第5話 襲撃される食堂

 ななぼし食堂の壁に掛けてある古い時計が、午後八時半を指している。

 洞嶋は何気なく時計をみつめ、はっと気づいた。

 もうすでに二時間以上ここで食べて飲んでいることになる。


「いかん、帰らなければ」


 店内にいた商店主たちはそうそうに引き上げ、熱燗を片手に盃を傾けている洞嶋と、爪楊枝をくわえて満足そうなトマスの二人だけになっていた。

 テーブルの上には空いた皿や小鉢、ビール瓶に徳利が置かれている。


「神父さんは職業上、お飲みにならないのか?」


「ええ。私はお嬢さんのようなお美しい方がお酒を召し上がる、そのお姿を拝見させていただくだけで満足なのですよ」


「そういえば、神について語ってくれると言われて、ついてきたんだけどな」


 洞嶋の少し細めた目が、艶っぽく潤んでいる。


「今夜は、無粋なお話はやめておきましょう。我が神もお許しくださるでしょう」


 トマスは言いながらテーブルの上で、洞嶋の右の手のひらをそっとさわる。

 面白そうに洞嶋は左の肘をテーブルにつき、左手の甲に顎を乗せた。


「おねえさん、いま熱い味噌汁を作るけどさ。一杯どうだい」


 厨房から、七星が声をかける。


「すまない、ご主人。私はもうお腹いっぱいだ。

 そろそろおいとまさせていただくよ。お勘定をお願いする」


 ビール五本のあとはトマスや商店主たちにすすめられるまま、日本酒をかなり飲んだ。七合はあけた。やや酔った感はあるが、元来アルコールには強い体質のようだ。

 洞嶋はさりげなくトマスの手を離した。

 七星は厨房から、タオルで手をふきながら出てきた。


「そうかい。お口にあえばよかった。ああ、勘定はもらったよ」


「エッ? 私はまだお支払いしていないのだが」


 洞嶋はほんのり赤くなった顔をかたむける。

 七星は目元に笑みを浮かべた。


「なあに、今日は久しぶりの居酒屋開店のうえ、おねえさんみたいなベッピンさんと一緒に飲めて楽しかったって、今までいた連中が多めに支払っていってくれたんだよ」


 洞嶋は、あっと口をあけたまま、七星を見つめる。


「それはうかつだった。かえって皆さんに悪かった気がする。どうしよう」


 爪を噛んで眉根を寄せる洞嶋に、七星は言った。


「いいさあ。あいつらも本当に楽しそうだったしよう。

 まあ、もしまた気が向いたらご飯食べにおいで。そん時にゃ、さっきの連中も呼ぶから一緒に飲んでやっておくれよ」


「こちらこそ、楽しい時間だった。料理もお酒も、このお店の雰囲気もとても気に入ったよ、ご主人。またちょくちょく寄らせていただけると嬉しい」


「そいつは良かった。この辺のジジイくらいしかこない店だけど、ご贔屓にな」


 洞嶋は頭を下げた。

 ふとトマスに視線を向け、訊いた。


「神父さんは、どちらにお住まいかな?」


 トマスは指を立てた。


「昨日から、こちらにごやっかいになっております」


「なんだ、そうだったのか」


 洞嶋は歯並びのよい白い歯をみせ、笑った。


「このお人と、連れに弟さんがいるんだけどさ。

 わけあってこの家に泊まってもらっているのさ」


 七星が言う。


「さあ、私は帰ります。

 本当に美味しかった、ご主人。ご馳走さま。またゆっくり来させていただきます。

 神父さん、次に会えたらあなたの信仰する神さまについて、お話を聴かせてもらうよ」


「なんでしたら今からお店を変えて。いやいや、さすがにシモンに叱られるな。

 それでは、またの機会に!」


「気ぃつけて帰りなよ。世の中物騒だから、おねえさんみたいなベッピンは特にな」


 七星の親身な言葉に苦笑する。


(私を襲う勇気のあるオトコに、ぜひ出会ってみたいものだな)


