異世界召喚されたあとの生存率について
「あんた、よくここまで生き残りましたね。信じられませんよ」
アイシャはそう言って、木のスプーンをくるくる回す。
「絶対、すぐ死ぬと思ってました」
彼女はそう言いながら、ぶよぶよした小麦粉のかたまりをおいしそうに口にはこんでいる。
アイシャとおれ、それからクムクムは食堂で食事をとっていた。
荒野のまっただ中にあるダークエルフたちの街、その市場にある食堂である。
崖を削って作られた道をヒヤヒヤしながら下りて、関所のようなところを通り過ぎたすぐのところに、その店はあった。
食堂と言っても、テントを張って木のイスとテーブルを置いただけのものだ。
頭のうしろで髪をしばったダークエルフの姉ちゃんが、だるそうにでかい鉄鍋をかきまわしている。おれのいた世界だったら、食堂じゃなくて炊き出しと呼んだことだろう。
金をわたすと、汚い木の器にどぼどぼと鍋の中身をそそいでわたしてくれる。
余分なサービスもスマイルもいっさいなし。
これはこれですがすがしい。
ダークエルフの姉ちゃんは、本当に面白くもなさそうに働いていて、さっき金を払って食事を始めたわれわれを、さっさと帰って欲しそうな目で見ていた。
シンとエコー先生もいっしょに食堂に入っていたが、シンははものすごい早食いで、渡されたばかりのスープを熱くもなさそうにぐいぐい飲んで、ふっと店から出てしまっていた。
エコー先生のほうは電動なのでそもそも食事をしない。そのため、おれたちが食べるあいだ彼だけぼんやり立っていた。
よそから見たら児童虐待にしか見えない光景であった。
「まさか、異世界まできて……」
そう言いながらおれはスープをかきまわし、小麦粉のかたまりを口にはこぶ。
「すいとんを食うことになるとは」
いま、おれが食っているのは、野菜とかを入れた大ざっぱな汁に、小麦粉の水練りをぶちこんで煮た食い物だ。この食堂にメニューはそれしかない。
その料理は完全にすいとんであった。
すいとん。
戦後の貧しい時期によく食われていたという料理だ。小学校のころ、体験学習で食わされたことがある。
「どうです。うまいでしょう」
アイシャはそう言って、本当にうまそうにすいとんを食っている。
たしかに、うまく感じた。腹が減って汗もかいていたので、塩味のするでんぷんというだけで死ぬほどうまく感じた。
「まあ……ね」
とはいえ見た目は悪いし味も雑だ。
「こうして一緒に食事できるなんて、驚くべきことです」
アイシャはおれの肩にぽんと手を置く。
「本当に、あなたのような人がよく生存しましたね」
「あ、ありがとう……」
「プロとして言わせてもらいますが、異世界人さん。あなたはこの世界に来てから、死んでもおかしくない状況に百回以上おちいっています」
「死亡フラグ立てまくりってことね」
「フラグというのはよくわかりませんが、あなたの言うところの死亡フラグのうち、あなたが自覚しているものは氷山の一角と言っていいです」
「そ、そうなの?」
「召喚された異世界人、だいたいすぐ死にますからね」
アイシャは天気の話をするみたいにいう。
「こっちにきて三日以内にですね、ええと、二割ぐらいは死にます」
クムクムは黙ってスープを飲んでいる。
おれは彼女のほうを見る。
彼女も器から顔をあげておれを見た。
「クムクム。質問がある」
「なんだ?」
「いろんな異世界人がこの世界に召喚されてるんだな? おれみたいに」
「そうだが」
「今までもけっこう召喚されたんだな?」
「そう思ってもらっていい」
「……どのぐらいが生き残るんだ?」
「それは…………」
クムクムはそれきり黙った。
それからアイシャをちらっと見た。
アイシャは歯をみせて笑い、肩をすくめる。
「…………まあ、その、なんだ」
クムクムはおれのほうを見て、目をそらす。
それから、さも疲れたと言ったふうに目のあいだをこする。
「いろいろ表現のしかたがあるが」
「言いにくいんだな! そうなんだな!」
おれはクムクムの肩をつかむ。
「…………ま、まあその」
「その?」
クムクムの大きな目が、おれから逃げるようにつーっとすべっていく。
「……召喚した異世界人が、この世界で行方不明になったケースがけっこうあってな。だから、死んだかどうかわからないケースがけっこうある」
「というと?」
「……たとえば、とびきり治安が悪いダークエルフの歓楽街の奥のほうで消息を絶ってたりとか」
「ウッ」
「あと『こっちの野蛮な連中に科学をおしえてやる!』とか言って……」
クムクムは言いづらそうに言う。
「近くで儀式をやってたハイエルフの魔術師連中に説教を初めて、彼らについていって消息不明になったやつもいたなあ」
「ウウッ」
「あ、クムクムさん。その件は死体が見つかりましたよ」
アイシャが口をはさむ。
