ファンタジーとビキニアーマーのひみつ
「なんだ。ちんちん切らんかったのか」
とクムクムは言った。
「だれが切るか!」
「わはは。まあそうだろうな」
クムクムは足をぱたぱたさせて笑う。
おれたちの馬車は隊商宿に駐まっていた。
それは泥をかためたレンガで作られた、長屋のような形の建物だった。入り口のそばに木でできた小屋があった。おれたちの馬車を引いていた馬は、今はそこにつながれてガブガブ水を飲んでいる。
おれのいた世界だと、たぶんドライブインにあたる施設なのだろう。馬を休ませたり、泊まったり、ちょっとした補給ができる。という具合のようだった。
おれたちの旅は半ばを過ぎていた。ダークエルフの帝国にあるミフネの屋敷までは、あと一日たらずで着くという。
「エコー先生もなあ、ははは」
と、クムクムは楽しそうである。
ほかの仲間は自由行動で、おれと彼女だけが馬車の見張りをしていた。
「あの人は、まるで聖人のようにりっぱな人だが、こと、ちんちんの切断にかかわることになると目の色が変わってしまうからな。なにかしら理由をつけて、ちんちんを切断しようとする」
「……ってことは、おれだけじゃないのか」
「ああ、去勢を勧められたのはおまえだけじゃない。あの人はいいお医者さんだが、人にすぐ去勢をすすめるクセがある」
「な、なんであの人はそんな……」
「わからないが、ちんちんが憎いのかもしれないな」
クムクムはなんの照れもなくちんちんと言うので、おれは多少恥ずかしくなる。
相手がまったく恥ずかしく思っていないと、こっちが恥ずかしい。
「あの人は性別がないからな。あんがいそのことで悩んでいるのかもしれん。本人はそう言っても絶対みとめないけどな」
「ふーん……」
「あまり触れない方がいいぞ。怒るからな。エコー先生は、自分は機械だから悩まないとか感情がないみたいなことをたまに言うが、あれは自分で思いこもうとしているだけだ。気絶したおまえのことも心配していた」
「そ、そうなんだ……ちょっと意外だな」
「まあ、だれだって自分では認めたくない部分があるからな」
クムクムはにっと笑う。
「先生、おまえのことを子供が好きな変態よばわりしたらしいな」
「あ、ああ、でもそんなことはないぞ」
「わかってるわかってる」
クムクムはおれの肩をぽんぽんと叩く。
「おまえは、大人の女性が好きだものな。わたしみたいな大人っぽいタイプに興味があるのだろう。エコー先生の見立てはまるで見当違いだ」
「えっ」
クムクムはかなり幼児体型である。
人間の基準だと完全にロリとよばれるような外見だし。アイシャにいわせると、コボルトの基準でも、年のわりにはだいぶ子供っぽい外見の部類に入るはずらしい。
「おまえ、わたしのことをけっこう見ているだろう。わかるんだぞ。まあ、わたしの妖艶な魅力に目が行くのはしかたないな」
クムクムはふふーんといった顔をする。
彼女の魅力は、すくなくとも妖艶という方向性ではない。しいていえばハムスターのそれに近いと思う。
「あ、ああ、気をつける」
「ふふん。べつに見るだけならいいけどな」
おれはさっきの話を思い出し、深く突っこまないことにした。
突っこむだけではなく引きぎわも肝心というわけだ。ちんちんだけに。と、おれは干し草を食んでいる馬のちんちんを見ながら思った。
ほどなくして、ミフネとナジェが戻ってきた。
ミフネは大きな布袋を下げていた。何やら買いこんできたようだ。彼女はおれのとなりに袋を置いて、それにもたれるように腰をおろす。袋はざらざら音がしたから、穀物でも入っているんだろうと思った。
おまえも座れ、とミフネはナジェに言うが、彼女は首を振って、馬の様子を見てくると言って立ち去った。
「無愛想なやつだのう」
クムクムが言う。
「気にするな、あいつはああだ。あれは必要なことしか喋らん」
「そーか。出世に苦労しそうだな」
「こっちではそうでもないぞ……ああいう性格は、むしろ好かれる。むしろ私などはしゃべり過ぎだと陰口をいわれるぐらいだ」
