Chapter 8.2

「おばあさん……。私達行きます」

美亜は、立ち上がり千を見つめる。

千は美亜を手のしぐさで待つように制し、

「……お役にたつと良いのですが。これをお持ちなさいませ」

着物姿の女性達が竹筒の束を持ってきた。漆塗りの竹筒は厳重に封をされている。

「この秘薬を犬神にかけると、自由を奪うことができます」

何と、犬神を昏睡させる秘薬は外用薬!……犬神使いが犬神を自由に制御できたわけである。

「ですが、野生の犬神とは、どのようなものか想像もつきません。犬と狼ほどの力の差があったらどうなることか?ましてや、伊佐夫は野生の犬神に対して、十日以上も続けて秘薬を使用したとのこと」

千は目をとじて少し言葉を切った。

「この薬は強力ですが、耐性がつきやすいのが欠点です。だからこそ、犬神に対する最後の手段として代々使用を戒めてきたのですが……。それほどまでに乱用したとなると、あるいはもう、期待するほど効果は望めないかもしれません。伊佐夫があのような姿になったとすれば……」


千堂が千に話しかける。

「犬塚伊佐夫が、自らの体で人体実験を行ったのも、もう犬神を抑えきれなくなってきたから、時間がなかったから……ということですね!」


千堂が近づくと……千の耳に聞こえていたざわめきが急速に消えていく。千堂の能力=ESPキャンセルが発現しているのだ。彼女が百年も前に能力に目覚めたときから、絶え間なく続いていたざわめきが全く聞こえなくなっていく。広い大広間に、もう、お互いの声しかきこえない。

この「力」が、先代の巫女様とともに戦った勇者の能力……これほどとは?

千は千堂を見上げた。

小さな体の千が座ると、立ち上がった千堂は見上げるほど大きいのだ。  

「あなた様のお力ならば、野生の犬神をとめることができるかもしれません。どうか……どうか……」


千の言葉の語尾は、悲痛な泣き声のようになって聞き取れない。

美亜が駆け寄って千の手を握る。

千堂は

「承知しました」

高坂が、広間の入り口から怒鳴る。

「準備ができたぞ!出発しよう。例の物も御手洗のつてで何とかなりそうだ!」




一行の出発に、犬塚本家の総勢……30名ほどか……ずらりと見送りにならぶ。着物姿の女性にささえられ、玄関まで出てきた千に向かい、美亜が手を振っている。

御手洗が用意したランドクルーザーに乗り込んだ一行は、犬神と対決するために東へと向かう。

千は深く一行に頭を下げたまま、車が見えなくなっても……いつまでもその場を動こうとしなかった。

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