3 パラメティシア大陸エウリュメテス地方
ベルゼビュート。
その名はこの魔界において、七つある公爵家のうちのひとつ。
リリィたちの遠い祖先は流浪の末、ここに辿り着いた移民だったが、それ以降、魔族は魔族なりの秩序を以って、七つの公爵家に治められてきた。が、忌まわしき人間どもと同じ、魔界の情勢とてまた栄枯衰退。公爵家が七つもあれば、時代時代によって勢力など存分に異なる。
ここ二百年ほど、ベルゼビュート家が恐ろしく低迷している理由は様々あるのだろうが、大人の世界の理屈は父や母に任せておくとして、リリィはリリィなりに、つまり子供は子供なりに考えて行動した結果、【魔王】イスカリオット・グラッドストーンとの邂逅を果たした。それが今から一年前のことだ。
今でこそイスカリオットはリリィが最も慕う人物であるが、神々の尖兵であった堕天使アザゼルを蛇蝎の如く嫌うように、その出会いからしばらくはただの人間風情として心象は最悪の一言だった。何よりも家系を、血筋を重んじるリリィの気持ちを一変させるほどの強い出来事がそこにはあったわけだが、以降、イスカリオットはしがらみに囚われ続けている魔界の様相を根底から覆してくれるのではないか――リリィはそんな淡い期待を胸に、彼に付き従っている。
のだが。
「どういうことですか」
煉獄の間に戻ってきたヤヌシュの、その話を聞いてリリィは目を丸くした。否、丸くしただけでは済まなかった。
「どういうことと問われても、今申し上げた他に言いようがありません」
曰く。
イスカリオットの仇敵たる白き紋章の所持者【勇者】をようやく探し当てたかと思いきや、その覇道において必ずや障壁と成り得るその者の始末を行うわけでもなく、戦闘を優位に運んでいたアザゼルを払い除け――そいつのこと自体は、リリィにとってもどうでもいい――ヤヌシュにも引き下がるように命令した。
挙げ句の果てには、【勇者】の旅に同行するからしばらく戻らないなどと言い放ったそうで、まさに目が眩むような思いだ。
「【勇者】の旅に同行し……弱点を探るとか、不意を突いて殺すとか、そういったことを計画されているのでしょうか」
「イスカ様がそういった姑息な手段を好まれるような方でしたら、貴女が気に掛けることもなかったと思いますがね。リリィ」
ヤヌシュの言い方は癪に障るが、しかし、その通りだ。
小細工は一切なし、真っ向勝負でアザゼルをねじ伏せるほどの実力の持ち主。そこには魔族だからとか、人間だからとか、種族的な掛け値は無きに等しく、ただひたすらに圧巻。黒き紋章を抱く他の【魔王】の中でも圧倒的。だから、リリィも心惹かれたのだ。
そんなイスカリオットが居城を離れ、仇敵と旅をするなんてことがメリットとして在り得るのだろうか。いや、実際にそうなってしまっているのだから頭ごなしの否定的な考えは出来る限り捨て去るとして、【魔王】たる人物がそんな暴挙に出るとすれば、その理由は――
「……まさか、とは思うのですが」
「はい?」
「イスカ様が探しておられた白き紋章の【勇者】は、女……ですか?」
短い時間ながら、精一杯考え抜いたリリィの考えがそれだった。
今度はヤヌシュが目を丸くする番だったが、それはそれで面白いという考えに至ったのだろう。リリィには意味が分からなかったが、唇の端がやや吊り上がった。
「ええ。二人組の人間の少女でした」
「なぁ――ッ!」
そうやって思考の枷を外しても思い付くものがあまりにもなく、短絡的お花畑の思考だと恥じながら口にしたことが嫌な予感となってリリィの背筋を駆け上がってくる。
「まさか、まさかですよ……ほんの、砂粒程度の可能性として、ですよ? イスカ様は、その者に一目惚れ、した、とか?」
「可能性は否定できません」
「ひっ……」
リリィの唇が自然と戦慄いた。
「ま、【魔王】イスカ様はこの先、魔界の未来を導く者として覇道を歩まれる身ですよ! そんなくだらぬことにうつつを抜かしていては――ッ!」
「姿見を用意させましょうか」
「……なんの話ですか」
「私に言わせてもらえれば、どの口がほざいているのかということです」
「ひぐっ……」
元々掛け値なしの味方であるとは思っていなかったが、それでもヤヌシュの容赦ない物言いにリリィの心は手折られそうになる。
