異世界スイカレボリューション
「ここは……どこだ?」
異世界からやってきたみたいなセリフをシンは言った。
「ああ……おれ生きてるのか……」
ここは隊商宿の客室だった。
おれたちはまだ宿にいるのだった。シンを含めて、おれたちが迷惑をかけたけが人たちを治療しなければならなかったから、出発はあきらめた。
客室は、イスとベッドと机だけが置かれた殺風景な部屋だった。
ベッドは、わらみたいな植物が敷きつめられて、その上に布がかけられただけのものだった。窓はガラスもなんにもなくて、四角い穴が開いているだけ。建物の素材は泥のレンガだ。焼いてないレンガなんかはじめて見た。
「おまえらが助けたのか……」
シンはおれたちを見る。
彼はベッドに横になって、ずっとおれたちの看病を受けていた。
おれたちというのは、おれとクムクムとエコー先生の三人である。エコー先生が治療をして、クムクムが世話をしてやっていた。おれはほとんど見ているだけであった。
「気分は?」
エコー先生がシンに訊く。
「悪いに決まってンだろうがッ!」
「意識レベルを確認してるだけだよ」
シンはエコー先生をじろりと睨む。
「おまえが医者……? 子供じゃないか」
「まあ、外見上はね」
「ヘンな耳の形してるな。どこの種族だ?」
「説明を早くしてあげよう」
エコー先生は右腕をシンの前に差しだした。
彼はそのまま、右手首をグルグルと360度回転させてみせる。
「……えっ」
シンが凍りついた。
それから彼は、腕の色々な部分をぱかぱか開いて、中からさまざまな医療ツールを搭載したマニピュレーターを出してみせる。
「基礎的な医療ツールはすべてある」
「機械……? え?」
「この世界の人は、ぼくをホムンクルスと呼ぶ。まちがった呼び名だが、便宜上それでもいい。どういう種族かと訊かれたら、そう答える」
「お、おう……」
シンも毒気を抜かれたようで、それ以上なにも言わなかった。
「ところで、なにか飲めそうか?」
クムクムが訊く。
シンがうなずくと、クムクムは部屋を出て、赤みがかった液体のなみなみ入ったピッチャーを持ってきた。
「ゆっくり飲めよ」
シンはそれをついだカップを受け取ると、ちびちび飲み始めた。
「ねえクムクム。なにそれ? 薬?」
「ジュースだ」
「それ、おれも飲みたい」
「おまえなあ……この状況でなあ」
と、いいつつも、クムクムはおれの分もついでくれた。
おれはそれをゴクゴク飲む。
「水分は貴重品だから大事に飲めって言ってるだろ!」
「す、すげえ! スポーツドリンクだ!」
ジュースを飲んだおれは感動した。
それはまさに、おれの世界でおもに青いラベルを貼られて売られているタイプの飲料の味がしたのであった。
「スポーツドリンク……?」
クムクムが首をかしげる。
あとになって、おれはそのジュースの材料になった果物を見た。
それはスイカに似ていた。というか、スイカそのものだった。果肉の色がピンクに近いのと、実が小さくて縦に長いことをのぞけば、完全にスイカであった。
エコー先生によれば、その植物はまちがいなくスイカだという。
塩分の多い土でも育ち、地下水のある深い場所まで根をのばす能力を持つことをのぞけば、おれたちのいた世界のスイカと差はないという。
エコー先生は「どうして別の世界のはずなのに、スイカが……?」と不思議がっていた。それから「起源植物が同じでないと、ここまで似るなんてあり得ない……」とつぶやいてもいた。
それから遺伝子についてむずかしいことをおれに言ったが、おれはわからないので聞きながした。
おれはもう、おいしければ、何でもいいです。
この世界のスイカは、土中の塩分を吸収するせいで、スポーツドリンクにとてもよく似た味になる。甘味はちょっと薄いが、砂漠の中で疲れた身体を全快させるような力がある。野生のスポーツドリンクなのだった。
「ところで、いちおう礼は言っておくが……」
ジュースを飲み干したシンが言う。
「ほかの連中は大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だ、死人は出ていない」
クムクムがそう言うと、シンは安心した顔をした。
「オレの子分はどうしてる?」
ボコボコにされたダークエルフの用心棒は、ミフネが鎧を脱がし、水をぶっかけて寝かせておいた。
彼女はあっさり回復した。五分後には歩き回って、ナジェが与えた食い物をばくばく食べていた。
鎧をはずした顔を見たら、丸顔の上品そうな人であった。身長はおれがおれを肩車したぐらいあったが。
「オレの雇い主は?」
アイシャが毒針で刺した隊商宿の主人は、これまたダークエルフの女性だった。
さっぱりした顔だちの細身の人で、背丈は、だいたいおれの身長を倍にして、首をはねたぐらいの高さだった。
