第八章 フィアナの告白⑤


 ――ぴちゃんっ。


 天井の鍾乳石から滴る雫に、クレアが「ひゃんっ」と可愛らしい声を上げた。

 ぬけるように白い肌。

 優美な曲線を描く肢体。

 胸はたしかに控えめだが、同性のフィアナから見ても、そんなのは問題にならないくらい魅力的だ。


(さすがに姉妹ね、華があるのは姉譲りか……)


 紅いツーテールをほどくと、その横顔は彼女の姉の面影をたしかに思い出させた。


 災禍の精霊姫カラミティ・クイーン――ルビア・エルステイン。


 幼いフィアナの心を完膚なきまでに打ち砕いた彼女を。

 べつに、彼女の妹であるクレアに恨みがあるわけではない。


(というか、私自身、ルビア様を憎んでいるのかどうかもわからないのよね……)


 フィアナの心に刻まれているのは憎しみではなく、ただ、圧倒的な恐怖だった。

 その恐怖を克服したとき、彼女の契約精霊は戻ってきてくれるのだろうか――

 フィアナが胸もとに刻まれた精霊刻印に目を落とし、物思いに耽っていると。


「なに? 自分の胸を見て優越感にひたってるの?」


 クレアがジト目でフィアナの胸を睨んできた。


「へ?」

「パッドなんてなくても、あたしのより大きいじゃない。な、仲間だと思ったのに」


 ……クレアの目が、ちょっとあぶない感じに据わっていた。

 なんとなく身の危険を感じ、フィアナは水面を切ってすすすっと離れる。

 それを同じようにすすすっと追いかけるクレア。


 すすすっ。すすすっ。すすすすっ。


 とうとう池の端まで追いつめられ、がしっと肩をつかまれた。

 ……もう逃げられない。


「ねえ、フィアナ、恥をしのんで訊きたいことがあるわ」


 クレアは真剣な表情で言ってきた。


「な、なに?」

「お、女の子の胸って、好きな男の子に揉んでもらうと大きくなるって……本当?」

「……え?」


 もじもじと顔を赤らめるクレアに、フィアナはぽかんと口をあけた。

 そして――

 思わず「くすっ」と笑みがこぼれる。

 やがてフィアナは、くすくすとお腹を抱えて笑いだした。


「な、なによ! そんなに笑うことないでしょ!」

「だって、その質問、昔まったくおなじことを訊いてきた人がいたんだもの」

「……?」


 クレアは意味がわからずに、きょとん、と首を傾げる。


「やっぱり姉妹なのね」


 フィアナは笑いを噛み殺しながら、目もとに浮かぶ涙をぬぐった。

 そういえば、こんなふうに自然に笑ったのは本当にひさしぶりだ。

 四年前、精霊契約の力を失ったあの日以来……かもしれない。


「クレア・ルージュ、私はあなたのことが嫌いではないわ」

「どういう意味よ」

「気にしないで。ああ、胸なんて成長すれば自然に大きくなるわよ」

「な、なんかむかつくわ……その余裕が」


 ふにゅっ。


 クレアがフィアナの胸に手をそえた。


「きゃっ、な、なにをするのよ!」

「ほ、本当に揉めば大きくなるのか、あたしがたしかめてあげるわ」

「自分の胸でたしかめればいいじゃない!」

「……〜っ、じ、自分のは小さくてうまく掴めないのよっ!」

「ちょ、ちょっと、やめなさいっ、ひゃんっ、あんっ……」


 神聖な地下祭殿に、悲鳴と派手な水音が響いた。

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