第七章 廃鉱山の戦い②


 廃都にそびえる精霊鉱石の鉱山。

 その入り口にたどり着くと――

 坑道の中から、激しい剣戟の音が鳴り響いた。


「カミト、あれ――」


 クレアが指差した暗闇の奥、激しい閃光がひらめいた。

 戦っているのは、精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェの槍を構えたエリス・ファーレンガルトだ。


 轟々と吹き荒れる風にポニーテールの髪がなびく。

 騎士団の甲冑を破壊され、裂傷にまみれたその姿は満身創痍にみえる。


「はっ、さすがは騎士団長様、なかなか愉しませてくれるじゃねーか!」


 坑道に響きわたる耳障りな哄笑。

 エリスの前には、炯々と輝く紅い目の少年が立っていた。


 ジオ・インザーギ――魔王の後継を名乗る、男の精霊使い。

 その足もとには、傷ついたラッカとレイシアが倒れている。


「貴様、よくも私の仲間をっ――」


 エリスが〈風翼の槍レイ・ホーク〉を振るった。

 坑道の壁が破壊され、硬い岩盤がまるで硝子のように砕け散る。


 ジオはけたたましい笑い声を上げながら跳び上がった。

 人間に可能な動きではない――なにか肉体を強化する精霊を憑依させているのかもしれない。


「おいおい、その程度か? 騎士団ってのは子供のお遊びかよ」

「貴様っ!」


 騎士団への侮辱に、エリスが激昂した。


「凶ツ風よ、汝、無限の刃となりて我が敵を斬り裂け――」


 魔風精霊〈シムルグ〉の精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェ――〈風翼の槍〉の力を解放する。


 学院の決闘でカミトを苦しめた、風の刃を生み出す槍だ。

 紙一重で回避しても、追加発動する無数の風刃が目標をズタズタに斬り裂く――

 だが。


「猪突猛進かよ――反射しろ、魔鏡精霊ミロワール!」


 ジオが叫んだ瞬間、エリスの眼前に光り輝く赤い鏡が出現した。

 風を纏う風翼の槍が鏡面に触れた途端、無数の風刃がエリスに向かって牙を剥く。


「……っ!?」


 乱舞する刃に斬り裂かれ、エリスの身体が壁に叩きつけられた。


「――エリス!」


 カミトはテルミヌス・エストを手に走った。

 すでにこちらの存在には気付いていたらしい――ジオが振り向き、ニッと嗤った。


「よお、馬鹿がわらわらわいてくるな」

「カミト、だめ!」


 背後から聞こえたクレアの声に、カミトの動きが一瞬、止まった。

 刹那、ジオの右腕に刻まれた精霊刻印が輝き――


「――肺腑の奥まで爛れるがいい、顕現せよ、腐毒精霊ラフレシア!」


 濃密な紫紺の霧が、すさまじい勢いで噴出した。

 かすかな刺激臭を感じとったカミトは、咄嗟に目と口を覆う。

 だが、それだけでは当然防げない。

 肌を焼く毒の霧が全身を包み、肺腑を侵していく――


「がっ、はっ……!」


 目に激痛が走る。喉が焼けるように熱い。

 口を押さえる指の隙間から血がこぼれ、地面に滴った。


(これは、毒属性の精霊……この霧そのものが精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェなのか!?)


 坑道にくぐもったうめき声が反響した。

 焼けるような痛みをこらえ、カミトはわずかに目を開く。

 毒の霧をまともに浴びたエリスと二人の少女が、うずくまって悶えていた。


「エリス……くっ!」


 喉の筋肉がひきつり満足に声を出すこともできない。

 ここならまだ立っていることができるが、このまま進めば、彼女たちのもとへ到達する前に意識を失うだろう。


(……どうしてあいつは毒を受けない?)


 腐毒精霊のような広範囲殲滅型の精霊は、普通は使いこなすことができない。

 制御が難しく、下手をすれば自分も巻きこまれることになるからだ。

 だが、ジオ・インザーギは猛毒の霧の中にあって平然と立っている。


 ――と、カミトは気付いた。


 少年の周囲に、わずかな風の流れがあることに。


(……そうか、風属性の精霊を同時に使役しているのか!)


 複数の契約精霊を使役する精霊使い――ならば、ほかの精霊の力を組み合わせることによって、本来ならば扱いきれない精霊を使役することもできるということだ。


(……くそっ、ほとんど反則チートじゃねえか!)


 カミトは胸中で毒づいた。


(リンスレットの魔弓なら、霧の効果範囲外から狙撃できるか?)


 振り向いて背後を覗うが――

 リンスレットは氷の矢弾をつがえ、ジオに狙いをつけたまま動かない。


(――撃てない、か)


 リンスレットの判断は正しい。

 ジオはエリスの精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェを反射した魔鏡精霊ミロワールを見せている。

 下手に撃てば、近くに倒れているエリスたちにとどめを刺すことになりかねない。


 クレアはフィアナをかばうように立ち、炎属性の精霊魔術を詠唱しているようだ。

 ほんの数秒間の思考。だが、この間にもエリスたちは毒に身体を蝕まれていく。


(くそっ……)


 身を焦がすような焦燥。

 ――と、そのときだ。

 暗い坑道に、かすかな擦れ声が響き渡った。


(エリス!?)


「風……よ、我が敵を薙ぎ払え――〈風王爆閃陣ウインド・ボムス〉!」


 刹那、放たれた暴風の塊が、毒の霧をあとかたもなく吹き飛ばした。

 そして――


「はあっ、はあっ……か……はっ!」


 エリスが風の魔槍を地面に突き立て、立ち上がっていた。

 防刃繊維の制服は切り裂かれ、全身傷だらけだ。

 破れたストッキングに包まれた両脚が小刻みに痙攣している。

 それでも、凜として気丈に立ちあがる彼女の姿は――

 思わず、見惚れてしまうほど美しかった。


 エリスは精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェの槍を構えるとジオを睨み、嗄れた声で言い放った。


「……っ、風王騎士団シルフィードの誇りにかけて、刺し違えてでも……貴様は倒す!」

「痛えな……この死にぞこないが」


 暴風の直撃を受けたジオが、唇をゆがめて舌打ちした。


「なら、望み通りぶち殺してやるよ!」


 ジオの全身に刻まれた精霊刻印が、禍々しく輝く――


「――させるかよ!」


 カミトが走りこむと同時、放たれた二発の火球がジオを襲った。

 クレアの援護だ。

 ジオが火球を弾いた一瞬の隙に、カミトは加速――ジオに肉薄する。

 そして、空間ごと叩き切るように、テルミヌス・エストを真横に薙いだ。


 ガッ――剣の尖端の触れた岩盤が砕け散る。


「はっ、そう怖い顔すんなよ、なあ!」


 剣閃を紙一重でかわしたジオは跳びあがり、崩れかけた岩場へ降り立った。

 カミトは追撃せずに、真っ直ぐエリスたちのほうへ向かった。

 エリスは息を切らし、いまにもくずおれそうだった。


「エリス、大丈夫か? 肩を――」

「よ、余計な……ことをするな」


 ふらつく彼女に肩を貸そうとすると、その手を振りはらわれた。


「私は、君たちの助けなど――」

「つまらない意地を張るなよ、あいつらのことを考えろ」


 エリスの表情がこわばった。

 地面にはラッカとレイシアが倒れている。

 意識はあるようだが、あのままでは命が危ない。

 エリス自身、もう立っているのもやっとの状態だ。


「くっ……カゼハヤ・カミト、君に借りができたな」

「貸しなんかじゃねーよ。仲間を助けるのはあたりまえだ」

「……っ!」


 カミトの言葉に、エリスは頬をカアッと赤らめた。

 傷ついたエリスを壁に横たえ休ませると、カミトはジオのほうへ向きなおった。


「てめえ、よくもエリスを――」


 エリス・ファーレンガルト――生真面目で、勇敢で、正義感の強い少女。

 傷ついた彼女の姿を見ているだけで、たぎるような怒りがわいてくる。


「邪魔すんなよ、せっかく生意気な女をぶち殺せるとこだったのによ」


 ジオはニヤニヤ笑いながら、ゆっくりと岩場を降りてきた。


「――安心したぜ」


 カミトは剣を構え、ジオを睨みつけた。


「あんたみたいな最低の野郎なら、本気でぶちのめせる」

「はっ、言うじゃねーか! 残念だが、てめーに俺を倒すことは不可能だ」

「あたしたちもいるわよ!」


 クレアたちが走ってきた。炎の鞭フレイムタンを握り、カミトの横に立つ。

 リンスレットは氷の魔弓をつがえ、フィアナは両手に精霊鉱石を握っていた。


「フィアナ、エリスたちの治療を頼めるか?」

「ええ、治癒の精霊鉱石ならいくつか持っているわ。効果は気休め程度だけれど」


 フィアナが緊迫した表情でうなずく。


「カミト、あたしとあんたで奴を追い詰めるわよ。リンスレットは支援砲台」

「し、支援砲台とはなんですの! わたくしは華麗なる射手ですわ!」


 リンスレットが噛みつくが、クレアはとりあわない。


「――よお、相談は終わりか?」


 ジオ・インザーギが静かに嗤いながら近づいてくる。

 右腕に刻まれた精霊刻印が禍々しく輝き、青白い雷火がほとばしった。


 その手に出現したのは――エストと同じ剣の精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェ


剣精霊グラディウス――その剣とどっちが強いか、ためしてみるか?」

「ふざけんな。俺のエストを、そこらの三下剣精霊と一緒にするなよ」


 テルミヌス・エストを構えたカミトが獰猛に唸った。

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