第七章 廃鉱山の戦い④


(――なに?)


 エリスたちを治療していたフィアナは、ハッと顔を上げた。

 刹那、まばゆい閃光が生まれ、鼓膜をつんざくような爆音が鳴り響く。


 思わず目を閉じた。飛んでくる瓦礫の破片が全身を殴打する。

 ……やがて、轟音がおさまった。


「う……」


 痛みにうめきながら、ゆっくりと目を開けると――

 目の前に、傷ついたカミトが倒れていた。


「……カ、カミト君?」

「……フィア……ナ……無事か?」


 カミトは、テルミヌス・エストを地面に突き立て、膝をついて立ちあがろうとする。

 至近距離で直撃を受け、防御性能に優れた学院の制服がズタズタになっていた。

 激痛を我慢しているのだろう、額には脂汗が浮かんでいる。


 フィアナは素早く周囲を見まわした。

 エリスと仲間の少女二人が倒れている。

 とても立ちあがれる状態ではない。


 クレアは傷ついて意識を失い、リンスレットは壁に磔にされている。

 そして――前方からは、ジオ・インザーギがゆっくりと歩いてくる。


 ――まるで死神のように。


「それがてめーの弱さだよ。無意識にかどうかは知らねーが、てめーはずっと後ろの連中を気にしながら戦っていた」

「フィアナ……下がってろ」


 近づこうとするフィアナを、カミトは手で制した。


「カミト君!」


 そんな身体で戦えるわけがない。

 精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェも満足に使えない、ただでさえ絶望的な状況だというのに――


「俺は、大切なものを失いたくないんだ――もう二度と」


 カミトは前を向き、立ちあがった。

 その目に希望の光はない。瞳に宿るのは暗い絶望だ。


 それでも、彼は立つのだ。

 かつて最強の剣舞姫レン・アッシュベルと呼ばれた、この少年は。


「……」


 ジオは、急に興味が失せたというように肩をすくめた。

 そして、冷酷な声で告げる。


「――そうか。じゃあ、死ねよ」


 全身の精霊刻印が輝きを放ち、その右手に黒い霧がまとわりついた。


死精霊タナトス――俺の所有する最強の精霊のひとつだ。貴様の契約精霊に貰った」

「俺の、契約精霊……?」


 カミトはかわいた声でつぶやいた。


「……っ、まさか、レスティアのことか――!?」


 死をまとった指先が、満足に動けないカミトに迫る――その寸前。

 フィアナが、長い黒髪をひるがえし、すっと立ちあがった。


「ねえ、私のものに軽々しく触れないでくれる?」

「……あ?」


 ジオは――呆れたようにぽかん、と口を開いた。


「……フィアナ?」


 カミトもまた、唖然とした表情で彼女の横顔を見つめた。


「どいて、カミト君」


 フィアナは、静かにジオの前に立ちはだかった。


「おい、頭がどうかしちまったのか、お嬢様?」

「口を慎みなさい、この私を誰だと思っているの?」


 フィアナは嘲笑するジオをまっすぐに睨み据えた。

 四年前――災禍の精霊姫カラミティ・クイーンの前に立ちはだかった、あのときのように。


「フィアナ、ばかっ、逃げなさい!」


 瓦礫の山から這い出したクレアが叫んだ。

 フィアナはゆっくりと首を振り――


(あなたは私を守ってくれた――だからこんどは、私があなたを守る!)


 ――オルデシア帝国第二王女、フィアナ・レイ・オルデシアの名において告げる!

 ――我は厳正なる執行者にして処罰者、王の名において聖なる裁きを下す者!


 刹那。フィアナの胸もとから、まばゆい閃光が生まれた。

 そう、いま叫んだ宣誓こそは――精霊解放の鍵言葉キーワード


 指先ですっと胸もとの紐をほどくと、手のひらに輝く紅い石が転がり落ちる。

 勾玉のように加工された、血のように紅い精霊鉱石。


「うそ、あれって……まさか〈精霊王の血ブラッド・ストーン〉!?」


 その正体に気付いたクレアが、目を見開く。


「貴様っ……!」


 なにか本能的な脅威を感じたのか、ジオは目の前の少女に死精霊を放つ――


「出でよ、汝、闇を葬る裁きの剣――破滅の聖王〈マグナ・カルタ〉!」


 紅い精霊鉱石が炸裂した。


 まばゆい閃光。

 巨大な光の柱がジオ・インザーギを貫く。


 そして――轟音とともに、坑道の天井が崩落した。

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