「バラバラに散ってたし、完全に炭化してたんで、誰かはわかんないんですけど。まあ十中八九」
「あー……魔法で殺されてるな」
「ええ、回りの草なんかはほとんど焼けてないのに、そいつだけ身体の芯から炭になってました。フレイムストライクですね」
おれのいた世界で警察が凶器を調べるように、この世界の人間は状況から使った魔法を特定するようだった。
「そうか……彼も殺されてたのか」
クムクムはあきらめたように言う。
「バカですよね。ハイエルフの在野の魔術師なんかやばいに決まってるのに。常識ないんですかね」
「ハイエルフの魔術師で、在野ってことは、アカデミーやサークルを何らかの理由で破門された奴だもんなあ……」
「在野の魔術師にかかわらないのは常識なんですけどね。やれやれ」
アイシャは肩をすくめる。
「あ、あと、ちょっとヘンな状態になって、山に吸い込まれるように入っていった異世界人もいました。もちろん行方不明です」
「ふーん。それはわたしが召喚したやつじゃないな」
「ひどかったですよ、いきなり服を脱ぎ始めて、きれいにたたんでわたしに手渡したかと思うと、ダッシュで山のほうに走ってくんですもん」
「ひどいな。変なキノコでも食ったのか」
「わからないですけど、わたしたちウッドエルフでもめったに近づかない山のほうに、一目散に走ってきましたよ」
「アイシャはそれを見てたのか?」
「ええ」
「なんで止めなかったのか!」
クムクムが怒る。
まあ、そうだよな。
「え、なんで止める必要が?」
アイシャはきょとんとした顔で、おれとクムクムを見る。
「なんでっておまえ……」
「山の神様が呼んだんだから、しょうがないじゃないですか」
アイシャはそう言って、スープをおいしそうに飲み干す。
「たまにある事なんですよ。山の近くにいると、ポンとおかしくなる人っていますから。そういうのは山の神様に呼ばれたんですよ」
「はあ……?」
クムクムとおれは顔を見合わせる。
「そういう人はどうしようもないんですよ。山に走ってくってことはそこの山の神様に呼ばれちゃってるんで、もうその人はその神様のものなので、止めてもムダです。そういうひとは、それが一番幸せなのです」
「出た……ウッドエルフ山岳信仰……」
クムクムは首をふる。
「アイシャ……きみは…………」
エコー先生もひきつった顔になる。
「合理主義のくせに、たまに素朴な信仰が顔を出すね……」
「その異世界人さん、けっこうかっこいい感じの男性でしたからね。その山の神様は女性なので、気に入った男性をたびたび召し上げるのです。しょうがないですね。そういうものなので」
アイシャはそう言って、なにやらめでたいことのように言う。
「あなたの着ているそのジャージの元の持ち主っすよ。異世界人さん」
そういって彼女はおれの服を指さすのだった。
おれは自分のジャージをじっと見た。
「そんなわけで、よく生き残りました」
アイシャはぽんぽんとおれの肩を叩く。
「生存おめでとうございます! 絶対死ぬと思ってました」
「おめでとう」
クムクムは両手でおれの手をにぎる。
「正直、いつおまえの死体を見ることになるかとヒヤヒヤしていた」
「おめでとう」
エコー先生もいつになく優しい目でおれを見る。
「最初の戦いを生き残ったとき、君が感染症にかかっていてもまったくおかしくなかったからね」
「おめでとう」
「おめでとう。おめでとう」
「やめろー! そのどっかのアニメみたいなのやめろ!」
「あと、結婚もおめでとうございます」
アイシャはグッと指で下品なジェスチャーを作る。
「ミフネちゃんと結婚すれば、身の安全も食いぶちもばっちり、安心です。めでたしめでたしですよ」
アイシャの言葉にはいつもの毒気はなかった。
彼女から祝福されるとは思ってなかったので、おどろいた。
「もしかしたらこの世界に定住する二人目の異世界人になるかもしれません」
おれはエコー先生を見た。
彼がこの世界に定住できた最初の異世界人だ。
全身に兵器を装備したチート的な能力の持ち主。彼ぐらいしか生き残れないような世界で、おれが生き残っているのはたしかに奇跡かもしれない。
「召喚された異世界人の半分ぐらいは、この世界でなにか目的を見つける前に死んじゃうのに……ねえクムクムさん?」
アイシャはクムクムに話しかける。
「……」
クムクムは何も言わず、浮かない顔をしてスプーンでスープをかきまぜ続けていた。
「おーい、どうしたんです?」
「……別に」
「まあいいや。しかし、とにかくご結婚おめでとうございます。子孫を残す初の異世界人になるかもしれませんね」
アイシャはそう言ってもう一度グッと下品なジェスチャーをする。
「生存戦略がんばってください」
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