乳ファンタジーからの局部切断セカンドシーズン
目をさますと、そこに乳があった。
褐色の乳である。
乳、下から見た乳である。
したちちである。
「う……おお…………?」
おれの意識はもうろうとしていた。
口の中はからからに乾いていたし、まぶたが張りついたようになって目がなかなか開かなかった、いま自分がどんな姿勢でいるのかすら、さだかじゃなかった。
それでも、焦点のあわない細い視界に、おれはたしかに乳を見た。
「ち……ちち……」
おれは手を伸ばそうとした。
おれの腕はなまりのように重い。
「褐色の……乳……」
乳は星のように遠く感じた。
おれは、べつにいやらしい気持ちで乳をつかもうとしたのではない。
それは本能のようなものだった。
といっても男の本能とかではなく、もっと純粋で根源的なものだった。
赤ちゃんが乳を吸うために、生きるための本能から乳を求めていく、人間が、いやもっと言えばほ乳類が共通して持っている本能である。ピュアなのである。
「乳!」
おれはピュアな気持ちで、乳をつかんだ。
「おお、目が覚めたか、異世界人」
ミフネの声がした。
乳は彼女のものであった。
彼女はいわゆるビキニアーマー的なものを装着しており、その下ちちをおれはみていた。おれは彼女のひざに頭をのせて寝ころんでいた。
ミフネは馬車の……御者席とでもいうのだろうか? 運転席にあたる場所に座っていた。おれもそこにいた。
あたりは薄暗く、空気はひんやりとしていた。
おれの体には布がかけられ、濡れた手ぬぐいのようなものが頭の上に置かれていた。目が開けづらかったのはそのせいだ。ひんやりと心地いい感触がする。
そしておれの右手は、ミフネが身につけているアーマーの下に入りこみ、乳をわしづかみにしていた。じったりと心地いい感触がする。
「気がついてよかった」
ミフネは白い歯を見せて笑う。
くったくのない笑顔だった。それは、ミフネにはじめて会ったときの尊大な印象とはだいぶ異質なものだった。
こんな子供みたいな笑い方ができるんだ、と少し驚く。
「だが死ね」
ミフネはその笑顔のままで、おれの手首をがっちりと捕まえ、指をひとつひとつひねりあげていった。プラモを踏みつぶすみたいな音をたてて、おれの指は画期的な方向に曲がっていく。
「うっぎゃあああああああああああああああああああああ!」
「わははは、私は他人の手をにぎると、どんな風に指をねじ切ったらいちばん痛がるかすぐにわかるのだ。わはははははは!」
ミフネは太陽のような顔で笑って、おれの指を痛みのピークになる角度まで曲げてから、ぱっと手をはなした。
「安心しろ、手加減した」
おれは急いで手をひっこめて、指を確認する。
「ヒッ、ヒッ、痛かったァ……」
おれはラマーズ法で痛みを逃がした。
背筋が寒くなるような種類の痛みだった。
指がまだぜんぶくっついてるのが不思議なほどだ。
「僥倖と言うべきだぞ。ほかの者だったら、指をむしっておった」
ミフネは金属製の水筒をとりだして、少し飲んだ。
「親指から小指まで、どの指がいいか? と訊くんだ……選ばせる」
「そ、その指をむしるんですか……?」
「いや。その指だけ残してやるのだ」
ミフネはまたにぱーっと笑う。
「コワイ!」
「まあいい、貴様、まだ寝ていろ! まだ夜が明けてない」
ミフネはおれの頭をがしっとつかんで、ひざの上に寝かせる。
「は、はい」
おれは逆らわず、素直にひざまくらを受ける。
ミフネの乳ごしに空を見る。空はまだ紫色で、星がちらほら見えた。空の端を見ると、桃色に明るくなっている。
地平線の上に、雲はひとつもない。夜中だったら満天の星が見られたのかもしれない。
「顔ぐらい拭ったらどうだ。まったく、男とは思えんな」
ミフネはそう言って、濡れた手ぬぐいに水筒の水をたらして、おれの顔をごしごしと拭いてくれる。すこし乱暴だが悪意はない。
「耳も汚れてる」
ミフネはおれの頭を横向きにして、耳をぐりぐりと拭く。
「あふう」
「唇もがさがさじゃないか……な」
顔を上向きに戻すと、ミフネの顔がすぐ近くにある。
彼女の指がおれの唇をつうっとなでて、それを追いかけるように、彼女の唇がそっと覆いかぶさって、すぐ離れる。
「あ、あの……」
「何を驚いた顔をしている。いきなり乳を揉んできておいて」
