第七章 廃鉱山の戦い③


 そして、剣舞が始まった。


 響き合う甲高い金属音。

 剣閃がひらめくたび、薄闇の中に火花が散る。


「ジオ・インザーギ――いったい何が目的だ!」

「はっ、目的なんかねえよ。正直、俺にとっちゃ、戦略級軍用精霊ヨルムンガンドなんざどうでもいいんだ。てめーを倒して魔王の後継であることを証明する――それだけだ」

「なにが魔王の後継だ、この誇大妄想野郎!」


 踏み込んだカミトが、両手でテルミヌス・エストを薙いだ。

 凄まじい剣圧。ジオは咄嗟に剣精霊グラディウスで防御する――が、


「なにっ!?」


 甲高い金属音と共に――ジオの剣精霊グラディウスが砕け散った。

 ジオの表情が驚愕にゆがむ。


「おいおい、なんて精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェだよ――俺の剣精霊を一撃だと?」

「悪いな、俺のエストは最強の剣精霊だ」


 カミトがさらに踏み込む。

 ジオは召喚式を唱え、その手にふたたび剣精霊を召喚した。


「まだまだっ、これからだぜ!」

「無駄だ――」


 虚空からあらわれた剣精霊めがけて、カミトは容赦なく剣を振り下ろした。

 鋼の砕ける音がして、二体目の剣精霊もあえなく消滅する。


 二体の剣精霊を消滅させてなお、テルミヌス・エストには刃こぼれひとつ無い。

 魔王殺しの聖剣デモン・スレイヤーの二つ名を持つ精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェ

 これで完全な状態ではないというのだから恐ろしい。


 だが、ジオはまだ余裕の表情を浮かべたままだ。


「ふん、ならつぎはこれだ!」


 全身の精霊刻印から雷火がほとばしり――ジオの手に三本目の剣が出現する。


(……っ、こいつ、いったい何体の精霊と契約しているんだ!?)


 さすがに、カミトの顔にも焦りの表情が浮かんだ。

 最強の剣精霊エストにも大きな弱点がある。

 神威カムイの消耗が激しすぎるのだ。


 最近では制御に慣れてきたため、前のようにいきなり気絶するようなことはないが、戦いが長引けば、いずれ疲弊するのは目に見えていた。

 ジオ・インザーギが、本当に七十二柱の精霊と契約しているのだとすれば――


(このままだと、まずいな――)


 学院都市で暴走した巨人精霊のように、一撃で勝負がつく相手ではない。

 持久戦になればこちらが不利だ。


(……しかし、こいつの神威カムイは無尽蔵か!?)


 これだけの精霊を使役していれば、神威カムイの消耗も飛躍的に増大するはずだが――


「カミト、援護するわ!」


 刹那、クレアの振るった炎の鞭フレイムタンが弧を描いて飛来した。

 暗闇に閃く灼熱の残光――狙い澄ました鞭はジオの剣を素早く絡めとる。


「ちっ、邪魔すんなっ!」


 ジオが透き通った氷球の精霊を召喚し、クレアめがけて投げ放った。


「なによ、こんなものっ!」


 クレアの放った精霊魔術の火球が、氷精霊を迎撃する――

 が、それは罠。


「……っ!?」


 眼前で爆砕した氷球が、無数の針となってクレアの全身を斬り裂いた。


「きゃあっ!」

「クレアっ!」


 クレアの悲鳴に、カミトの意識が一瞬逸れた。


「よそ見するなよ!」


 その隙に、素早く斬撃が打ち込まれる――

 かろうじてテルミヌス・エストの刃で受け止めるカミト。


 だが、ジオは攻撃の手を緩めない。

 そのまま、じりじりと押されていく――


「どうした、最強の剣舞姫レン・アッシュベル――そんなもんか?」

「……っ!」


 押し込まれる剣を受けながら、カミトは歯噛みする。


 三年前のレン・アッシュベルなら――

 クレアに向かって精霊を使役する隙など、あたえなかったはずだ。


 精霊使いとして致命的な三年間の空白ブランク

 本来の力を引き出すことのできない契約精霊。


(ああ、たしかに俺は弱くなった。けどな――)


 ふっと重い呼気を吐くと――カミトは突然、後方へ跳んだ。


「凍てつく氷牙よ、穿て――〈魔氷の矢弾フリージング・アロー〉!」


 刹那、リンスレットの放った氷の矢弾が二人のいた場所へ降りそそぐ。

 直撃――ジオの姿は降りそそいだ矢弾の雨に呑まれて消えた。


「ふっ、わたくしを忘れられては困りますわ!」


 腰に手をあて、プラチナブロンドの髪をふぁさっとかきあげるリンスレット。

 カミトは剣を受けながら、彼女が狙いをつけるのを待っていたのだ。


 崩れた岩場から、濛々と立ち上る砂埃。

 あの矢弾の雨を受けて、無事でいられるとは思えない――


 だが。


「ん? いま、なんかしたか?」


 ジオは――砂埃の中に平然と立っていた。

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、リンスレットに向きなおる。


「うそ……直撃したはずですわ!?」

「〈アルゴス〉――精霊使いを自動オートで守る地精霊さ」


 ジオの周囲には、地面から突き出した岩の円錐が屹立していた。

 魔氷の矢弾はそれに防がれたのだ。


「……っ、なんて奴……ですの……」

「それと、こいつはな――こういう使い方もできる」


 ジオが手首をくいっと返した。


「きゃあああっ!」


 瞬間、リンスレットの足もとの地面から円錐が突き出し、彼女を壁に磔にした。

 学院の制服が切り裂かれ、きめの細かい白い肌が露わになる。


 両腕を磔にされたまま、リンスレットは恥辱に唇を噛みしめた。


「くっ……ゆ、許しませんわっ……このわたくしにっ、こんな……」


 気丈にジオを睨みつけ、悔しそうに身を震わせるリンスレット。


「――ジオ・インザーギ!」


 カミトは激昂し、テルミヌス・エストを叩きつけた。

 重い斬撃が、並び立つ円錐をまとめて破壊し、ジオに肉薄する――


 だが、そこまでだった。


「くっ……」


 大剣サイズだったテルミヌス・エストが突然、小型の短剣になってしまったのだ。

 膨大な神威カムイを消耗するエストが、精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェとしての姿を維持できなくなった結果だった。


「レン・アッシュベル――てめーはもう最強の剣舞姫じゃねーよ」


 ジオがせせら笑った。


「かもな。なにしろ三年の空白ブランクだ」

「いや、そうじゃねえ。てめーが弱くなったってのはな――」


 刹那、ジオの手のひらに光の槍が生まれた。

 近接武器ではない、射出タイプの精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェ


 一瞬で判断したカミトは、かわそうとするが――


(――違う!)


 寸前、ジオの狙いに気が付いた。


「こういうことだ!」


 カミトを狙った攻撃ではない。

 光の槍は――


 カミトの背後、フィアナと負傷した騎士団の少女たちに向けて放たれた。


(くそっ……!)


 カミトは咄嗟に身体を割り込ませ、全身で光の槍を受けとめた。

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