ジャガイモ警察は異世界バナナの夢を見るか

 「遅ぇなおまえら」

 食堂を出ると、シンが外で待っていた。

 「メシ食うぐらいで、なんでそんな時間かかるかよ」

 シンはいかにも機嫌が悪そうな顔をしながら、自分の荷物の上に座って、バナナを食っていた。シンのひざの上には、ひと抱えほどもあるバナナの房が乗っていた。

 「バナナ!」

 おれはバナナを指さして言った。

 「バナナ食ってる!」

 「コボルトがバナナ食ってて悪いかよ!」

 「そ、そうじゃなくて、なんでここにバナナがあるんだよ!」

 「買ったからだよ! 盗んでねえよ!」

 「この世界になんでバナナが存在するんだよ!」 

 「あ? この世界にバナナがある事の何が悪いんだよ!」

 そうシンは言うのだった。

 この世界にバナナがあって悪いか?

 悪い。

 というか、納得いかん。

 おれのいた世界では、中世ファンタジーの世界にジャガイモがあるのは本当はおかしいだとかなんだとか言って、ネット上で議論があったぐらいなのである。

 ファンタジー世界のジャガイモの存在に文句を言っていた人は、ジャガイモ警察とか呼ばれていた。

 いわく、ジャガイモはもともと南米の食い物なのだから、アメリカ大陸の発見より前にジャガイモがあるのはおかしいとかなんだとか。

 しかし実際にファンタジー異世界に来てみると、カタナをせおったコボルトの剣士が、バナナを食っているわけであった。

 ジャガイモ警察が見たら「こんなのリアルじゃない!」と激怒するであろう。

 たしかに「この世界にバナナがあって悪いか!」と怒られれば、もちろん悪くないのであるが。

 「……ようするにバナナがほしいわけだろ」

 首をかしげているおれに、シンはそう言った。

 「おまえ、バナナ好きそうな顔してるもんな」

 シンはバナナの房をむしって、おれに投げてよこす。

 「やるよ。ほれ」

 シンは笑う。

 どうやら、最初から分けてくれるつもりだったらしい。

 「結婚祝いってやつだ」

 そう、おれは結婚するのである。

 それでおれは念願の異世界ハーレムをゲットすることになるのだ。

 もとの世界にいたら結婚すらできなかっただろうから、異世界に来てよかった。



 「で、いつなんだっけか?」

 「今晩、お迎えに来るってことになってますよ」

 アイシャが言う。

 「わたしらがこの異世界人さんの面倒を見るのも、もうすぐ終わりです。あとはミフネさんが面倒を見るでしょう」

 「そうかい」

 「異世界人さんにはいちばん安全な居場所でしょうね。ヴェルグングが襲ってきても、城に篭もってれば手は出せません」

 「なるほど、なるほど」

 シンは立ちあがり、哀れむような目でおれを見る。

 「シャバもあとちょっとだなあ。丸耳の兄さん」

 シンのみょうな言い方が気になったが、おれは聞きながした。

 自分につごうの悪そうなことはなるべく聞かないのがおれの生き方だ。

 「まあ。バナナでも食え」

 シンに勧められ、おれは異世界のバナナをむく。

 異世界のバナナは、おれの知ってるバナナよりも皮が厚く、中身もちょっと固そうであった。果肉もちょっとオレンジがかった色だ。香りはもとの世界のバナナよりずっとよかった。うまそうであった。

 「それでは、バナナをたべます」

 おれはバナナに食らいついた。

 「口の中に……バナナの味が……広がって……おいし」

 ガリッ。

 歯が固いものに当たる。

 「うっ、痛え! バナナに種が!」

 「……バカですか」

 アイシャが、かわいそうな人を見る目でおれを見る。

 「バナナに種があるの当たり前じゃないですか」

 「そうなの?」

 おれは、自分のいた世界のバナナには種がなかったと言った。

 「種なしバナナ?」

 「ふーん。便利そうだな」

 「その種のないバナナって、どうやって増えるんですか?」

 そういえば、種のないバナナはどうやって増えるのだろうか。

 「バナナ? 種なし?」

 離れて立っていたエコー先生が、ずいずいと近づいてきた。

 「どうやら去勢の話をしているようだね」



 「してねえよ! 去勢の話は!」

 シンが言うと、エコー先生の表情が曇る。

 「……君たちには失望した」

 「銀毛の兄ちゃん、あんた変だよ!」

 シンはバナナの種をぷっと吹く。

 「最初はあんたがいちばんまともに見えたが、一番おかしいよ!」

 「どこがだい」

 エコー先生は眉をひそめる。

 「局部切断、局部切断、言い過ぎだよ! 口を開いたら二回に一回はこっちの兄ちゃんのちんちんを切断する話じゃねえか! やめてやれよ!」

 シンはそう言ってくれる。

 第一印象がおたがい最悪だったわりには、案外おれに優しいのだった。

 「おまえのいた世界だと結婚前に去勢すんのか?!」

 「そういうわけではないけど」

 エコー先生はふんと顔をそむける。

 「これはぼくと彼の局部の問題だ。君には関係ない」

 「おれの局部に人格があるみたいな前提はやめてください!」

 おれは言う。

 もうお別れも近いし、このさいだから言うことにした。

 「去勢はいやです。やめてください!」

 「ほら、嫌がってるじゃねえか!」

 シンはおれを指さしてエコー先生にどなる。

 「それでも医者か!」

 「むっ……」

 言葉につまるエコー先生。

 「よしよし、おまえもやっと、はっきり意思表示することの大切さを学んだな」

 クムクムはうんうんとうなずく。

 「成長したな、異世界人よ」

 


