マッチ売りの少女
ああ寒い寒いのだ、それは雪が降ってきているのだった。
寒冷低気圧とかいうやつの仕業だ、主に偏西風のだ。
「まったくいい迷惑だ、地球に文句をいってやりたい気分だ」
と独り言を言うのだった、そしてだ。空を見上げるのだ。
コートを着てもなかなか身に応える寒さで、体をがたがたと震わせる。
行く当てのない無限の旅人を思わせる雪は深々と地上に降り注ぐ、吐息は白くかじかむ手は冷たい。
やれやれと思いながら上着のコートからタバコを取り出し、ライターを探る。
だがライターの燃料はなく、頑張っても火はでない。
小首を傾げ、やれやれと思っていると視界に少女がいた。
赤い頭巾を被り首にマフラー、手元の木のカゴにはマッチが入っている。
箱ではなく素のマッチが大量にだ。
何故にこの雪の中で素のマッチをカゴに入れているのだ、と疑問符が浮かぶ。
だが、ちょうどいい。
「おい君そのマッチを一本くれ」
「これですか」
「ああ、ちょうど切らしていてね」
私はライターの石を指で転がし、空いた手で口元のタバコを指す。
「10円です」
少女は右手を差しだし手の平を広げる。
金を取るのか、まあいい。
私は10円を少女の手に差し出す。
「世の中、お金毎度ありがとうございます」
と小さく頭を下げ抑揚のない声で少女は言った。
こちらを観察するような半目、通称ジト目でだ。
なんだコイツ……まあタバコが吸えるならいいだろう。
そのまま、少女は俺の横を通りすぎようとする。
「ま、待て!」
「何か?」
「摩擦版がないと火がつけられんだろう」
「確かに」
「それで摩擦版は?」
「90円になります」
マッチ一本100円。なんというボッタクリなのだ。
まあいい背に腹は変えられん。
「世の中お金、毎度ありがとうございます」
いちいちイラッとする口上だが、いい大人がムキになっても仕方ない。
ようやくタバコにありつける、私は摩擦版で火をつけようとする。
「ちょっとここ禁煙区域だよ」
「何だと?」
いつの間にか横にいた、業者のようなメガネの女がやや不機嫌に言い放つ。
「いつからだ?」
「最近だよ知らないのかい」
仕方なく私は口に咥えたタバコを箱に戻した。
ええーい……何ということだ、だが罰金を取られるなら仕方ない。
文句を言いメガネの女は去って行った。
仕方ない、会社に着いてから吸うか。
ふと視線に気づくと少女はまだいる、私の方を見てぼそっと言った。
「ライターもあるんですけどね」
なんて姑息な少女だ、会社の近くにコンビニはない。
そしてだ、タバコを吸う人間も部署には私のみだ。
他の者がライターを持ってるはずもない。
「いくらだ?」
「150円です、でもこれ溶かすライターですよ」
意味が分からない。
「いいからくれ」
見た目は普通のコンビニにある100円ライターだ、違う点といえばデフォルメされた可愛らしい赤い頭巾のマークがあるぐらいか。
そして少女はおなじみのセリフを吐き、私の視界から去って行った。
バスに乗り会社に着くと、入り口にはまだロクに踏み固められてない、けっこうな新雪の処女雪が積もっている。
やれやれと思いながらようやくタバコに火をつけようとすると、火がつかない。
おかしい火が出てるのに熱くもないのだ。
まるで熱が無い、当然タバコに火はつかない。
まるでホログラムのようにゆらゆらと揺れる炎。
すると会社の入り口にあった雪がまるで、背景を春に一瞬で塗り替えたように雪が消えてしまった。
「バカな……まさかこのライターの!?」
私は会社の裏側に回り、積もり放題の雪の近くでライターをつける。
すると先ほどと同じように一瞬で雪は溶けていった。これはまるで魔法だ。
これなら雪かきに時間をとられる必要もない。
私の住む地域では半日で、30センチは軽く積もることもある。
「待てよ…このライターがあれば」
私はライターを見つめる、その火の中に希望を見た。
大して稼げないライターの仕事を辞め、個人で雪下ろしや雪かきの仕事を請け負うにことにした。
雪かき業は大当たりだ。
危ないし時間のかかる屋根の雪下ろしも、ライターの火で一瞬で消える。
2階の窓まで届きそうな積雪だって一瞬。
客にもとても喜ばれるし、けっこうな収入を得ることが出来た。
しかし、季節が変われば雪はない。
冬だけならともかく、一年を通して安定した収入にはならない。
私は部屋の天井を見上げ呟く。
「何か他に商売になりそうもないしなあ」
