ついに異世界ハーレムのきざし
ヒロイン一名が起こした詐欺&暴行事件のことは忘れよう。
忘れよう。
ともかく、おれたちは無事に目的地に到着した。
おれたちがダークエルフたちの住む国に到着したのは、予定より二日遅れであった。事件がなければもっと早く着いていたわけだが、まあ忘れよう。
アイシャが起こした事件は、ミフネがその社会的な立場と資産をぞんぶんに使ってクリアしてくれた。一般的な言い方で言えば、もみ消した。
忘れよう忘れよう。
「おい、丸耳」
シンが崖に立って、おれを手まねきする。
「そこの異世界人。こっちに来い」
シンはおれやエコー先生のことを丸耳と呼ぶのだった。この世界には人間のような耳がとがってない種族はいないらしい。
「そこの銀毛のも来い」
そう言ってシンはエコー先生も呼ぶ。シンにとってはおれもエコー先生も同じような顔に見えるらしく、エコー先生のほうを銀毛と呼んで区別していた。
おれとエコー先生は、言われるがままシンに近づいた。
「いちおう言っておくが、落ちるなよ」
シンは冗談めかして言う。
「ひえー」
切り立った崖であった。落ちたらぜったい死ぬタイプのやつである。崖下からほこりっぽい風がぐいぐい吹き上げてきていた。目の前には青空と赤い荒野の地平線が広がり、絶景ではあった。
おれのいた世界と違うのは、崖に柵もなければ注意書きもないところであった。落ちたければ勝手に落ちろと言わんばかりである。
「下を見てみろ、異世界人ども」
シンがおれの肩に手を回してぐいと押す。
崖の下には街が広がっていた。
レンガ色の四角い建物が、ザラメの砂糖のようによせ集まっていて、その建物の間を大小の道が走っている。大きい通りを人が行き交っているのが見えるし、派手な色のテントらしいものが集まった場所も見える。たぶん市場なのだろう。
「ま、街だぁ……」
おれはなんとなく感動してしまった。こっちの世界に来てからと言うもの、人の少ないのどかな風景ばかり見ていたから、シティボーイのおれとしては多少寂しかったのであった。
「けっこうなもんだろう。おまえのいたところと比べてどうだ?」
シンはそう訊く。
「ああ……まあ、けっこう違うから何とも言えないな」
もちろん、おれのいた世界の日本の街に比べたら、まだのどかだ。この街は横に広がっているだけだが、日本のマンションなんか縦にも広がっていたのだから。
そう思いながら、おれは日本の生活を少し思い出す。
あまり懐かしくは思わない。
異世界ものの小説なんかで、よくもとの世界を懐かしむシーンがあったから、そういいうものかもなと思っていたが、おれの場合はそういうことはあんまりなかった。
もちろん、なつかしい要素がなくはない、風呂と寝床の質が下がったのはけっこうしんどいし、食い物にもまだ慣れない。ラーメンとカレーとカツ丼が食べたかった。いや、そこまで贅沢はいわない、せめて……。
「醤油……醤油舐めてえ…………」
おれはつぶやいた。
「醤油……もってこればよかった」
「ショーユ? なんの話だ?」
シンは不思議そうにする。
「やはりこの世界に醤油はないのか……」
「なにか足りないものがあるのか?」
「心配しなくていい、大したものではないよ」
エコー先生が代わりに答える。
「ふーん、そうか」
「ただの調味料だ」
なんとなくカチンと来て、おれはエコー先生に食ってかかった。
「あなたに醤油の何がわかるんだッ!」
「なんで怒るのかな。調味料でしょう?」
「それはそうだが」
「それとも特殊な用途にでも使うのかい? 自慰とか?」
エコー先生はわけのわからないことを言いだした。
短いつきあいだが、彼はさいきん少しおかしい気がする。
もしかして、おれのせいだろうか。
「自慰なのか? やはり男性ホルモンが過剰だな。医療者として提案するが、ちんちんを切るのはどうだろうか。もう自慰の必要はなくなる」
「ウッドエルフはこの崖を『罪人落とし』と呼んでる。昔、ウッドエルフが追放者をこの絶壁からカゴで降ろしてたらしい」
シンが観光ガイドみたいなことをしてくれる。
「降ろしてたというか……落としてたわけだがな」
「ウッドエルフ、えぐいな」
