第6話 ゼンマイ仕掛けのお友達


 早く一人前の魔法使いになりたいティミーは、平日はほとんど毎日グレーテルの魔法の授業を受けに行っている。

 そのあとの行動もだいたい決まっていて、一人でとことこ家に帰るか、ルゥと一緒にお喋りしたり遊んだりして帰るか、フローライトやトロツキーも加えて、四人でお喋りしたり遊んだりして帰るかの、三択である場合がほとんどだ。

 その日は四人でお喋りしていた。普段と変わらない平凡な日。ちょっとだけ、ルゥが難しい顔をして考え込んでいるのが珍しかったけれど、あまり気にしない。なにせルゥだからだ。どんな悩みも、明日の朝になれば勝手に解決しているのがその少年だった。

 夕焼け小焼け。カラスが鳴き始めた頃、広場の向こうから、背中に木製のゼンマイをつけたダンディーなおじさんと、頭に三日月が刺さったきれいな女の人が並んで歩いてきた。トロツキーパパとトロツキーママだった。

 トロツキーパパがこんにちは、というからみんなで元気よく挨拶を返す。こんにちは。

「トロツキーちゃん、もうすぐ暗くなるから今日はもう帰りなさい。今日のお

夕飯はトロツキーちゃんの大好きな熱湯地獄カレーラーメンよ」

「おいーっす」

 と、行儀悪くトロツキーは返事する。

 それからひょっこり立ち上がって、彼は両親についていった。

「じゃ、俺帰るから。みんなまた明日」

「うん、じゃあね。ばいばーい」

 手を振ってトロツキーと別れた。残ったフローライトと顔を見合わせる。

「わたしたちも帰ろうか?」

「うん、そだねー。てかさ、ルゥは今日なんだかいやに静かだね。どったの?」

 そこではじめてフローライトが疑問を口にした.振られたルゥは、うん、とだけ応えて、やはりしかめっ面で、トロツキーが去った方向を見つめていた。

 しかしそれで黙ってしまう。ティミーもフローライトも、彼が何か言葉を続けるまで待ってみた。しばらくそうしていたら、彼は意を決したように、二人を見て言った。

「おれ、思ったんだけどさ……トロツキーはロボットじゃないかと思うんだよな」

「ほぇ?」

「はぁ?」

 ティミーたちは二人して素っ頓狂な声を上げた。

 ルゥがヘンテコなことを言うのは、まあよくあることである。しかし、トロツキーがロボットだなんてことは、その中でもとびきり突飛な話だ。

 ティミーは、どうしてルゥがそんなことを突然言い出したのだろうと考えた。すると、彼の手の中にある一冊の本に気がついた。

 おそらく村の図書館で借りたであろう、その本の題名は『機械の国の冒険』……。

 ティミーはなんだか、あー、と納得した。うまく言葉では説明できないが、ルゥなら、本を読んでそんなことを言い出すのは、いかにもありそうなことに思えたのだ。

 しかしフローライトはにべもなく言う。

「ルゥは相変わらずばかねー」

「ばかとはなんだばかとは」

「だってさ。トロツキーがロボットだなんてそんなわけないじゃん」

「いや、間違いない。あいつはロボットだね。証拠はあのゼンマイだ。考えて見ろよ。普通の人間にゼンマイなんてついてないだろ」

 普通の人間にはついていないしっぽを振り回しながらルゥは力説する。

 その勢いには、フローライトも少し押され気味だ。

「まあ、そーかもしれないけど……」

「だろ。だからあいつはきっとさ、ゼンマイじかけで動くロボットなんだ」

 それからルゥはこう続けた。


ルゥの語る説

 ここに、一冊の本がある。この『機械の国の冒険』は、メルフェン村からずっと遠い所に実在する「機械の国」を舞台にした物語なんだけどさ。

 この本によると、「機械の国」は、村の大通りよりずっと広い石の道が走り、『世界樹』さまより大きな鉄の建物がたくさん建ち並ぶ、そんなすごい国らしい。そして、この『機械の国』では、身の回りのあらゆる物が自動で動く機械でできているそうなんだ。例えば車とか、階段もそうだし、掃除や洗濯も機械がやってくれるんだ。でもそんな「機械の国」で一番すごいのは、人間と同じようにものを考えて、動いて、生活するロボットがたくさんいることなんだ。「機械の国」でロボットは、〝ジンコウゲンショウ〟によって、小さくなった、国の〝ロウドウリョク〟を補う、そういう存在なんだってよ。

 このロボットはすごく便利だから、「機械の国」の周りの国も、その技術を欲しがっている。だけど、「機械の国」では、ロボットをつくる科学者を保護して、技術が他国に流出しないようにしてるんだって。そうまでして「機械の国」がロボット技術を保護するのは、実は、このロボットが戦争にすごく役立つからなんだ。人間より強くて、命令に忠実で、早くたくさんつくれる。そういう特徴があるロボットは、実は兵士にぴったりなんだってさ。

 だけど、ロボットをつくる科学者の中には、戦争目的でロボットをつくることに反対する人もいる。彼らが目指すのは、ロボットの〝ヘイワリヨウ〟というやつだ。そして、こっそり「機械の国」から逃げ出して、他国で研究を続ける人もいるんだってさ。

 つまりだ、トロツキーは、そうやってこの国まで逃げてきた科学者がつくったロボットだと俺は思うわけだ。どうよ、ティミー?


「ぐう」

「っておーい! ティミー寝るなよ! ちゃんと聞けよ!」

「うえー。だってお話長いー。難しいー。恐いー」

 肩を揺さぶられてなんとかティミーは目を覚ます。

 実際、ルゥの話は難しい。機械とか、戦争とか、科学者とか言われても、この、いなかで平和なメルフェン村に暮らす魔法使いのたまごのティミーには、ちっとも「機械の国」の様子は想像できなかった。

「フローライトは?」

 んー、と腕を組んで彼女はうなる。

 顔を上げると、フローライトは小悪魔的に微笑んで言った。

「あたしもロボットとか、機械とか言われてもなー。だけど、ちょっとあることを思いついたよ。実はね、

 はぁ? という二人に、フローライトは説明した。


フローライトの語る説

 つまり、トロツキーの本体は、人間の子供の方じゃなくて、ゼンマイの方なのよ。ティミーならわかるでしょ? ある種の魔法生物の存在。命を持ってしまった壺とか、本とかの話。この村で言えば、ヨロジーやカルバリーニョなんかがそう。

 そんな感じで、実はトロツキーという子は、あのゼンマイの方こそがその正体なの。だけど、ゼンマイの姿だと、みんなが友達になってくれないから、人間そっくりの人形、ロボットでもいいけど、それをつくってもらって、普通の人間のふりをしているの。

 どう、ティミー? ロボットって言われるよりはずっとわかりやすいでしょ。


「うぇーん」

「えー!? ちょ、ちょっとティミーなんで泣くの!?」

「うー。だってトロくんが実はゼンマイだとかやだよー」

「いやいやあくまで冗談だから! 本気じゃないから! ね?」

 フローライトになだめすかされて、ティミーはなんとか涙をぬぐう。それから口を尖らせた。

「て言うか、二人ともひどいよ。トロくんをロボットとかゼンマイとか言ったりしてかわいそうだよ」

「うん、でもさ……じゃあティミーはあのゼンマイがなんだと思うんだ? 説明できるか」

「えーと、それは……」


ティミーの語る説

 なんとなくつけてる?


「……」

「……」

「えっ、それだけ?」

「はい、それだけです」

「いやいやティミー。いくらなんでもなんとなくってだけでゼンマイなんてつけないだろ」

 そうかなーと、ティミーは思った。ティミーはいつもとんがり帽子を頭にかぶっているけれど、それだってなんとなくなのだ。

 グレーテルは別に魔法使いに帽子なんていらないよ、というのだけれど、とんがり帽子をかぶっていればなんとなく魔法使いっぽい。だから、ヨロジーに頼んで、街でサイズ違いの、ぶかぶかのとんがり帽子をわざわざ買ってもらったのだ。

 するとそんなところで、

「どうやらぼくをお呼びのようだね、かわいい子供たち」

 なんの脈絡もなく、吟遊詩人のトロイメライが現れた。

「呼んでねーよ」

「帰れ変態詩人」

 ルゥとフローライトが容赦なく言うのだけれど、トロイメライは全然気にしない。普段と変わらず、なぜか明後日の方向を見て遠い目をしている。

「ヘンタイ……、そう、今まさにぼくの心の有り様は、芋虫からさなぎの姿を通して美しき蝶に変体する間際。この身を一度ドロドロに溶かすのは灼熱の愛の炎。そしてぼくは生まれ変わる。過去のしがらみを絶ち、新たな世界に飛び立つのさ」

