第三章 喪失の精霊姫《ロスト・クイーン》②
――
学院生同士の公式試合と共に、学院のランキングシステムを支える制度のことだ。
与えられる任務の内容は様々で、剣舞による神楽から、暴走した精霊の鎮圧、封印精霊の発掘調査、はぐれ精霊使いの討伐などがある。
学院生は、危険度に応じてランク分けされた任務をこなすことで、公式試合に勝ち抜くのと同じようにチームランキングを上げることができるのだ。
「ちなみに、この任務の難易度はSランクだ」
「Sランク?」
カミトは思わず訊きかえした。
Sランク任務は学院で提示される最高難度の任務である。
上昇するランキングポイントは破格だが、場合によっては死の可能性さえある危険な任務。
現在のカミトのランキングではエントリーすることさえできないはずだ。
「あんたが裏で手を回したのか?」
「ひと聞きが悪いな。特別扱いはしないといっただろう。この任務に適任なのがフィアナとおまえだったというだけだ。嫌ならほかのチームに話を回すがね」
「……」
悪い話ではない。それどころか、いまのカミトたちにしてみれば渡りに船だ。
いや、出場チーム三枠を決める最終試験が行われるのはもっと早い。
いまのペースで通常の公式試合や任務をこなしていては、とうてい間に合わない。
グレイワースはなぜか、カミトを
とはいえ、学院長権限で帝国の代表にねじ込むことはさすがにできない。
そこで、危険度は高いが成功報酬も極端に高いSランク任務を回してきたわけだ。
(任務をこなせなければそれまで――か)
グレイワースの思惑通りに動くのは気に入らないが――
要人の護衛任務なら、過去に何度か経験したことがある。
たしかに、公式試合で地道に学内ランキングを上げていくよりははるかにマシだ。
「――わかった。任務の内容を話してくれ」
「そうこなくてはな」
カミトがうながすと、グレイワースはふっと微笑を浮かべた。
「鉱山都市ガドを知っているか?」
「ガド? まあ、名前くらいはな。数十年前に廃鉱になった都市だろ」
鉱山都市ガド。
かつては精霊鉱石の一大採掘地だったが、第二次ランバール戦争のときに精霊鉱石を掘り尽くし、廃鉱になってしまった街だ。
たしか、いまでは廃墟ばかりのゴーストタウンになっているはずだが。
「その鉱山で、最近、奇妙な地震が頻発しているそうだ。その調査に向かって欲しい」
「地震の調査?」
学院に調査依頼が持ち込まれるということは、ただの地震ではないのだろう。
土地を支配する地属性の精霊が、地震を引き起こすことはよくあることだ。
それが怒りや狂乱によるものなら剣舞の儀式で鎮めるか、場合によっては精霊騎士による討伐部隊が編制されるケースもある。
任務としてはわりと一般的なものだが――
「冗談はよしてくれ。ただの地震調査が、どうしてSランク任務なんだ?」
ただの地精霊の調査ならば、それほど危険があるようには思えない。
任務のリスクに対して、このランク設定は高すぎるのだ。
「あいかわらず疑い深いな、私の好意を信用できないのか?」
「信用できるか。あんたはいつも嘘は言わない。だが真実も決して口にしないんだ」
「ふん……まあ、その通りだよ」
グレイワースはふっと微笑むと、観念したように肩をすくめた。
「どうも鉱山に、旧オルデシア騎士団の封印した戦略級軍用精霊が眠っているらしい」
「戦略級軍用精霊……だと!?」
カミトは思わずうめいた。
隣のフィアナもハッと息を呑む。
戦略級軍用精霊――先日、学院都市で暴走した巨人精霊の比ではない。
その強大さゆえに、個人で制御することは不可能。
何百人もの精霊使いによる儀式神楽によってようやく制御できる――まさしく大量破壊兵器そのものだ。
第二次ランバール戦争を最後に、大陸国家間で条約が交わされ、七体すべてが封印廃棄されたはずだが――
「まさか、地震を引き起こしているのが、その戦略級軍用精霊だっていうのか?」
「あくまで可能性として、だ。おまえたちにはその調査を頼みたい。調査の結果、封印が解けかかっているのが判明した場合――」
「私が〈儀式神楽〉で再封印の儀式を行うのですね」
フィアナが静かに口を開いた。
「そうだ。元精霊姫候補の君なら、この任務にうってつけだからな」
「……なるほどな、このお姫様を呼んだのはそういうわけか」
特別な体術訓練を受けていないため戦闘には向かないが、あらゆる儀式の型を、幼少時から身体に叩き込んでいる。
学院に一人しかいない元精霊姫候補の学院生――希少な特殊技能者でしかなしえない任務であることと、戦略級軍用精霊が関わっていることを考えれば、Sランク任務という設定も妥当かもしれない。
「……」
条件は悪くない。だが、もうひとつ、訊いておかなければならないことがあった。
「……でも、フィアナはいいのか? 護衛が俺なんかで」
ただ彼女を護衛するということなら、もっと適任の精霊使いがいるはずだ。
たとえば、エリス・ファーレンガルト。
責任感が強く実力もある彼女なら、護衛としての能力は申し分ない。
王女様にとって、男のカミトを護衛に選ぶメリットはないのだ。
もし、グレイワースがフィアナの意思を無視して勝手に組ませたのなら――この話は断るつもりだった。
だが、フィアナは――
「もちろん。頼りにしているわ、カミト君」
「グレイワースに、俺と組めって脅されてるんじゃないのか?」
「ううん、だって、私が君を指名したんだもの」
「そうなのか?」
「ええ。世界でただ一人の男の精霊使いと旅行なんて、素敵じゃない」
フィアナはカミトの手に指を絡ませ、上目使いに見つめた。
透き通った黒い瞳で見つめられ、カミトは思わずドキッとする。
「ふん、モテモテじゃないか」
グレイワースは不機嫌そうに言うと、任務要項の書かれた書類をわたしてきた。
「任務を受けるつもりならここにサインしろ。おまえにとって悪い話ではないはずだ」
悪くないどころか、いまのカミトにとっては破格の話だ。
だが――
「俺一人で決めることはできない。一応、クレアにも聞いてみないとな」
「ふん、まあいい。だが急げよ、明日には出立してもらうぞ」
「クレア?」
と、声を上げたのはフィアナだった。
「ああ、俺のチームメイトなんだが――」
「ひょっとして、クレア・エルステイン?」
「……知ってたか」
カミトは気まずそうに頭を掻いた。
(そうか、この娘は……火の精霊王の精霊姫候補だったんだもんな)
ならば、彼女の妹であるクレアのことを知っていてもおかしくはない。
「あの人の妹……」
フィアナの唇がかすかに震えた。
チームメイトに
「悪いが、クレアは俺のチームメイトだ。任務は一緒に遂行する」
カミトが告げると――
「ええ、望むところよ」
フィアナはうなずきながら、そっと小声でつぶやいた。
「妹にまで負けるつもりはないもの」
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