第10話 妖精さんVSお嬢様(前編)


 見習い魔法使いのティミーと、英雄かぶれのルゥと、イタズラ妖精のフローライトと、ひねくれ少年のトロツキーはメルフェン村でも有名な仲良し四人組だった。

 その中でも特にティミーとルゥは、いつでもだいたい二人一緒だ。同じように、フローライトとトロツキーはよく二人でつるんでいる。もっとも、この二人の場合は、純粋な仲良し、というよりは、フローライトが新発明の実験台にトロツキーを使っているだけという感じなのだけれど。

 とにかく、その日も妖精と少年は一緒だった。フローライトはなんだかとても上機嫌で、トロツキーは、今日は発明の実験台にされなかったからちょっとホッとしていた。

 二人はグレーテルの家に向かっていた。もうすぐティミーが魔法の授業を終える頃合いだった。

「なんかいいことあったの?」

 前を行くフローライトに、トロツキーが尋ねると、彼女は鼻高々になって言った。

「ふふん、そうだなー。本当はティミーに最初に見せるつもりだったけど、あたしとトロツキーの仲だから、教えてあげる。実はすっごいものができたんだよね。知りたい?」

「……いや、別に」

「うん、知りたいよね!」

「いや、別に」

「じゃあ特別に見せたげる!」

「いや──」

 と、言おうとしたら、フローライトが謎空間から巨大なハンマーを取りだして、笑顔で振り上げたので、トロツキーは言い直した。

「超見たいです、はい」

「そこまで言われちゃしかたがない! じゃじゃーん! これぞ、フローライトの新発明! 世紀のお菓子革命、名付けて、『一撃必殺七色ドーナツ』!」

 そしてフローライトが取りだしたのは、虹のような鮮やかな七色──とはほど遠い赤、青、緑、黄色に紫、黒、ピンク色とまあ、サイケデリックな色合いの妖しげなドーナツだった。見ているだけで食欲が減退する、まるで魔法のような食べ物である。

「……何それ?」

「おいしそうでしょ?」

「いや、むしろ食べたらマジで必殺っぽい。てゆーかおいしいの、それ?」

「ん、知らない」

「えー」

「二ヒヒヒ。ティミーに最初に食べてもらうんだ。あの子、ドーナツ好きだからね。きっとびっくりするよ。魂飛んでっちゃうよ」

「やべーよ、それ。飛んでいったまま戻ってこなくなるよ」

 一応、トロツキーは止めるけども、やると決めたフローライトは彼の言うことなんて全然聞かない。それでウキウキしたまま妖精は、グレーテルの家の前までやってきた。

「おっ、ちょうど授業が終わるところだ。おーい、ティ──」

 だけど、呼びかけようとしたところで、フローライトは固まってしまった。

 一緒に、見覚えのない、金髪くるくる巻き毛の、女の子が出てきたからだ。

「はぁー、今日も疲れましたわ。そしてちょっと退屈です。来る日も来る日も、難しいお話ばかり。いったいいつになったら、何もないところから、炎を出したり、空を飛んだり、変身したりすできるようになるのかしら」

「がんばって、シャルロっちゃん! 先生はいつも、『きほんがだいじ』って言ってるよ」

「ふ、ふん! わかってますわよそれぐらい! そうやって、せいぜい先輩ぶってるといいですわ。すぐにティミーより立派な魔法使いになってみせます」

「うん、わたしもシャルロっちゃんに負けないようにがんばるね」

 ニコニコティミーに、ツンデレシャルロ。

「と、ところでティミー、このあとはお暇かしら? 実は街で人気のお菓子屋さんで買ってきたおいしいドーナツがあるのだけれど、あなたが、もしわたくしとお茶したいというなら、一緒に食べて差し上げてもよくってよ」

「ドーナツ! うん、わたしドーナツ好き。一緒に食べよう!」

「では決まりですわね。セバスチャン」

「はいお嬢様。すでに村の地理は完全に調査済みでごさいます。ティータイムを過ごすにふさわしい眺めのよい丘が付近にありますので、そちらまで参りましょう」

 そして二人は頭の長い老人の先導で、フローライトたちのいる場所とは反対方向に向かっていく。

 フローライトはしばらくそれをあ然とした様子で見ていたが、

「な……」

 跳ね起きるようにして声を上げた。

「な、何あいつ! あんなティミーに馴れ馴れしく! いったい何者!?」

「知らないけど。別にいいんじゃない。ティミーが誰と付き合ってようとさ」

「よくない! それにドーナツ? ドーナツですって! 何が街の人気のお菓子屋さんよ! ティミーはあたしの『一撃必殺七色ドーナツ』を食べるんだから!」

「いや、どちらかを選べと言われたらお菓子屋のドーナツだろそりゃ」

「うるさーい!」

 フローライトが怒りにまかせてぶん投げた「一撃必殺七色ドーナツ」は、真っ直ぐトロツキーの口に直撃した。

 衝突の勢いでかみ砕かれたドーナツは、ほろほろと口の中で溶けて、少年の喉を通り抜けていく。そして、


 ぎょええええええええええええええええええええええええええええっ!?


