2話 寓話、愚話
兎の決意を聞いた蛙は、いつもの調子でそう鳴くだけであり、兎はその返答を予期するまでもなく知っていたため、感慨もなく、杯を一人煽る。
そも、この友人は言語を持たない。
兎の言葉を理解しているかさえ定かではない。
けれど少なくとも箱舟に乗らず、この地に自らの意思で残った変人であり、住む世界は違えど、月を見、跳ねる同志であり、同時にただ一人の友人である。
酒も呑めず話も通じぬ輩ではあれども、いや、だからこそこうして互いに齟齬もなく、関係を維持できているのやもしれぬ。
「月までの道のりは幾らだろう」
呟くように兎は言う。
「いやはや、困ったものさね。この歳になるまで一度も、月までの道のりなど考えたことも無いのだから、まったく。先祖が月にいた同志。何かいい手段はないものかねぇ」
「
「なるほど。確かにソレは寓話やもしれぬ。あの月に、私や君がいたとはやはり、絵空事の寓話であろう。けれど、ならば、君。私が月に行こうという考えは、もはや寓話ではなく科学ではないか。今や世界は科学の時代だ。我々がそれに取り残される道理はないであろう」
「
「なるほど、なるほど。確かに我らは箱舟に取り残された同志であり、世界にも取り残された同志であろう。ふむん。まったく、君の言う通り、これほどの愚かな話はないだろうねぇ」
「
「なあに、私が下戸だって。馬鹿を言ってもらっちゃ困る。これでも私は素面だよ。酔っちゃあいないさ、こんなこと。こんなこと、酔って言える類の話じゃないだろう。御覧の通り、私は灰面をした素兎でさぁ」
「
「ああ、ああ、そうさね。酔っちゃあいないがね。それは真によい提案で。いいかい、同志。私はね。君にひと泡吹かせてやろう。見事に月へと舞ってやろう。見ていろ、見ていたまえよ、君。必ずや、必ずやひと泡を」
「
「ああ、ああ、ああ、もう、確かに君は、ひどい下戸さ。酒を飲めば泡を吹いて、吐瀉もするだろう。けどね、けれど、そうじゃぁない。いいかい、必ず見ていたまえよ、月を舞おう。月にて舞うのだ。さもなくば、そう、今の君のように、私をそうして笑うがいい。愚かな話と笑うがいい。けれど、けれど、必ずや。必ずや私は――」
一夜はそうして酒の場となり、兎はいつしか酔い潰れ、蛙もひっそり眠りにつく。
残暑を吹き抜ける風が、どこかに秋を含んでいた。
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