Chapter 9.1
……まるで闇の中を影が滑ってくるようだった。
最終防衛ラインには有刺鉄線の巻かれた堅固なバリケードが5重に配置されて
いたが、”M”は全く意に解さないようだ。
”M”の能力からすれば、この高さ5mはあるバリケードを飛び越えることや、
場合によっては引き裂くことも可能なはずであったが、わざわざバリケードを
乗り越える……まるで楽しんでいるかのようである。
バリケードの左右は切り立った崖になっており、この方面から県道に出るには
通常はここしかないはずであった。
もっとも”M”がその気になれば、どんな崖でも突破可能だろう。要するに”M”
は、警官隊との衝突を楽しんでいるのであった。
大久保の乗る作戦指揮車は、第五バリケードから約100m離れた県道に停車
していた。
作戦指揮車はキャンピングカーほどの大きさの車体に、通信端末を満載し、オペレータ二人、運転手一人に、指揮官である大久保警視正と副官の富田警視が搭乗している。
第五バリケードの外にはパトカーを停車させてラインをつくり、ここに警官隊と機動隊を配備しているが、”M”の戦闘力を考えるとここでの抵抗はあまり期待できない。
対M作戦の本命は第五バリケードにしかけられた対人指向性地雷『クレイモア』であった。そして、第五バリケードの周囲にはSAT部隊を配置してある。
”M”は第四バリケードまで難なく突破するはずである。油断しきっているところにクレイモアが直撃、それと同時にSAT部隊が目を中心に一斉射撃……無敵の”M”相手にわずかでも成功の可能性があるとしたら、この作戦以外にない。
もちろん、警察は対人地雷などもっていない。今回の作戦のため、内調の未確認生物対策特別分室(UMA対分室)から特別に25基(50mほどの長さの第五バリケードに2m間隔)支給されたものだった。
また、SATが使用するライフル弾も、UMA対分室から支給された特別な物だった。「ボツリヌス」とかいう神経毒が仕込んであり、着弾と同時に衝撃で”M”の体に注がれる。わずかでも傷を負わせれば、通常の哺乳類なら即死のはずであるが……。
「第三バリケードを突破しました」
富田の声が指揮車内に響く。
大久保は全部隊員への回線をにつなげた。
「”M”との遭遇まであと約3分!」
戸塚巡査長は第五バリケードの真正面に配備されていた……自ら進んで志願したのだ。
SATの特殊弾の話は聞いている。今、戸塚の心を支配しているのは万一、SATに”M”が仕留められてしまうのではないか……? という懸念であった。
”M”に一矢報いるまで、あの化け物に息がなくては困るのである。
富田の緊張した声が指揮車に響く。
「第四バリケードが突破されました」
大久保が回線に怒鳴る。
「来るぞ!」
第五バリケードの手前の闇が濃くなった……赤い目だけが光っている。
”M”が第五バリケードに近づいたとたん、クレイモアが2発爆発した。すべるような”M”の動きが停止する。すかさず、SATの一斉射撃!!
だが、次の瞬間、”M”の姿は消えていた。
「まただ……やつはなぜ一斉射撃がわかったのだ!?」
大久保の耳元で悲鳴が上がる。SAT隊員の悲鳴が回線を通して聞こえるのだ。
「くそ、やつめSATから始末にかかっている!!」
一斉射撃直前に跳躍し、第五バリケードを突破、射撃したSAT隊員を次々に襲い始めているのだ。
まさかクレイモアでもダメージがないとは……?
またも作戦は失敗か? ……だが、後はない。
優子達が到着するまで、なんとしてもここを死守しなくては。
「全員、パトカーのラインまで後退」
総司令部との直接回線を開く。
「司令官!」
優子の声が響く。
「状況はわかっているわ!あと、5分、現状を死守なさい」
パトカーのラインで待機していた戸塚は、ほんの50mほど先に現れた”M”を
をはじめて目の当たりにした。SAT隊員を次々と襲う”M”の姿は、まさに、
悪魔と呼ぶにふさわしかった。
戸塚は我慢できずに”M”に向かって駆け出した!
富田が叫ぶ。
「戸塚巡査長、戻れ! 死ぬ気か!?」
通信機から戸塚の声。
「ヤツを倒す!殺してやる!……ヤツの最初の犠牲者は俺の娘だった!」
絶句する大久保、だが、次の瞬間、形容しがたい悲鳴がとどろく。
指揮車のモニターには”M”にとらわれた戸塚巡査長の姿が小さく写った。
こうして、”M”がいかに人間を餌食に、……吸血するのか大久保を含めた全員が、目の当たりにすることになった。
みるみる人間が……ミイラのようになっていく!!
わずか3秒ほどで戸塚の血液を吸い尽くした”M”は考える。
まずい血だ。やはり少女の血液にかぎる。
だが、警官隊が相手ではそうもいかん。
こいつらを相手にするのも飽きてきたし、とりあえず
全滅させておくか?
あれが指揮車のようだ……。
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