 頭を下げると、洞嶋は出て行った。


「さって、片付けに入るとするか。そういやあ、弟さんは遅いなあ」


「弟は何をやるにものろくて。兄としては、その点も心配です」


 七星は時計を見上げる。


「まあ、トマスさんよ。人はいろいろさね。

 弟さんはコックになったほうが良かったかもなあ。あの腕はもったいないよう」


 トントンと階段を下りてくる音とともに、泉太が顔を出した。


「もうお店は終り? おじいちゃん」


「そうだな。俺も、ちーとばかり今夜は疲れちまったい。

 そういえばひかりちゃんはどうしてる?」


 ひかりが泉太の横から顔をのぞかせた。


「お腹いっぱいごちそうになって、寝ていると思ったでしょ、ギンさん」


「こりゃ失礼。そういえば寝間着とか、着替えを取りにいかにゃな」


 ひかりは泉太の脇からピョンと飛び跳ね、上がり框に立った。


「うん。センちゃんが今から家まで、ついて来てくれるって」


 泉太はのっそりとひかりの横に立ち、自分の靴を履く。

 ひかりもローファーに足を入れた。


~~♡♡~~


 店を出た洞嶋は一度大きく伸びをする。

 本陣N駅商店街のほとんどはシャッターをおろし、店の前の通りには人の行き来はなかった。


「久しぶりに、美味しいお酒だった」


 ほのかに頬がほてっており、外気が気持ち良い。


(ひかりの体調が何ともなくてよかった。

 私としたことが、たかだか組手ごときで本気になってしまうとは、まだまだ修業不足だ。

 それだけひかりの方が、成長してきたということかな。

 それにしても、ひかりがあの時無意識のうちに、私の発勁を打ち返すだけの気を瞬間に練るとは驚いた。やはり磨けば光るタマであった、そういうことか)


