第33話

一枚、また一枚と、貨幣が積み上げられていく。

ずっしりとした様相の貨幣袋から、細く白い指によって、金属のぶつかり合う音と共に。


はぁ、と息が洩れた。

普段は一まとめにしている白い髪はほどかれて、ほのかに湯気を上げながら、背中に流れている。


薄い布を敷いて、少女はその上で貨幣を五枚ずつ、静かに積み上げていた。

薄暗い光に、緋色の目がルビーのように煌めいている。


静かな部屋のなかに、鼻歌よりは少し大きな、しかし小さな歌声が紡がれる。

それは少女の、古い記憶に残った唯一の歌だ。


銀貨が積まれきった。

少女の手が、銅貨へと延びる。

そして再び、一枚、また一枚と貨幣が積み上げられていく……




  ◎◎◎◎





薄暗く、狭い馬車の中だった。

ユエンと向かい合って座り込むオルレニアは、相変わらずの仏頂面のまま、まるで置物であるかのように固まっていた。

面するユエンも、彼のことを気にするつもりはないのか、幌の外に見える景色を無言のまま見つめている。


プラーミアを出立してから、二日が経った。

春の忙しい時期に、わざわざ街から二日もかかる領主の館へ向かう者は少ない。

幸い、オルレニアたちが乗った馬車の乗客も、彼ら二人だけであった。


しかしだからといって、二人の間で和気藹々と会話が成されるわけでもない。

御者もいかにも怪しげな二人に話しかける自信もないらしく、気まずい空気が続いた結果、立ち寄る村々でほっとしたような顔を見せていたようだった。


「……あんた方、着きましたよ」


日が真上に上がる頃、立派な白いひげを湛えた御者が、気怠げな声を上げた。

すると、それまで置物のようだった二人が突然立ち上がる。身長の高いオルレニアが立ち上がると必然的に御者を見下ろすことになり、その鋭い視線を受けて、御者は身を縮こまらせた。