私の携帯が鳴った。
彼女からの電話だ、内容はこうだ。
最近は雪かきの事業にかまけて、すっかり放っていたところに別れ話だ。
とにかく一度、話をしたいから喫茶店で会いたいというのだ、私はこれを断る。
喫茶店での話なんて別れ話以外に他ならない。
私は無理を承知で話し合いの場所を、キャンプ場にしてもらった。
彼女は話だけして、すぐに帰ると言いながらも一応来てくれるらしい。
彼女はアウトドア好きだから、現地に行って気持ちを変えてくれれば良いのだが。
私は一応キャンプ道具を用意し、現地へと向かう途中だ。
あの少女がいた、赤い頭巾を被りストールのような物を首に巻いている。
私は車を止め話かける。
「やあ君から買ったライターすごく役に立ったよ」
「それは良かったですねえ」
「あのライターて他にもあったりするのかい?」
「いいえ、あれは1個だけです」
「そうか、何だいそのカゴのやつは」
少女の手さげの木のカゴには着火マンが入っている。
「それも特別なやつなのかい?」
「解かす着火マンです」
「どんな性能なのさ今度は」
「それは企業秘密です」
「分かったよ買うよ幾ら?」
「150円です」
私は150円を彼女に渡す。
「世の中お金、毎度ありがとうございます」
少女はお決まりの常套句を述べ、てくてく歩いて行った。
そしてキャンプ場に到着。
彼女はまだ来ていないようだ、とりあえずテントを設置して
火をおこそうとしていたところに彼女が来た。
「わざわざこんな所に呼んでも私の気持ちは変わらないわ。どうして来たかって言うとねどうしても、顔見て文句を言いたかったからよ」
「まあまあ落ち着いてくれよ。確かに私が仕事にかまけて悪かった」
「それだけじゃないわよ、貴方は甲斐性が無さすぎるもの」
やれやれ耳が痛いな。
身に覚えがあるので、なかなか言葉を返すこともできない。
私は彼女の話を聞きながら、炭に着火マンで火をつけようとした。
「ちょっと人の話聞いてるの! いつも貴方ってばそうよ」
「あれ、火がつかないな…」
「本当ダメね貴方は、私がついてないとダメなんだから」
氷のように強張っていた、彼女の表情が柔かくなっていた。
もしかしてこの解かす着火マンてのは、氷のようになった仲を解かす物だったのか。
着火マンのおかげで、彼女との仲を取り戻すことが出来た。
私はこの解かす着火マンを使って、復縁ビジネスをすることにした。
カップルが両方揃ってれば火をつけるだけで、不思議と冷え切った仲が良くなるのだ。
最初は怪しがられたビジネスだが、口コミで話題は広まり私は大金を得ることができた。
外車に持ち家に別荘、お高い家具まで揃えられるような身分になり、私も名のある会社パーティーなどに呼ばれるようになった。彼女もとっかえひっかえと人生を桜花していた。
それから1年後。
「あれクーラー壊れちまったのか。面倒だが新しいのを買に行くか」
私が家を出ると、あの少女がそこにいた。
何故か小さい身の丈に似合わず、大き目も木のリヤカーをガラガラ引きながら歩いてくる。
「君のおかげで車や家まで手に入れることが出来たよ。ずっと探していたんだぜ」
「それは良かったですね」
「ところでそのリヤカーで引いてる物はなんだ?」
「融かすクーラーです」
「ちょうどいいクーラーが壊れたところだったんだ、いくらだいこれは?」
「いえ、これは売り物ではなく」
「そこをなんとか頼む! 金に糸目はつけないよ」
「仕方がありませんね」
「いくらだい?」
「3000円です」
「そうか安いね。今度も凄い効果があるんだろう」
「それは企業秘密です」
「じゃあ貰っていくよ」
「世の中、お金毎度ありがとうございます」
私は早速、部屋にクーラーを設置し業者を呼んで取り付け作業をしてもらった。
そして電源を入れる。
「おお冷える冷える、しかし普通のクーラーと別段変わらない気がするな」
しかし、このクーラーはやはり普通ではなかったのだ。
融かすクーラーはオゾン層すら破壊してしまい、北極の氷が融解。
結果地球の水位は上昇し、地球は半壊、水に埋もれてしまった。
融かすクーラーは、そして私の貯めてきた資産や金までも溶かす魔性のクーラーだったのだ。私はとんでもない物を使ってしまった。
私は無一文になりながら、もはや文明が崩壊した地球を見ながら後悔するのだった。
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