仲間がみんな超高レベルでおれだけレベル1のときのあの気持ち
「ザコはこれで終わりですねえ」
アイシャがのんきな調子で言いながら、オオカミの最後の一匹を射貫いた。
「ここからが本番です」
倒れたオオカミたちの向こうから、石炭のような色をした奇妙な存在が近づいてくるのが見える。
あれがオオカミを操っていた怪物だ。
いわばボスキャラである。
「あれがウェルグング……」
「そうですね」
ウェルグングは、ウェアウルフのことだという。つまり人狼。
その響きから、狼と人間の中間のようなものを想像していたが、実際に目にしたウェルグングは、もっと不気味で、いびつな印象を与えるものだった。
それは、はじめ巨大な黒いかたまりのように見えた。近づくにつれて、それがひどく大きな上半身を持った、バランスの悪い体型をした怪物だとわかる。
立てば人間の倍ほどの体長はあるだろう。頭はほとんどオオカミのそれの形で、いくらか大きいに過ぎない。しかし肩から胸、そして腕にかけてがひどく発達していて、逆三角形のシルエットを形作っていた。
それは四つん這いになってこちらに向かってきた。大きすぎる上半身をもてあましているような動きで、オオカミに比べればいくらか遅いようだった。それでオオカミどものほうが先に襲ってきたのだろう。
「よく狙えよ!」
射手たちが弓を引きしぼり。慎重に狙いを定める。
「脚を狙いますよ」
アイシャが言う。
「欲張るなよ、自信がないなら中心を狙ってとにかく当てろ」
先ほど早撃ちしているときに見せていた余裕が、今の彼らからは感じられない。
矢が一斉に放たれる。
エルフの射手たちが放った矢は、すべて命中した。
それも、矢はすべてウェルグングの肩とひじの周囲に突きささっていた。
「当てた……すげえ」
おれは戦闘中だということも忘れて魅入っていた。
「当たって当然なんですよ」
アイシャが面白くもなさそうに言う。
「みんな百年以上弓を引いてるんですから。矢を持った瞬間に矢のクセがわかりますし、弓を引いたときにはもう矢がどこを通るかわかってるんです」
「アイシャ、何の自慢にもならん」
近くにいたエルフの射手が釘を刺す。
「見ろ、動きがまったく鈍ってない」
関節に矢を突きたてられたウェルグングだが、その動きはまるで鈍っていなかった。ひざに矢を受けたのと同じ状態のはずなのに、まるで何事もないようにこちらに向かってくる。
おれのほうに。
「ひっ……」
やつはまだ遠くにいたが、おれはすぐにも逃げ出したくなった。
重たい防具を着けてなかったら、きっとすぐに逃げていたと思う。
矢は次々とウェルグングに突きささるが、ウェルグングはそれでも向かってくる。敵はオオカミの死体を蹴散らすようにして、こちらに近づく。
ウェルグングと目が合った。気味の悪い目だった。
オオカミのそれではない。どちらかというと人間の目に似ていた。人間の、それもとびきり凶暴で、話がまったく通じないやつの目という感じだった。
おれは転びそうになる。体が無意識に逃げだそうとしたらしい。
「仕方ない、介入するしかないな……」
エコー先生がぽつりと言った。
「レールガトリング起動」
エコー先生は、まるでバレエのように右足を高く持ちあげ、敵に向ける。
半ズボンのエコー先生の、中性的な生足。
その足首が、くるぶしのあたりでとれた。
「あんまりやりたくないんだよね、これ」
彼の右のひざから先が、らせんを描くように割れた。
内側から金属の管のようなものが現れる。
銃身のようだ。それは銀色に光り、パイプを束ねたような形状をしていた。
「消費が激しいからさ……量産機では外される予定の機能だった」
次の瞬間、すさまじい金属がすれ合うような音が響いた。本当にひどい音だった。横を見ると、アイシャや他のエルフたちはひどく顔をしかめている。
「こ、この音……わー!」
アイシャは大声をあげた。
「ちょっと、エコー先生! それやめてえええええ!」
アイシャをはじめとしたエルフたちは、耳をおさえてパニックのようになっていた。おれにとってはただの騒音だったが、エルフはそれどころじゃなさそうだ。
「ちょうどエルフの嫌う音だな……」
クムクムがつぶやいた。
「あとちょっとガマンしてくれ!」
それは、エコー先生の脚から伸びた銃身が回転する音だった。
回転が速くなるにつれて、音は急速におさまった。エンジン音のようなものらしい。
「くそ、擦れたな……メンテしないと」
何が起こっているか、しばらくの間わからなかった。