 「だ、だが患者のすべてが治療を歓迎するわけではない」

 エコー先生はまだ食い下がる。

 彼はおれのちんちんを切ることになぜか執着しているのだった。それ以外はまともな人なのだが……たぶん、プログラムみたいなのがバグっているんだと思う。

 「変態はいいが、人に迷惑をかけるな!」

 シンはエコー先生にどなる。

 「ひとのちんちんをやたらと切ろうとするんじゃないッ!」

 正論であった。

 クムクムとアイシャは、エコー先生とはいろいろしがらみがあるのだろう、あまり彼を非難しようとしなかったが、シンは関係ないのでズバズバ言ってくれる。もっと早くこうなってくれたらと思わずにはいられない。

 「ぼくは変態などではないッ!」

 エコー先生が怒る。

 「ぼくに感情はないのだ。だから性的倒錯など起こすはずがないだろう!」

 「怒ってるじゃねえか!」

 「怒ってなどいない!」

 「だまれ! この変態機械が!」

 「誰が機械だッ! きみ、機械と言ったな!」

 エコー先生は激怒した。ようするにキレた。

 「ぼくはロボットではない! せめて人造人間と呼べ! ロボットと一緒にするなッ! ぼくには意識がある!」

 「ロボットでも人造人間でもなんでもいいけど、おかしいんだよお前!」

 「なんでもよくないッ! ロボットの権利保障はロボット法が適用されるが、人造意識体の権利保障は国連法に準拠だ! ぼくには人間と同じ権利がある!」

 「お前のいた世界の法律なんか知るか!」

 「機械と言ったのを取り消したまえ!」

 「まずてめえがこっちのやり方でやれッ!」

 シンはだんだん頭に血がのぼってきたらしく、本気で怒り始めていた。

 まずい。

 エコー先生は、見た目はおだやかな銀髪の美少年であるが、マシンガンや電磁砲を搭載した戦闘マシーンでもあるのだ。戦いになったら目も当てられない。

 「これは差別だぞ君ッ!」

 エコー先生もこれまでにないほど怒った口調だった。

 「むっ、差別か?」

 差別という言葉に反応して耳をぴくっと立てるクムクム。

 「差別なのかッ?」

 やばい。

 クムクムが差別の概念に過剰に反応し始めた。

 差別、それは彼女の地雷ワードなのであった。

 おれは初めてクムクムと会ったときのことを思い出し、頭をかかえた。



 「おいシン! やめろ! 種族で差別するのはいかんぞ!」

 クムクムがシンに食ってかかる。

 「差別をやめろッ!」

 「なんでそいつの味方するんだ! 同族だろうが!」

 シンもさらに怒る。

 「同族だから言っているのだ! 少数派どうしで傷つけあってどうする!」

 クムクムははだしのゲンみたいにぎゅっと拳をにぎって、演説じみたことを始める。

 「われわれコボルトは団結してエルフどもの弾圧にだな……」

 「それやめてくださいよ!」

 横で黙って聞いていたアイシャが大声をあげた。

 「エルフどもって、わたしエルフなんですけど!」

 アイシャも初めからけんか腰であった。普段へらへらしている彼女には珍しい。怒りが伝染しているようであった。

 「クムクムさん、もう、この異世界人さんの件もひと段落だから言いますけど」

 「なんだ?」

 クムクムは眉をひそめる

 「それマジでやめてくださいよ!」

 「それってなんだ?」

 「民族主義ですよ! いっしょに仕事しにくいんですよ!」

 「わたしが民族主義! そんな風に思ってたのか?!」

 「食べ物をちょっとわたしが多く食べただけで『差別か! 弾圧か!』ってキレるじゃないですか! けっこう気を使うんですよ!」

 「気を使え! 配慮をしろ配慮を!」

 アイシャはむっとした顔をする。

 「なに最近ピリピリしてんですか。去年もそうでしたよね」

 彼女はにやっと笑う。

 「そういえばもうじき発情期でしたっけ? 欲求不満なんじゃないですかぁ?」

 「セクハラと差別かああああああ!」

 クムクムがキレた。

 「差別だよな? これは! おい!? シン?」

 「お、おう」

 シンはビクッとする。

 「お前もそう思うだろ?」

 クムクムはおれの服をぐいぐい引っ張る。

 「そ、そうだね」

 「差別じゃないです。ただクムクムさんがむっつりスケベってだけです」

 「なんで発情期があるからスケベあつかいなんだ!」

 クムクムが耳を真っ赤にして怒鳴る。

 「年中発情してる種族のほうがよっぽど変態だろうが!」



 完全に険悪な雰囲気になった。

 クムクムはずい、とアイシャに迫る。

