1 魔界――煉獄の間
イスカリオット・グラッドストーンは辟易としていた。
確かに毎日毎日変わり映えなく繰り返される日常には退屈の一言でしかなかったが、これはこれで何か、どこか違う。
「ヤヌシュ。これ、なんとかならないのか」
足元に控える銀髪の男に問う。
これというのは、付き人ヤヌシュが用意した由緒正しき【魔王】装束という黒尽くめ――マント付きだった。それを羽織ると、全体的に蝙蝠のような様相になる。
「なりませんな」
予測できた返答ではあった。あったが、この堅物に臨機応変を求めても仕方がない。
不満と言えばそれだけではなく、イスカリオットが腰を下ろす玉座があるこの部屋は魔王城が最奥、煉獄の間と呼ばれる場所なのだが、黒曜石をふんだんに使用した長い回廊、敷き詰められた鮮血のような色の絨毯は非常に悪趣味に映る。
そう感じるのは、イスカリオットが人間であるからかもしれないが。
「【魔王】イスカ様におかれましては、まだまだ衣装に着られてしまっているご様子」
ヤヌシュから少し離れて、黒曜石の壁に身を預けている武人然とした青い肌の魔族の男がくつくつと笑いながら言う。その者の名は、アザゼル。
闇の者が住まう魔界において、今でこそ大悪魔に分類される大総統ではあるが、かつては神の使い、天使でもあった男だ。反旗を翻し、堕天使となった経緯に興味などないが。
「無礼だ。口を慎まれよ、アザゼル」
ヤヌシュに咎められ、アザゼルは無言で肩を竦める。
「リリィは大変お似合いだと思いますよ」
お行儀良く――とは間違っているのだが、真紅の絨毯の上に鎮座する少女が微笑む。黒のエプロンドレスに、ブロンドの髪を飾る白のヘッドドレスがとても愛らしい彼女の名は、リリィ。
見た目だけで彼女を判断する愚か者は、ゴーレムなどの無機質な魔法生物、グールやヴァンパイアなどのいわゆるアンデッド、不死生物の軍団に、認識を改める間もなく圧殺されるだろう。
「ありがとうリリィ」
素直に礼を言うと、絨毯の上の彼女は立てた膝の中に顔を埋め、「別に」と小さく呟いた。
「ところで、アザゼル」
表情を引き締めた――つもりの――イスカリオットは改めてアザゼルを見やる。
「俺が依頼した件、あれはどうなった?」
そんな曖昧な言い方では彼に伝わらなかったらしく、またも大総統は大きく肩を竦めた。
「【勇者】と呼ばれる者の話だよ」
「ああ、そのことか。白の気配を感知した辺境セントヘレナに部下を派遣した。そのうちにぎぐ――ッ!」
アザゼルの報告が終わらないうちに玉座を立ち上がったイスカリオットは、溜め息混じりに右手を前方に突き出す。不可視の一撃に肩を弾かれ、顔を顰めるアザゼル。
「あのさ。俺がなんて言ったか、覚えてる?」
「……は?」
「【勇者】――白の気配を確認してきてくれって言ったつもりだったんだけど。その部下とやらは確認だけで済ますことの出来る上等なヤツなのか?」
勢いあまって殺してしまわないか、ということを危惧している。
もっとも、そんな手合いにあっさりやられてしまうようでは、イスカリオットが求めているような人物ではないという証左にもなろうが、それとこれとは話が異なる。無能な部下の暴走については、今のうちに矯正しておくに越したことはない。
「どの道、障害となり得る者は排除するのだろうがッ!」
「排除するかどうかを判断するのは、俺。それ以上の余計なことはしなくていい。ちゃんと俺が言ったことを、意図を汲み取って欲しいなぁ……アザゼル」
「チッ……」
あからさまな唾棄。イスカリオットの眉が揺れた。