 洞嶋は自分の慧眼に、自信を持った。


「さて、帰るか」


 地下鉄の駅へ向かって、ゆっくり歩きはじめる。

 チリッとまたしても嫌な感覚にこめかみがうずいた。

 立ち止まることなく、四方の気配を探る。

 誰もいない商店街に、国道を走るクルマの走行音が反響している。

 油断なく歩くが、何も変化はなかった。


「アルコールを摂取しすぎたせいかな」


 洞嶋はハイヒールの音を立て、国道方面に向かった。


~~♡♡~~


 七星は暖簾をしまおうと、出入り口を開けた。吊るしてある暖簾に手をかけた。

 商店街の常夜灯が黄色く照らしているところに、ふっと影がよぎる。


「――?」


 何かと思い、七星が暖簾を目の前から下げたとたん、いきなりドンッと胸を突かれたのだ。よろめいて、店内に暖簾を抱えたまま尻餅をつく。


「な、なんだい!」


 七星は驚いて顔を上げると、出入り口の前にスーツ姿の男が四人立っているではないか。

 いずれも髪は短く刈り込み、地味な紺色のスーツに白いシャツとノーネクタイ。二十代から三十代の若い男たちである。

 ただ彼らの目つきは鋭く、威嚇するには十分な不気味さだ。


「いきなり何をしやがる!」


 七星は手をついて、起き上がろうとしながら叫んだ。

 トマスの顔色が変わる。

 ひかりと泉太も、突然の闖入者に驚いた。


「大丈夫? おじいちゃん」


 泉太はしゃがんで、七星の肩を支える。ひかりもあわてて駆け寄った。

 男たちはそれには答えず、互いに顔を見合わせうなずく。


「我々は、その男に用がある」


 トマスはガタッと音を立て、椅子から立ち上がった。

 泉太はいつものおっとりとした優しげな顔を曇らせ、きつい口調で言う。


「あなたたちは、なんですか?」


「答える必要はない」


 もっとも年かさとおぼしき男が言った。


「必要はなくても、義務はあります。

 無断で他人の家に侵入してきて、いきなり年寄りを突き飛ばすだけの理由を言って下さい」


 泉太は怒りに肩を震わせながら、男をにらむ。

 後ろにいた男二人が無言のままトマスに近づき、両側から抱え込んだ。


「お、おい、お前たちはまさか?」


 トマスは飄々としたちゃらけたイメージから、真剣な眼差しに変わった。


「わかっているなら素直についてこい。探すのに苦労したぞ、裏切り者めが」


 年かさの男が冷たい視線でトマスを見る。


「お前たちに裏切り者扱いされる覚えは、ないがな」


 トマスは言った。

 男はいきなりトマスの鳩尾に強烈なパンチを放った。

 ウッとうめきながら、トマスは意識を失ってしまった。


「どうしてそんなひどいことをするんですか! いきなり殴るなんて」


 ひかりの目が、男に向けられた。

 七星は泉太につかまりながら、起き上がろうとする。


「わしは大丈夫だあ、泉太。そんなに年寄扱いするなよ。痛ッ」


 七星は床にぶつけた腰をさすりながら立ち上がった。

 泉太は七星を心配そうに背中から支える。


「おい、おまえさんがた。どこのどなたか知らねえけどさ、分別ある大人なら子供の手本にならにゃ。

 その神父さんに用があるなら出直してきな」


 出入り口の前に立つ、一番若そうな男が怒鳴った。


「きさまらは余計な口出しをするな! おとなしく引っ込んでいろ」


 年かさの男が、七星をにらんで言う。


「警察でもどこでも連絡すればいい。とにかくこの男の身柄は預かる」


「はいそうですか、なんて言うと思うかい。一宿一飯とはいえ、その神父さんは大事な客人だ。用があるなら、きっちりここで話をしていきな」


 七星は肝の座った口調で、静かに言う。

 若い男は、いきなり七星の胸倉をつかみにきた。


「もっと痛い目にあうか、じじい!」


 男は七星の腹に膝を打ちこむ。

 七星はうめいて、後ろで支えていた泉太に倒れ込んだ。


「おじいちゃん!」


 泉太は腹を押さえて再び床に尻から倒れる七星を、背中から抱きとめた。

 その間に四人の男はトマスを引きずるように、出入り口から出ていく。


「おじいちゃんになんてことを!」


 泉太はいきり立ち上がり、男たちに向かっていった。


「センちゃんっ」


 ひかりはすかさず後を追う。

 人通りの絶えた商店街の路地に、トマスを連れた男たちと泉太が対峙するように向き合っていた。


「神父さんを放せ!」


 泉太は声を震わせ、拳を握りしめた。

 年かさの男が言う。


「警告しておく。このまま黙って引き下がらなかった場合、おまえも同様に」


「ウオォッ!」


 年かさの男に向かって、泉太はいきなり頭から突っ込んだのだ。

 身長では泉太の方が高いが、明らかに体重差がある。

 男は身を沈め、泉太の足を払った。

 泉太はたたらを踏んで、アスファルトの上に転んでしまった。


「センちゃーん!」


 店から飛び出たひかりは、叫びながら泉太に駆け寄ろうとする。

 それを男のひとりが立ちふさがり、ひかりを捕まえようと身構えた。

 ひかりはその一歩手前で素早く身を沈め、男の腹部に鋭い手刀を打ちこんだ。

 三十六式、青竜出水せいりゅうしゅっすいの応用である。


「ゲフッ」


 ふいをつかれた男は肺から空気を一気に吐き出し、身体をくの字に曲げた。

 ひかりは右脚を軸に左脚を回転させ、防ぎようのない蹴りを再度腹部に放った。

 踏一跟とういっこんの型だ。

 男は尻から転がる。


「なにっ?」


 年かさの男の表情が変わる。


「なんだ、この小娘」


 ひかりの身体は、考えるよりも先に動いていた。

 七星、泉太の身を案ずる気持ちが、ひかりの全運動神経を一気に解放したのだ。

 トマスを抱えていた男たちも、目の前の光景を見て驚くとともに、行動に移るべくトマスの身体を放した。

 トマスはヘニャリとアスファルトに崩れる。

 泉太は転んだ際に足をすりむいたのかズボンが破れ、血がにじんでいた。


「大丈夫? センちゃん」


 駆け寄ったひかりは、泉太の横にしゃがむ。泉太は足を押さえ、苦しげにうなずいた。


「許さない! 許さなーい!」


 ひかりは眉をつり上げ、男たちをにらんだ。

 右手を前に拳を軽く握り、右足を前に出しながら腰を落とし、左手を腰だめにして左膝を軽く曲げる。陳式太極拳の基本姿勢のひとつ、四六式しろくしき半馬式はんばしきとも呼ばれ、攻撃にうつる前の、溜めに用いられる型だ。

