なぜファンタジー世界にジャガイモが致命的なのか

 「いちおう確認しておくが、本当に戦えるんだよな?」

 クムクムは多少うたがわしそうな目でおれを見る。

 「お、おうよ」

 おれは空中に正拳突きをくりだしてみせる。通信教育でちょっとやったから、いちおう形にはなってるはずだった。

 「アイシャが武器庫に連れてってくれるといってる、急げ」

 そう言いながら、クムクムは自分の武器を身につける。内側に取っ手がついた大きな鉄の爪だ。

 「さあさあ、武器庫はこちらですよ」

 アイシャがおれを引っぱって部屋から連れ出す。

 武器庫は地下にあるらしい、アイシャに従って石造りの階段を降りていく。じめっとしてイヤな感じだった。石には水滴がついていた。

 「ここの武器庫はあまり大きくないのです。ここは召喚塔ですから」

 「ここはどんな建物なの?」

 「召喚塔は、異世界からあなたみたいな異世界人を引っぱってくるための施設です。街や村などの、人が集まる施設からはかなり離れて建てられますね」

 「そうなの?」

 「だって、異世界から召喚した人がどんなやつかわかりませんし、病気とか化け物を引っぱってくる可能性もありますからね」

 「あ……隔離施設なんだ」

 「そうです。この召喚塔はダークエルフの領地とライトエルフの領地のはざまにあります。両方の種族が所有権を主張しているわりと厄介な場所です」

 「ライトエルフとダークエルフって仲悪いんだ」

 「めちゃくちゃ悪いですね。戦争が終わってからまだ二百年ちょっとしかたってないのです」

 「長いじゃん」

 「あなたの種族の寿命は知りませんが、エルフからするとわりと最近です」

 アイシャは楽しそうに笑った。彼女はウッドエルフだから、わりと他人事なのか。

 「武器庫はあそこにある警備兵の詰め所の奥です」

 階段の突き当たりに、小さな休憩所のようなものがあった。明かりは松明だけで、空気はあまりよくなかった。

 小さく固そうなベッドがいくつかあり、何人かの兵士たちが座っていた。みなごそごそと革鎧を身につけている。みな髪の毛の色が暗く、人間にそっくりだが、耳はとがっている。

 「ウッドエルフの射撃は見ものですよ。みな達人です」

 アイシャが彼らに挨拶する。

 「ちなみに詰め所から廊下ひとつへだてて、地下牢があります。召喚した異世界人が暴れたりすると、そこに入れますね」

 「怖っ。そんなことあるの」

 「滅多にないですが、過去に事例はあります」

 そう言いながら、アイシャは詰め所の奥にあった木戸をあけ、中をランプで照らしてくれる。

 「さあ、お好きな武器を選んでください」

 おれは木戸の中をのぞき込んだ。

 「うっ……」

 そこにあるのは、まぎれもない戦闘用の武器の数々だった。美術館に飾られている日本刀みたいな骨董品とは違う、本当に「敵を殺す道具」としての武器のありかたがそこにはあった。

 曲刀があったし、あまり切れ味の良くなさそうな大ぶりの刀もあった、先が波打った不気味なナイフや、鉄球のついた杖、釘が大量に打ちこまれたこん棒や、クムクムが使っていた武器もある。