「まぁ、冗談はさておき――しかし、そうですね……【勇者】を引き入れることが出来れば、【魔王】軍に敵は居なくなる。そうお考えの上で、篭絡しようとされている可能性はあるかもしれません」
「それこそふざけるなですよッ! 下賎な人間の力を借りずとも、このリリィが居ればイスカ様の体制は磐石のはず!」
「同感です。それでは面白くない」
ヤヌシュの物言いがやや引っ掛かったが、興奮冷めやらぬそのときのリリィにとっては瑣末なことだった。
【魔王】といえど、イスカリオットが人間であるのは事実。
同じ人間に対して好いた惚れただけの話であれば、そこは致し方ない部分もあろう。こっそりバレないように暗殺するなり魔界の奥底に放り込むなりして、後ほど傷心のイスカリオットを慰めて差し上げればいいだけの話。
しかし、この軍勢に加入となれば、話はまるで異なる。おいそれと手を出し難くなる上、リリィのこの地位が脅かされることにも繋がりかねない。もちろんリリィも簡単に脅かされるつもりはないが、可能性が全く無いのと、可能性が少しでも存在するのは、意味合い的にも全く異なってしまう。
「むむ、むむぅ……」
「心配ならば貴方も行ってみればいいのでは? リリィ」
「でも、リリィはイスカ様からこの城の守りを言い渡された身。迂闊にここを離れるわけには……」
「留守番でしたら私が引き受けましょう。それに、イスカ様の命など到底承服できないという荒くれ者が再び地上に赴こうとしています。誰とは申しませんが――」
とぼけた様子で言葉を濁すヤヌシュ。だが、その荒くれ者とやらが誰を指すのかは分かり切ったことで、リリィは語気荒く憤慨した。
「あの、不届き者め――ッ!」
「おっと。ひとつ訂正が。私としたことが」
「なんですか」
「再び地上に赴こうとしているのではなく、再び地上に赴いた後でした」
「アザゼル――ッ!」
この底知れない優男に焚き付けられたようで、そこだけは唯一気持ち悪いところだが、それでも煉獄の間をけたたましく駆けるリリィの足を止めるほどのことではなかった。
◆◇◆◇◆
ヴァージニア・アップルガースは再び辟易としていた。
天候のほうは、良好だ。
やや黄土掛かった丘陵には優しい風が吹いて、下草を気持ちよく揺らしているし、澄み渡る空は遠くのほうまで見渡すことが出来て、大陸北方でも有数の険しいレジーン山脈が顔を覗かせ始めている。
そして、自分の横で肩を並べて歩くのは、この半年間連れ添った親友のパメラ。だが、今は後ろを振り返ると、そこに蝙蝠マントの少年が付かず離れず付いて来ている。
「……アンタ。どこまで一緒に来るわけ?」
今朝以来、久しぶりに話し掛けられたのが嬉しかったのか、少年――イスカリオットはやや距離を詰めながら、
「ヴァージニアの向かうところならどこへでも」
年相応の快活さを滲ませながら、イスカリオット。
聞けば、その黒い装束は由緒正しき正装というものらしい。
ややクセのある赤毛と、やや不健康そうな白い肌。世界中のどこの村にでも街にでも、ふたりの故郷ミュニス村にさえいそうなごくごく普通の少年。なのに、それが実は黒き紋章を持つ【魔王】であるだなんて、しかもパメラ曰く、あれだけパメラが苦戦していた青い巨人アザゼルを一蹴するほどの力を持ち、優男のヤヌシュまで付き従えているなんて、規格外と言うにも程がある。
「あのさ」
頭のどこか――はっきりとは分からなかったが、確実に頭のどこかが痛む。とりあえずヴァージニアは額を押さえながら、問う。
「【魔王】が【勇者】と行動を共にするなんて前代未聞じゃないのかしら」
「そう? まぁ前代未聞ではあるかもしれないけれど、ダメだっていう明確なルールは世界中のどこを探しても無いと思うな」
イスカリオットはへらっと破顔しながら得意げに言った。
「た、確かにそんなルール無いかもしれないけれどッ!」
人畜無害の笑顔を前に、ヴァージニアは戸惑いながら呻く。
そんなルール、確かに無い。
しかし、勇者と魔王といえば、遥か古の昔から敵対することが運命付けられてきた間柄である。魔王は何かにつけて世界を欲しがり、その度、人々の願いを叶える形で姿を表した勇者が苦難の旅の末、仲間たちと共に魔王を討ち取る――そんな英雄譚がこのランドヴァースにも少なからず存在する。
