第一章 なぜおれは異世界に来てそうそう局部を切除されかねなかったのか

なぜおれは全裸正座で獣人に説教され、ジャガイモをダクトテープで体にまきつけたか

 「やっぱりだめか……」

 おれはつぶやいた。

 おれは全裸で、体に大きく赤いマジックで『飽きた』と書いて、床に大の字になって寝そべっていた。

 電灯のヒモが目の前でぷらぷら揺れている。

 「こんなんで異世界にいけるわけないよな……」


 ここは間違いなく現世だ。裸のケツにあたる絨毯の感触も。

 異世界に行く方法の九十九個目を試したが、やはり失敗したようだった。

 「うう……異世界……」

 おれはネットで見つかるかぎりの「異世界への生き方」を検索し、それを試していっていた。

 エレベーターのボタンを変な順番で押したり、特殊な順番で電車に乗ったり、とにかくネットで『異世界 行き方』で検索して見つかるものをぜんぶ試していた。そしてことごとくに失敗していた。

 全裸で体に「飽きた」と赤く書き、床に五芒星を書いて寝そべる方法も失敗した。


 「異世界に行きたい……」

 おれの涙は頬をつたって流れ落ちていく。

 おれがなぜ異世界に行きたいのか、それは大して重要じゃないから、ここでは触れないことにしておく。

 おれはファンタジーの世界に行きたかった。

 おれはただ、巨乳のエルフのおねーさんや、定期的に発情期がくるロリ獣人や、妖艶なダークエルフにもみくちゃにされながら、ぬるい冒険を楽しみたかっただけなのだ。

 何が悪い?

 「自分に都合のいい世界に行きたくて何が悪い!」

 おれは泣き叫んだ。

 両親は仕事に出ていていなかったから、おれは安心して叫ぶことができた。

 「俺に教えてみろ!」


 『あのう……本当に異世界……行きたいですか?』

 

 「は?」


 『いや、マジで、本当に行きたいです?』


 おれが起きあがると、目の前に変な格好の女がいた。

 『おーい』

 彼女はこっちに小さく手を振る。

 見たことのない外見をしていた。

 彼女の背はとても低く、冷蔵庫ぐらいの高さしかなかった。エスニック雑貨屋に売ってるような、幾何学模様のついた布を体にまきつけていた。

 まあ服装はいい。問題は、彼女の髪が真っ白のふわふわで、ワイン色の大きな目をして、もっこもこの毛に覆われた大きな耳が頭の横についていたことである。

 やべえ、人間じゃねえ。

 『あんまり、オススメはしないやつ……だけど』

 彼女はそういった。日本語だった。

 彼女の手はミトンのようにもこもこだったが、手ぶくろなのかそれとももともとこうなのか、わからなかった。

 革のブーツをはいた細い足の向こうに、大きなしっぽが揺れているのが見える。よく考えると土足で入ってきているな。こいつ。

 彼女の肌はやわらかそうなうぶ毛があり、ちょっとシルバニアなファミリーのような感じだった。触ったら適度にさらさらぷにぷにでたいへんよい気持ちがすることは間違いなかった。

 やべえ、人間じゃねえ。

 コスプレでもあるまい。

 獣人だ。ロリ獣人だ!

 『その、ロリ獣人とかいう卑猥な表現をやめろ!』

 獣人はおれの心を読んだかのように言った。

 『獣人というのはなー! 差別用語なんだよ!』


 『おまえらヒューマンがなー! そんな言葉をなー! わたしたちになー!』

 獣人は怒りだした。

 勝手に心を読んで怒るのもどうか。

 『わたしにはクム・クゥムという立派な名前があるんだよ! ロリ獣人というのはなー! 性的なニュアンスの言葉になー! 差別用語を組み合わせた言葉だろうが―! やめろ!』

 彼女はそう言って大激怒した。

 『性的なまなざしを向けるな!』

 その後しばらく、クムクムとかいう名前のケモミミの娘は、おれの考えがいかに古くさく差別的で獣人への偏見にみちたものであるかを説教しまくった。

 おれは全裸で体に『飽きた』と書いた状態のまま、正座してそれを聞き「おっしゃるとおりで」とか「かえす言葉もございません」とか謝り続けた。

 小一時間そうしていた。

 クムクムはブーツでおれの部屋にあがっていたし、それはそれでどうかという感じだが、ややこしくなりそうなので黙っていた。

 思ってたのとちがう。

 

 おれは裸だったので、とうぜんあれをほりだしたまま正座し、クムクムの説教に頭をさげつづけた。異常なプレイのような状況だったが、クムクムは気にしていない。彼女はあんまり裸が恥ずかしいとかそういう概念がないっぽかった。

 おれの体に書かれた「飽きた」という文字も、なにもツッコまれなかった。

 たぶん「この世界の人間はこういう格好をする」という認識でいるんだろう。

 『あー、疲れた。差別主義者を啓蒙するのは本当に大変だよ!』

 クムクムは怒り疲れたらしく、ため息を吐き、また怒った。

 自分が怒ってることに怒っていくタイプらしい。

 思ってたのとちがう。

 そう思った。

 『われわれは、あなたたちの言葉で言うコボルトだ。わかったか』

 「あっはい」

 コボルトなんて言葉は知らなかったが、おれはとりあえずうなずいた。

 『ジャガイモを、くくりつけるんだ』

 彼女は言った。

 『家じゅうのジャガイモを、あなたの全身に、できるかぎり強力な方法で、とにかく体からはなれないようにくくりつけてください』

 彼女はまるい指を一本立てる。手に肉球がある。

 『そしてジャガイモにしがみついてください。ジャガイモを離してしまうと、事象の狭間に落ちてしまいますんで。そうなると、あー、身の安全は保証できない』

 「はあ?」

 おれはよくわからないまま、とにかく、教えられた方法をやることにした。

 幻覚でもなんでも、とにかく、いままでの人生でいちばん異世界っぽいことが起こったのだから、これにのるしかない。

 おれは台所に行って、ありったけのジャガイモを集めた。親戚の農家が、売り物にならない芽の出たジャガイモをたくさんくれるので、業者かよってレベルで大量のジャガイモが家にあったのだった。

 『ほらほら、急いで急いで』

 クムクムが言う。

 『おまえが差別主義者だったからだいぶ時間がなくなってしまったぞ』

 「そう言われましても」

 おれはその大量のジャガイモを、父親の工具箱にあった強力ダクトテープで体にぐるぐるとまきつけた。父親はDIYマニアで、そのダクトテープもアメリカからとりよせた軍事クオリティの最高級品だったので、そう簡単にはジャガイモが体から離れることはない。

 おれは全身にダクトテープをまきつけた。アメリカ製のテープは接着剤がふんだんに使われていて、剥がすときに体毛がぜんぶ抜けることは間違いなかった。

 『あんまり時間がないぞー』

 クムクム手をぽふぽふ打ちならす。

 『本当は、着替えとか、珍しいこっちの世界の道具とか、もってきてもらうつもりだったが、きみの差別主義のせいで、そんな時間がなくなってしまった』

 クムクムは腰につけた小さな革の箱をとりだし、それをあけた。それは薄い革が四角く折りたたまれたもので、何か文字のようなものがかかれていた。

 彼女は革の帯を空中にひろげ、泳がせるようにして、まったく聞き取れない言葉を、すさまじい速さで唱え始めたのだった。

 『はーい、性的まなざしをもつコボルト差別主義者一名、ごあんなーい』

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