「礼を言う」

「ああ、どうも……」


一言だけ、オルレニアの口から紡がれた礼を受けて、御者は愛想笑いを返す。

そんな彼から興味を外し、オルレニアは外に堂々と建てられた巨大な建物へ目をやった。

赤レンガ造りの高い壁が中央にある屋敷を囲い、その屋敷というと、高さが壁の倍ほどもあり、まるで要塞のように大きな門を持っている。

恐らくは最も中央に生活の場があり、周囲は外敵に対する備えがしてあるのだろう。


「随分と大きいものだね。見張りも多い。さすがは我らが炎の街を有する領主なだけはある」

「貴様は、領主と会ったことはないのか?」

「一度だけ会ったさ。ただ、その時は南の方で偶然会ったからね」


そんな言葉を交わしながら、オルレニアとユエンは壁に備えられた門へと近づく。

よほど何かを警戒しているのか、門兵がそんな二人を見て、片手に持っていた槍を両手に持ち替えた。


「止まれ。お前たちは何者だ」


そして、予想通りに声が掛かる。

オルレニアはユエンと目配せすると、一歩前に踏み出した。


「我らはエイゼンシュテイン伯に用が有って来た者だ。ケビン・カルデロン男爵より連絡が行っているはずだが、伯に確認を取っていただきたい」

「なんだと?」


堂々と声を上げるオルレニアを訝しげな表情で見ながら、門兵は彼の眼力を受けて、ごくりと息を呑む。


「一応、サルマン様に確認を行う。名前を聞かせろ」

「我はオルレニア。連れはユエン、錬金術師だ」

「れ、錬金術師だと……? わかった、しばらくここで待っていろ」


何にせよ、この二人が只者ではないと理解したのか、門兵は中の兵士に言伝をすると、再び二人に向かって槍を向けた。

随分と警戒するものだな、と思いつつも、オルレニアは出来る限り怪しい素振りを見せないようにしばらくの間立ち尽くす。

隣のユエンもまた、必要以上に兵を煽る理由もないと思ったのだろう。つまらなさそうにしながら、虚ろな目で空を眺めていた。


「……許可が下りた。通れ」


言伝が帰ってくると、門兵が訝しげな目を持ったまま、二人にそう言った。

ゆっくりと門が開かれ、中に入った二人を、無数の見張り達の視線が貫く。


そんな彼らの位置を把握したのち、オルレニアとユエンは案内人に連れられ、屋敷の中へと進んでいった。





  ◎◎◎◎





「いらっしゃい。ユエン君と、君がオルレニアかね?」


歴代のエイゼンシュテイン伯爵の肖像画が壁に飾られ、数人が同時に席に着けるように作られた長いテーブルが中央に置かれた、石造りの部屋。

その最奥に置かれた椅子に腰かけながら、黒の燕尾服を身にした壮年の男が二人を招いていた。


白髪交じりの黒髪に、色の濃い眉と立派に蓄えられた髭。深い蒼色の瞳は、彼が馬鹿な人間ではないと顕著に表している。

ユエンが南の方で会ったと話していた通り、旅もしているのか、その体つきはしっかりとしていて、実年齢よりも健康的に見えた。


「突然の来訪、失礼した。我が名はオルレニア・ヴィエナ。傭兵だ」

「私の事は覚えていてくださったようだね。普段からの支援には感謝しているよ、サルマン殿」


彼の名を、サルマン・エイゼンシュテイン伯爵。

口元には笑みを湛えながら、しかし目元は慎重に二人を見定めている。そんな彼に対して、オルレニアは視線を合わせて、正面から相対する。


「覚えているとも、君ほどの錬金術師はそういないからな。さて、二人ともよくここまで来てくれた。疲れただろう、掛けたまえよ」


す、と労いの言葉と共に、サルマンは二人に席を勧める。

視線だけを席に動かして、オルレニアは下手な愛想笑いを作る。


「いや、遠慮しておこう。貴君はそう簡単に席を供してよい相手ではないようだ」

「そうだね。私も遠慮しておこうか」


じっと数拍の間、サルマンの視線が二人を嘗めた。

しかしユエンもオルレニアも、その視線と空気感に関心を示すことはない。


貴族と同じ席に着くということは、それなりのリスクを伴うものだ。オルレニアはもちろん、世間に興味がなさそうなユエンでさえも、それは理解しているらしい。


「此処で、難癖でも付けようと思っていたのだがね。……ケビンの知り合いともなれば、ただの傭兵ではないか」

「そう言う貴君も、能天気な伯爵様ではないらしい。適当に利用するつもりだったのだがな」


腹の内の曝し合い。相手が一手を打てば、それを切り返すように一手を出す。受け身の形は何事においても強いものだ。

サルマンの愛想笑いが崩れ、視線のぶつかり合いが終わる。


「良いだろう。君らの話を聞くとしよう」

「扉の外で聞き耳を立てている者は、退けられぬのか?」

「ほう、見事なものだ」


手を叩き、サルマンが嗤う。扉の外から聞こえる、人の去る音。

愛想笑いを崩すところまでが、彼の品定めであったのだろう。背もたれに体重を預けて、サルマンは目頭を押さえた。


「さて、これで私たちの要求を聞いてくれるかね?」

「ここまでされては、仕方あるまい。所詮傭兵と考えていた私が馬鹿だった」


ユエンが問うと、サルマンは手で席に着くように促す。

そこですんなりと二人が席に着くと、彼の顔にも苦笑が生まれる。


「私たちの要求は素材の支援だ。それも、急を要していてね」

「ふむ? 君には他よりも多く支援していたはずだが……」

「それが使えない事態になっているのさ。あぁ、事情の説明はご免被るよ。それは非常に面倒だ」


隈のひどい目を眠たげに瞬かせて、ユエンはひらひらと手を振った。