 男たちもやはり体術の使い手であるらしく、三人は油断なく身構えた。


「おまえ、怪我するぞ。子供であろうと、手加減はしない」


 左端の狐のような顔つきの男が、ニヤリと口元を曲げた。

 拳を胸の前で構える。ごつい拳ダコが見える。

 空手の有段者であるのか、気合の声を発すると、ひかりに向かって遠慮のない正拳を打ちこんできたのだ。


 しかし、ひかりの動体視力は男の動きを完全にとらえていた。

 突き出された正拳を紙一重で見切る。

 男は左右の拳を次々と繰り出す。

 ひかりは構えを解くことなく、ピストンのような高速の正拳をすべてかわしてしまう。

 ひかりは無意識のうちに、笑みを浮かべていた。


「セイヤッ!」


 男は業を煮やし、ひかりの顔面に向けて回し蹴りを放った。

 ひかりの身体が消えた! と男には見えた。

 実際には素早く身を沈め、頭上を男の足が通過した瞬間に、斜め前に跳んだのだ。

 ひかりの足が鞭のようにしなり、男の軸足の膝を裏側から叩く。

 男は自分の技術に自信を持っており、まさか目の前の小さな女子学生が体術を使うとは思ってもいなかった。油断であった。


「アウッ」


 男の膝がカックンと曲がったところへ、ひかりは動きを止めずに、回転し遠心力のついた回し蹴り、旋風脚を男の背中にあびせる。

 男は無様に転がってしまった。

 ひかりは肩で息をしながら、再度構える。

 しかし、ここまでであった。


「ひ、ひかり、うしろ!」


 泉太の叫び声に振り向こうとしたときには、すでに年かさの男が背後に立っていたのだ。

 男は右腕をひかりの首に、すばやく巻きつかせる。柔道の裸締めである。首の頸動脈を強く圧迫し、脳への血流を止めることにより意識を奪うものだ。

 ひかりは突然の攻撃になすすべもなく、必死で男の腕から逃れようともがく。

 こんな実戦は経験がないため、反撃の仕方がわからなかったのだ。


 泉太は立ち上がろうとするが、足が動かない。

 ひかりの意識が遠のき始めた。


 ヒュンンッ、鋭い音が聞こえたと思ったとたん、ひかりを締めている男はアッと声を上げ、その腕を離した。

 ひかりは膝をついてゼイゼイと荒い呼吸を繰り返す。

 商店街の入り口から、帰ったはずの洞嶋が、勢いよく駆けてくるではないか。


「おい、おまえらー! なにをしているんだっ」


 洞嶋は走りながら手に持ったバッグをほうった。

 そして上着のポケットからフリスクを取り出すと、そのまま口につけてタブレットを放り込み、勢いを殺さずに大きく跳躍した。

 右足を伸ばし、左足は膝を曲げ鋭い蹴りを放った。

 男はすかさず横に転がり、間一髪でそのハイヒールの爪先から逃げる。


「なんだ、きさま!」


 男は額に血をにじませながら、恫喝した。

 帰りかけた洞嶋であったが、地下鉄に乗る前にどうしても先ほどの視線が気になり、ななぼし食堂までもどろうと思った。

 商店街の入り口でひかりたちが謎の集団と揉めている姿を見つけ、急いで駆け付けたのである。

 ひかりが裸締めをかけられているのを目の当たりにし、バッグから口紅を取り出して走りざまに男めがけて思いっきり投げつけたのだ。

 それは見事に男の額に命中した。


「おまえに、きさま呼ばわりされる筋合いはない。

 私の大事な弟子を、随分かわいがってくれていたようだな。それを後悔させてやる」


 洞嶋はフリスクを噛み砕くと、いきなり攻撃を仕掛けた。


「ハアイヤッ!」


 ビュッと空気を切る鋭利な音。しなやかだが、とてつもない破壊力を生み出す足が鞭となり、男たちを襲いはじめた。

 ひかりの攻撃の何倍、いや何十倍もの威力を持った踏脚どんじゃお

 これは膝を上げて踵で蹴り上げる腿法のひとつで、左右両足を連続して繰り出す。


 洞嶋の身体がコマのように回転していく。かすっただけでもすっぱりと肉が切断されそうな勢いだ。

 男たちは何とか見切ろうとするが、洞嶋の神がかり的な技の前では無力に等しかった。

 洞嶋の目は獲物を追いつめる猛禽類のように光り、凶器と化した足が男たちを襲う。

 反撃しようと前に出たひとりの側頭部に、踵が遠慮なく食い込んだ。

 グガッという肉を打つ音と同時に、男の肉体と意識が吹っ飛んだ。


「イヤアアァッ!」


 円の回転を止めることなく洞嶋は鋭い気合いとともに両腕を突出し、二人目を倒す。

 遠心力に螺旋の気が加わり、胸部を打たれた男は膝から崩れ落ちた。

 発勁が炸裂したのだ。


 死に物狂いでタックルにきた若い男の両腕をつかみ、スイングバックで勢いをつけた洞嶋の左爪先が、男の顎を下から蹴り上げる。

 腕をつかまれたままであるため、男は引くに引けず顔面を直角に跳ね上げられた。


 この一方的な洞嶋の連続攻撃は、時間にして三分もかかっていない。

 男の両腕を放すと、半ば放心状態であった年かさの男の顔面めがけて、ハイヒールの踵を打ちこむ勢いで左足を跳ね上げた。洞嶋の髪が波打つ。


「最後はおまえかぁ!」


 洞嶋の人間兵器並みの攻撃を目の当たりにし、もはや完全に戦意喪失の状態だ。

 大きく見開かれた目は、スローモーションフィルムのように鋭利な踵が目玉に突き刺さっていく幻覚を観ていた。


 もう逃げられる隙はなかった。

 本能でさえ、目をつぶらせる動きをとれなかったのだ。

 男は生まれて初めて、恐怖に対する悲鳴をあげそうになった。

 その凶器は眼球の数ミリ前のところでピタリと止まったのだ。

 わずかでも動けば、間違いなく目玉を貫通する。まばたきさえできない。

 洞嶋は不敵な笑みを浮かべた。


「相手が悪かったな。女だと思って、なめていただろう。

 逃げるなよ、今夜はかなりお酒を飲んだからね。手元が狂うかもしれない。

 いや、足元か。おほほほっ」


 男の顔面は哀れなほど白くなり、大粒の汗が額に浮かんでいる。

 トマスと店に入る前、そして洞嶋が店から帰る途中、いずれも射るような視線で見ていたのはこの男たちに違いない。

 素人の視線ではないのはわかっていた。相当な手練れではないかと思われた。 数々の修羅場をくぐって来たのだろう、と推測できる視線であったのだ。だから洞嶋は気になって戻ってきたのである。


