第八章 フィアナの告白④


 ――どこまでも続く長い坑道に、硬い足音が響く。


 無言で歩くエストを先頭に、三人は地下の奥深くへと下っていった。


 かつて精霊鉱石の採掘場として栄えた鉱山は、まるで巨大な迷路だった。

 人間が通るにはあまりに大きな通路。

 岩盤の掘削に大型の精霊を使役していたのかもしれない。


 途中、封印のほどこされた扉がいくつもあったが、すべて開放されていた。

 おそらく、ジオ・インザーギの仲間、地上の祭殿で儀式を執行していた者の仕業だ。


 ふと、革手袋に覆われたカミトの左手が鋭く痛んだ。


「どうしたの、カミト。傷が痛むの?」

「いや、なんでもない……」


 心配そうに覗きこんでくるクレアに、カミトは首を振った。

 そんなカミトの反応に、クレアは不満そうに唇を尖らせ、


「……なんだか、あんたって、いつも一人で戦ってる感じがするわ」


 ぽつり、とつぶやく。


「対抗戦でチームを組んでるときもそうだし、ううん、試合のときだけじゃない、講義を受けてるときも、寮にいるときもそんな感じ……なんていうか、もっとパートナー……じゃなくて、御主人様のあたしを信頼してもいいんじゃないの?」

「そうか? ……っていうか、友達のいないおまえに言われたくないぞ」

「う、うるさいわね、友達くらいいるわよ!」

「リンスレットだけだろ」

「あ、あいつはただの幼馴染みで、べ、べつに友達じゃないわっ!」

「あら奇遇ね。私も〈神儀院〉にいた頃は、いつも一人でご飯を食べていたわ」

「フィアナ、おまえもか……なんだこの残念なパーティーは」


 そんなとりとめもない会話をしながら、長い階段を降りていく。


「ねえ、まだなのエスト? さっきから一時間以上も歩いてるけど」

「数百年前とは少し道が変わっているようです。あとクレアはうるさいです」

「なっ!」

「しかたないだろ、エストが封印されたのは数百年も前のことなんだ」

「む、カミト、またエストの味方したわね……」


 どこまでも続く階段を、下へ、下へと進んでいくと――やがて広い空間に出た。

 そのまま真っ直ぐに歩き、巨大な壁の手前でエストは足を止めた。


「ここです、カミト」

「……ここ? 行き止まりじゃない」


 クレアが怪訝そうに眉をひそめる。


 四人の目の前にそびえ立つ石の壁。

 エストが明かりをかざすと、壁の表面に彫られた精緻な彫刻が映し出された。

 ここ数百年のあいだに彫られたものではない――神話時代の遺跡のようだ。


「これは〈五大精霊王エレメンタル・ロード〉の彫刻……みたいね」


 彫刻のモチーフとしてはごく一般的なものだ。


 火、水、風、土、聖――元素精霊界アストラル・ゼロを統べる五属性の王。


「ん?」


 ふとその彫刻の図柄に違和感を覚え、カミトは眉をひそめた。

 聖属性の精霊王を頂点に配した、五芒星を描くその構図。


 その一番下に――壁を削り取ったかのような大きな傷痕がついていた。

 まるで、そこにあったものの存在を抹消するかのような不自然さ。

 エストがまっすぐに進み、その剥ぎ取られた箇所にそっと手をあてた。


「これは神話時代の彫刻――後の時代に存在を消された、闇の精霊王レン・アッシュドール

「……? エスト、いまなんて――」


 カミトが聞き咎めた瞬間、地下坑道に轟音が鳴り響いた。

 閉ざされていた壁の隙間がゆっくりと開き――青い光が射し込む。


「隠し扉か――」

「これは神話時代の遺跡。高位の精霊だけが開けられる扉」


 エストが無表情につぶやいた。


「すごいぞ、エスト」

「カミト、もっと褒めてください」

「ああ、エストは偉いな」


 すりすり。なでなで。


「カミト、気持ちいいです……」


 頭のつむじをなでてやると、エストはくーっと目を閉じた。


「……」


 そんな二人を、クレアとフィアナがジト目で見つめていた。


「……やっぱり、エストに甘い」

「カミト君、早くしないと戦略級軍用精霊ヨルムンガンドが目覚めてしまうわ」

「あ、ああ……」


 妙に急かすフィアナに腕を引かれ、カミトは扉の中へ足を踏み入れた。


 ――そこは、信じられないほど巨大な空洞だった。


 磨き上げられた瑪瑙の床。

 無数の精霊鉱石の散りばめられた鍾乳石の天井。

 精霊鉱石はそれぞれ神秘的な淡い光を放ち、空洞をまばゆく照らしていた。


 その大空洞の中央に――貴金属と水晶で造られた祭殿があった。

 地上にあった大祭殿と比べるとだいぶ小さいが、その荘厳さは圧巻だ。


「――まちがいないわ。ここがこの鉱山の〈真祭殿〉」

「ここで、フィアナが再封印の儀式神楽を奉納すればいいんだな?」

「ええ。けど、その前に――」


 フィアナは、真祭殿のそばにある小さな溜め池を指差した。

 鍾乳石から滴り落ちた澄んだ地下水が溜まっている。


「禊ぎをして身を清めないといけないわね」

「そうね、あたしも水浴びしたいわ。さっきの戦闘で聖性がだいぶ落ちてるし」


 クレアはつぶやいて――ふと、カミトの視線に気がついた。


「……えっと、俺はどうすれば?」

「あ、あんたは外で見張ってなさいっ!」


 即座に鞭が飛んできた。

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