ヴァージニアとイスカリオットのみならず、白き紋章と黒き紋章が世界同時多発するようになって、【勇者】と【魔王】がそれなりに姿を見せるようになって、この地上では、英雄譚の真似事のような諍いがむしろ増えたらしいけれど、そういう意味では、ヴァージニアとイスカリオットが個人として争う理由はどこにもないのだけれど、かといって、仲良くする理由もない。
しかも、ヴァージニアが納得していないのは、
「何でパメラはあっさり受け入れちゃうのよ……」
ということだった。
ヴァージニアとパメラの旅の同行を申し出たのは【魔王】だったが、渡りに船といわんばかりに飛び付いたのがパメラだった。
「あははは……ごめんごめん。ジニーがそこまで嫌がるとは思ってなくて」
「嫌……じゃあないけど、さぁ」
至極納得いかない。ヴァージニアがそう思っているのは事実。
だって、相手は敵対する黒き紋章を持つ【魔王】だ。
友好的な振りをして、こちらの寝首を掻こうと虎視眈々と狙っている可能性は誰にも否定できないはず。そんな危ない奴と寝食まで共にするなんて――
「冷静に考えてもみてよヴァージニア。キミの白き紋章は確かに魔物を引き付ける厄介な性質を持つ。けれど、俺が持つ黒き紋章は魔物を従える性質を持つ。ということは、だ。いくらヴァージニアに引かれて魔物が集まろうとも、俺が居る限り襲われることはないんだよ。これはすごいメリットだね」
その通りだ。
その利点が、パメラが首肯した理由だった。
でも、ヴァージニアには、毒には猛毒を以って制す今の状況が不安に思えて仕方がない。魔物は襲ってこないかもしれないが、【魔王】がいつ襲ってくるのか分からない状況なんて、まさに本末転倒だ。
「宿屋の暖かい布団でぐっすり眠ることも可能だよ?」
「【魔王】がいるなんて知れたらタダじゃ済まないわよッ!」
「ん、それもそうか。世知辛いなぁ」
純魔族の襲撃という事件があったセントヘレナ地方を出て、三日。つまりは、イスカリオットが同行するようになって、三日。イスカリオットと行動を共にすることで、彼が言うメリットの恩恵に与っていたが、別の意味で心に負担が掛かる毎日が続いている。
「ふふっ」
だというのに、何がおかしいのか、パメラが暢気な笑い声を上げた。
「なによ……パメラ」
「いえ、懐かしいなーって」
「懐かしい?」
「ようやく半年前のジニーに戻ったみたい。そうやって毎日、村の男の子と言い合いなんかしてたりね」
「んな――ッ!」
顔が一気に上気するヴァージニア。そして、イスカリオットはといえば、パメラの言葉に対して犬のように食い付く。
「ちょっと、それは聞き捨てならないねパメラ女史! もっと詳しく!」
「いいわよぅ。ジニーは私も憧れるほど元気な女の子だったから、毎日毎日男の子たちと仲良く野を駆けずり回っていてね――」
「わーわーッ! 止めて止めて! なんで言うのさパメラッ!」
どうしてダメなのと言わんばかりのパメラに、至極残念そうなイスカリオット。自分の昔話なんか何が楽しいんだと思う一方で、ヴァージニアはその当時のことを鮮明に思い出していた。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来る。毎年変わり映えなく静かに季節は巡る、真新しいことなんて何もない穏やかだったサイクル。だけど、それがきらきらと輝いていて、かけがえのないものだった。
でも当時のヴァージニアは平穏を退屈として吐き違え、事ある毎に両親や村の同年代と衝突を繰り返す始末。後に待っていたのは、そんなものでさえ愛おしいと、失ってから初めて気付くという月並みな展開だった。どんなに想っても、もう二度と戻ることのない日々。一日、また一日と遠ざかっていく。
ヴァージニアは左手首に巻きつけた布切れを、その下に隠れている白き紋章を凝視する。
これがヴァージニアの全てを変えてしまったのだ。
「……ジニー?」
突然黙り込んだヴァージニアを心配して、パメラが覗き込んでくる。
「へっ。あ、ああ。ごめん……ぼーっとしてた……」
「ふむ。見ていると、あれだね。ヴァージニアは情緒不安定なところがあるね」
「半分ぐらいは、ううん、半分以上はアンタのせいだと思うんだけど」
「えぇっ!」
何故そこで思いも寄らなかったと言わんばかりに大袈裟に仰け反ることが出来るのか。イスカリオットに向かって冷徹な視線を投げつけるヴァージニア。
「本当に大丈夫、ジニー? ちゃんとした訓練もしていないのに、半年も旅を続けているんだから疲れも溜まって当然だけど……」
あまつさえ、街の施設はほとんど利用させてもらえない。年端も行かぬ小娘がよく頑張れたものだと、ヴァージニアは自分でも思っている。当然、パメラが手厚くサポートしてくれたおかげでもある。
「エウリュメテスに辿り着けば、それなりに休めると思うから。あと、そこまでの道のり、イスカ君がいれば楽に行けると思うの」
「そう、だけど……」
イスカリオット自身が語ったヴァージニアのメリット。それは存分に機能しているといえる。四六時中、魔物の襲来を警戒しなくて済んでいる。
だが。
「ジニー。こう見えても私、人を見る目はあるつもりよ?」
パメラはいつもの如く、優しい。
「そこは否定しないけど!」
なんだか、言うに言い表せない。気持ちが悪い。
イスカリオットのことについて好きか嫌いかすら語れないほど浅い付き合いなのに、ずけずけと――少なくともヴァージニアにとってはそうだ――こちら側に入り込んで来ようとするその態度が、表情が気に入らない。
白き紋章と相反す黒き紋章を抱いた【魔王】のくせに。
「あのさッ!」
意を決し、ヴァージニアは真正面からイスカリオットに向き合う。
「ん?」
そんな様相でも口を利いてくれることが嬉しいらしい彼は、微笑みながら首を傾げる。毒気の無いそんな態度が調子を狂わせる。
(毅然とした態度、毅然とした態度、毅然と――)
深呼吸。
「アンタがあたしたちの旅に同行したいと言うなら、嫌々だけど認めてもいい」
「おお。ようやく心を開いて――」
「早まるな! 認めてもいいけど、あたしたちに同行することによってアンタに生じるメリットを聞かせなさい。あと、心は開かない」
「ふむ」
ヴァージニアの要求に対し、珍しく戸惑い――のようなもの――を見せるイスカリオット。
「でないと、最低限の信用もできない――そういうこと?」
「ええ、そういうことよ。それが言えないのなら、ここまで。たった三日とはいえこちらとしては随分と助かったし、お礼も言うけれど。でも、ここまで」
「ジニー」
手を挙げて、何か言いたそうなパメラを制止する。
「んんー……なるほど。参ったなぁ……」
顎に手を当てて、狭い道の間を忙しなく行ったり来たりし始めるイスカリオット。しかも、ぶつぶつと独り言のようなものを繰り返し始めた。
「確かにあるんだよ、俺のメリットも。でもなぁ、出会って三日で口にするかって代物だしなぁ」
ヴァージニアに言わせてもらえれば、出会って三日でその馴れ馴れしさかということなのだが。
「とはいえ、ヴァージニアが信じられないっていうのも、まぁ分からなくはないかなぁ。うーん、困ったなぁ」
なんだか。本当に、なんだか。言ってみれば、そう――おかしな奴だ。
それがヴァージニアの率直な思いになった。
はっきりとしたことを聞けなくても、その右往左往する姿を見れば、少なくとも他意は無いことぐらいヴァージニアにだって分かるし、騙し討ちをしようとして接触してきたわけではないらしい。
イスカリオットにとってのメリットを聞かせろとは言ったものの、別にもういいかと思うこと半分、いや、甘い顔をして今後付け上がられても困ると思うこと半分。
その辺りがせめぎ合い、ヴァージニアの口がぱくぱくと揺れる。
そんなとき、
「イスカ様――ッ!」
悲鳴に近い、甲高い声がして。
ヴァージニアとイスカリオットの間を割るように、まさに言葉通り、空から女の子が降ってきた。派手な轟音と派手な土煙を巻き上げ、一瞬、視界不良に陥る。
「ごほ、えほっ! な、なに――!」
「ジニー、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫だけど……なんなのよ!」
