番外編
魔王と姉君
姉が俺をかばって声を失った夜、もう何も奪わせはしないと誓った。
俺と姉は人間と魔族の間に生まれた“混じりもの”だ。
どっち付かずの存在である俺たちの生まれを否応なしに明らかにするのが、この瞳の色だ。鮮やかな紫色の瞳は、混じりものの最大の特徴と言われる。
両親を亡くして頼るものもなく、生きていくことの最大の障害がこの瞳の色だった。
中途半端な存在である混じりものは、どちらの種族からも嫌われる。
当時、家を奪われ、話すことも奪われた姉はそれでも笑顔を失わなかった。
俺がいるからだ。まだ幼いとも言えた、弟の俺が。
両親が死んでから、姉は俺の前では一度も泣かなかった。
両親が健在だったころは、こっそり泣いていたこともあったが、そういう感情は全て封印したかのようだった。
俺は姉に育てられたと言っても過言ではない。姉はハンデを持ち、逆境の中で年の離れた弟を、それでもなんとか養おうとしてくれた。
虐げられても立ち働く背中を、俺は見上げることしかできなかった。
復讐を誓ったとはいえ、非力な子供でしかない自分を憂える。
姉が俺のために支払った代償を知っているから。何もできないことが悔しかった。
俺は姉に隠れて魔術を磨いた。
復讐を果たすためにも、現状を打破するためにも力が必要と気づいたからだ。
勉強も重ねるうち、ただ復讐するだけではなんの意味もないと気がついた。
必要なのは改革だ。
もう二度と虐げられることのない世界にしなければ、意味がない。
いくつもの国があり、一枚岩とはとても言えない人間社会と比べ、ただ一人の王を抱く魔族は俺には容易く映った。
実力主義なところも趣味があう。
両親を殺したのが魔族だったこともあり、俺は行く先を魔王と定めた。
先代魔王は実力はあるが性根は腐っており、倒すことになんの罪悪感も生まれなかった。
いつの間にか、俺に賛同し、ついてくる仲間も得た。
俺は先代魔王とその側近たちを血祭りにあげ、魔王の地位についた。
全てが終わって真っ先にしたのは、姉を城に迎え入れることだった。
馬車で丁重に迎え入れられた姉は、玉座につく俺を見ると、少し困ったような顔をした。
ウィー。
小さいころよく呼んだように、愛称で呼ぶ。
声は出せないから、心の中でだが。
話せない姉と言葉を交わすため、俺は読心術を学んでいる。
声に出さずとも意思を確認できるように。
魔王城で暮らすようになった姉の生活には、最大限気を配った。
何一つ困ることのないように、魔王の姉として相応しい生活ができるように揃えた。
けれど姉は喜ぶよりも戸惑ったようだった。魔王になった俺を見て、彼女はいつも少し困った顔をする。
その事実は俺の不満をあおる。
俺が魔王を名乗るようになって、一年ほどが過ぎただろうか。
人間の代表だと言う一団が現れた。
人間と魔族の間に不可侵の条約を結びたいのだという。
彼らに嘘をついている様子はないので、特に断る理由もない。
魔族と人間が争えば争うほど、両者間の溝は深まってゆくのだから。
話し合いは平和的に進み、順調に条約は成立すると思われた、が。
話し合いはすぐには終わらない。
一旦休憩を挟み、再会された話し合いの場で、代表団の面々はどこか様子がおかしかった。チラチラと己らのリーダーの様子を窺っている。彼らのリーダーはまだ若い男で、融通がきかないが人には好かれるという特性を持つ。
彼らの様子があまりに不自然なので、ついこちらも視線が行く。
リーダーである男はどこか思い詰めたような顔で沈黙している。
いったい何なんだと不審に思えば、男は意を決したように顔を上げた。一段高いところにいる俺をまっすぐに見据える。
魔王になった俺をまっすぐに見るのは、今では姉くらいのものだ。だからこの男には初めて会った時から一目置いている。
まあ代表に選ばれるだけのことはあるということだろう。
ーー俺はこの後、自らの認識を改めることになる。
もう二度と奪わせはしないと誓ったのに、大切なものを失った。
魔王になった俺は、立場ゆえ投げ出せないものがある。そのことを痛感し、また初めて後悔を覚えた。
望んで手に入れたのに、ひどく煩わしい。
無力な俺は、別の男に手を引かれていなくなる姉を、見送ることしかできなかった。
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