「文句があるなら半年前の再戦、ここで受けるけれど? しかし、つまらぬことで負傷した上に、その足で現地に向かうアンタのことを慮れば、少しは手加減してやろうと思わないでもないかな」
玉座の傍、やや壇上から見下ろすイスカリオットの視線と、下から睨め上げるアザゼルの視線が火花を散らし交錯する。急激に冷え込んでいく煉獄の間に、今度は深々とした溜め息が突き刺さった。
「イスカ様、アザゼル。そこまでにしておきましょう」
丁度その中間、視線を遮るようにヤヌシュが身を割り込ませてくる。その上で、彼はイスカリオットに向けて厳しい視線を投げ付けて来た。
「その性急さは改められたほうがよろしいですな、イスカ様。王たる者の資質として相応しくありません」
「ハッ……冗談じゃない。別に俺は王座に興味があるわけじゃあないんだぜ」
右の袖を少し捲り上げ、それを見せ付ける。そこにあるものは、狼のような獣の頭に三本の槍が組み合わさった黒き紋章。つまりは、イスカリオットが【魔王】として認められたことの証。
「なんなら、ヤヌシュ。この椅子なんてものは、アンタに譲ってもいいんだ。あるいは、アザゼル。アンタがそれなりの力を見せてくれれば――」
もう覆い隠すこともなく、鬼面を晒すアザゼル。既にそちらが限界なのであろうことを悟ったヤヌシュは改めて玉座のほうに向き直り、恭しく頭を下げた。
「失礼しましたイスカ様。仰せのままに」
そして、踵を返した彼はアザゼルのほうへと歩み寄る。
「アザゼル、セントヘレナ地方へ参りましょう。私もお供いたします」
怒れる堕天使を宥めるように、そして引き摺るよう無理矢理に、煉獄の間を後にする。
そのふたつの背中を見送って、鼻を鳴らしたイスカリオットは再び玉座に身を投げる。後に残ったのは、真紅の絨毯の上で控えめに一連の状況を見守っていたリリィのみとなった。
「ああ。悪かったな、リリィ」
「別に。リリィもあの人、嫌いですから」
「あの人って、アザゼルか?」
こくりと、首肯するリリィ。
「まぁ、短気なのと馬鹿なのはちょっといただけないが、あれはあれで使い易いところもあるんだぜ?」
ヤヌシュが聞いていれば、どっちもどっちだと言われそうで苦笑しながら、イスカリオット。
「別に。そういうことが問題ではないのです」
「へぇ。じゃあ何が問題なんだ?」
思えば、彼女とこうしてふたりきりで話すのも久しぶりだ。そんなことを思いながらイスカリオットが促すと、少し顔を上げた彼女は右手を伸ばし、何もない中空からツギハギだらけの悪趣味な灰色の――熊の?――ぬいぐるみを取り出し、それを強く胸に抱きながら一言。
「血」
「……血?」
おうむ返しに問い返す。再び首肯するリリィ。
「そう。汚らわしい、汚らしい天使の血。神々の尖兵」
「ははっ、なるほど。確かにそんなヤツ、信用ならねぇもんなぁ」
それでいて、実力的にはあの仕上がりだ。並の人間が相手取るには脅威だろうが、残念にも程がある。
「じゃあ、ヤヌシュは?」
「あの人は……分からない。何をどうしたいのか。何を考えているのか。嫌いではないけれど、少し苦手」
「なるほど、確かにな。ってぇ、ん……?」
肘掛にて頬杖を付いていたイスカリオットはある考えに至り、椅子に深く座り直し、姿勢を正した。
「ということは、なんだ。リリィにとっては、俺もダメなんじゃないのか?」
魔族にとって、神々ほど敵対するほどの存在ではないが、イスカリオットも黒き紋章を抱いただけで、ただの人間だ。血を、血統をリリィが重んじるのならば、魔族ではないという点で、イスカリオットもアザゼルも同じ存在である。
だが、リリィは弾かれるように顔を上げ、どん引きするぐらいの勢いでブンブンと首を横に振った。