次の瞬間、野太い雄叫びのような声があたりにこだました。
「あ、あれ!」
それはウェルグングの叫び声だった。
見ると、ウェルグングの頭が血まみれになっていた。
そうしている間にも、ウェルグングの毛皮がはじけ、血が噴き出していく。
ウェルグングがはじめて防御の姿勢をとった。
しゃがんで頭をかかえたウェルグングの首がバチバチとはじける。
「銃……なのか?」
やがて攻撃は止んだようだった。エコー先生の銃身は回転を緩め、またさっきと同じ音を立てて止まった。
やがてウェルグングが起きあがった。
「これで生きてるのか……信じられない」
エコー先生が言う。
「レールガトリング停止」
彼がそう言うとそれは素早くエコー先生の生足に格納される。
「……む、いかんな。メインバッテリーがもう切れかけてる」
エコー先生はおれのところに駆けよってきた。
「先生、あれは?」
「ただの電磁誘導式ガトリングだ」
エコー先生はおれにだけ聞こえるように答える。
「電力消費が激しいんだ。本来、あんなに撃ちつづける武器じゃない。ぼくはもう無理だ。人間で言うところの疲れた状態だ。これ以上は許容できない」
「え、エコー先生MPゼロっすか!」
「MPってなんだい? まあいい。あとは頼む」
エコー先生はおれの肩をぽんと叩き、召喚塔のなかに逃げ込んだ。
「た、頼むって……」
おれは前を見た。
ウェルグングが姿勢をたてなおしていた。
やつは体の左がわにひどい傷を負っていた。顔半分の毛皮がなくなってゾンビのようだ。手首は変な方向に曲がっている。
「ま、まだ生きてる……」
やつはこちらに這ってくる。
「まだ生きてるんですけどー! 先生!」
「やむを得ませんね。クムクムさん、召喚使ってください!」
「今やっとる!」
クムクムはおれを召喚するときに使っていた本のような道具をとりだし。中におさまっているじゃばら折りの経文のようなものを空中で繰っている。
「呼んでるが、つながらんのだ!」
「なんでもいいですよ!」
「こういうときに限ってどいつもだめだ!」
クムクムは焦った様子で経典を繰る。
「こいつは? くそ、こいつだったら空いてると思ったのに……」
「合コンの数あわせかよ!」
おれは叫んだ。べつにツッコミを入れる余裕があったとかではない。パニックになりかけていて、何でもいいから口に出したかったのだ。
「合コンってなんだ? まあ似たようなもんだぞ。知らんが」
クムクムはそう言った。
彼女はまだ多少余裕がありそうに見えて、安心した。
ヴェルグングは石壁のすぐそばに来ていた。
「おお、つながる!」
経文の一部が持ち上がり、光る。
ヴェルグングのいるあたりの地面が、一瞬、ゆがんで見えた。
その直後、地面から大量のジャガイモがわき出してきた!
「なんでジャガイモなんだよ!」
「ジャガイモで引っぱらないと召喚できんのだ!」
クムクムは地面を指さす。
「見ろ。ジャガイモに引っぱられて出てきた。とりあえずジャイアントスライムと名づけたやつだが……」
地面からわき出たのはジャガイモだけではない。
ジャガイモを追いかけるように、半透明の粘液状のものがゴボゴボとわき出てきた。それはにごった緑色で、体のところどころで色合いが変わっていて、迷彩のような模様を作っていた。
スライムと呼ばれたものはアメーバのように体をひくつかせ、体の一部を触手のように伸ばしはじめた。無数の触手を伸ばし、まるで周囲を探るかのように動いている。
ウェルグングは状況が理解できないようだ。スライムに囲まれた場所から抜け出そうともがいている。スライムの触手がいっせいにウェルグングのほうを向く。
そして無数の触手が、ウェルグングに襲いかかる。
「き、きめえ生き物……」
おれはつぶやいた。
「そうですか? カワイイじゃないですか」
とアイシャが言う。
「ねえ、クムクムさん、カワイイですよねあの子」
「アイシャ……お前、どうも解剖学的な興味と愛情をごっちゃにしてないか」
クムクムはイヤそうな顔でスライムを見る。
「ですよね」
こちらが会話するほどの余裕を取り戻したいっぽう、敵は激しく戦っていた。
ウェルグングがスライムを引き裂き、スライムはウェルグングに覆いかぶさる。
血みどろの対決である。
ウェルグングの一撃がスライムの体を貫く。
ベトベトの粘液がついたジャガイモが、その勢いでスライムの体から吹っ飛び、こちらに転がってくる。
「なんで……ジャガイモなんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます