第2話「閻魔様、どうかこの俺を!」

 木でできたボロ船で三途の川を渡る。俺はあたりの景色を眺めながら一生懸命櫂を手繰り船を漕ぐ少女に声をかけた。


「ところで君、名前は?」


「ん? 死神に決まった名前はないよ」


「ええ……死神って呼ぶのはさすがになぁ」


「それじゃあ勝吉が名付けてよ」



 おっと、そうきたか。しかし急に言われてもなかなか難しい。ふと俺は生前飼っていた飼い猫の名前を思い出した。正直考えるのもめんどくさかったので俺はその名前をこの死神にも付けてやることにした。


「そうか、なら今日から君の名前はヒメだ」


「ヒメ、かぁ。うん、分かった。私の名前はヒメ! 勝吉が私のために考えてくれた名前だって思うとなんだかとってもいい名前に思えてきたよ!」


 だとさ。良かったな、うちの飼い猫の方のヒメ。とってもいい名前だとよ。



「なあなあヒメさんよ」


「なになに勝吉? あ、呼び捨てでいいよ?」


「閻魔様って怖い?」


 ヒメは少し考えるしぐさをする。


「もちろん厳しいお方だけど、死神には優しいところもあるよ。でも人間にはびっくりするくらい無慈悲なんだよね……」


 マジかよ……。まあ死神のヒメも一緒に頼んでくれるしなんとかなるだろ。――というか。


「死神って人間と比べて随分と変わってるよな。感情の動きが激しいというか、情緒不安定というか、チョロいというか。最初の偉そうな態度はなんだったのって感じでびっくりだわ」


「……チョロい? よくわからないけど私は別に普通だと思ってるけどなぁ。最初のあれは演技というか、死神として舐められたら困るから見た目とか口調とか色々工夫してるの。なのに、勝吉があんなに熱い告白をしてくれるものだからつい……」


「おうおう、すまんな。愛してるよヒメ」


「もっと言って」


「愛してるよ」


 この死神めんどくさいな。とはいえここで変に機嫌を損ねて心変わりされても困る。素直に愛をささやくとするか。









「この扉の向こうに閻魔様が待ってるよ」


「おお……。よしっ。それじゃあ頑張ろうな、ヒメ」


「うんっ」


 俺とヒメは二人で重くて大きい扉をゆっくりと開いた。




 いかにもといったような禍々しい空間。中央部が高くなっており、そこには巨大な机と巨大な玉座が置かれている。その玉座に座っているのがきっと閻魔様だろう。


 俺たちは中央部へと続く階段を上る。



「――ふむ、お前か。そこの死者の名は?」


 死者じゃねえっ――という言葉は心の中までで押さえて、俺は閻魔様をじっくりと観察する。


 その容姿は俺が想像していたのと全く違っていた。閻魔様は金髪ツインテールのロリっ娘だった。かなりびっくりだ。



「高橋勝吉です。ところで閻魔様、この者に関することで一つお願いしたいことがあるのですが」


「ん? なんだ?」


 お、いきなりいきますねぇ。


「私と勝吉をずっと一緒にいさせてください」


「ダメだ」


 おい、即答だったぞ。これ絶対あかんやつだ。


「そこをなんとか!」


 ヒメがそう言って頭を下げたので、俺もならって頭を下げる。


「天国も地獄も川渡しの死神が入ることはできない。これは決まりだ」


「それじゃあ私、死神やめて天国行きます。確か川渡しの死神はもう充分な数になりましたよね? 契約では川渡しの死神が増えたら任意で死神をやめてよいとなっていたはずですが」



 おう、なんかよく分からないけどずばずば言うなぁ。先ほどまで澄ました様子だった閻魔様が唐突に慌て始めた。


「ふ、普段から仕事熱心で生真面目なお前がそんなに言うなんて、一体その男がどうしたというのだっ。それに、優秀なお前にやめられたら非常に困るっ」


「勝吉と私は愛し合っているのです。勝吉と一緒にいるというただそれだけの願いを叶えてくれない上司のもとで働くなんてできません」



 一体どうしてしまったんだ、頭でも打ったのかと閻魔様はしきりにヒメに聞く。ははは、頭を打ったんじゃない。俺の愛の言葉がそいつの心を打ったんだ、なんてね。



「くっ……しかし人間をここに置いておくわけには……。ん?」


 そのとき閻魔様は何か名案を思い付いたようだ。ニヤニヤと笑いながら俺たちを見ている。



「ふむ、お前がそこまで言うのであれば、条件付きで願いを聞いてやらんこともない」


「あ、ありがとうございます!」


 ヒメと俺は再び頭を下げる。……なんか嫌な予感がする。



「おい、勝吉とやら! お前が死神になって我輩のもとで働くと言うのであれば、お前たちの願いを聞き入れてやろう!」


 ヒメの顔がパァッと明るくなる。あちゃあ……そうきますか……。



「いやあ、あの、俺そんな強くないですし……」


「大丈夫だ、死神になればみんな強くなる」


「えっと、万が一ですよ? もしも、もしもの話、それを断ったとしたら……」


「人間ごときに譲歩してやった我輩に恥をかかせて、天国なんかに行けると思うなよ? 問答無用で地獄に叩き込んでやる」


 で、ですよねぇ……。


「でも、その、俺たちは平穏にゆっくり暮らしたいというか。愛し合う者同士のんびりと隠居生活をおくりたいわけでして……」


「ふんっ。仕方あるまい。お前たちを死神にするのにかかった額の冥銭をしっかり稼いで献上できた暁にはそれを叶えてやろうじゃないか。できるものなら、だがな」


 それ絶対途方もない額ってパターンじゃん……。実質上の永久隷属てやつじゃん……。


「そこまでしていただけるなんて、感謝してもしきれません! ありがとうございます閻魔様!」


 ヒメはそれはもう両手を上げて喜んでいる。


「ふむ、お前には日ごろよく働いてもらっているからな。ご褒美というやつだ。――おい、勝吉とやら。サボっているのが分かったら即地獄行きだからな」


 まあ死ぬよりはマシか。死神って生きてるかどうかは分からないけど少なくとも死んではいないだろ。それにどれくらい先になるかは予想もつかないが、一応解放の条件も提示されてるんだ。


「はい。ぼちぼち頑張ります」


「うまくいったね、勝吉! これからよろしくね! 大好きだよっ」


 そうだね、よろしくね。

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