 男たちは油断していたとはいえ最初に女子学生に手こずらされ、そして今、OL風の若い女性に完全に叩きのめされていた。

 洞嶋は般若のような、怒りに燃える表情で男を睨む。

 四人のうちまともに立っているのはこの年かさの男だけで、二人は膝をついて起き上がろうとしている。

 最も若い男は意識を弾き飛ばされて、アスファルトの上に倒れていた。


「どうした! まさか謝って帰るつもりじゃないだろうな。

 ここまで手荒く勝手にしておいて、今さら五体満足で帰れると思うなよ」


 手荒くしているのは洞嶋であるのだが、振り上げた拳は下ろせない。

 洞嶋はピンと上げたままのハイヒールの踵をゆらし、男の恐怖心をあおった。


「ま、待ちない、おねえさんよ」


 おっとりとした声が洞嶋の耳に入る。


「あんたが本当にやり始めたら、この商店街で死人が初めて出てしまう。

 そちらのにいさん方は、もうどうあっても戦えまい。

 ここらで逃がしてやるのも武士の情けじゃねえかな。

 おっと、おねえさんは、レディだったよう。武士とは失礼なことを言っちまった」


 七星が腹を押さえながら店の木枠の出入り口につかまり、洞嶋に言う。


「ひゅうっ」


 洞嶋は口から大きく息を吐き、溜めていた気を拡散させる。すっと足を下ろした。

 男は洞嶋の方を向いたまま、ゆっくりと後退し、倒れている若い男の脇から肩をまわす。

 膝をついていた二人の男も立ち上がった。 

 じりじりと距離を取り、そのまま国道の商店街の入り口まで身体を引きずっていく。


 店先から三十メートルほど離れたその時。角の銀行から突然勢いよく自転車が走ってきた。シモンであった。


「アブナーイ! どいてどいて、どいてくださーい!」


 ブレーキがまったく間に合わず、肩を寄せ合うように後退していた男たちの中へ、勢いよく突っ込んでいくではないか。

 男たちの悲鳴、自転車の急制御のブレーキ音、ぶつかる音、ひっくり返る音が一緒になり商店街に反響する。

 ボーリングのピンのようになぎ倒された男たちの上を、自転車から投げ出されたシモンの丸い身体が、弧を描いて飛んでくる。


 店の前にいた洞嶋、七星、そして泉太とひかりの四人は口を大きく開けその光景を見ていた。アスファルトの上で三回バウンドし、ようやく動きが止まる。

 なぎ倒された男たちは、ほうほうのていで道路沿いに駐車してあるワゴン車に乗り込み、逃げて行ったのであった。


~~♡♡~~


 暖簾をしまったななぼし食堂のテーブル席。

 救急箱が置かれ、七星は腰に湿布薬を貼っている。

 泉太は足の脛をすりむいているが大きな怪我ではなく、ひかりが包帯を丁寧に巻いていた。


 当て身を喰らって気絶していたトマスは、洞嶋が喝を入れ意識を取り戻し、自転車から投げ飛ばされたシモンは何故か無傷であった。

 ただ、ななぼし食堂の出前用自転車はフレームが曲がり、タイヤは両輪とも菱形に変形してしまっていた。武骨で頑丈な自転車の変わり果てた姿から、ぶつけられた謎の集団たちの哀れな姿が想像できる。

