第七章 廃鉱山の戦い

第七章 廃鉱山の戦い①


 一日中、馬を走らせ、一行が鉱山都市の入り口に到着したのは真夜中のことだった。

 ここまでほとんど休まずにきたので、全員、疲労困憊しきっていた。

 だが、のんびりと休んでいるわけにはいかない。


「ここが鉱山都市ガド……まるでゴーストタウンですわね」


 馬から降りたリンスレットが静かにつぶやいた。


「廃鉱になってから数十年は経ってるからな。人間は誰も住んでいないはずだ」

「人間は――ね」


 クレアが目を細め、暗闇の奥を見つめた。


 廃墟となった建物のあちこちで、青白い鬼火が瞬いていた。

 浮遊する低位精霊だ。

 このような廃墟にはたちの悪い精霊が多く集まってくる。

 ちょうど夜の〈精霊の森〉のように。


 廃都の向こうには、放棄された無数の坑道が残る巨大な山がそびえ立っている。


 ガド鉱山――かつては大量の精霊鉱石を産出する、帝国最大の鉱山だった。

 戦争時に精霊鉱石を掘り尽くし、廃鉱になったのは二十年以上も前のことだ。

 あの鉱山の地下に、旧オルデシア騎士団の封印した戦略級軍用精霊ヨルムンガンドが眠っている。


「――っていうか、あんた、いいかげん離れなさいよ」


 クレアが、カミトの腕にぎゅっとしがみついているフィアナを睨んだ。


「いやよ、カミト君は私が守るんだから」

「あんたは護衛される立場でしょうが。だいたい、契約精霊はどうしたのよ。例の精霊使いが潜伏してるかもしれないんだから、すぐに使役できるようにしておいて」

「それは――」


 フィアナはめずらしく言葉につまった。

 きゅっと唇を噛みしめ、ふいっとそっぽを向く。


「ま、まだそのときではないわ。オルデシア王家の契約精霊は、そう軽々しく喚び出すべきではないの。あなたの猫ちゃんと違ってね」

「な、なんですって……!」


 クレアが険しい表情で詰め寄った――そのときだ。


「……っ!」


 四人の立っている足もとの地面が突然、大きく揺れた。


「地震か……!?」

「どうやら、急いだほうがよさそうね。嫌な予感がするわ」


 クレアがそっとつぶやくと、手のひらに精霊魔術の火を灯した。




 目的の場所は、探すまでもなくすぐに見つかった。

 廃都を貫く大通りの最奥――鉱山の入り口の前に、巨大な大祭殿があった。


 巨大な石造りの柱が何本も使われた立派な祭殿だ。

 これほどの規模の大祭殿は、オルデシア帝国でも帝都にしか存在しない。

 しかし――


「ひどいな、これは……」


 彫像は打ち砕かれ、石柱に嵌め込まれていた精霊鉱石はすべて剥ぎ取られ、かつて精霊たちを愉しませていた大祭殿は、いまや見るも無惨な廃墟と化していた。


「おかしいわね――」


 異変に気付いたのは、精霊姫としての訓練を受けていたフィアナだった。


「なにがおかしいの?」

「この祭殿、こんな廃墟なのに、誰かが儀式を執りおこなった跡があるのよ。しかも、ここ数ヶ月のあいだに何度も」

「儀式?」


 眉をひそめるクレアに真剣な表情でうなずくと、フィアナは地面にひざまずいた。

 石畳についた傷の痕跡、足跡などを見ているようだ。


「この舞踏は――おそらく解放の儀式ね。多少アレンジはしているようだけれど」

「解放の儀式……」


 カミトは低く唸った。

 学院の図書館を襲い、封印指定の機密資料を持ち去った、カミトと同じ男の精霊使い。


(奴は本当に、封印された戦略級軍用精霊ヨルムンガンドを解放するつもりなのか?)