 「さあ、どれでもお好きなのをどうぞ。あ、私はこれ使うんで」

 そう言いながら、アイシャは迷わず大きな弓と、矢と、投げナイフらしきものが収納された革のベルト。それから黒く汚れた小さな袋をとりだした。

 「競争しようぜ。アイシャ」

 後ろから声がする。

 振り返ると、エルフの兵士の一人がこちらに話しかけてきた。

 「いちばん多く射た者が勝ちだ。矢に印をつけておけ」

 「金貨を一枚かけよう。勝ったやつが総取りだ」

 革鎧を身につけた兵士たちは、みな談笑しながら詰め所を出て行く。

 意外と好戦的なんだな、ウッドエルフ。


 「ウッドエルフにとって弓と狩りは神聖です。賭けもです」

 アイシャはおれにほほえみかける。

 「狩りで競い、しばしば長幼の序すらもそれで決まるのです」

 アイシャの笑顔はランプに照らし出されて、神秘的に見えた。

 おれはさっき容赦なくシメられたのもわすれて、彼女の顔に一瞬見とれた。

 そういうものを忘れさせるような雰囲気が彼女の笑顔にはあった。

 「さあ、武器を選んでください」

 「お、おう」

 おれは迷って、すみに置かれていたメリケンサックのような武器を手に取る。それですらスパイクがついていて、かなり凶暴な見た目なのだが。

 「本当は格闘術の心得なんてないのでしょう?」

 アイシャがイタズラっぽくいう。

 「あったとしても、少しだけか、だいぶ前でしょう」

 「うっ」

 「ばれたか、って顔してますね」

 「あ、ああ、まあ……」

 「体つきと指を見ればわかりますよ」

 おれは気まずい気持ちで目をそらす。

 「その武器で正解だと思います。いちばんやばいのは、使いこなせないモノを持って、敵に奪われたりして殺されるとかなので」

 「そ、そうかな、こん棒とかのほうがいいかもと思ったんだが」

 「こん棒はわりとコツがいりますよ。下手にふりまわすと手首の骨が外れてしまいますよ」

 彼女はにっとおれに笑う。

 「クムクムさんの前で恥をかかせるのもあれかなと思ったので、二人になったときに言いました」

 「す、すまん。悪気はなかったというか」

 「見栄を張ると死にますよ」

 そう言いながら、アイシャはブーツのような防具をとりだした。

 「足に防具を着けた方がいいです。グングはまず足を噛んで、引き倒そうとしますから。転ばされたら首を噛まれて死にます」

 「ぐ、グングってなに?」

 「エルフ語です。こーいうのです」

 アイシャは身振り手振りで、お尻を突き出した格好で、牙とかしっぽとかを表現してみせる。

 「……オオカミ?」

 「オオカミというのはしりませんが、たぶんそれに近いはずです」

 アイシャはうなずく。おれはオオカミなんか見たことがない。

 「ウェルグングはエルフ語で、別の言葉で言うと、ウェアウルフといいます」

 「ウェアウルフ」

 「獣人と呼ばれている怪物のひとつです」

 「オオカミ人間ってこと?」

 「ええ、言葉は通じなくて、とても野蛮です。クムクムさんが獣人と呼ばれて怒るのはそのせいです。言っちゃダメですよ。ガチで嫌われますよ」

 「あ、ああ……」

 「ウェルグングは、野生のグングがジャガイモの力で歪み、凶暴化した種族ですね。魔法の副作用で生まれた異形の生物です」

 「ジャガイモの力ってなんだ。さらっと言うな」

 「ジャガイモには、因果律を歪める力があります。常識でしょう」

 「いやいやいや」

 「ジャガイモは、あらゆる存在を歪める力を持っています。生きものが長い間ジャガイモに触れていれば怪物になりますし、地面にジャガイモを埋めれば土地のエネルギーを枯渇させます」

 「おれの知ってるジャガイモとだいぶ違うんですが」

 「ジャガイモは魔法の使用で必ず発生するものであり、魔法が今のわれわれになくてはならないものであることも事実です」

 「なんか置いてかれてる感じがする」

 「ダークエルフとハイエルフの戦争で、大量の魔法が使われ、大量のジャガイモが生み出されてしまいました。それがウェルグングの誕生につながったのです」

 「は、はあ? よく飲み込めないんだけど……」

 「あまり説明する時間がありません。ウェルグングは移動が早いですから。ウェルグングは大量のグング……あなたの言葉でいうオオカミを引きつれて群れを作り、召喚された異世界人を殺しに来ます」

 「え?」

 「あなたのことですよ」

 アイシャはおれをびっと指さす。

 「ウェルグングは異世界人を狙って襲うのです。われわれが召喚した多くの異世界人がウェルグングにあえなく惨殺されました」

 「え、え?」

 「やつらは誰かの命令を受けているようです。召喚塔を監視しているそぶりすらみせます。そんなに知能がないはずなのに……」

 アイシャは笑顔でおれに言う。

 「ちゃんと防具つけないと、ぶち殺されますよ」

 「ひっ……」

 「武器や防具はそうびしなければ意味がない。エルフの古いことわざです」

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