第4話 ねこ探偵の事件簿


 ニャロはメルフェン村の村長の巨大ねこで、ねこ村長でもある。ねこ村長というのが何かというと、つまりねこの村長である。ではねこの村があるのかというと、どうやらそういうわけではなくて、そもそもねこは群れをつくる生き物ではないのだけれど、とにかくねこ村長はねこ村長なのだ。例えば、ある国のことわざでは、ねこはねこ村長にはじまり、ねこ村長に終わる、というらしい。意味は、ねこはまるでねこ村長のような生き物である、ということだそうだ。

 全部、ニャロの受け売りである。

 意味はちっともわからないが、ティミーはとりあえずそういうものなのだと納得していた。

「でも今日のおいらはねこ村長じゃにゃくて、ねこ探偵だにゃ。ティミー、協力するにゃ」

 珍しく、家にやってきたニャロは、突然ティミーを呼びつけると言った。

 ティミーはぽかんとした。ねこ探偵? ねこ村長だけでも難しいのに、その上、探偵だなんて言われたら頭がこんがらがってしまう。

「難しいよー」

「大丈夫大丈夫。ティミーはメロンパン好きだにゃ? そしたらおいらに協力するにゃ」

「メロンパンくれるの?」

「あげにゃいにゃ。ほらこっちだにゃ。ついてくるにゃ」

 ティミーは愛用の箒を引っ張られて連れられてしまう。いつもはティミーが箒をずるずる引いているのに、今日は箒にずるずる引かれている。なんだか変な気分。だけどちょっと新鮮。

「こちら、被害者の猫のタマさんだにゃ。ティミー、挨拶するにゃ」

「えーと、こんにちは?」

 ニャロの家の前まで来ると、一匹の黒猫に引き合わされた。にゃー、と鳴く猫に、ティミーはぺこりとお辞儀する。

「ティミーはばかだにゃ。猫に人間の言葉で挨拶してもわかるわけにゃいにゃ」

「えー」

「はい、もう一度。猫語で挨拶するにゃ」

「えーと……にゃー?」

「そりゃ人間が猫の鳴き声真似してるだけにゃ」

「えー」

 ちょー難しいと思った。

「しかたにゃいにゃ。おいらが通訳するにゃ。今回の事件は、にゃづけて、『タマさんが、おうちに隠しておいたおやつのクッキーが盗まれたしまった事件』、だにゃ」

「おお……『タマさんが、おうちに隠しておいたおやつのクッキーが盗まれてしまった事件』……」

「事件の概要を説明すると、タマさんが、おうちに隠しておいたおやつのクッキーが盗まれてしまった事件、ということににゃるにゃ。そして、このにゃん事件の解決を依頼されてしまったねこ村長のおいらとしては、ねこ探偵とにゃって事件を解決せざるえにゃいわけだにゃ。そんにゃわけだから、ティミー、おいらに協力するにゃ」

「わたし、何すればいいの?」

「ティミーは魔法使いにゃんだから、探し物の魔法の一つぐらい使えるはずだにゃ。それでにゃくにゃったクッキーを探すにゃ」

「探し物の魔法かー」

「できにゃいのかにゃ?」

「うんとね……多分、わたしよりグレーテル先生にお願いした方がいいと思うんだ」

「あのおんにゃは駄目だにゃ。グレーテルは頼み事をすると、すぐ取引だとか等価交換だとか言い出すにゃ。その点、ティミーはこき使え……よい子だから、困ってるねこを無償で助けてくれるにゃ」

「わたしよい子?」

「うん、よい子だにゃ」

 そう言われてはしかたがない。よい子は困っている人を助けてあげるものだ。ヨロジーも、グレーテルも、普段からよい子になりなさい、とティミーに言っているのだから。

 だけどティミーは少し困った。探し物の魔法は、あまり自信がない。グレーテルぐらいの使い手ならば、遠い海の向こうの外国にある小さな石ころの一つだって見つけることができる。

 しかしティミーは村の中だって、見通すことはできない。なんと言っても彼女はまだまだ見習いなのだ。

 それでもきょろきょろと辺りを見回し、ティミーは適当な木の枝を探す。腰くらいの長さの、ちょうどいい一本を見つけると、彼女はそれを地面にまっすぐ立てた。

「えーと……カスデコドハノモシガサ!」

 ぱっ、と手を離すと、枝はこてんとニャロが立っていた方向に倒れた。

「にゃんだ今の?」

「わたしが使える探し物の魔法です」

「にゃんか、おいらでもできそうにゃ気がするにゃ。まっ、いいかにゃ。クッキーは向こうにあるにゃ?」

「はい、そうです」

「よし、じゃあティミー一緒にくるにゃ。クッキーを見つけて、悪い泥棒をこらしめてやるにゃ。タマさんはここで待ってるにゃ」

 そして二人は、枝が倒れた方向に向かって歩き出した。

 途中でトロツキーやカルバリーニョに会って、聞き込みをしたり、ごろごろしてるゴロゴロを見かけたりしたけれど、成果はなし。探偵って難しい。

 そうこうしているうちに、ティミーたちは大きな『世界樹』さまの前まで来てしまった。

「行き止まりだにゃ。どっち行けばいいにゃ?」

 後ろでニャロが言うので、ティミーはもう一度探し物の魔法を使った。

 すると、ころん、と枝は、今度は手前に倒れたのだった。

「にゃんだこれ。引き返せってことにゃ?」

「うーん、そうかも?」

「にゃるほどにゃるほど……つまりだにゃ、犯人は今までに会った人間の中にいるってことだにゃ」

「今まで会ったっていうと……トロくんと、カルバリーニョとゴロゴロ?」

「にゃ。そのにゃかだとトロツキーが断然怪しいにゃ。トロツキーを探すにゃ」

 それで二人はトロツキーを探して引き返した。だけどその途中でニャロがぴたりと足を止めた。前方から、しっぽをくるくる回して、鼻歌交じりに歩いてきたのはルゥだ。

 ルゥは、ティミーたちを認めると、興味を持ったようで近づいてきた。

「ティミーじゃん。どうしたんだ。ニャロと一緒で珍しいな。なんかおもしろそうなことならおれも混ぜてよ」

「……にゃんか、もっと怪しい奴が現れたにゃ」

 偏見丸出しで言うニャロ。でもちょっとだけしかたがない。この村で、イタズラの類をするのは、だいたいルゥかフローライトだ。

「おい、ルゥ。クッキーどこやったにゃ。出すにゃ」

「へ? なんの話?」

「ごまかすにゃ。タマさんのクッキーだにゃ。お前が取ったんだにゃ」

「は?」

「にゃ」

 びたーん、と大きな音がした。ニャロが文字通り平手でルゥを叩きつぶしたのだ。

「うわー」

 一発でぺったんこのぺらぺらにルゥはなってしまった。ニャロはぺらぺらのルゥを振り回したり、ひねったりしてクッキーを探す。だけど、クッキーは出てこなかった。

「どうやらルゥじゃにゃかったみたいだにゃ。悪かったにゃ」

 ぽいとニャロが放り投げると、ぺらぺらのルゥは風に乗ってどこかに飛んでいってしまった。ニャロを怒らせたら恐いなぁ、とティミーは思う。けれど少しだけ、ぺらぺらは楽しそう。

 そのまままっすぐ歩くと、たどり着いたのはマーの雑貨屋だった。扉を開けると、いつも通り、やる気のなさそうな女店主のマーの、やる気のなさそうないらっしゃーい、の声が出迎える。

「クッキーを出すにゃ」

 と脈絡なくニャロが言うと、

「クッキー? そっちの棚にありますよー」

 と、マーが応える。

 見ると、確かにクッキーの缶が並んでいた。でもこれは盗まれたクッキーではない。商品だ。

「おいらたち、タマさんとこから盗まれたクッキーを探してるにゃ。知らにゃいにゃ?」

「ふーん? うちは盗品は扱いませーん」

「もし盗んだクッキーを売りにきた奴がいたら、おいらに一報するにゃ」

「はーい、わかりましたー。あっ、そうだー、ティミーちゃん。メロンパン好きー?」

「え、好き。くれるの?」

「ううん、あげないけどー」

 なんだか今日はメロンパン厄日だ。

 二人で並んでマーの雑貨屋を出る。左に立つニャロはとても不満げだ。

「ここも外れだにゃ。ティミー、もう一回だにゃ」

 それでえい、とまた探し物の魔法。今度は左に枝は倒れた。

 そうして二人で左方向に歩いていったけど、収穫はなくてとうとう村のはしまで来てしまった。

 ニャロが、ちょっと休憩するにゃ、というので、手近な岩の上に腰掛ける。それからおやつの時間だにゃ、といって、ニャロがクッキーを取りだしたので、二人で一緒に食べた。本当はメロンパンが食べたい気分だったが、クッキーもおいしかったので満足だ。

 もぐもぐ。もぐもぐ。もぐもぐ……。

 もぐもぐ?

「ねえニャロ。このクッキーおいしいけど、どうしたの?」

「うん、これかにゃ? これは、前にタマさんの家に遊びに行った時に、家の中でクッキーだにゃ」

「ふうん」

 ……もぐもぐ。もぐもぐ。

 ごっくん。

 ごちそうさま。

「さっ、気を取りにゃおしてクッキー探しを再開するにゃ。もう一回探し物の魔法だにゃ」

 はーい、と言って、お腹いっぱいになったティミーは枝を倒した。

 すると、ころりんと手前に倒れた枝は、ちょうど真っ二つに割れ、それぞれティミーとニャロの立つ方向を指して、ぴたりと止まりましたとさ。

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