「だから、身体の弱いやつは下についたときには死んじまうんだな。ダークエルフがやたら頑丈なのもそのせいだ。弱いダークエルフはみんな死んでる」
「それって実質的に品種改りょ……」
エコー先生がそう言いかけて、黙った。
「いや、いまのは政治的に正しくない表現だったね」
「誰に気を使ってるんだ? それは」
シンは不思議そうに彼を見る。
「まあとにかく、この崖を下りて街に入ると、完全にダークエルフの支配領域だ。わかってるか? よその種族の理屈はまったく通用しないぞ」
シンはそう言っておれを見る。
「おまえだよおまえ、ダークエルフのところにムコに行くとか言ってたが、ほんとに自分の状況をわかってるのか?」
「どういうことだ?」
「ダークエルフの結婚は、あれだぞ、一対一のつがいじゃないんだぞ」
「つがい?」
「一夫一婦制じゃないってことかな」
「そう、そういうことだ」
「いっぷいっぷ……?」
おれはむずかしい言葉はわからないので、エコー先生を見た。
「それはもしかしていやらしい言葉ですか?」
「…………きみのいた時代の日本で通常の結婚制度だよ、夫が一人に妻が一人で結婚、重婚はなし」
「はあ、それじゃないってことは……」
「だから……ええと、なんて言うんだっけあれ。ハーレムだよ。ハーレム」
「ハーレムですと!」
「そうだよ! ダークエルフで上流階級だったらハーレムがふつうなんだよ。ふつうの一対一の結婚を想像してると大変だって言ってるんだよ!」
「ハーレム!」
おれは両腕を高く天に突き上げた!
「ついに!」
もう醤油のことはどうでもよかった。
「ついに……! 異世界ハーレム!」
「……こいつ、頭おかしいのか?」
シンがおれを指さしてエコー先生に問う。
「その通りだ」
彼は即答する。
しかしそんなノイズはもうおれの心には響かない。
「ついに、ついにおれの時代が来た……!」
おれは喜びのあまり崖っぷちにもかかわらず跳びはねる。
「ついに異世界ハーレムが!」
「うるさいぞ丸耳!」
「くぱくぱにゃんにゃんのハーレムが!」
「おい銀毛、あんた医者だろ、どうにかしろよ」
「専門家として言えば、去勢しかないね」
「ダークエルフと結婚して喜ぶ異種族なんか初めて見たぞ……」
シンは呆れた顔でおれを見る。
「まあ、あのミフネって姐さん、お偉いさんだからなあ。まあお手つきになれば一生安泰だからなあ。人生の選択肢としてなくはないかもな。オレはごめんだが……」
「ミフネってそんなにえらいのか?」
おれは頭をかいた。
「中佐って、中ぐらいなんじゃないの?」
「違うよ!」
エコー先生がバカを見る目でおれを見た。
「なんなんだ、ぐらいって。軍隊はそんなあいまいな階級で動かないよ。中佐がどの位置かは軍の組織にもよるけど……シンさん?」
「ああ。ダークエルフの軍では、中佐は連隊長相当だ」
シンはもと傭兵だけあってすらすら答える。
「少佐が千人隊長相当だ。中佐だとだいたい8000人ぐらい指揮するんじゃねえかな。あとミフネの家には私兵が何千かいるから、そっちは好きに動かせるはずだ」
「現代的な軍事制度と古い軍事制度が混在してるね」
「ああ、皇帝が代替わりしてから、いろいろ改革したらしいぞ。なんでも、異世界の進んだ軍事制度をそのまま取り入れたんだってよ」
おれとエコー先生は顔を見合わせた。
「ミフネ、ありゃまだ若いから中佐で止まってるが、もっと出世するぞ。家柄もいいからカネがある。みてみろ、あの辺一帯ミフネの領地だ」
シンは街の途切れた向こうを指さし、ぐるりと円を描く。
「……大地主だな」
「土地は全部皇帝の持ち物だよ。ミフネは貴族で、領有権を与えられてるだけだ」
シンはそう言った。なるほど、大名みたいなシステムである。戦国時代の大名については、戦国無双で予習していたからおれはバッチリである。
「まあ、行けば鉱山やら
シンは皮肉っぽい顔で笑う。
「まあ、もとはコボルトの土地だけどな」
「すごい、ついに……手に入る」
「権力と金がか?」
「それと、くぱくぱにゃんにゃんのハーレムがだ」
「言ってて恥ずかしくないのかおまえ!」
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