 「なら言わせてもらうが、お前はウッドエルフの変な風習を仕事に持ち込むなッ! わたしの召喚した異世界人に野蛮な風習を押し付けるな!」

 「ややや、野蛮ですと!」

 アイシャが顔を赤くする。

 「野蛮だろうが!」

 「言っていいことと悪いことがありますよ! どこが野蛮ですか!」

 「たとえば、台所で獲物を解体するなッ!」

 「料理してなにが悪いんですか!」

 「料理にもほどがあるわ! お前らが鹿をまるまる一頭、職場に持ち込んできて、台所で分け始めた時は困ったよ! わたしは!」

 「ちゃんとクムクムさんの分もあったでしょうが! 獲物は平等に分けましたよ!」

 「そこじゃないッ!」

 「だったら言いますけど、パンツ履いてくださいよ! 見えるんですよ普通に! せめて隠そうとしてください!」

 「なんでパンツなんか履かなきゃいかんのか!」

 「こっちの風習に合わせてくださいよ!」

 「なんだと! じゃあいうがな!」

 クムクムとアイシャは激しい言い争いをはじめた。

 よく考えるとこいつらは仕事で一緒にいるんだから、お互いにそれなりの不満があっても不思議ではない。

 言い争う女性二人の剣幕に、シンとエコー先生はすこし引いたらしく、もう黙っている。

 そのうち野次馬が集まってきて、おれたちの周囲に人だかりができはじめた。

 野次馬のほとんどはダークエルフたちだった。むこうからしたら、関係ない種族が言い争ってるのだから面白かろう。

 言い争いは小一時間は続いた。

 クムクムとアイシャは、お互いの種族の悪口から個人的な旧悪責めのフェイズに入り、お互いの仕事であった落ち度やら不満やらをぶちまけ始めた。



 永遠に続くかと思われたその時、クムクムの動きがとまった。

 「むっ……」

 「なんすか? 殴り合いでもするつもりですか?」

 アイシャは身がまえる。

 「……この香水の匂いは」

 「香水!」

 アイシャがびくっ、と反応した。

 彼女は地面に耳をつける。

 「…………間違いない。この足音は!」

 アイシャはみるみる引きつった顔になる。

 「イーライ学長……! あ、あははは」

 彼女は身体を起こし、とがった耳についた砂ぼこりを払う。

 「あ、あの腐れ【カクヨム】女……どうやら追ってきたようですね。まったく、男のことになると、ほんとにあのくそマゾハイエルフのがばがば【カクヨム】は見境ってもんがありませんねえ……あんだけ【カクヨム】して足りないんですかねぇ……」

 アイシャは恥ずかしくてとても言えないような発言を連発しつつ、きょろきょろとあたりを見回した。

 「言い争っている場合ではありません」

 アイシャはキリッとした顔になる。

 「クムクムさん、あなたの【カクヨム】の話については次回にしましょう」

 「お、おまえなあああ……」

 クムクムは全身の毛を逆立てる。

 「恥ずかしくないのか!」

 「ありません。では、わたしはちょっと消えます」

 そう言ってアイシャは、走り出した。

 彼女はやじ馬たちを華麗にすり抜け、その奥にある細い路地に駆け込んだ。信じられない速さだった。

 「あの女……」

 シンはあ然としてつぶやく。

 「走ってたのに、足音が……まったくしなかった」

 「ふん」

 クムクムがやれやれ、といった感じで息を吐く。

 「まあ、アイシャは盗賊だからな」


 「やっだなあ、盗賊じゃないですよう」


 上から声がした。

 見上げると、アイシャがいた。

 「盗賊じゃないですって」

 彼女は二階建ての建物の屋上から、おれたちを見おろしていた。

 姿が消えてから、十秒も経っていない。その時間で屋上にのぼったという話になる。

 「もう足は洗いましたから」

 「ウソつけ」

 クムクムは驚く様子もなく彼女を睨む。

 「ウソじゃないですよう、半分ぐらいはですけど」

 「で、なんだ? 早く逃げたらどうだ?」

 「クムクムさん。あの淫乱にチクらないでくださいね」

 「どうだかな」

 「ウッドエルフのアイシャちゃんは、あなたたちとはずっと別行動だったのです。ずっと別行動。何も知らない。ほかに子細なし。です。これ、口止め料です」

 クムクムの目の前に布のズダ袋が落ちた。

 ジャッ、と鈍い音がする。

 落ちた拍子に破れた袋から、金貨がざらざらこぼれた。

 「おねがいしましたよ」

 アイシャは消えた。

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