「あ、いや、あれは本能というか、その、ピュアな心で乳に自然に手が伸びたというか、乳が急に来たので」
おれはしどろもどろで弁解した。
「赤ちゃんが乳を求めるのは純粋な生存本能だろう。それと同じで、おれはこの世界に来てから、こう、苦難の連続だったが、そのたびに頭に浮かぶのが乳で、乳はいわばおれの人生の羅針盤のようなもの。星を指さすような気持ちで」
自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
あまり弁解になっていなかったと思う。
「まだハオマの効果が残ってるのか?」
ミフネはおれの言動を、のまされた薬のせいだと思ったらしい。
「まあ、水を飲め」
ミフネはおれに水筒の飲み口をくわえさせる。
「湧かしてあるから安心しろ。慌てて飲むなよ。すこしずつ口を濡らせ……」
彼女はなんだかんだ面倒見よく水を飲ませてくれる。
水はうまかった。少し塩のような味がしたが、こういう水質なのだろう。シナモンに似た香りがした。水筒にハーブのようなものが入っているようだった。
「どうだ、クムクムのパンチは痛かったか」
ミフネはからかうように訊く。
思い出してきた。アイシャに薬を飲まされて変な風になり、クムクムに腹パンをくらって、おれは気絶したのである。
「いや、痛いと思うヒマもなく気絶した」
「ふむ……。だろうな」
ミフネは納得したように言う。
「しかし、おまえ、ずいぶん好色なのだなあ? あれだけ意識がもうろうとしていて、目が覚めていきなり乳に」
「すいません」
「詫びを入れる必要はない」
ミフネはおれを抱きあげ、耳もとでささやく。
「もう少し待て、屋敷に着いたら、可愛がってやる」
わ。
わぁぉ。
そう思った。
「舌を出せ」
彼女はおれのあごを指でそっと押し開き、おれの舌にそっと唇をかぶせる。
「ミフネ様、手綱の交代を」
馬車の後ろがわから声がした。
「おお、ナジェ……」
ミフネはさりげなくおれを離し、何事もなかったように言う。
「交代にはまだ早いだろう、寝たらどうだ」
「疲れていません」
ナジェはずいと前に出てくる。
彼女をそばで見たのはこの時が最初だった。左のまゆから頬まで、細い傷痕が走っているのに気がついた。彼女の着ているアーマーはミフネと同じものだが、装飾がすこし少ないようだ。階級の違いかもしれない。
「なら、そうするよ」
ミフネは彼女と交代し、荷台に戻る。
ミフネに手招きされ、おれも戻ろうと腰をあげる。
「あまり調子に乗るなよ……」
ナジェが小さくつぶやく。
見ると、彼女はおれをギンギンに睨んでいた。
ナジェはミフネよりも大柄で、いかにも女戦士といった風貌である。つまりおれから見ると超大柄で、したがって怖かった。
はじめて見たときからおれを気に入っていないことはわかったし、おれがミフネと話したりするのにいい顔はしていなかった。しかし、今回のこれは、それよりもずっとはっきりした敵意を感じた。
「ああ、目が覚めたのか」
おれが荷台のすみに腰かけると、エコー先生がぽつりと言った。
「ご心配をおかけしましたです」
「それほど心配はしてなかった」
エコー先生はおれをちらりと見る。
彼が起きていたので、もしかしたらおれを心配して寝ずにいてくれていたのだろうか、などと一瞬思ったが、彼は単に眠らないだけである。
「クムクムくんがきみを殴って失神させたときは驚いたけど……」
彼の銀色の髪が、だんだん明るくなってきた外の光に輝いて美しかった。
「ひととおりのメディカル・チェックをして、死ななそうだったから、良しとしたよ。外傷より、嘔吐物が気管支に詰まるとか、そういうのを心配したんだけど」
「メディカル・チェックというと、またおれの尻をいじったんですか」
「いや、今回はしてないよ」
エコー先生は真顔で答える。
おれは冗談のつもりで言ったのだが、彼にはしばしば冗談が通じない。
「なんだ、おまえたち、もう寝てるのか?」
ミフネがおれとエコー先生を見る。
「起きてますよ」
「ぼくは寝ないよ」
「いや、そうじゃなくて……もう男と男の仲なのか」
「は?」
「さっき、尻をいじるとかなんとか言っていただろう」
「そういうのじゃありません!」
