第八章 フィアナの告白

第八章 フィアナの告白①


「う、ん……」

「カミト!」

「カミト君!」


 カミトが目を覚ますと、目の前に二人の少女の顔があった。


「……クレア、フィアナ」

「よかった、目を覚ましたのね」

「無茶しすぎよ……ばか」


 ……どうやら、神威カムイを消耗しすぎて気絶していたようだ。

 冷たい地面から身を起こすと、カミトはあたりを見まわした。


 ゆらめく精霊鉱石の明かりが、ぼんやりと暗闇を照らしている。

 坑道が崩落し、降りそそいだ土砂で道は完全に塞がってしまったようだ。


「二人とも、怪我は大丈夫なのか?」

「ええ、あたしたちはね……あんたこそ大丈夫なの?」

「ああ、少し神威を消耗しすぎただけだ。なんだ、心配してくれてるのか?」

「ば、ばかっ、べつに心配なんてしてないんだからっ!」

「痛えええっ!」


 クレアの平手がちょうど傷口にクリーンヒット。

 カミトは激痛にのたうちまわる。


「……もう、なにやってるのよ」


 フィアナが呆れたようにため息をついた。

 カミトは痛む肩を押さえながら周囲を見まわし、


「ほかのみんなは無事なのか?」

「ええ……無事とは言いがたいけど。ひとまず応急処置はしておいたわ」


 フィアナが明かりをかざすと、地面に横たわっているエリスたちの姿が見えた。


 ……たしかに無事とは言えない状態だ。

 毒をまともに受けたラッカとレイシアは意識不明の重体。

 エリスは意識があるようだが、あの状態では歩くこともできないだろう。

 壁際に寄りかかって座るリンスレットの横で、フェンリルが主人の傷を舐めていた。


「いったい、なにが起きたんだ? あいつは――ジオ・インザーギは?」

「フィアナが精霊鉱石に封印してあった精霊を解放したのよ。あいつは光の柱に呑み込まれて消えたわ。……まあ、死んだとは思えないけど」

「あれは、精霊鉱石だったのか……?」


 カミトがフィアナのほうを向くと、彼女は「ええ」とうなずいた。


「でも、あれほどの精霊を封じることのできる精霊鉱石なんて――」


 ジオ・インザーギの死精霊を押し返し、坑道を崩壊させるほどの破壊力。

 フィアナの解放したあの聖精霊は、間違いなく高位の精霊だった。


 だが、高位精霊を封印できる精霊鉱石の存在など、聞いたことがない。


精霊王の血ブラッド・ストーン――オルデシア王家に伝わる秘宝よ」

「……?」

「あんた、精霊王の血ブラッド・ストーンも知らないの? 精霊使いの常識よ」


 眉をひそめるカミトに、クレアが呆れたようにため息をつく。


「しかたがないだろ。俺は貴族様と違って、そういうのには疎いんだ」


 カミトが言うと、クレアはやれやれと肩をすくめて説明してくれた。


精霊王の血ブラッド・ストーンはただの精霊鉱石じゃないわ。元素精霊界アストラル・ゼロの〈聖域〉で採掘される特別な精霊鉱石で、高位精霊の力の一部を封じておくことができるのよ。もちろん、お金や権力で買えるようなものじゃないわ。正真正銘、国宝級の秘宝なんだから」

「そうなのか……」


 王家から存在を抹消されたとはいえ、フィアナはオルデシア帝国の元第二王女だ。

 アレイシア精霊学院に編入する際、餞別にわたされたのかもしれない。


「まぬけな衛兵をたぶらかして、王家の秘宝館からちょろまかしてきたの。偽物とすり替えてきたから大丈夫よ」


 ふふん、と胸を張るお姫様。


「ああ、そんなとこだろうと思ったよ……ん?」


 ふと、カミトは妙な違和感を覚えた。

 違和感の正体は……ふふん、と突き出したフィアナの胸だ。


 ……小さい。明らかに小さくなっている。


(そういえば、フィアナはさっき……)


 あの精霊鉱石――精霊王の血ブラッド・ストーンを胸もとに隠していた。

 それほど大きなものではないとはいえ、あれをどうやって隠していたのだろうか。


「う……み、見ないで……」


 カミトの視線に気付いたフィアナが、両手を交差させもじもじと胸を隠した。


「カミト、フィアナはね、ずっとあたしたちを騙してたのよ!」


 クレアが糾弾するように、指先をびしっと彼女に突きつけた。


「騙してた?」

「そうよっ、この娘ってば、偽乳王女だったんだから!」

「……」


 カミトは、半眼でゆっくりとフィアナのほうを向き、


「……あー、そうなのか?」

「そ、そうよ、パッドよ……悪い?」


 頬を赤らめ、ふいっとそっぽを向く王女様。


「いや、激しくどうでもいいんだが……なんでそんなことをしたんだ?」

「……精霊王の血ブラッド・ストーンを守るためよ。胸の下なら誰も盗ったりできないし。それに、お、男の子はみんな胸の大きな女の子が好きだって聞いたから……」


 もともと彼女が学院へきた目的は、カミトを籠絡して仲間にすることだった。

 ……そういえば、やたら胸を押しつけてきていたが、あれはそういうことだったのか。


「いや、べつに胸の小さい女の子が好きって男もいるだろ」

「へ?」


 カミトの言葉に、なぜかクレアの耳がぴくっと反応した。


「カ、カミト、いま言ったそれ……ほんと?」

「ああ、異性の好みなんてそれぞれだからな。まあ、個人的にはないよりはあったほうがいいとは思うが……痛っ!」


 途端、クレアの鋭い鞭が飛んできた。


「あ、あんたって、あんたって……!」

「いや、だからいまのは個人の感想であって、世の中にはそういうマニアックな趣味の男もいっぱいいるということをだな――」

「ううう〜っ!」


 紅玉ルビーの瞳にうっすらと涙を浮かべ、唇を噛みしめるクレア。


(それにしても、あのやわらかい感触はパッドだったのか……)


 ……ぜんぜん気付かなかった。さすが、帝都の技術力はあなどれない。


「あの精霊王の血ブラッド・ストーンは〈精霊剣舞祭ブレイドダンス〉で使う切り札のつもりだったのに」


 ずいぶんボリュームの減ってしまった胸をかき抱きながら、フィアナがつぶやいた。

 とはいえ、それほど小さいわけではない。

 この年頃の女の子としては普通なほうだ。

 少なくともクレアのように残念な胸では――


「む、なによ?」

「……いや、すまん。なんでもない」


 涙目でキッと睨んでくるクレアから、カミトはあわてて目を逸らした。

 こほん、と咳払いしてフィアナに向きなおる。


「でも、なんでそんな精霊鉱石を持ってきたんだ?」


 精霊鉱石から解放された精霊や精霊の力の一部は、すぐに〈元素精霊界アストラル・ゼロ)へ帰還してしまい、二度と使役することはできないのだ。

 だから契約精霊を持つ精霊使いは、普通は精霊鉱石など使わない。

 剣舞はもちろん、大抵のことは精霊魔術や契約精霊の力を行使したほうが効果的だからだ。


「……」


 すると。

 フィアナはうつむいて、静かにため息をついた。


「まあ、いずれはバレることだしね。あなたたちには、いまここで話しておくわ」

「……?」


 いつになく真剣なフィアナの表情に、カミトはクレアと顔を見合わせた。


「――いまから四年前、私は精霊を使役する力を失ったの」

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