 洞嶋は椅子に腰を降ろし、長い脚を組んでいる。


「ひかりにあんな芸当ができるなんて、驚いたよ」


 包帯を巻いてもらいながら、泉太は言う。

 ひかりは照れたように微笑みながら、洞嶋を見た。


「先生、大事な弟子だって言ってくれた。えへへっ」


 洞嶋はすねたように唇をとがらし、そっぽを向いた。


「あれは。あれは言葉のあやだ。でも、まあ、よく闘ったな」


「しかし、こんなベッピンさんがあんなに強いとは恐れ入ったな。

 しかも、なんだって、ひかりちゃんのお師匠さんだっていうからもっと驚いたよ」


 七星は感心したように言った。


「隠すつもりはなかったのだけど、ごめんね黙っていて」


 ひかりは包帯を止めると、立ち上がった。


「わたし、このレイ先生について陳式太極拳を学んでいます。もう二年になるかな」


 洞嶋は仕方ないという風に、苦笑を浮かべる。


「私はひとにモノを教えられるような武術家ではないが、この子には素質がある。

 そう見込んで、弟子にした」


 ひかりは両手を胸の前に組んで、飛び上がった。


「やっと、やっとお弟子として認めてもらいましたあ!」


「調子に乗るな。あんなチンケな連中に負かされるようでは、まだまだ修業不足だ」


「はーい」


 洞嶋に一括され、ひかりはしゅんとうなだれた。


「だが、いい動きだった。毎日の積み重ねがとっさの場合には出る。

 弟子として認めた以上、これからはさらに厳しく鍛錬していくぞ」


 ひかりは目を輝かせて、はいと返事する。


「そうか、だからか」


 泉太は続ける。


「昔から人見知りが激しくていつも独りでいたのに、中学三年になったころからすごく元気になってさ。

 高校じゃあ、クラスのみんなから親しまれている人気者だし。

 背はちっちゃいままだけど、反射神経に加えて筋肉がすごく強くなったなあって思っていたんだ」


 八百屋の大将から、オレンジをもらった時のことを言っているらしい。


「人知れず頑張っていたんだね、ひかり」


 泉太に褒められ、ひかりは頭をかいた。


「ところで、神父さんたちよう」


 七星は質問を投げかけた。ようやくふれなければならない問題に、主人である七星が口を開いたのだ。


「いったい、どういうことなのか教えてもらえるかい。

 さっきの連中は、ただ者じゃあるまい。

 あんたらは何か犯罪に絡んでるいるのかな? 裏切りがどうとか言ってたっけ」


 トマスとシモンの兄弟は端のテーブルの、セットの椅子にちんまりと座っている。

 平和な食堂に、突然巻き起こった暴力沙汰の元であるのだ。

 ふたりは膝の上に手を乗せ、神妙に下を向いていたが、七星の問いかけにビクンと肩を震わせた。

 お互いに顔をあげ、見つめ合ってうなずく。トマスはゆっくりと全員を見渡した。


「この度はご主人をはじめ、みなさんには多大なご迷惑をおかけしたことを、まずお詫び申し上げます。どこの馬の骨ともわからぬ私たちに、食事や寝るところまでご提供いただいたにもかかわらず、本当に申し訳ありません」