 地獄の底から轟くような、苦悶に満ちた悲鳴が響き渡った。

「だいたい街のよそ者が、このあたしの許可なくティミーと友達になろうなんて百年早いわ! 不埒で小生意気な都会者め。この村での礼儀ってやつをあたしがたたき込んでやる!」

 白目をむいてひっくり返り、口からふわふわ魂が浮き上がって風に流されようとしているトロツキーを背後に、フローライトは、どこぞのヤ○ザみたいな啖呵をきるのだった。


 村の近くの小高い丘の上、天気もよくてそよ風も気持ちよく、眺めもすばらしいその場所で、コポコポコポとセバスチャンが二つのカップに紅茶を注ぐ。芳醇なシナモンの香りが、微風に乗って、ティミーの鼻こうをくすぐった。

「すごーい。このお紅茶おいしーい」

「でしょう? セバスチャンのアップルティーは絶品ですのよ。ドーナツはどうかしら?」

「うん、ドーナツもすごくおいしい」

 幸せいっぱいにドーナツをほおばるティミー。こんなにおいしいドーナツや紅茶ははじめてだった。これが都会の味だというなら、街というのはすごい場所だなぁと考えた。

「……ど、どうでしょう、ティミー。もしティミーがどうしても、と言うのならば、今度、わたくしのおうちに招待して差し上げてもよくってよ」

「シャルロっちゃんのおうち?」

「ええ、そう。うちにくれば、おいしいお菓子だけじゃない、豪奢なお食事、エレガントなお風呂、心躍る娯楽、広々としたベッド、そんなこの村にはない、すばらしい体験を提供することをお約束しますわ」

「ほえー」

 ティミーは街には数えるほどしか行ったことがない。それも、用件は村では手に入らない物を買いに行ったりとか、〝ぎょうせいじょうのてつづき〟などで、いつも日帰りだったから、実質街のことはほとんど知らなかった。

 だからシャルロの言うことは、すごそうだというだけで、具体的な想像は全然できなかった。

「街に行くならヨロジーと相談しないと」

「ええ、何も今すぐにとは言いませんわ。都合がよろしい時で構いません」

「うん。でもシャルロっちゃんのおうちに行くなんてすごい楽しそう。今日帰ったらさっそくヨロジーに話して──」

「ちょっと待ったー!」

 突然聞き覚えのある声が割り込んできた。

 そして、丘の麓からギューンと何かが突っ込んでくる。どんがらがっしゃん! その何かは、ティミーたちが座っていた椅子やたテーブルやらを巻き込みひっくり返して止まった。

 飛んできたのはルゥだった。しかしなぜか彼は、白目をむいて泡を吹き、「ドーナツ……ドーナツ……」とうわごとを繰り返している。

「このくるくる頭! いったいティミーをたぶらかしてどうするつもり!」

 どどーん、と登場したのはフローライトだ。

「な、何者!? というかくるくる頭!? えっ、というか浮いてる? あなたも魔法使い!?」

「違うわ。あたしはフローライト。妖精よ」

「ようせい……?」

 ぽかんとしていたシャルロだったが、少しすると言葉の意味を飲み込めたようで、

「えっ、妖精!? すごいですわセバスチャン! わたくし妖精なんてはじめて見ました! ねえ、もっとお顔をよく見せてくださる?」

「こら! 人を珍獣みたいな目で見るんじゃない! それよりあなたこそ何者なの? 突然ずけずけと現れて、友達のティミーと馴れ馴れしくして!」

「これは失礼。申し遅れました。わたくしはシャルロ。街の名家ヴァレンティーナ家の次期頭首であり──」

「名菓ゔぁれんていーなけ? そんなお菓子あたし知らない!」

「うぇーん、セバスチャンまた通じなかった! 田舎恐いですわー!」

「おお、よしよしお嬢様」

「とにかく!」

 と、声を上げてフローライトは場を仕切り直す。

「名菓だかなんだか知らないけれど、この村に来てティミーと友達になろうっていうのに、このあたしに挨拶もなしなんて認めない!」

「むむ……黙って聞いていればあなたなんだか偉そうですわね! ティミーが誰とお付き合いしようと、あなたは関係ないでしょう!」

「関係なくない! あたしはティミーとは、まだあの子がハイハイしてた頃からの友達なんだぞ! 言わばお姉ちゃんみたいなものだ!」

「いつから友達かなんて関係ないですわ! そんなことを言ったら、わたくしは今、ティミーと一緒に魔法をお勉強しているの! 言わば同級生! 今、一番ティミーと近しいお友達はわたくしですわ!」

「うぎぎぎ」

「むむむむ」

「フローちゃん……シャルロっちゃん……」

 顔をつきあわせて睨み合う二人の間でティミーはおろおろ。彼女は両方のことが好きだったから、どっちの味方もできずにいる。

「こうなったら……決闘ですわ」

 シャルロが言った。

「決闘?」

「ええ、街ではこうして、お互いの言い分が真っ向から対立した時、決闘によって雌雄を決するものですの。どちらがティミーの真のお友達にふさわしいか、決闘で決めようじゃありませんの」

「ふふん、おもしろいじゃない。望むところよ。で、何で対決するの?」

「そうね」

 シャルロは辺りを見回した。そして彼女の目に止まったのは、ドーナツと紅茶だ。

「ティミーはお菓子が好きでしょう?」

「えっ、好きだけど……今はお菓子より二人の方が好きだよ。仲良くしようよ」

 精一杯ティミーは仲裁したつもりだったけれど、頭に血が上っている二人には通じなかった。

「じゃあ決まりですわ。決闘の内容は……ずばりお菓子対決! どっちがティミーによりおいしいお菓子を作ってあげられるかで勝負ですわ!」

 こうして、フローライトとシャルロによる、ティミー争奪おいしいお菓子選手権の幕が開いた。


(後編に続く)

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