「い、いえ! イスカ様は違います! たとえ人間であらせられたとしても、とても強いお人。そういう方にこそ、この煉獄の玉座が相応しい」
「お、おう……そんな必死にならなくても。ありがとう、リリィ」
「べ、別に。とんでもございません」
彼女が重要視するのは、血統。そして、何よりそれを上回るものは、分かり易い単純な実力ということらしい。それならば、イスカリオットが今のままである限り、彼女から全幅の信頼を寄せられ続けることにはなるが。
「どうか……これからもリリィをお導きください。イスカ様」
頬を朱色の染め、抱いたぬいぐるみごと再び膝の中に顔を埋めるリリィ。
「まぁ、善処はするよ」
言葉を一旦打ち切り、玉座から立ち上がったイスカリオットはそのままリリィの袂まで進んで、その柔らかいブロンドの髪を撫で付ける。しばし無言でそれを繰り返したあと、
「ちょっと出かけてくる」
「……どちらへ?」
「ああは言ったけれど、アザゼルは止まらないだろ? 間違いなく相手は殺すだろうし、ヤヌシュは無関心なヤツだから積極的に止めはしないかな――結局、俺が行くしかないというわけさ」
両肩を竦め、オーバーリアクションを見せるイスカリオット。
「最初からリリィにお話をくだされば良かったのに」
「まさか。女の子にそんなお使いみたいなことさせられないね。ひとりで留守番は寂しいか?」
「別に」
見くびらないでください。と、拗ねたように続ける彼女。
「はは、悪かった。じゃあ頼んだよ」
「お気をつけて」
最後にぽんぽんと彼女の頭に手の平を乗せ、イスカリオットは煉獄の間を後にした。
◆◇◆◇◆
滴り落ちる朝露と、小鳥のさえずり。
そして、木々の隙間を縫って舞い降りる陽光。
最初のうちはそんなロマンチックな目覚めに感動すら覚えたものだが、本当に最初のうちだけだった。日にすれば、三日程度だ。野宿の経験なんてもちろん無かったヴァージニアにとっては、それ以降は身体の節々が痛くなるだけの苦痛でしかなかった。
半年。一言で言ってしまうにはまさに一瞬だが、実期間以上の疲労が身体に蓄積されているのが分かる。
(あれ? また増えてる……)
寝るときは布を外している左手首が偶然視界に入った。
そこには忌まわしき白き紋章が刻まれているだけだが、獣の頭と共に刻まされていた槍は確か三本だったはずだ。確証はないが、おそらく昨日まで。それが今朝は四本に増えている。
(んー……)
ぼんやりとした頭で思う。
半年前、紋章があることに気付いたとき、槍の数は一本だった――気がする。
それがいつしか二本になって、三本になっていた――気がする。
ことごとくはっきりしないのは、ヴァージニアが普段からそれに注意を払っていないからだ。多少、痣が拡大したところで身体にさしたる異変はないし、実害もないためだ。
こんなもの、極力視界に入れたくない。
「あ、起きた? おはよう。ジニー」
「おはよパメラ。いつも、ありがと」
左手を隠しながら上半身を起こすヴァージニア。
親友の朝は早い。必ず自分より先に目覚めて、火を起こして手鍋のスープを温めたりしてくれている。料理の腕前は言うまでもなく、細やかな気配りまで完璧。将来いい奥さんになるだろう。
(あたしが独占してたら恋人なんて作れないか……)
寝惚け半分、もそもそと寝袋を折りたたみ、手の平をすり合わせながら火の傍に寄る。年がら年中、穏やかな気候の続くパラメティシア大陸セントヘレナ地方とはいえ、朝夕は多少冷え込む。
「うぅ、さむ……」
「冷えるよねー」
当事者のヴァージニアがそんな調子なのに、この半年間、嫌な顔ひとつ垣間見せることもなく付き合ってくれているパメラが全くへこたれていない。嫌なことを押し付けるつもりはないが、【勇者】と呼ばれるに相応しき胆力の持ち主は自分じゃなくてパメラのほうじゃないのか。白き紋章の発現に関しては全く規則性のないことだと聞くが、人選的には節穴としかいえない。
「ねぇ、パメラ」
「んー?」
パメラがよそってくれたスープの器に息を吹きかけながら、問う。
「パメラはいつまでこんなことに付き合ってくれるの……?」
ヴァージニアにとって、パメラ・エウリカはミュニス村の幼馴染みである。
鮮やかな夕日の色をした髪をセミロングに切り揃え、琥珀のローブを纏う、ヴァージニアのひとつ年上、十八歳のお嬢様である。
物心付いた頃、ヴァージニアの隣家に元々住んでいた親戚のところにやってきたのが彼女だ。両親はどうしたのだろうと疑問に思わないでもないが、少なくとも彼女の口からそのことについて聞けたことはなかった。
喧嘩も数え切れないほどしてきたけれど、本当の姉妹のように仲良く育って来た。ただそれだけでヴァージニアの命がけのサバイバルに付き合う理由が見当たらない。
「ジニーは私と一緒にいるのが嫌なの?」
「そ、そんなことないッ! パメラがいなきゃあたしはとっくに野垂れ死んでたし、こうやって毎日、朝から晩まで助けてもらってる。感謝もしてる!」
けど。だからこそ。
怖いとも思うのだ。パメラが何を考えているのか。その想いが。
「じゃあ、いいじゃないの」
「でも……」
ガサツで男勝りのヴァージニアと違って、パメラは村の男の子たちの間でも人気者だったし、そのまま留まっていれば、ヴァージニアの家のりんごを卸している青果店の息子のゼニスか、村長の息子のパーシヴァル辺りといい仲になっていただろうに。
「理由が必要なら教えてあげるけれど」
「え」
「私、ジニーのことを好きだから」
同じように木彫りの器を両手で持って、ヴァージニアの横に腰を下ろすパメラ。満面の笑みで冗談を言っている様子はなく、どういった反応を返せばいいのか、対処に困る。
「え、えぇと……」
「なんてね。ほらほら、深刻に取らないの。食べましょ。冷めちゃうわ」
やっぱりパメラはいつものパメラで。スープに口をつけ始めた横顔を覗き見るも、やがては鼻頭が赤くなる。ヴァージニアの心はすっかり弱り切っていた。
「――とりあえず、そうね。北の最果てまでは、一緒に行くわ」
「へ?」
それが話の続きだとは露にも思わず。
「前に話したじゃない。楽園城郭都市エウリュメテス」
「ああ、うん」
このパラメティシア大陸の最北端には、エウリュメテスと呼ばれる城郭都市が存在する。
エウリュメテスは古くから魔物や魔族との抗争においてめざましい戦果を上げており、人間種族最後の砦などと呼称される時代もあったようだ。表向き、平和にはなった現代において、そこまでエウリュメテスが神聖視されることはなくなったものの、少なくともこの大陸では唯一、白き紋章を発現した者が爪弾きにされることのない街だという。
それ故に、白き紋章を持つ者の間ではこう呼ばれるのだそうだ。
楽園城郭都市――と。
「そこに行けば、ジニーの衣食住については心配なくなると思うしね」
「パメラはその後、どうするの?」
「え。そうね……」
ヴァージニアの質問は予想外だったらしく、んーと小さく唸りながら木漏れ日差し込む緑の枝々を見上げる彼女。
「乗り合い馬車でミュニス村に戻ってもいいけれど……私のジニーに酷い仕打ちをしたあの村に帰るのはあまり気乗りしないわねぇ」
「だ、だったら一緒に……」
エウリュメテスで暮らそうよ。
その言葉を口にしようとして、最後で躊躇われた。