彼女はぐったりと床に伸びていたが、アイシャが異様な臭いのする飲み薬を飲ませ、金の針でいくつかのツボをドスドス突くと、なぜか回復した。
回復した彼女はアイシャの顔を見ると、さっそく壁にかけてあった手斧をつかんで、頭を叩き割ろうとした。しかし、ミフネが詫びを入れ、身分を明らかにして、保障を約束すると、いちおうその場はおさまった。
「そうかい、まあ、生きててよかった。だが、おれはもうお払い箱だろうな。用心棒としては面子が丸つぶれだよ」
シンは忌々しそうに包帯の巻かれた傷を見る。
「あのエルフどものせいで……」
クムクムはすまなそうな顔をする。
「アイシャを……許してやってくれとはいわん」
「あたりまえだ」
「あいつは、その……悪いやつじゃないんだ」
「ふん」
クムクムはアイシャをかばおうとする。
「ちょっと、ギャンブル依存で性格が破綻しているところがあるだけで……」
弁護になっていない。
「あと倫理観がだいぶなくて……反社会的なことが好きだな」
「悪いじゃねえか!」
「い、いや、でも頭のいいやつだ。知的で……」
クムクムはどうにかアイシャの長所をさがそうとしている。
「研究熱心で、学問のためなら手段は選ばない」
「そ、そうだな。たしかに研究熱心だ」
おれも口をはさむ。
「おれもこの世界に来てそうそう解剖されかけたことがある」
「悪人じゃねえか!」
「あっ、そうだ。ほかにも長所があるぞ、あいつは陽気だ。いつも明るい」
「まあね」
エコー先生がくすっと笑う。
「敵も笑いながら殺すよね」
「さっさと牢屋に入れろそんなやつ!」
シンがベッドのふちを叩く。
「極悪人じゃねえか!」
非常に正論であった。
「おまえら、なんでそんなやつと旅してるんだよ!」
「でも、いいやつだぞ。たまにお菓子くれるし……」
クムクムがえへへと頭をかく。
さて、仲間として弁護しておくが、アイシャにも長所はある。さいきんわかったことだが、彼女は着やせするタイプだ。地味にけっこう乳がある。
すでに日はかたむきつつあった。気温が下がってきているのがわかる。
おれたちはシンとぽつりぽつりと話をして、少しはうちとけた雰囲気になった。
彼はもともと傭兵の仕事をしていたが、仕事がなくなり、ここ数年ぐらいは用心棒で食っているという。
しかし、仕事にあぶれた者はたくさんいて、シンほどの腕があってもあまり暮らし向きはよくないそうだ。
「ふーん。おまえ傭兵だったのか」
クムクムは言った。同族だけあって話しやすそうだ。
「出稼ぎだ。家はもっとずっと北の方にある」
「そういえば、ダークエルフが大量に傭兵を解雇したって聞いたことがあるな。でも、出稼ぎだったんなら、故郷に戻ればいいじゃないか」
「……戻ったよ」
シンの顔が曇る。
「で?」
「……おれの嫁さん、べつの男の嫁さんになっとった……」
シンの目から涙がぼとぼと落ちた。
「わ……悪いこと聞いたな……」
「ヘンな同情するんじゃねえ!」
「大丈夫か? スイカ食うか?」
「同情するなっ!」
シンは顔をこちらからそむけ、目をこする。
「別にいいんだよ。ついてねえって思うだけだよ」
「わかる」
おれは言った。
「おれは異世界から来たが、なにも悪いことしていないのに、ひどい目に合ってばかりだ。ついてないって思う」
「異世界? はあ、そうか……」
シンはぼんやりした表情のまま相づちをうつ。よく聞いていないのか、異世界という部分にはとくにそれ以上反応しなかった。
「まあ、自分じゃどうしようもねえ運ってのはあるからなぁ」
「そうそう」
「おまえら、旅してるのか……どこに行くんだ?」
「ミフネさんのところに行くんだ」
おれは、ミフネさんがおれを気に入って連れていこうとしていると説明した。
本当はもうちょっとややこしいが、簡単に説明した。
「ミフネって、あのダークエルフか。おれを倒した方だな?」
「ああ、そうだよ」
「気に入ったどうのってことは、夫になるってことか」
「まあ……そうっぽい」
「本当か?」
「うん」
「うーむ」
シンはしばらく腕組みをしてうなった。
「……ついてねえな」
おれの肩にポンと手を置いた。
「え?」
「度胸あるなお前……異種族と結婚するやつは昔より増えたが……ダークエルフの夫になるなんてな別格だ、だいぶ……変わってるよ。そんなに惚れたのか」
「えっ、えっ」
「オレだったら一目散に逃げてる…………絶対ごめんだ。毒で心臓が止まったほうがなんぼかましだ」
「そ、そんなにハードル高いの……?」
「おれはご免だな、ああいうのは」
「ああいうの?」
シンは深い同情の目をおれに向けるのだった。
クムクムはスイカを持ってきてもしゃもしゃじゅーじゅー食いはじめた。
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