第一章 あんたはあたしの契約精霊!④



 目を開けると、クレア・ルージュの顔があった。

 垂れ下がった紅いツーテールの髪が頬をくすぐる。

 なにか叫んでいるようだが、よく聞きとれない。

 轟音で耳をやられたらしい。


(……生きてる、みたいだな)


 地面に横たわって脱力しながら、カミトは安堵の息をついた。

 あれほどの精霊相手に成功する確率は低かったが、どうやら賭けには勝ったようだ。


 全身を苛む痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと右腕を上げてみる。

 剣で貫かれたはずの右手には―― 


 裂傷の代わりに、二本の剣の交差する紋章が刻み込まれていた。


 精霊契約の証――〈精霊刻印〉だ。


(ああ、やっちまったな……)


 刻印の刻まれた手の甲を見つめながら、カミトはぼんやりとつぶやいた。


 胸をえぐる鋭い罪悪感。

 との約束を破ってしまった――


 だが、あの状況でクレアを助けるには、この方法しかなかったのだ。


 クレアは、カミトが目を覚ましたことに気付くと、襟首を掴んでぐっと顔を近づけた。

 吐息のかかるような距離。

 透き通った紅い瞳がじっとカミトを見つめている。

 桜色の唇が、かすかに震えていた。


「……どうしてよ」

「ん?」

「どうして、!」

「……」


 カミトは答えずに、ゆっくりと起きあがった。

 無視されて腹が立ったのか、クレアがキッと眉を吊り上げる。


「あ、あたしの剣精霊は?」

「悪いな。たったいま、俺が契約しちまった」


 カミトは嘆息しながら、右手の甲に刻まれた精霊刻印を見せつけた。


「な、ななな、な、な~っ!」


 クレアは愕然とした表情で、口をぱくぱくさせた。


(ま、当然の反応か……)


 嘆息しながら――カミトは胸にかすかな痛みを覚えた。


 無論、こういう反応をされることはわかっていた。


 本来は、清らかな姫巫女にのみ許された特権――精霊契約。

 男でありながら精霊と契約した者など、歴史上、ただ一人しかいない。

 

 世界に破滅と混乱をもたらし、魔王と呼ばれた精霊使い。 

 その魔王と同じ精霊契約の力を持つカミトに、恐怖を抱くのも無理はない。


 カミトは立ち上がると、無言できびすを返した。

 後悔はしていない。

 彼女を助けるには、これしか方法がなかったのだから。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」


 立ち去ろうとするその背中に、声がかけられる。

 振り返ると、クレアは腰に手をあてキッと睨みつけてきた。


「あ、あんた……あたしの精霊、奪った責任とりなさいよね!」

「は?」


 カミトは眉をひそめた。……意味がわからない。


 そんなカミトの反応に、クレアはイライラとした仕草でツーテールの髪をかきあげて、


「だから、あんたが、あたしの手に入れるはずだった精霊をしたんだから、ちゃんと責任とりなさいって言ってるの!」

「せ、責任?」


 予想外な言葉にカミトはますます混乱した。

 ……なにを言ってるんだこいつは。


「だからっ――」


 クレアはタンッと鞭を振るい、カミトに向かってびしっと人差し指を突きつけた。


「あんたがあたしの契約精霊になりなさいっ!」

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