第六章 出立の朝⑥
そんなこんなで一時間後。門前の広場で、カミトは出立の準備をしていた。
学院からそう遠い場所ではない。
街道を馬でとばせば一日とかからない距離だ。
エリスのチームはすでに出立したらしい。
風の精霊の加護を受けている彼女たちなら、もっと早く着くことができるはずだ。
剣の姿になったエストを腰に差し、装備の確認などをしていると、
「遅くなりましたわね、カミトさん」
プラチナブロンドのお嬢様が馬を連れてやってきた。
「あれ、リンスレットも来るのか?」
カミトはクレアに訊いた。
「ええ、高度な戦略的取り引きよ。あいつの持ってる重要な情報と引き換えに、今回の任務に参加させることになったの」
「重要な情報? なんだそりゃ?」
「ひ、秘密よ……重要な情報なんだから、あんたなんかには教えられないわ」
「たしかに、あなたにとっては重要な情報ですわね。胸を大きくする方法――はぐっ!」
「ねえ、リンスレット・ローレンフロスト、消し炭になりたい?」
「ちょっ、クレア、目が、目が本気ですわよ!」
ひっとあとずさるリンスレット。
「ああ、心配ですわ、お嬢様。そんな危険なところに行かれるなんて」
その横では、メイドのキャロルが祈るように手を組み主人を心配していた。
彼女は精霊使いではないため、当然任務には参加できない。
学院でお留守番なのだ。
「大丈夫ですわよ、キャロル。わたくしはむしろあなたが心配ですわ」
主人想いの健気なメイドを、リンスレットはひしっと抱きしめる。
「わたくしがいなくても、朝はひとりで起きられるかしら。ご飯はきちんと三食たべるんですのよ。洗濯物はまた泡だらけにしないように気をつけて」
「ううっ、お嬢様っ、わたし、お嬢様がいなくてもがんばります!」
「……いや、おかしいだろ」
なんだか盛り上がっている二人に、カミトは半眼でつっこんだ。
「ひょっとして、キャロルってすごいダメっ
すると、リンスレットがキッと振り向いてカミトを睨んだ。
「なにをおっしゃいますの、メイドは可愛ければいいんですわ!」
「いや、おまえがそれでいいならべつにいいんだが……」
(というか、リンスレットってじつは家事万能の完璧超人なのか!?)
……意外すぎる事実だった。
「お嬢様の作るご飯はとってもおいしいんですのよ」
「キャロル、おまえも少しは仕事しろよ……」
ダメッ
「と、止まりなさいっ、止まりなさいって言ってるでしょ!」
背後からそんな悲鳴が聞こえてきた。
カミトが振り向くと、馬に乗ったフィアナが振り回されていて――
「きゃあっ!」
ドサッとお尻から地面に落とされた。
運動神経はあまりよくないようだ。
「まったく、王女様なのに馬にも乗れないの? 乗馬は貴族のたしなみよ?」
「う、馬の乗り方なんて〈神儀院〉では教わらなかったわ!」
スカートについた泥をはたきながら、フィアナが言い返した。
「騎乗戦闘演習は学院の必須科目よ、慣れておくことね。ま、その胸じゃ、バランスとるの難しいかもしれないけど?」
「ええ、そうね。私、あなたみたいに空気抵抗を受けないエアロ胸じゃないから、たしかに馬に乗るのは向いてないかもしれないわね。空気抵抗を受けるから」
「なっ……エ、エアロ胸ってなによ! 新しい言葉作らないで!」
言い合う二人のところへ、リンスレットがやってきた。
プラチナブロンドの髪を優雅にかきあげ、フィアナに向かってふっと微笑む。
「リンスレット・ローレンフロストですわ、以後お見知りおきを。それと、カゼハヤ・カミトはわたくしの下僕ですから、勝手に手を出さないでいただけるかしら?」
「あら、手を出したつもりはないわよ。下僕というなら、ちゃんと躾けておいたら?」
「なかなか言いますわね、姫殿下……ほほほ」
「ふふふ……」
二人のあいだにバチバチと火花が散っていた。
「おまえらな……」
馬上のカミトは呆れてため息をつく。
フィアナはカミトのほうを振り向くと、ふっと小悪魔の微笑を浮かべた。
「ねえ、私、馬に乗れないから、カミト君が乗せて」
「うん?」
カミトが答える前に、フィアナは後ろに跳び乗っていた。
「なっ……!」「まあ!」
クレアとリンスレットが同時に声をあげた。
フィアナはカミトの腰に手をまわすと、しっかりと抱きついてくる。
ふよんっ、とやわらかな胸の感触があたる。
「な、なんで俺なんだ? クレアかリンスレットに乗せてもらえよ」
「わたしはカミト君に乗せて欲しいの。それとも、正体バラされたい?」
「ぐっ……」
「だ、だめよ、そんなの!」
クレアが鞭でピシッと地面を叩いた。
「あら、どうして?」
「ど、どうしてって……と、とにかくだめなの!」
「王女様だからってずるいですわ!」
リンスレットもむっと頬を膨らませる。
……なにがずるいのかはよくわからないが。
「やれやれ、前途多難だな……」
後ろにフィアナを乗せた馬上で、カミトは深いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます