第11話 妖精さんVSお嬢様(後編)
ヒュー、ドン、ドンドパーン。パーパパパー。
打ち上がる花火。鳴り響くファンファーレ。風にはためく横断幕に、舞い散る紙吹雪。
今日のメルフェン村はまさしくお祭り騒ぎだ。そして、この静かな村に突然沸き立ったお祭りの中心地にいるのは、テーブルを挟んで睨み合う、二人の女の子だった。
東に陣取るは、イタズラ発明家妖精のフローライト。
西に構えるは、街のツンデレお嬢様のシャルロ。
今ここに、ティミー争奪おいしいお菓子選手権の幕が開こうとしていた。
「さー、いよいよ世紀の対決がはじまります。実況は、俺ことトロツキーがつとめさせていただきます。解説には、ルゥの姉ちゃんで、お料理大好きなニコにきてもらいました」
「いえーい、どうもー」
「対決を公平に裁くレフェリーはこの人、というかこのねこ? えー、村長のニャロであります」
「いえーいにゃ」
「また今回の料理対決に使う食材は、キャスタのナリキン商店からの提供です。どうも、キャスタ。何かコメントありますか?」
「二人ともがんばるアルよー。うまいお菓子ができたらうちの商品にしてやるアル」
「さて、最後にご紹介するのは、今回の対決の審査員兼、賞品となりますティミーです。はい、ティミー、コメントどうぞ」
トロツキーは、キラキラのラメ入りリボンでかわいくラッピングされたティミーにマイクを差し出す。ティミーは困り顔で一言。
「えーっと、二人に仲良くしてほしいです」
「はい、ありがとうございます。では対決するお二人からも一言いただきましょう。まずフローライトから」
「身の程知らずの都会のじゃりんこに、地獄を見せてやるわ。覚悟しな」
「おっかないなー。料理対決じゃねーの? ま、いいや。シャルロ、どうぞ」
「その言葉、そっくりあなたにお返ししますわ、田舎のチビ妖精ごときがヴァレンティーナ家にケンカを売るなんて千年早いですわよ」
「もうちょっと穏便にいこうぜー。ま、いいけど。さて、解説のニコさん。今回の対決、ニコはどう思いますか」
「えー、そうですねー。二人とも、いったいどの程度、料理が得意なのか、当たり前ですけどそこが気になります。と言うか、フローライトちゃんのテーブルの上にあるのが、調理器具じゃなくて実験器具である時点ですでに地雷臭がぷんぷんします」
「あー」
などと言っていたら、シャルロが小馬鹿にするように、フローライトを笑った。
「む、何よ?」
「ふふふ、いえいえ。しかし解説のニコさんの言うとおり、この勝負、はじまる前から結果が見えていますわね。そんな道具を持ち出すだなんて、あなたはお料理というものをまるでわかってない」
「あんだと? じゃああんたはわかってるっていうの?」
「おーほっほっほ! 当たり前じゃないですの! 今日はあなたにお料理の神髄というものをお見せしますわ! さあ、いでよ! わたくしのお屋敷より出張せし、アイアンシェフ!」
そして、セバスチャンが背後で炊いたスモークをかき分けて、一人の、威厳に満ちたシェフが歩み出てきて──
ピピー。
「シャルロ、反則一回。助っ人は禁止にゃ。イエローカードにゃ」
「ええーっ!?」
アイアンシェフ、退場。
「さて、気を取り直して料理のお題を決めましょう。お題はくじ引きで決定します。くじを引くのはルゥです」
「まかせろ。とうっ」
じゃじゃーん。そして引かれたくじに書かれていたお題は、
プリン。
「さあー、お題はプリンに決まりました。ティミー、プリンは好きですか」
「えーっと。はい、好きです」
「解説のニコさん、どうでしょう?」
「プリンですかー。そんなに難しい料理じゃないですね。だからこそ、王道で攻めるか、工夫を加えていくか、腕が試されるお題だと思います」
「ありがとうございます。では、さっそく今から試合開始です。レディー、ファイっ!」
カーンと高らかにゴングが鳴った。ついに対決のはじまりだ。観衆のメルフェン村住人たちがいっせいに沸き立つ。
開始一分。二人の少女は互いに腕を組んだまま睨み合ったままだ。耳をすませば、両者、小声にプリン……プリンとつぶやいている。
「おおーっと、互いにまだ動かない。相手の出方をうかがっているのかー? ……いや、これってもしかして……」
そして二人が同時にばっ、とニコを見やった。
「「プリンってどうやってつくるの?」」
「あちゃー」
「なんかもう前提からして音を立てて崩れてく感じですねー」
「だってだって! わたくしが見るプリンはいつもアイアンシェフがつくった完成品なんですもの!」
ばたつくシャルロ。
「プリンって料理なの? つくるの? プリンはプリンの木になってるんじゃないの?」
慌てるフローライト。
ダメだこりゃ。
トロツキーはニコを見て言う。
「どうしましょう?」
「うーん、それじゃしかたない。出血大サービスでヒントです。プリンをつくるのに必要なのは、たまご、ミルク、砂糖、最低限この三つです」
「「たまご、ミルク、砂糖!」」
二人が復唱して、キャスタの用意した材料コーナーに飛びつく。そうしてようやっと調理がはじまった。が、
「さあ、やっとこれで両選手動き出しました。あーっと、しかしフローライトが材料コーナーから持ち出したのは、すじこ、ココナッツミルク、サトウキビの三つだー! なんだかもういやな予感しかしない!」
「どうするつもりなんでしょうねー。さすがの私も予想がつきません」
「さて、一方シャルロですが……こちらは普通に、ニワトリのたまごに、牛乳、砂糖を持ってきたみたいですけど……あっ、たまごがうまく割れない。ひびを入れずに、いきなり力尽くで割ろうとして、何個も潰しています」
「あれは完全に包丁も握ったことがないタイプですねー」
「あーっと! シャルロ、とうとうしびれを切らして、たまごの殻ごとバリバリとボウルでかき混ぜはじめたー! 短気ここにきわまる!」
「もうすでに『食べ物』でなくなってますね、ハイ」
「さて、フローライトはというと……うわあ、あれはやばい。すじことココナッツミルクを混ぜてぐちゃぐちゃかき混ぜてます。もうなんか目に悪い。……で、混ぜたものを大型ビーカーに入れて、サトウキビをぼたぼたそのまま落として……おおっとこれは! 牛肉の脂肪を惜しみなく投入しています! まさかここで牛が出てくるとは! しかしフローライトはいったい何をつくる気なんだー?」
「プリン=ぷるぷる≒脂肪=コラーゲン=ぷるぷるという発想なんでしょうけど。妙に自信満々なのが不安です」
「かたやシャルロですが、こちらはまだ正しい材料を使ってるだけマシですかね、大量にたまごの殻が具と化してますけど。あれ、牛乳をいれて混ぜ終えたみたいですが……なんだか悩んでますね。ボウルを振ったりして混ぜた中身を見ています。どうするんでしょう……あっ、砂糖を入れはじめました。しかも超大量! どばどばとプリン液(?)が埋もれるぐらいの量です。あれはどういった理由でしょう?」
「えーっと、多分どうやったら固まるんだろうと思ったんじゃないでしょうか。それで、砂糖にすべて水分を吸わせてやろうと考えたとか」
「なるほど、アグレッシブですね。フローライトに戻りましょう。こちらはさっきに謎液体を火にくべています。そしてそこに……なんかもうわけわからんです、こんにゃくとレモン汁を足しています」
「もー、ニコ姉さんにはフローライトちゃんの考えてることはさっぱりです。でも無理やり解説するなら、こんにゃくはやっぱりぷるぷるしてるから、レモン汁は黄色い色を出そうとしてるんじゃないでしょうか」
「シャルロは……あ、なんかもう砂糖のいれすぎで、じゃりじゃりの塊になったボウルの中身を前に涙目だ。ん、あの丘の上にいるのは、シャルロの執事のセバスチャンだ。なんか両手をいろいろ動かしてるけど……手信号? ニャロ、あれはルール違反じゃないんですか」
「ん、直接アドバイスしてないからセーフだにゃ」
「だそうです。さて、シャルロ、執事の作戦が伝わるか。おっ、表情が明るくなった。うまくいったのか……シャルロ、材料コーナーから持ち出したのは……なんとガムシロップだー! しかもまた超大量! ボウルの中にどばどば注ぎ込んでる! いやそりゃ水分多くなるけど! 絶対違うよ! セバスチャンの慌てようみても明らかだし! どんだけ甘くするんだよ! 解説のニコさん?」
「ノーコメントです」
「さて、対してフローライト。こちらはいよいよ大詰めのよう。強火で熱しすぎて、すっかり焦げだした謎原液の表面に……ワインを流し込んで、火をつけたー! なんでそこだけ本格派料理っぽい雰囲気を出そうとしてるのか!? そしてなんでそんなドヤ顔なのか!? ニコさん?」
「料理は愛情です(棒読み)」
「シャルロもようやく完成まであとわずか。オーブンに入れて熱してます。ここだけ見ると、まるで普通のプリン作りようですね。あっ、しかしどうしたんでしょう。どうやら熱くてオーブンからプリンを取り出せないようです。ミトンという発想はなさそう。箱入り娘なお嬢様の哀しい性か。あーまたおろおろしてます。このままじゃプリン(?)は真っ黒焦げ。しかしもはやお嬢様に打つ手なし!」
そして、それからさらにしばらくして、
ついに、二人のプリン(?)は完成した。
「「さあ召し上がれ!」」
ティミーの前に差し出されたのは、どう見てもヤバい色合いどろどろした液体と、真っ黒く炭化した謎の固体だった。
「……うぷ」
「あっ、ティミーが気絶した」
プリン(?)を前にしたティミーが顔を青ざめさせてこてん、と倒れ込む。どうやらビジュアルと匂いだけでもうダメだったらしい。
「ああ、ティミー! ちょっとどうしてくれるのバカ妖精! あなたのせいでティミーが大変ですわ!」
「なんだとこの世間知らず! 自分のことを棚に上げて偉そうに! あたしのプリンは芸術だぞ! 芸術は爆発なんだぞ!」
「どうしましょう、ニャロレフェリー。審査員がダウンしちゃってますけど」
「しかたにゃいにゃ。代理審査員にルゥを起用するにゃ」
「なんでおれ?」
とルゥ。
「お前にゃらにゃに食っても平気だにゃ。食うにゃ」
「なんだよそれ、失敬な。まっ、もらえるもんならなんでも食うけど。いただきまーす」
しばらくお待ちください。
ルゥは白目をむいて痙攣しながら、意識を失った。最後の台詞は、あとは……まかせたぜ(ガク)、だった。
散りゆく友を背に、トロツキーが言う。
「ルゥ。お前の犠牲は無駄にはしないぜ」
ニコも言う。
「それでもちゃんと完食した、食べ物を粗末にしないその姿勢は立派だったよ、ルゥ」
それはさておき。
「んで、ニャロ。審査員はあんな感じだし、勝敗はどうすんの?」
「んー」
と腕を組んで考えたあと、ニャロはぱっと、△マークのついた札を高く掲げた。
「引き分けだにゃ」
えー!? と声を上げる少女二人。観客席からブーイングが飛ぶ。ブーブー! 金返せー! そうだ、払ってないけど返せー!
「どうしてどうして!? なんであんな失敗作とあたしの芸術が引き分けなの!」
「何が芸術ですの! あんなゲテモノ! わたくしは少なくとも愛情込めてつくりましてよ!」
「なんだと!」
「なによ!」
「「この──」」
「いいかげんに、してーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
響き渡った大声は、ブーイングも、二人のケンカも、会場中のあらゆる喧噪を静まりかえらせた。
それほど大きな声だった、ということもある。だけどそれ以上に、村の誰もがびっくりしていた。
ティミーの、そんな怒った声は、今まで誰も聞いたことがなかったからだ。
彼女は、目に涙をいっぱい浮かべながら、震え声で続けた。
「わたしは……もうずっと最初から言ってるじゃん。二人で仲良くしてって。それなのに、そうやってケンカばっかりして……わたしもう怒ったよ! 二人がケンカやめないなら、もうフローちゃんともとシャルロっちゃんとも絶交だよ!」
「そ、そんなティミー……」
「わたくしたちは別に……」
「だけど、だけどわたしは、二人と絶交したくないよ! うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁん!」
めちゃくちゃなことを言いながらティミーは泣き出す。そうなるとフローライトとシャルロはいよいよ困って動揺してしまう。しかし、その中で二人の少女は一つの結論に達した。
二人は互いに顔を見合わせると、意気投合してぎゅーっと抱き合った。
「ほら、見て見てティミー! わたしたちケンカしてないよ! ちょー仲良し! ね!」
「ええもうわたくしもフローライトが大好きです! マブダチですわ!」
そんな二人の様子に、一瞬動きを止めたティミーだったが、
「……よ」
「……よ?」
「良かったぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!」
一層泣き出して二人に飛びつくのだった。なんだかもう強引だけどめでたしめでたし。
会場からまばらな拍手が飛ぶと、やがてそれは大きな波になった。
その様子を少し離れた場所から見るニャロがぼそり、とつぶやき、トロツキーがツッコむ。
「にゃんか微笑ましいのかマヌケなのかびみょーにゃラインだにゃ」
「いや、そんな野暮なこと言うなよ」
とにもかくにも料理対決は大団円。女の子たちは仲直りして、会場中がハッピーだ。出番のなかったアイアンシェフだけが、ちょっぴり寂しそう。
「さて、じゃあティミーちゃんたち、仲直りの印に、みんなでお菓子作りでもしようか?」
ニコが言うと、ティミーたちは振り向いた。
「お菓子作り?」
「そうそう。せっかくの機会だから、ニコ姉さんが正しいプリンのつくりかたを教えちゃうよ」
顔を輝かせる三人娘。ティミーは涙をふくと、元気いっぱいに笑って言った。
「うん!」
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