「不審者が出たからそろそろ帰るか。トロツキーの件はまた今度考えようぜ」

 そうして無理やり解散しようとするのだけれど、次のトロイメライの台詞で、ルゥは足を止めることになった。

「待ちたまえ、ルゥ君。君は、トロツキー君のゼンマイの秘密を知りたくないのかい?」

「知ってるのか?」

「まあね。本当は口止めされていたんだけれど……君たちの、永久の友情を引き裂かぬためには、ここで真実を語っておいた方が良いのかもしれない……」


トロイメライの語る真実

 あれは今から七年前のこと。トロツキー君が幼い子供時代の話だ。彼らは当時、ここからはるか北の国に住んでいた。その国は、ここメルフェン村とはほど遠い、何十年もの間、隣国との戦争に明け暮れる危険な国だった。その頃の戦闘は特に苛烈で、毎日戦地では何百、何千人という死者が出ていた。そのため兵士が志願兵だけでは足りなくなり、国は徴兵制を取ることにしたのさ。

 もちろん、健康な成人男性だった、トロツキー君のお父上も徴兵された。愛する妻と、幼いトロツキー君を残したまま、二度と帰ることのないかもしれない戦場に彼は行かねばならなかった。妻は泣いた。トロツキー君も、子供ながらに事態の重みを受け止めていた。

 街のおもちゃ職人だったトロツキーのお父上は、そんな二人を勇気づけようと、あるものをつくった。それが、あのゼンマイだった。

 彼は言った。

「ほら、トロツキー。大きなゼンマイだろう? このゼンマイで動かす、大きな大きなおもちゃを戦争から帰ってきたらつくるよ。だから、お父さんが帰ってくるまで、このゼンマイをしっかりなくさずに持っているんだよ」

 幼いトロツキーは頷いた。

 そして、お父上は戦場に旅立っていった。

 しかし運命は残酷だ。それから何日、何ヶ月、何年経っても、彼は帰ってこなかった。ようやく戦争が終わっても、帰還兵の中にその姿はなかった。

 残された妻と子供は待った。戦没者名簿に彼の名前がなかったからだ。託されたゼンマイを握りしめながら来る日も来る日も待ち続けた。

 だが不幸とは重なるもの。父親が帰ってこない中で、女手一つでトロツキーを育ててきた母親だったが、精神的、肉体的負担がたたって病に倒れてしまった。

 不治の病だった。助かる見込みはなく、母親は日に日に弱っていった。そして最期の日、ベッドの横で、ゼンマイを手にした息子に母は語った。

「トロツキー、そのゼンマイを、決してなくしては駄目よ。それさえあれば、きっとお父さんがあなたを見つけてくれるから。いつか必ず、お父さんがあなたの元に帰ってくるから」

 その言葉を最期に、母は息を引き取った。

 それからトロツキー少年は、夫妻の友人だったニャロに連れられてこの村にやってきたのさ。あとは、君たちの知る通りだ。


「「うわあぁぁぁーーーーーーーーーー!」」

 号泣するルゥとフローライト。

 彼らは人目も憚らず声を上げる。

「そんな哀しい過去があったなんて知らなかったよー!」

「あたしたちがばかだったー! ロボットとか人形とかいってごめんなさーい!」

 ティミーもとても哀しい話だと思った。話を聞いている間、トロツキーに同情した。でも──。

「さて、ぼくの役目はこれで終わりだ。あとは……君たちがどう彼と向き合うかだ。じゃあね、ティミーちゃん」

「うん。ばいばいトロイメライ」

 ティミーは吟遊詩人に手を振ってわかれた。そばではまだ二人がおいおい泣いていた。

「ううう、かわいそうなトロツキー。おれ、もうあいつにイタズラするのやめよう。この前、こっそりあいつのおやつ食べたことや、家の前に落とし穴掘ったことを謝ろう」

「あたしもそうする。もう新薬の最初の実験台にトロツキーを使うのはやめるよ」

 何やらそれぞれひどいことを告白するルゥとフローライト。

「……あのさ、ルゥに、フローちゃん」

「なんだよ、ティミー。平気な顔して! ティミーはトロツキーをかわいそうだと思わないのか!」

「見損なったよティミー。あたしティミーはもっと優しい子だと思ってたよ」

「うん、でもさ……」

 ちょっと言いづらかったけれど、ティミーは口にした。

「さっきわたしたち、トロツキーのパパとママに会ったよね」

「……」

「……」

 しばしの沈黙ののち、

「「そうだった!!」」

 おしまい。

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