死神を堕としたらチート級の死神になったので異世界転生者のお命頂戴します
茶器
第1話「まだ死んでないから! まだ死んでないから!」
「ふふふ、君が高橋勝吉か。……君のよう若い死人は久々で驚いたよ。さあ、観念して共にこの三途の川を渡ろうではないか」
俺は目の前の白い死に装束を着た骸骨野郎がこちらへ近寄ってくる間に、これまでの出来事を頭の中で整理する。
――そう、俺は死にたくない思いに関しては誰よりも強いことを自負している以外は特に特徴のない高校生だ。なんかこの骸骨は俺を死んだ扱いをしているが俺は認めないぞ。まだ三途の川を渡っていないから俺は死んでない。
くそっ、もとはと言えばあの謎の狂った男が銃なんかを乱射しなければっ。たまたま銃を持った頭のおかしい男がいる場所を通ったときに、たまたまその男が銃を乱射し始めた時に、たまたま銃口が俺の頭をとらえてやがったばかりに。
俺の頭は吹っ飛ばされたんだ。まあ痛みなんか感じる暇もなかったが。何度も言うが頭を飛ばされたが俺は死んでない。なぜならまだ三途の川を渡ってないからだ。
っていうかこういうのって普通異世界転生のフラグなんじゃないのかよ。不幸で頭をふっ飛ばされた俺に、お詫びとして神様がチートを授けてくれて最強の冒険者として異世界で楽しく第二の人生をっていうのがお決まりだろうが!
「ふふふ、まあそうおびえるな。確かに閻魔様は怖いが生前にやましいことがなければちゃんと天国に行かせてもらえるさ……それとも、地獄に行くような人生をおくってきたのかな? ふふふ……」
こいつは俺が骸骨姿を見てビビってるんだと勘違いしてるみたいだな。あいにく俺は死ぬこと以外に怖いものはないと思ってる。だがこの分だと俺の得意の命乞いもされ慣れているように見える。
こうなったら別の方向性から攻めてみるしかない。俺はなんとしてでも死なないで見せる!
「ははは、違うさ。俺はおびえてるんじゃない、君にホレボレとしていたんだ」
「――ふぇっ?」
ふん、さすがのこいつもこの発言にはびっくりといったところか。当然だな、こんな骸骨野郎にホレボレするやつなんかいるわけがない。もしいるとしたらそいつは気が狂ってる。
しわがれてはいるが、声からしてこいつは女だ。だとしたらなんとか口説き落として説得して、三途の川を渡る前に引き返すしかねえ。
「な、なにをばかなことを……。それに、君は死者で私は死神だ――」
「俺は死んでない! まだ死んでないからっ! 死者じゃねえ!」
おっと、つい叫んでしまった。自分が死んでいるだなんて言われたらついカッとなっちまったよ。
「すまない。今のは死者が死神の君と愛を育むことができないというなら、俺は死という事実さえも捻じ曲げてしまいたいほど君に惚れている、という意味だ」
「そ、そんな……。だ、だがこんな私のどこがいいというのだっ! 私はこんな醜い姿で、しかも命を死後の世界へと導く人の忌むべき存在なのだぞ」
ふっ。悪いがこの勝負は貰ったね。わざわざ想いを語る方向に持ってくれるなんてな。既にペースはこっちのものだ。
「確かに君の姿は醜い。そんな骸骨姿、普通の人間が見たら正直気味が悪すぎて見るのすら嫌がるだろうさ。しかも君は姿に相違なく、命をかっさらうようなド外道腐れ死神だ」
「うっ……。ド外道腐れ死神……」
骸骨はがっくりとうなだれた。突然上げられたと思ったら一気に落とされたのだからそりゃそうなるだろう。まあ俺は別に自分の命さえ取られなければ後はほかにどれだけ命を取ってようがまったく気にしないんだがな。大事なのは俺が死なないことだけ。
――っと、まずは相手にネガティブな言葉をぶつけてやる。相手の心を掴むには褒めるだけじゃダメなんだ。
こいつは見かけによらず心の動きが激しいし、これは楽勝だな。
「だがそんなのは表面的な問題さ。普通の人間には気味の悪く見えるその骸骨も、俺には死神という業を背負った者の悲壮の表れに見えて守ってやりたくなる。命をかっさらうド外道腐れな役割も、誰かがやらなきゃいけないことだ。君すらも気付いていないような、自分を押し殺して死神という汚い役に徹することの苦しみ、俺には痛いほど伝わってくる」