ややあって、土煙が収まって。
イスカリオットの前に立ちはだかる空から降ってきた少女をまじまじと見つめる。背丈はヴァージニアの胸の辺りまで。ブロンドの髪に黒を基調としたエプロンドレス。お人形と言っても差し支えない、完璧な造形の小柄な少女だった。
「ふああああぁぁ……」
滅多に聞けない間の抜けた声を上げて、目を輝かせるパメラ。可愛い物好きの悪い癖が発動してしまったようだ。
「だ、誰……?」
戸惑うヴァージニアを尻目に、少女はイスカリオットを振り返った。
「ご無事ですか。イスカ様」
「そりゃまぁご無事だけれども。リリィ。どうしてここに?」
「どうしたもこうしたもありません。【勇者】と旅をなさるとか、何をどうしたらそういう状況に陥るのですか」
そこまで捲くし立てた後、リリィと呼ばれた少女は明らかな敵意の眼差しでヴァージニアとパメラを睨み付ける。一瞬前までの甘っちょろい考えはどこへやら、イスカリオットの件ならこちらは巻き込まれ事故だと言わんばかりに、ヴァージニアはリリィを睨み返した。
見えるはずのない火花が飛び散って、リリィが鼻を鳴らす。
「あれが【勇者】ですか。イスカ様の怨敵――」
「別に怨敵じゃねっつの」
「イスカ様、戯言は止して下さい。白き紋章を抱く【勇者】はイスカ様の覇道を阻む邪魔者、それ以外の何者でもありません。未熟なうちに叩くべきです」
「覇道ねぇ……覇道っつわれても、ピンと来ないって、おい、リリィ」
「つまりはこの場にて始末するのが最良と心得ます。いでよ、我がしもべ!」
イスカリオットとリリィの会話の最中。とても自然な流れでリリィが合図を送ると、周辺の地面がぼこり、ぼこりと無数に盛り上がり、片や腐り果てた白骨の意志ある遺体が、片や岩石だけで構成された巨大な魔法生物が、ヴァージニアとパメラを取り囲むように這いずり出てくる。
「な、ん……ッ!」
「スケルトンに、ゴーレム? あの娘、魔法生物を扱うの……!」
ヴァージニアが言葉を詰まらせ、我に返ったパメラが呻く。
非常に緩慢な動きを見せる魔法生物だったが、その数は尋常じゃなく多い。しかもまだ地面を抉るようにして、次々に新手が湧き出してくる。戦術も何もあったものじゃない。これでは、ただの数の暴力。原始的で、それ故に最も有効な手法。意志のある人間や獣には出来ないことだ。
「ちょ、ちょっとぉ!」
「ジニー!」
このままでは、ゆらりゆらりと迫り来る軍勢に圧殺される。
「だから、リリィ――」
「さぁ、行け。我がしもべたち!」
「話を聞けって」
リリィが命令を下すと同時、イスカリオットが軽く腕を上げて、指先をパチンと鳴らす。たったそれだけでヴァージニアとパメラを飲み込もうとしていた魔法生物たちの動きが止まり、次の瞬間には、黒く炭化して、あるいはただの瓦礫となって、ばらばらと自壊していった。
イスカリオットがリリィの魔法に干渉し、それを解除したらしい。後に残ったのは、無残にもぼこぼこと掘り返された街道のみ。
「な、何をなさるのですかイスカ様ッ!」
めげずにもう一度、リリィが魔法を組み上げ、地面から新たに魔法生物を召喚すると、再びイスカリオットが指を鳴らし、あっさりと解除してみせる。
「お前こそ何をするつもりだってのリリィ」
「イスカ様、邪魔をなさらないでッ!」
それが三回、四回と繰り返され、唐突に折れたのはリリィのほうだった。
「や――」
「や?」
「やっぱり人間の女がよろしいのですかイスカ様の馬鹿ァッ!」
子供らしく――魔族だろうから見た目と実年齢は一致しないのだろうけれど――泣きじゃくって、イスカリオットの蝙蝠マントをむんずと掴み上げ、小さな拳を何度も叩き付け始める。
「えぇと、話が読めないんだが……」
「なんで、あたしがそっちの事情を知ってると思ったの」
「だよねぇ」
困ったように呻いたイスカリオットは最終的にヴァージニアに助けを求めたが、イスカリオットに分からないものがヴァージニアに分かろうはずもない。
リリィという名の魔族の少女の泣き声は青空の下、レジーン山脈のほうまでいつまでも響き渡っていた。
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