おれは断固否定した。
「ちがいます……よね、エコー先生?」
「なぜそこでぼくを見る? そしてなぜ顔面の体温が上がっている?」
エコー先生はじろりとおれを睨む。
「前に少し話したけれど……うん。このさいだ、今話しておこうか」
「な、なんですか? 先生、やっぱりおれに特別な……」
「違う! ……ぼくの外見は人類の少年にほぼ似せてある。ぼくの外見に性的な興味をいだいている君は、間違いなく小児性愛だ」
「ご、誤解ですよ!」
「恥ずかしがる必要はない。性的指向は多くの場合選べないのだから、ただ、きみのいた時代と違って、ぼくのいた時代では、きみのいうショタコン、つまり男児小児性愛は治療の対象になる。病気ということになっているんだ」
エコー先生は淡々と説明する。
「納得いかないかも知れないが、どこまでが病気かは社会の状況でちがう」
「ちょ、ちょっと待ってください」
おれはミフネさんの乳を指さす。
「お、おれ、乳が好きなんですよ?」
「乳が好きだからといって。小児性愛じゃないとは言えないよ……」
エコー先生は深刻な顔で首を振る。
「よき職業人だからといって、殺人鬼じゃないとは限らないのとおなじことだ」
「そうやって犯罪者あつかいするの止めてください!」
おれは強く抗議した。
異世界に来てから誤解されっぱなしである。
「いや、犯罪者あつかいはしていないよ」
「じゃあ、なんですか!」
「病人あつかいしているだけだ。ぼくは医療者として、きみを治療しなければいけない。ぼくの中のヒポクラテスの誓い2.0がそう言っている」
エコー先生はゆらりと立ちあがり、ぼくに迫る。
「お、おれをどうするつもりだ!」
「怖がらなくていい。ちゃんとインフォームド・コンセントはする」
エコー先生はおれを完全にショタコンだと決めつけて言う。
「多くの場合、きみのような患者には、まず心理カウンセリングが第一選択だ。だが、残念ながらぼくは軍事医療モデルであって、性的指向に関するカウンセリングに必要なプロトコルを持っていない」
彼は本当に気の毒そうな顔でおれを見る。
「すまない。非常に申し訳なく思うよ……」
「医者の責任感を発動しなくて大丈夫です!」
「そんなわけで、第二選択は薬物療法だが、これは君の抱えている問題にはあまり根本的解決にならないケースが多いし、なによりこの世界では必要な薬剤が手に入らないだろう」
エコー先生はおれの反応を見て、言葉を先に進める。
「第三選択は脳に対する小規模な外科処置だな。神経ステープラーか微細ロボトミーだ……だが、残念ながらこの世界の衛生状態と機材で脳手術を行うのは危険きわまるんだ」
「な、なんか不穏な言葉が聞こえてきたんですが!」
「代替医療的な手段も考えられる。ルドヴィコ療法とか……専門家としてはおすすめできない。苦痛が多いし予後が悪い。だから最後の手段だ」
「さ、最後の手段……?」
エコー先生は苦渋の決断といった表情をする。
「去勢しか、ない!」
「きょ、去勢!」
「局部を切断する」
「まあ! 局部を……切断ですって?!」
「レーザーメスですぐ済む」
「皮じゃないんですから! 本体を切る話ですよね?!」
「似たようなものだよ」
エコー先生の表情が、完全な笑顔にくるっと変わる。
おれを安心させにかかっている。
「もちろん、医療関係者として、患者の望まない去勢を……同意も緊急性もなしに身体部位の切断などは……できない。だからきみのOKがほしい」
「嫌です!」
「ぼくがこの話をしたのは……その、なんだ。きみが異世界人として、現地人と何かトラブルを起こすことを恐れてのことだ」
「トラブルって?」
「子供にイタズラとか……」
「しません!」
「児童売春とか」
「しません!」
「ぼくみたいな外見が美麗な少年がいても我慢できる自信が?」
エコー先生は真顔で言うのだった。
「何か間違いが起こると、われわれ全体の問題になる」
エコー先生は赤茶けた紙をとりだす。
そこにはきれいな日本語で「同意書」と書かれていた。エコー先生が手書きで作ったらしい。彼はおれにペンを差しだす!
「だから念のため……いちおう……去勢しておかないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます