第3話 イタズラ大作戦
「ルゥは自宅謹慎処分中なのです」
魔法の授業が終わった帰り、ルゥに会いに行くと、ティミーは代わりに出てきたお姉さんのニコにそんなことを言われた。
けれどあまり難しい言葉はわからない。首をかしげると、こう説明し直された。
「悪いことしたから、今日は一日遊ぶの禁止ってこと」
「あー、なるほど」
ティミーは納得した。悪いことをしたなら、それは仕方ない。
「ごめんね、ティミーちゃん。お詫びにこれあげる。アップルパイ。また明日、あのばかに構ってあげてね」
「はい、ありがとうございます」
ニコ手作りのアップルパイを受け取ると、ティミーはぺこりとお辞儀して引き返した。でも本当は、ごめんね、なんて言わなくてもいいのに、と思った。悪いのはルゥ。良いのはニコ。おいしいアップルパイをもらって気分はうきうき。
楽しい気分は人と分け合いたいから、ティミーはフローライトの家に遊びに行くことにした。
妖精のフローライトは自由に空を飛ぶことができるから、家は高い木の上にある。だから普通の人は彼女の家にお邪魔することはできない。けれどティミーは別だ。魔法使いだから、空を飛べるのだ。
箒にまたがり、ふわふわ飛んで、フローライトの家の扉をノックする。なにやつじゃー、と出てきたフローちゃんにこんにちは。
「ティミーだよ」
「うわぉ! ティミーなら歓迎するよ。今日は何の用?」
「アップルパイを食べ用。ニコの手作りだよ」
「ほんとに! じゃあ中にどうぞ。……あれ、ルゥは?」
「ルゥはじたくきんしんしょぶんちゅーなのです」
ティミーはニコの真似をしてみた。だけど、フローライトはふうん、と言っただけ。ものまねが伝わらなかったようでちょっとがっかり。フローライトみたいにものまね上手になりたいな、と思う。
フローライトの家はいつみてもヘンテコだ。大きな木の幹の一部をくりぬいてつくった家の中は、ベッドも、タンスもたいてい木でできているのだけれど、テーブルの上には透明なガラスでできた、変な形の瓶や筒、お皿だとかがたくさんある。それは、曰く〝実験器具〟なのだという。ティミーにはよくわからないけど、フローライトは妖精で、発明家なのだ。
今も、何かの〝実験〟の最中のようで、〝フラスコ〟という名前の瓶の中に、不思議な虹色の液体を抽出していた。
少し待ってて、とフローライトが言うから、ティミーはアップルパイを食べながら待つことにした。
ニコのアップルパイは相変わらずおいしい。すごくおいしい。思わず一人で全部食べたくなってしまう。
だけどそれは駄目だと我慢。パイはフローライトにもあげると決めたのだ。ああ、でもとってもおいしいから、もっと食べたい。あと一つだけ──。
「お待たせ!」
と、呼びかけられたから、はっとしてティミーはアップルパイに伸ばした手を引っ込める。危ない危ない、悪い子になってしまうところだった。
ニコのおいしいアップルパイはフローライトにも大好評だった。彼女はあっという間にパイを平らげる。友達が笑顔だとティミーもうれしい。フローライトにあげて正解だったな、と考える。
しかし一転、食べ終えると、フローライトはその笑顔をちょっと意地悪なものに変えた。
「腹ごしらえはこれでよし。あたしの偉大な新発明を試しに行こうかな。ティミーも一緒に来るでしょ」
「新発明って?」
訊くと、フローライトは虹色の液体が入ったビーカーを持ってきた。
「じゃじゃーん、これぞ世紀の大発明、フローさま特製の忘れ薬!」
「忘れ薬?」
「そう! この薬をね、頭の上にぽたりと一滴たらすと、直前に考えていたことをなんでも忘れちゃうの。すごいでしょ?」
「ほへー」
なんだか少し恐い薬だなぁとティミーは思った。今、頭の上にぽたりとされたら、おいしかったアップルパイのことも忘れてしまうのだろうか。
「でもフローちゃん、そんなお薬何に使うの?」
「イタズラ!」
と即答するフローライト。それでティミーはふうん、と言う。
本当はティミーはイタズラは良くないことだと思っていた。だけど、以前にそれをフローライトに直接言ったら、でもイタズラはあたしの生きがいだからやめられないの! と答えが返ってきた。
生きがいならそれはもう仕方がないと思う。ティミーの生きがいは、おいしいごはんと、お昼寝と、あと魔法の授業だ。そのどれか一つでもなくなったらとても哀しくなるだろう。
「そんじゃしゅっぱーつ!」
「おー」
そして忘れ薬をもって二人は家を飛び出した。一緒にぷかぷか空の散歩。これはルゥやトロツキーが一緒だとできないことだから、少しだけ優越感。
しばらく飛んでいたら、フローライトがきゅぴーんと目を光らせた。
「おっ、いいカモ発見」
地上をてくてく歩いていたのはヨロジーだ。ヨロジーは、ティミーと一緒に暮らしている鎧のおじいさんである。と言うか鎧である。なんでも、魂が鎧に乗り移っているとかで、鎧の中身は空っぽなのだ。しかしその実態はおじいさんである。だからつまりおじいさんの鎧なのである。
「フローちゃんフローちゃん、ヨロジーはカモじゃなくて鎧だよ」
「あのね、ティミー。ここで言うカモっていうのは〝ひゆてきひょうげん〟なの。わかる?」
「あっ、うん。わかる」
〝ひゆてきひょうげん〟、流行ってるなぁ、と考えてみたり。
とにかくヨロジーに視線を戻す。彼は、どうやらティミーを探しているようだった。
「ティミーやティミー。わしのかわいいティミー、どこいったんじゃーい。ああ、ティミー。心配じゃ。魔法の授業はもう終わってるのに、ルゥ君のとこにもどこにもいない。おーい、ティミー」
「はーい──むぎゅ」
答えようとしたら、フローライトに口を押さえられた。
「ふっふっふ、見てなよティミー。えい」
ぽたり。と頭の上に薬をたらす妖精ちゃん。
すると突然ヨロジーは動きを止めた。少しの間が空いたあと、彼ははてと首をひねる。
「わしはこんなとこで何やってたんじゃろ。おお、早う帰って夕飯の支度をせにゃ。ティミーがお腹をすかせて、お腹と背中がくっついてぺらぺらになってしまう。帰ろや帰ろー」
ティミーはびっくりした。さっきまで自分のことを探していたのに、本当にそれを忘れてしまったみたい。横ではフローライトがガッツポーズを取っていた。
「大成功! よーし、次の獲物を探すのだー!」
「おー」
そうして次の獲物を探していたら、彼女たちはルゥの家の上で止まった。裏口から、こそこそ外に出ようとしているルゥを見つけたからだ。
「ルゥじゃん。あいつ何やってんの」
「じたくきんしんしょぶんちゅーじゃなかったのかな」
「ははーん。さてはあいつ、ニコの言いつけ破って逃げだそうとしてるな。こらしめちゃる」
そうしてフローライトはルゥの頭にぽたりと薬をたらす。
ヨロジーの時みたいに、ぴたりと一瞬止まるルゥ。それからはっとして周りをきょろきょろした。
「……? なんでおれ、裏口なんかにいるんだ? まっ、いっか。おーい、姉ちゃん。腹減った。おやつちょーだい」
で、のこのこ家の中にルゥは戻っていく。そんなわけで、次に聞こえるのは、当然ニコの怒声だ。
「こらー! ルゥ! 誰が勝手に出歩いていいって言ったんだ!」
「えー!? なんの話だよ!?」
「しらばっくれるな! もーゆるさん! くらえ、お姉ちゃんパーンチ!」
どったんばったん。どかすかぼかすか。ずんどこどん。
横ではフローライトが、あひゃひゃひゃひゃー、と大爆笑。
「なんだかちょっとかわいそう……」
「いいの、いいの。自分が悪いんだから。これは正義の鉄拳。良いイタズラ」
「おお、良いイタズラ」
「そういうこと。よし、次を探すぞ!」
「おー」
そして二人はまたふわふわメルフェン村の中空をただよった。それで、次にフローライトが目をつけたのが、なんと魔法使いのグレーテルだった。
グレーテルは、日陰になった家の縁側で、魔法の杖の手入れをしているようだった。
だけどこれにはティミーは反対。グレーテルは怒らせるととっても恐いのだ。