 トマスとシモンは同時に立ち上がり、深々と頭を下げた。


「いや、そんなことはいいさ。こっちは好きでやらしてもらったことだし、実際にシモンさんには食堂の手伝いまでしてもらったんだからよ。あれは助かったんだよ、本当にさ」


 七星は言いながら、二人に椅子に座るようにうながす。

 トマス、シモンは申し訳なさそうに腰かけた。


「このベッピンさんが戻ってきてくれなけりゃ、ちと大変なことになっていたかもしれんからなあ。ひかりちゃんが強くなったてえのは、ビックリだけど」


 七星に言われ、ひかりは舌を出して照れ笑いを浮かべる。


「なにかわけありなんだろうって、思っていたけどさ。よかったら聴かせてくれるかい」


「そうだな。あの連中は危険なにおいがしていた。

 そのへんのチンピラじゃなく、もっと鍛えられた集団だな。

 警察官でもない。むしろ自衛隊員のように戦闘を生業なりわいにしているような雰囲気だったが、違うか?」


 洞嶋もうなずきながら言った。

 トマスは感心したような表情を浮かべ、洞嶋を見る。


「あなたは美しく強いだけではなく、鋭い洞察力もお持ちなのですね」


 頭の中を整理するかのように沈黙したあと、トマスは思いがけない言葉を発した。


「あらかじめ申しておきますが、私たちは神に誓って犯罪者ではありません。

 最初にご主人にお話ししましたように、私たちは旅をしている宗教者です。

 ただ旅と言いましても皆さんがイメージされるものではありません。

 こうなった以上正直に申し上げます。

 私たちはあなた方のいらっしゃるこの世界とは、なのです」


 全員が、へっ? という疑問符を浮かべる表情になった。


「違う世界? まさか、宇宙人の神父さーん?」


 ひかりは素朴な疑問を投げかける。


「いえいえ、私たちは地球に住む、れっきとした日本人です。言い方が変でしたね」


 トマスはいったん言葉を切った。


「私と弟は日本人ですが、この世界の日本人ではないということなのです」


 言っている意味が理解できず、四人は顔を見合わせ、首をひねる。

 眉をしかめながら首をひねったひかりは、手を挙げて質問した。


「わたし、国語は結構得意なのです。現国ならセンちゃんとタメを張るくらい、自慢できます。だけど、いま言われた言葉の意味は、ちんぷんかんぷんで」


 すみません、と頭を下げる。


「この世界? この世界ではないけど、日本人。

 この世界」


 泉太は腕組みをしながら、ぶつぶつとつぶやく。

 ハッと泉太が顔をあげ、思わず口走った。


「まさか、まさかと思いますが、トマスさんのおっしゃる言葉から推測し導き出されるキーワードは、もしかしてパラレルワールドのこと!」


 ひかり、七星、洞嶋が泉太に注目した。

 泉太は自分で言っておきながら苦笑いを浮かべ、頭をふった。


「すみません、子供じみたことを口走ってしまいました。

 パラレルワールドなんてあるわけない。

 科学万能のこの時代に、そんな絵物語があるわけない。失礼いたしました」


 ひかりがきょとんとした顔で、泉太を見る。


「センちゃん、パラソルワールドって、傘を生産している世界?」


「いやいや、パラソルじゃなくて、パラレル。

 パラレルワールドは平行世界とも言われている、別次元の世界のことさ」


「ますます混乱してきた」


 ひかりは思わず両手で髪をかきまわす。ウェーブの柔らかな髪が絡まり合って、頭は爆発したようなさまになってしまった。

 洞嶋がバッグから携帯用の櫛を取りだし、そっとひかりに渡す。

 トマスは指先でサングラスのブリッジを押し上げた。


「いや、それは夢物語のお話ではなく、現実のことなのですよ」


「パラレルワールドが、現実に存在する? まさか」


 泉太が食い下がろうとしたとき、七星が静かに言った。


「わしは古い人間だから、さっぱり話がわからねえけどさ。ここはトマスさんのお話を聴こうじゃないか」


 泉太は、そうだねと苦笑した。

 トマスに注目が集まる。


「ではお時間を拝借いたします。

 みなさんはパラレルワールド、もしくは平行世界という言葉は耳慣れていらっしゃらないでしょう。なぜなら、この世界では一部の空想物語でしか語られていないからです。

 しかし、どなたでも思ったことがあるはずです。

 もしもあの時に違う行動をしていたら、今とは違った世界になったかもしれないと」


 これに全員がうなずく。


「そうなのです。人生にはさまざまな選択肢が待ち構えており、どの道を選択するかによってその後の人生は大きく変わります。そしてそれぞれに、別の世界が待っております。

 それが平行世界なのです」


「ちょっと、いいか」


 洞嶋が小さく手を上げる。


「そこまでは私でも理解できる。

 たとえば今日だ。私がひかりを訪ねて来て今に至るが、もしここへ訪ねてこなければ、当然違った展開になっていたってことだな。

 しかし、現実として私は今ここにいる。もしも、という考えはわかるが、それはあくまで仮定の話だ」


 ひかりは師匠の発言に、大きく首肯する。トマスはニコリと微笑んだ。


「そう、お嬢さんの言う通り、仮定の話です。

 では仮定の方が現実になっていたとしたら、どうでしょうか」


「たとえば、ですね」


 泉太が切り出す。


「たとえば大きな水流を持つ川を、想像してみてください。

 川の流れを時間の流れとします。上流から流れた水はやがて大きな川の本流になりますが、水流は途中から分岐し、支流ができます。下流に行くにしたがい、支流の数は増えていきます。

 上流から一枚の木の葉が流れてきました。木の葉は本流に乗ったまま流れていくのか、それとも途中からどこかの支流に流れるのか、それは誰にもわからない。

 木の葉自身は、ただ流れている今がわかっているだけ。

 幾つも枝分かれしている支流のうち、木の葉が流れている水流だけが木の葉にとっての現実であり、他の支流はあの時こっちへ行っていたらと言う仮定にすぎない。

 しかし実際には、隣にいくつも支流は流れている。

 そう解釈するっていうのは、乱暴ですか?」


 トマスは素直に手を叩いた。ジッと聴いているシモンも、大きく首肯する。


「まったくその通りです。それが平行世界の原理です。

 しかも支流同士は交わらない限り、お互いの流れている存在を知りません。

 世界も同じようにいくつもの流れがお互いに影響することなく、つまり感知することなく時間という川の流れにのっているということです」


 ひかりは言葉を噛み砕くように反芻する。


「たとえば、わたしがレイ先生と出会ってお弟子にしてもらったのが今の世界。

 でも別の世界のわたしは、先生に出会わずにきている。また別の世界では、途中で習うのを諦めちゃったわたしもいる。

 えーっ、じゃあわたしが何人もいるってこと?」


 シモンがここへきて、初めて発言する。


「ミルフィーユみたいなものです。パイ生地が何層にも重なっている」


「その世界ってえのはどれくらいあるんだい? まさか百とか、千もないだろう」


 七星の問いかけに、トマスは頭をふった。


「ご主人、正確にはいくつあるかとは答えられないのです。

 無限。これが私たちの習った、平行世界の数なのです」


 七星は信じられないという顔つきで、目を閉じる。


「でも、干渉するとかしないとか、難しくてわかんないんだけど、お互いに知らない世界なのですよね。だったら神父さんたちはどうやって、ここにやってきたの?」


 ひかりはからまった髪を櫛でまっすぐに伸ばしながら、訊ねた。

 シモンは、ずれる黒縁眼鏡を指先で押し上げる。


「次元空間転移のための、道具があります」


「なあに、それ?」


 ひかりが指を放すと、髪はゆっくりとカールしていく。

 トマスが話し出した。


「それについては後ほどご説明いたします。

 私たち兄弟は所属する教会の指示により、別世界を渡り歩いている途中です。

 その教会からの指令がやっかいなことに、先ほどこちらへやってきた連中と関わるわけなのです」


「あの兵士のようなやつらか」


 洞嶋の目が鋭くなった。


「はい。やつらは教会を手中に収めようと企む、正福音分離派せいふくいんぶんりはの大司教が放った『破魔の短剣はまのたんけん』だと思われます。我々中心派を裏切り者と呼んでおりましたから。