どこまでパメラに甘えれば気が済むのだろうか。そんな思いがヴァージニアを苛む。彼女が主体的に同行してくれているとはいえ、いつまでも縛り付けていては申し訳が立たない。
のに、
「ジニーと一緒にエウリュメテスで暮らすのもいいかもね?」
あっさりと言い放ってくれる彼女には、本当に頭が上がらない。
ぽかんと、彼女の顔を見つめ返すと、
「なぁに? やっぱり嫌なの?」
「う、うん。いや、違う。嬉しいの」
柔らかく微笑んで、さぁ早く食べちゃいましょうと二度目の促しと共に、顔を跳ね上げるパメラ。一瞬遅れてだが、ヴァージニアも同様の気配をそう遠くない場所で察知した。
「近付いて、来る……?」
「ええ」
それを前に野営の痕跡を消し去るほどの時間は残されていなかった。
土をかけて手鍋を炙る火を消し去り、最低限の手荷物を持って草むらに飛び込む。状況としては最悪の部類だった。パメラとの会話に気を取られすぎて、その気配の接近に気付かなかったのだ。パメラも多分同じことを考えていて、顔を顰めていた。
「魔物……じゃないよね」
「そうね。少なくとも獣の類ではない感じ」
規則正しい二足歩行の響き。しかも時折、枝を払うような音さえ聞こえる。少なくとも知能のある証拠だろう。
「セントヘレナの猟師さんかしら……」
それだったら苦労はしないのだが、パメラ曰く討伐レベル十八の依頼が出ている現状、村の外を出歩こうと考える者はそういないだろう。
「依頼のターゲットだったりしてね……」
軽い口調だったが、しかし笑えない。
猟師――ただの人だったならば、御の字だ。相手を脅かさないように草むらを出て名乗るのもいいし、あるいは面倒ごとを避けるために、通り過ぎるまで息を殺して身を潜めててもいい。野営の跡を見て思うところはあるだろうが、まぁそれだけに留まるだろう。
問題は、人間ではなかった場合だが――
これはもう十中八九、そうであるとしか考えられない。淡い期待は捨て去るに限る。第一、ヴァージニアの白き紋章のことを思えば、たとえ人間であっても友好的とは限らないのだから。
かくして、
「来た」
「しっ」
湿り気を含んだ土と落ち葉を踏み締めながら、のそりと視界内に収まったのは、硬質のてかりが印象的な鈍色の体皮の足だった。それも所々突起のようなものが飛び出していて、全体的に捩れたようにも見えるものだった。
(やっぱり、依頼に出てたってヤツか!)
ヴァージニアは心の中で唾棄する。
草むらの中からでは全容を窺い知ることはできないが、上位魔族グレーターデーモンに間違いない。鈍色の体皮が全てを物語っている。あんなにも禍々しい身体をしている生物は通常ランドヴァースには生息していない。明らか、魔界に住まう魔族の尖兵だ。
グレーターデーモンは一旦ヴァージニアとパメラが身を潜める草むらに最接近し、そして野営の跡を見つけて遠ざかる。一瞬前までの痕跡が残るその場所を見渡して、低く唸って逡巡しているようだった。
わざわざ村の依頼を受けてターゲットを探し出し、退治するのはいかがなものかと思っていたけれど、不意の遭遇ならば話は別。白き紋章の『体質』も鑑みれば、遅かれ早かれこの身に危険が及ぶだろう。
ならば、ふたりに対して、背を向けている今が絶好のチャンス。
パメラの目を見て頷く。
それだけで彼女も理解してくれたようだった。
「行くよッ!」
未だ焚き火の跡を足で弄くっていたグレーターデーモン――の背中――に対し、長剣を引き抜いて襲い掛かる。ヴァージニアが上段に構えたそのタイミングを狙い澄まし、パメラもまた草むらから姿を現しては、
「永劫の耀きよ――【