 いかなる精霊使いでも、個人で戦略級軍用精霊を制御することは不可能だ。

 だとしたら、奴の目的は何なのか。

 いずれにせよ、精霊の封印が解かれれば、周辺の街が焦土と化すことは間違いない。


「もう封印が解けかかっているのか?」

「いえ、まだ大丈夫よ。この祭殿は上位の〈真祭殿〉ではないから」

「真祭殿……どういうことだ?」

「ここにある大祭殿はあくまで本来の祭殿をカモフラージュするためのもの――鉱山のような重要な場所では、本来の祭殿の存在を隠すために、あえて地上に立派な大祭殿を造ることが多いのよ。もちろん、この祭殿だって使えないわけじゃないけれど」

「ってことは、どこかに本物の祭殿があるんだな?」

「ええ、おそらくは、鉱山の奥深くに隠されているのでしょうね」


 フィアナが顔を上げた、そのときだ。


「気をつけて、なにかいますわ!」


 あたりを警戒していたリンスレットが、突然、鋭い声を発した。

 カミトがハッと振り向くと――

 四人のいる祭殿の周囲を、うごめく大勢の人影が取り囲んでいた。


「人間? いや、これは――」

「炎よ、照らせ!」


 クレアが呪文を唱え、虚空に精霊魔術の火を灯した。

 炎の明かりに照らされ、姿をあらわしたのは――


「なっ、なんですの!?」


 錆びた剣や棍棒を手にした、骸骨の群れだった。

 骨の隙間から黒い霧のようなものが噴きだしている。


「なによこいつら……精霊なの?」

「放置された骸骨が、低位精霊に憑依されたみたいだな」


 つぶやきながら――カミトは「ん?」と気付く。


 クレアが、カミトの制服の袖をちょんとつまんでいた。


「……おまえ、ひょっとして、こういうホラーっぽいの苦手なのか?」

「そ、そんなことないわ! あたしを誰だと思ってるの!」

「無理しなくていいぞ、ほら、掴まってろ」

「……っ、こ、怖くなんかないってば」


 唇を噛みながら顔を伏せるクレアは、ちょっと可愛かった。


「それにしても、妙だな――」


 ふつう、低位精霊というものは明確な自我をもたない。

 まれに人間を襲うことはあっても、こんなふうに集団を形成することはないはずだ。


「カミト君、こいつらよ。ここで儀式をしていたのは」

「なんだって?」


 カミトは驚いて振り向いた。フィアナがこくりとうなずく。


「骸骨たちのあの動き、ずいぶん雑だけど……解放の儀式にそっくりよ」

「まさか、低位精霊が高度な解放の儀式をしてたってのか?」


 カミトは近づいてくる人影を見つめた。

 言われてみればたしかに、精霊に憑依された骸骨たちは、一定の規則性をもって動いているように見える。


「いいえ、そんなことはありえない……誰か精霊を操っている術者がいるはずだわ」

「じゃあ、こいつらはあたしたちを襲いにきたわけじゃないの?」


 クレアがカミトの袖をぎゅっと握りながら言った。

 骸骨の群れはゆっくりとした足取りで、祭殿の階段を上ってくる。


「凍てつく氷牙よ、穿て――〈魔氷の矢弾フリージング・アロー〉!」


 リンスレットの放った氷の矢弾が、蠢く骸骨の群れをまとめて薙ぎ倒した。

 高位の魔氷精霊〈フェンリル〉の精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェだ。


 精霊使いにとって、あの程度の敵は雑魚でしかない。

 砕けた骸骨から黒い霧が噴き出し、虚空に消滅した。


「あれは、闇属性の精霊――」


 ふと、カミトの脳裏に閃くものがあった。


(まさか――)


 黒い革手袋に覆われた左手に目を落とす。

 刻まれた精霊刻印に刺すような痛みが走った、そのとき――


「……っ!?」


 鉱山のほうで凄まじい爆発音が響いた。


「まさか、戦闘が始まってる!?」

「いくわよ、カミト!」


 クレアが鞭をピシッと鳴らし、走りだした。

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