「そうなの?」
「我々の間ではということだがな。われわれダークエルフは合理的だ。無用な装飾を嫌うからな」
「合理的……」
おれはミフネの着ているビキニアーマーを見る。
クムクムのほうを見てみると、目が合った。
ちらちらと何度か目が合う。同じことを考えているとわかった。
クムクムが目で「おまえが訊け」と言ってくる。
「あ、あの、ミフネさん、その鎧は……」
おれはおずおずと質問する。
「ん?」
「そのビキニアーマーは合理的なんですかッ?」
「ビキニアーマー?」
「今着ているそれです、それ」
おれはミフネの着ている鎧を指さす。
金属の甲板がおおっているのは肩と胸とブーツのみ。ほかの部分もせいぜい手袋とパンツで、他は素肌が露出している。
かなりの露出度である。素人考えにも、本当に防具のつもりか、というレベルである。軽装鎧というレベルではない。軽装にもほどがある。
「ああ、ダークエルフアーマーのことか」
ミフネは不思議そうな顔をする。
「もちろん、防御に有利だから着てるのだが……」
「貴様らはそのアーマーの真の使い方を理解していない」
後ろから声がした。
ナジェであった。彼女は小さなカゴを下げていた。
「まあいい。ほら」
ナジェはカゴからパンのようなものをとりだし、ミフネとクムクムに手渡した。それからおれにぐいと押しつけた。受け取ってみるとまだあたたかい。
「おお、ありがとう。好物だ」
クムクムは鼻をひくつかせてうれしそうにする。
「なんだ。ええ奴じゃないか」
うれしそうである。
だとすると、食い物であることは間違いあるまい。
パンと言っても、黄色くて平べったいせんべいのようなものだった。二つ折りになっていて、焼いたベーコンのようなものと、オレンジ色の煮豆のようなものがはさんであった。
口に入れてみると、トウモロコシの味がした。ベーコンは薄切りのものが何枚も重ねてある。豆はあまり甘くない白あんみたいだった。粒が粗くてごりごりした舌触りだが、原始的なトルティーヤみたいなものだと理解した。
「うまいな」
おれは一口のみこんでからつぶやく。
「おまえ! 礼ぐらい言ってから食えこの!」
クムクムが後ろからおれを小突く。
「ほんとに常識ないな貴様!」
「は、腹が減ってたんや」
クムクムはおれをもう一度小突く。
「しょうがないやつだ。申し訳ない」
「問題ない。もとより礼は不要」
ナジェは無表情で言う。
「私が勝手に持ってきただけだ。食うのも食わないのも貴様らの自由だ」
「あと、水をください」
とおれは言う。ざらざらしたものを食ってのどが乾いた。
冷たい水をください。できたら愛してください。
「おまえ、あっつかましいなあ……」
クムクムがなかば感心したようにいう。
「ん」
ナジェは水をおれに押しつける。
「やったー! 水だ!」
おれは水をゴクゴク飲む。
「水飲んだらうめえ! やったー!」
クムクムが呆れた顔でおれを見る。
「おまえ……このへんの水の貴重さ、わかっとるのか?」
「かまわんさ。べつに」
ミフネがくつくつと笑う。
「厚かましいのは重要な資質だ。必要なものが要求できないと死ぬ」
と、ミフネはおれを褒めてくれる。
「さて、ダークエルフアーマーがなぜ肌を露出するかだが……」
ミフネが口を開く。
「簡単な理屈だ……」
「そうもったいつけずに教えてくださいよ」
「なにか身につけると防御力が下がるからだ」
ミフネは、もうこれで理解できただろう、と言わんばかりの顔をする。
なんですかその『ニンジャは裸のほうが防御力が上がる』みたいな理屈は。
ここはウィザードリィ準拠の世界だったのか? どおりで妙に初見殺しが多くて厳しいはずだ。そんなことを思った。
「は? おまえ……ぶつぶつ何をいっとるんだ? ニンジャ? ウィザード?」
クムクムがおれの顔をのぞきこむ。
「病気か? ちんちん切るか?」
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