のほうにしては?」

 ナジェはエコー先生を指さす。

 「見た目も麗しいですし、頭も回るようです」

 「美丈夫は見飽きておる」

 「しかし……」

 「それに、一度口に出してしまったからな……」

 「しかしですね。どう考えても」

 「おまえの言うことも分かるが」

 ミフネとナジェは、おれとエコー先生を比べてなにやら話し始めた。

 いかん!

 なんだかまずそうな雰囲気である。

 このままでは、せっかくの異世界ハーレムをエコー先生に奪われてしまう。

 「さ、サインします。サイン」

 おれは言った。

 「待て!」

 エコー先生はおれの服を引っぱっておれを妨害する。

 「あっ、やっぱり先生もハーレムが欲しいんですね!」

 「落ち着け! きみ! ま、まず聞くが……」

 エコー先生はダークエルフたちに聞く。

 「平等に扱われるんだろうな?!」

 ミフネとナジェは黙って顔を見合わせた。

 その沈黙に、おれも少しだけ冷静になる。

 「どうお答えになります?」

 「答える必要はない」

 ミフネはにっと笑って、パンと手を打ち鳴らす。

 「ルカ、姿を見せろ」


 

 「ええー? まだ暑いのに……やだ」

 馬車の中からけだるそうな声がした。

 「汗かきたい気分じゃないよ。いま」

 ミフネはため息をつく。

 「……しょうがないやつだな」

 彼女はおれを手招きし、ひょいと持ちあげる。

 「あっ、なにするんですか!」

 「すこし馬車の中を見てみろ」

 ミフネはおれを馬車のそばにはこんで、窓から中をのぞかせる。

 「あっ!」

 おれは思わず息を飲んだ。

 「うちのだ。名前はルカ」

 馬車の中には、きゃしゃな体つきの人影が寝ころんでいた。

 「……誰?」

 さっきと同じ声だった。

 ルカは身体をひねって起こし、こっちを見た。

 薄い布でできたネグリジェのようなものを着ているのがわかった。

 前を大きくはだけていて、あばらのういた薄い胸が少し見えた。

 「……知らない人がいる」

 「さっき話した異世界人だが」

 「……ふーん」

 ルカは興味なさげに小首をかしげて、また寝ころんだ。

 服の布地はあまりに薄いので、透けていて、細い足が見えた。

 馬車の中は香が炊き込めてあるのか、甘ったるい匂いがした。

 「うおおおおお! 褐色美少女! 超かわいい!」

 おれはとりもどしかけた冷静さを速攻でなくした。

 「サインします!」

 「左様か」

 「おれ、紙にサインするの大好きなんです!」

 ミフネはニコニコ笑顔でナジェから書類を奪い、おれに差しだす。

 おれは大署名した。

 「よしよし。可愛がってやるから安心するがいい」

 ミフネは満足げに書類をしまわせる。

 ナジェは不服そうに首を振った。



 「あーあ、やっちまいやがった」

 シンがニヤニヤ笑う。

 「これでカゴの中の鳥だな。一生な」

 「どういう意味なんだい?」

 エコー先生が問う。

 「結婚した男は、なんの権利もないんだよ。ダークエルフでは」

 「本当か?」

 「夫は所有物だよ。この世界じゃ常識だから。わざわざ説明しなかったが」

 「それは……つまり」

 「ダークエルフは、一妻多夫制だよ。女の家長が男を何人も夫にして、ハーレムを持つんだよ。なんであの異世界人は、そんなにハーレムに入りたがったんだ?」

 「あいつの希望なんだ、しかたがない」

 クムクムはあきらめたように顔をふる。

 「あいつがミフネの13番目の夫になりたいというなら、まあ止めんさ」

 「つまり……彼はひどい目に?」

 エコー先生は顔を引きつらせる。

 「いや、大事にはされるぞ。妻の資産あつかいだからな」

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