 これは次期教皇が、中心派から選出されることを阻止しようとする連中にとっての心情だからでしょう」


「日本で、宗教戦争?」


 ひかりが問う。

 トマスとシモンは目を合わせた。


「私たちの住むは、国民の百パーセントが太陽神を崇める教会の信徒です」


「エエッ!」


 これには全員が驚いた。


「そうなのですよ。我が日本には神道や仏教は、宗教として存在しておりません。

 太陽神を唯一の存在としております」


「じゃあ、なにかい。十字架や、神社やお寺の類はないのかい?」


 七星は訊ねる。


「過去の遺跡としてわずかに残されておりますが、国民の大半は興味を示しておりません。

 この世に神はおひとりだけ。

 すべては聖書の教えを忠実に守ること。それが我々日本人に受け継がれてきている、文化なのです」


「ま、まさしくパラレルワールドだ」


 泉太はうなるように天井を見上げた。

 やりとりを聞いていた洞嶋が、口を開く。


「一朝一夕に信じられる話ではないが、襲ってきた連中がいたのは事実。であるならば次に何をすべきなのかを考え、行動に移さないといけないな」


「本来私たちは、この世界に長居するつもりはありませんでした。旅の途中、つかの間の休息をとるつもりで」


 トマスは、唇をとがらせてジッと見るシモンの視線に気づいた。


「わかっているよ、シモン」


 トマスは咳払いをして続けた。


「休息を取るつもりで、大きな公園で休んでいたのが一昨日です。

 ところがその休息中にあろうことか、大事な羅針珠を紛失してしまったのです」


「ラ、シンジュ? フランス語?」


 ひかりは泉太を振り返る。泉太は外人のように、肩をすくめた。


「羅針盤の珠と書いて、らしんじゅと我々の国では読んでおります」


「失くした大事なものとかってえのが、それかい」


 七星にトマスは首肯する。


「羅針珠というのは、先ほど申しました次元空間転移するための道具、と言えばよろしいでしょうか」


 突然シモンがテーブルを叩いて、立ち上がった。


「そうでした!」


 一同は驚いてシモンを見る。


「羅針珠がみつかったのを報告しようとして、すっかり忘れておりました!」


 トマスは手を打った。


「みつかったのか、シモンよ」


「はい」


「どこにあったんだい?」


「えっ」


「みつけたのだろ?」


「ええっと、そ、それが」


「まさか、また失くしたとか言うなよ」


「失くしたのではなく、取り逃がした、というべきでしょうか」


 シモンはテーブルに乗せている唐草模様のバッグから、同じく緑地に白い唐草模様のカバーがついたスマートフォンを取りだし、テーブルの上に置いた。


「この古臭い模様は、個人的なご趣味か?」


 洞嶋の問いに、シモンはにっこりと笑う。


「私たちの日本では、定番人気の柄です。新築の住宅の壁や、新車のカラーでオーダーする人も多いですよ。なかなか気品あふれる色目ですから」


「やっぱり、パラレルワールドだ」


 泉太は想像して、首をひねった。


「シモンさーん、スマートフォンをどうするのかな?」


 シモンは、ちらりとひかりを見る。


「こ、これは携帯電話にみえますが、単なる通信機能だけではなく」


 丸っこい指先が、器用に液晶ディスプレイをスワイプした。

 平らなディスプレイの上に光のラインが現れて、立体の図形を映している。


「すごい! 神父さんたちに世界では、ここまで科学が進んでいるのですか」


 泉太が驚嘆の声をあげる。


「進んでいる部分と、停滞している分野があります」


 トマスが応える。

 シモンの指先がさらに動く。

 白い光の立体が徐々に形になっていき、ホログラムを形成する。


「わあ、立体映画みたいだねえ、センちゃん」


 ひかりは浮かび上がった画像に、手を叩いて喜んだ。

 立体画像はシモンが自転車を漕ぎながら撮ったものらしく、画像がゆれているものの夜の公園らしきところが鮮明に浮かび上がっている。


「どこかの公園を撮影したのかな? あっ、ここに満月!」


 指さしたところに顔を近づけ、ひかりは不思議そうな表情を浮かべた。


「あらっ、今度は誰かが映ってまーす」


 映像をよく観ようと、泉太と七星、洞嶋は席を立つ。

 画像に浮かぶ人物は外灯をバックにしているため、影になってしまっていた。

 ひかりは大きな目でじっとその人物を見ていると、手のひらを胸の高さまで持ち上げており、そこの部分が青く光っている。


「シモンさん、これ懐中電灯なの?」


「いえ、これが羅針珠なのです。この人が拾ってくれたようです。

 しかし直接素手に持たれており、非常に危険なのですが」


 ひかりはシモンに質問する。


「この人、手のひらに乗せているみたいだけど、それってそんなに危ないのですか?」


「直接人体を収納場所にしてしまうと、発生するパルスが脳に対して」


「アアッ!」


 ひかりがシモンの解説を無視して、叫んだ。


「これ、市野谷くんだぁ!」


つづく

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