両手を突き出し解き放った光で、ヴァージニアの剣を包み込む。
パメラの加護を得たそれはヴァージニアの白き紋章の力も合わさって、何者でさえも斬り裂く光の剣と成り得るのだ。
「ハァ――ッ!」
上段から下段へ、光の一閃。
グレーターデーモンはヴァージニアより頭三つ分ほど飛び抜けた長身の個体だった。ヴァージニアに斬り掛かられる寸前、奴はその気配には気付いたものの、中途半端に振り向いたがために歪な鉤爪の付いた片翼を斬り落とされるという痛苦を味わう羽目になる。
筆舌に尽くし難い醜悪な悲鳴が森中を駆け巡ったが、ヴァージニアはまだ気を緩めない。岩を思わせるごつごつとした顔面――その口蓋に燃え盛る火炎を見たためだ。
「くッ」
だが、完全回避には半歩及ばない。
最悪、片腕、片足を焼かれるのを覚悟したものの、
「逆乱の気流よ――【
後方のパメラが次なる手を打っていて、本来、翡翠の風によって標的を切り刻む風の魔法を、こともあろうにヴァージニアのすぐ頭上で炸裂させた。グレーターデーモンが吹き放った火炎のブレスとぶつかり合い、結果、それらはヴァージニアの肌を焼くことなく、多少の火の粉を降らせながら方々へと散乱。
「ナイス、パメラッ!」
一瞬だけ肝を冷やしたヴァージニアだったが、これまでもこれからも親友のやることに間違いはないのだ。
相手を丸焦げにするはずだった会心の火炎を散らされ、今度こそ隙を見せるグレーターデーモンの胸板に剣を突き立てるヴァージニア。硬質の皮膚を貫いた後に訪れる肉を裂く手応え。魔族特有の青い血が跳ね飛び、膝から緩やかに崩れ落ちる鈍色の巨体。
「ふぅ」
たかだか二手。時間にしてたった数秒の攻防だったが、それでも汗がどっと吹き出して、ヴァージニアはデーモンの遺骸の傍にへたり込む。白き紋章によってこの上ない力を得たが、少なくともその半年前までしがない村娘でしかなかった彼女にとって、魔物や魔族との戦闘は緊張の連続だ。
「やったわね、ジニー」
草むらから這い出てきたパメラに癒しの白い光を当てられる。肉体的にも精神的にもほぐれていく瞬間だった。
「……これ、角か何か村に持ち帰ったら報酬出るかな?」
「最初に斬った翼でも証明できるかも」
「それだと助かるわ」
事切れて、歪んだ形相のまま横たわるグレーターデーモンを見た。その表情で睨まれたまま、頭部左右の角を斬り落とすのには多大な精神力を要求される。
その、次の瞬間に。
「危ない、離れてジニーッ!」
パメラの悲鳴に近い叫び声。
きゅぼうっ、という非常に聞き慣れない、何かを擦るような音が鳴り響いたかと思えば、枯れ葉積もる地面から一陣の青い炎――のようなもの――が舞い上がり、デーモンの遺骸を包む込むようにして消し去ってしまった。焼き払ったというわけではなく、本当に消し去ったという表現がぴったりなぐらいに一瞬の出来事だった。
「クカカカカ、我が兵を容易く葬り去る人間に出くわすとは……白の気配。なるほど、貴様がそうか」
背筋を凍えさせるどす黒い声がした。その方向――視線を斜めに上げると、手近の大木の枝にいかにも魔族然とした青い肌の男が立っていた。
そして、もうひとり。
「なりませんよ、アザゼル。あくまで偵察、様子見です」
好戦的な魔族を嗜めようとする、こちらは一見普通の人間のような優男。
「ヤヌシュ。不意の遭遇とあれば、構わんだろう。それにこちらは部下が殺られたんだ。道理もある」
口ではそう言いつつも――
青い肌の魔族はまるで虫けらを見るような目でヴァージニアとパメラを見下していた。
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