「大丈夫大丈夫、おっ、チャンスかも」
グレーテルはのんびりあくびを一つすると、外に杖を置いたまま一度家の中に引っ込んでいく。その隙にフローライトはひょいっと杖を拾い上げた。
いよいよティミーははらはら。だけどちょっとわくわく。
しばらくしたら、手にティーカップを持ってグレーテルが出てきた。杖がないのを見て、おや、とつぶやく。
そして蛇の髪の毛のグレーテルの頭にさっと、フローライトが薬をまいた。
するとまた一瞬、ぴたりとグレーテルの動きが止まった。動き出すと、これもまた今まで同じように彼女は首をひねった。
「はて、私は外で何をやってたかね」
それを遠目に見ながら、フローライトがくすくす笑う。ティミーもどきどき。グレーテル先生が困っている姿など滅多に見ることがない。
「あれ、杖がない……ど、どうしよう。あの、杖がないと……」
だけど、なんだか少し様子が変。
「杖が……ないと、魔法の力が……制御できない……」
ティミーたちが見ている前で、グレーテルが苦しそうに身を折る。それからぶるぶる身を震わせて、蛇の髪の毛がごわごわとうごめき出す。
やがてグレーテルの顔は、みるみる恐ろしげな化け物の顔になり、巨大化し、髪の毛の蛇は本物に蛇となってしゅうしゅうと鳴き声立て始めるのだった。
この時にはもう、ティミーとフローライトはがたがた震えていた。
「ど、どどどうしようフローちゃん。先生が、先生が……」
あたふた。
「あわわわわわ、そんなのあたしに言われても……」
おろおろ。
「そうだ、杖! 杖を返そう!」
ばたばた。
「杖!? 杖杖杖……杖どこ? どこ行ったの!?」
あわあわ。
「それ、それだよフローちゃん手に持ってる奴!」
「杖を奪ったのは……」
その時、二人は背後に恐ろしい気配を感じた。
振り返ると、
「お前たちかーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「「ぎょぴゃああああああああああああああああああああああああっ!?」」
「──なーんて、うそぴょーん」
悲鳴を上げてひっくり返る二人を前に、一瞬でしゅるしゅるっと元の姿にもどるグレーテル。
「……ふぇ?」
二人で抱き合って、涙ちょちょぎれながら震えるティミーとフローライトを尻目に、魔女は足下に落っこちた杖と薬を拾う。
虹色の薬をしげしげと眺めてから、
「まったく妖精ちゃんね。このあたしをこんなちゃっちい薬でどうにかしようだなんて」
それから杖をくるりと回して、フローライトの頭をポカっ。
「反省しなさい」
二人のイタズラっ子はしばらくさめざめ泣いた。恐かったのと反省の涙。だけど、フローライトは鼻をぐずらせながらも、あっかんべーして帰っていった。
「今度はもっとすっごい薬をつくってやる!」
それが本日の捨て台詞。
だけど、ティミーはもうちょっとだけ泣いた。本当に恐かったのだ。怪物に変身したグレーテルの恐ろしい姿も。食べられてしまうと思ったことも。
でも本当に恐かったのは、大好きなグレーテル先生が変身してしまったこと自体だった。もうずっと先生が怪物のままなのかもしれないと思ったら、とてつもなく恐ろしかったし、なんてことをしてしまったのだろうと後悔した。
そんなティミーに魔法の先生は言う。
「ティミーも反省なさい。イタズラなんてしちゃいけないんだよ。イタズラに、良いも悪いもないの。ましてやイタズラする方がそれを決めるなんてもってのほか。わかった?」
「はい、ごめんなさい」
ティミーはやっと涙をふいて鼻をかむ。少しだけ冷静さが戻ってきた。そうしたら、文句の一つも言いたくなんてきた。
「でもさ、先生。わたしとフローちゃんをびっくりさせた時、ちょっとおもしろがってたよね」
グレーテルはふむーと言いながら、パイプの煙を吐く。それから、
「うん」
と正直に答えた。
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