もちろん全部でたらめだ。とりあえずそれっぽいことを並べてみた。そんなこと思っていないと言わせないために、お前が気づいていない部分も俺は気付ける特別な存在なんだ、ということを強調する。
冷静になって考えれば俺の言ってることはおかしなことだらけなんだが、それをさせないためにこの死神の気持ちをあらかじめ揺さぶっている。予想以上に効きすぎて俺がビビってるくらいだしそこは問題ないだろう。
それまでがっくりうなだれていた骸骨。俺の優しい言葉に心打たれてジーンとでもしたのか、そっと顔をあげて空洞な目で無言のまま俺を見つめていた。よし、あと一押しかな。
そのとき、俺の目の前で信じられないことが起こった。
骸骨姿の死神は突然ヒックヒックと嗚咽し始めたかと思うと、その体が黒い煙に覆われたのだ。
「えっ。ちょっ、ええっ!?」
黒い煙が消えたとき、目の前の死神はもとの骸骨とはかけ離れた姿に変わっていた。縁起の悪い死に装束は相変わらずだったが。
さきほどまでのしわがれたものではなく、かわいらしい少女の声をしてしゃくりあげるのは、俺とそう変わらないような歳に見える黒髪の少女。髪を両サイドで少し束ねており、降ろした後ろ髪は肩甲骨のあたりまで伸びている。いわゆるツーサイドアップという髪型だ。
背丈は俺より頭一つ小さい。だが出るところはしっかり出ていて引き締まるべきところはしっかり引き締まっているというメリハリのある体をしている。骸骨状態のときは俺より頭一つ大きいうえに体が骨だからかスタイルも何もあったものじゃなかったのだが……。
先ほどまでの頭蓋骨が嘘のように瑞々しさを感じさせる肌をした顔。色の薄い肌につぶらな瞳、バランスのとれた鼻と口。
「か、かわいい……」
思わず呟いてしまう。さっきの骸骨姿はなんだったのか。もしかしてあれは別人なのか。いや、骸骨姿の時と同じ行動を取っているのだからそれはないだろうが……。
「な、なんでぇ……ぐすっ。なんで私の気持ちが分かるのぉ……ひっく」
おっと、見惚れている場合じゃない。まだ終わってないぞ。しかしこんな可愛い子なら繕う必要もなく口説けるな。
「君が大好きだから、さ。ほら、泣き止んで。そんなに泣いてちゃ可愛い顔が台無しだよ」
「で、でも私は死神だがらっ……君を閻魔様のどごろにぃっ――」
俺はそれ以上は言わせないという意志を、ギュッと抱きしめることで表した。死神は話すのをやめて嗚咽を漏らすだけになった。
「君の気持ちは分からない。でも俺は君が好きだ。君と離れて死後の世界に行くなんて嫌だ。だから君を離しはしない」
「ふぇぇぇん……ぐすっ。あ、あだじも好きだよぅ……でも、でもぉ……ひっく」
大勝利だ。あとは適当に言いくるめて三途の川を渡らずに帰る方法を聞き出してさっさと生き返らせてもらおう。あるいは転生させてもらうのもありだな。
それにしてもこの死神チョロすぎだろ。さすがにこんなので惚れるのってやばすぎないか。まあ死神と人間はそもそも価値観が違うからよく分からないし、普段人に嫌われる存在だから好意を示されるのに慣れてないのかもしれないが。
「そうか、嬉しいよ。俺は死ぬのは絶対嫌だ。だって君と離れ離れになっちゃうだろ?」
「でもここから帰る手段はないよ……。ここに来たら閻魔様のところには絶対行かなくちゃいけないの」
げ。帰る手段ないのかよ。いや、もしかしたら閻魔様ならなんとかしてくれるかもしれない。俺一人の頼みじゃダメでも死神も一緒に頼んでくれれば……。
「なあ、君は閻魔様と面識はあるのか?」
「――? あるというか、私の上司だけど……あっ」
自分で気づいてくれたみたいだな。そうだ、閻魔様に頭を下げて俺の天国行きもしくは地獄行きを取り消してもらって生き返りか転生をさせてもらえないか頼み込むのだ。
「俺は君と離れたくない。君は?」
「私も離れたくないよっ」
「それじゃあ一緒に俺が天国か地獄に行かなくてもいいようお願いしてもらえないか」
「ううん……聞いてもらえるかは分からないけど、頑張ってみるね。二人で一緒にいたいんだって説得しようっ」
第一段階クリアだ。ここまではあまりにも上手く行きすぎている。本当の試練はこの次だな。
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