Chapter 2

「私は東亜TVプロデューサーの川越と申します。こちらはADの小里です」


大柄な男は顔の汗をふきながら、名刺を差し出した。

小里と紹介された小柄な男は居心地の悪そうに会釈する。


「どうぞ、おかけください」


川越の隣で小里は窮屈そうにソファに腰掛ける。


「さっそくですが、私の番組制作チームの顧問である犬塚博士が南米での取材中、行方不明となりまして……」


「……その、警察にはもちろん、捜査を依頼しましたが、事が事だけにアメリカの調査機関に行方の調査を要請したところ、それなら日本に優秀な専門家がいるからそちらをあたれ……といわれまして」


川越がいいにくそうに口淀むと様子を覗っていた小里が口を開いた。

「私どもは チュパカブラ の取材を行っていたのです」


「チュパカブラ!?」




……二人が帰ったあと、千堂は二人との会話を思い出していた。


行方不明となった犬塚は30代だが、優秀な生物学者としてとして有望視されていたらしい。実家は山陰地方の旧家で、旧帝大学の助教授として研究するかたわら、大臣経験もある代議士の姪を妻にもらい前途洋々といったところだったようだ。


『エリート生物学者がまたなんでこんなキワモノ番組に……?』


「それが……現地で、チュパカブラが捕まったとの情報がありまして……40万ドルで、うちの番組で購入することになったのです」


『チュパカブラが捕まった……!? 偽者とは考えなかったのですか?』


川越は逡巡していたが、重い口を開いた。

「もちろん、その可能性があるため、と言っても我々も半信半疑でしたが、ともかく番組としては以前報道番組制作のときに使った現地スタッフの、今度は本物らしい……との話から現地へ行って見ようということになったのです。今から考えると、少し異常と思われるほど犬塚さんは興味をもちまして一人で先に現地へ行ってしまったのです……」


「現地からの犬塚さんの連絡によれば、これは本物に違いない、他局に先んじるためにぜひ購入すべきだと……私はGOサインを出しました」     


「二日後、我々スタッフが合流しようと現地に行ったところ、チュパカブラの檻は開いており、犬塚さんの姿は消えていたのです。それがもう3週間前のことです……」


『チュパカブラの写真や映像は残っていないのですか??』


「売主はさわぎになるのを恐れてわざと写真類を撮るのを控えていたようです。直接現地スタッフに交渉してきました。また、犬塚さんはチュパカブラと同時に売主の持っていたわずかなネガや写真も買取りましたが……なぜか処分してしまったようなのです」


『現地の捜査状況は??』


「それが……犬塚さんはチュパカブラにさらわれたに違いない、もう生きてはいないとのもっぱらのうわさで……現地の捜査当局もチュパカブラ怖さのあまり、ほとんど逃げ腰といったところなのです」


   


「報酬はとりあえず調査費別で三百万……犬塚さんが生きて返ってきたら三千万お支払いします」


『それは東亜TVから出るのですか?』


「……いえ、奥さんのご実家から……」


『すると、この件の依頼主はあなたがたではないのですね?』


川越の発汗量が心持ち多くなったようだ。


「正直にいいましょう。……可能なら余計なことは言うなといわれていたのですが。奥さんのご実家は当TV局の大株主でもありまして……私が本日参ったのは私自身の責任もさることながら、奥さんのご意思をくんでのことです」


『ならばなぜ、奥さんご自身でこられないのですか?』




川越らは帰っていった。

千堂が拳をソファに叩きつける。

「……世間体か! だんながバケモノに襲われたので探偵まがいの馬の骨に頼みました、なんて言えないか」


タバコを吸おうとしたがさっきのが最後だ。また、禁煙が続かなかった……美亜のせいだ。

買い置きなどないはずだが、悪態をつきながらタバコをもとめて引き出しをあさる……と、一枚の封筒が見つかった。


中には便箋が一枚、……美亜の字だ。

たった一言かいてあるだけだった。


『この仕事は危険』

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