彼に対して好意的であるサルマンも、さすがに片眉を上げる。理由を聞かないままに、無償で支援を行うのは難しい、といった表情だ。


ましてや、その相手が錬金術師である。何をしでかすかわからない、という点において、これほど適任な者もいないだろう。


「少しなりとも伺えないかね。支援はしてやりたいが、用途がわからなくては、私としても不安がある」


ふむ、とユエンが唸る声が聞こえる。

『色の力』について、一から説明するとなると、時間がかかりすぎる。しかし、それらを省いて説明するには、あまりにも『色の力』の占める要素が大きすぎるのだ。

ユエンの視線がオルレニアに向く。


「貴君は、先日ヴァロータで起きた事件を知っているか?」

「ああ、悪魔が暴れた、などと言っているものかね。どうせ教会の差し金だろうと考えているが……」

「あれに近しい被害が、プラーミアで起こる可能性が高い。それを防ぐために、貴君の支援が必要なのだ」


ヴァロータで起きた事件の内容は、早々のうちに周辺諸侯に伝えられている。

教会による情報操作により、『悪魔』の危険性は誇張して伝えられ、『悪魔』に関しての注目度は、今非常に高まっている状態だ。


「君はなぜ、悪魔がプラーミアに現れると? 確たる証拠でもあるのかね」

「我とケビンは、ヴァロータの事件の解決に大きく関与している。そして、あの事件を起こした組織と、プラーミアにて遭遇したのだ」

「……それだけでは、証拠としては薄いな」

「悪魔の現れる条件として、近頃で急に素行が変わった人物がいる筈だ。思い当たる者はおらぬか」


サイラスは、錬金術師を抱え込んでいるだけあって、そのリスクについての保険も絶対に掛けているはず。

オルレニアは前提にその予想をおいて、問いを投げかけた。


「一年ほど前から一人、妙な実験を始めた者がいる。何やら、変な物が手にはいったなどと言っていたが」

「一年ならば、丁度よかろう。変な物という所も、条件には合致している」

「そうか。もう少し、具体的なことは言えないかね?」

「言えぬ。聞いたのならば責任が伴う事だ。貴君の欲に対する興味が浅いのならば、少しは教えても構わぬだろうが」


錬金術師などという危険な存在を自らの領地に多数抱えている人間が、『色の力』のことを知ったとして、関心を持たないわけがない。

『色の力』は危険な力だ。欲のままに使う人間が多くなると、その力を使った争いが増大する。

それにより起こったかつての大戦争は大陸全体を巻き込み、『色の王』や『色の騎士』のせいで地形までもが変化した。


その大戦争を終幕へ導いたのが、オルレニアとその仲間である『色の騎士』八人。その時の苦しさを知っているからこそ、オルレニアは『色の力』について敏感であった。


「聞くのは、やめておこう。私は欲が深いからな」


オルレニアの声にこもった威圧を受けて、サルマンは深く息を吐いた。

興味はあったのだろうが、それを理性により抑えたような仕草である。


「貴君の良識に感謝しよう」

「私も自分の身は恋しい。ケビンを敵に回すことも、君を敵に回すことも、出来る限り遠慮したいのでね」

「それで、支援は頂けるのかい?」

「良かろう。元より、ケビンに貸しが作れただけでも十分だったのだ」


渋っていた割には、随分と簡単に終わるものだ。

拍子抜けな感覚を覚えるオルレニアに対して、サルマンは微笑みを溢した。


ケビンは多くの諸侯の弱みを握っているという話があるが、サルマンもどうやら何やら握られているらしい。

ケビンを味方につけることができたのは、僥倖であった。


「さて、では何が欲しいのか言ってくれたまえ。信頼できる伝手を使って、二日後にはユエン君の下に送るとしよう」

「君に言うだけで良いのかい?」

「私以外に言って、聞き間違えがあっても面倒だろう」


それはただ、興味があるだけではないのか? とは、言わない。

いずれにせよ、この男以外に聞かせて面倒がおきることも望んではいないのだ。


懐から紙切れを取り出し、机の隅に置いてあったインクと羽ペンを手に取るサルマン。

その目には、年に似合わぬ輝きを見せる瞳があったのであった。






  ◎◎◎◎






カランカラン、と家の前に仕掛けられた小さな鐘が音を鳴らす。

仕立ての良いベッドから体を起こし、ルフィアは一切の音を立てることなくウラガーンを起こし、部屋の隅に立てかけた剣を手に取って、玄関へ続く扉を開けた。

足音を立てずに、小さく開けられた覗き穴に近づくと、鐘の隣に立つ謎の人物を視界に入れる。


「何者でして?」


声を潜めたアルテが、ルフィアに問いかけた。


「錬金術師……でしょうか。ユエンさんみたいな服の男です」


そう口にしつつ、剣を抜く。

万が一のことを考えると、あらゆる人物に警戒はしておくべきだ。


アルテもまたウラガーンに寄り添い、備えている。


「ユエンはいるか! いるなら出てこい!」


その時、錬金術師らしき男が大声を上げた。

鼠色でボロボロの外套とフードを被った男は、一見すると怪しさの塊だ。


だが『崩れた色彩』であるならば、わざわざ声を上げるとも思えない。ルフィアはいつでも切りかかれるように構えながら、扉を開けた。


「何者ですか。ユエンさんなら、今はいません!」


ユエンが出てくると思っていたのだろう。男は開いた口から言葉を紡げずに、顔を顰めた。


「お前こそ誰だ? 吾輩はユエンに文句を言いに来たのだ」

「私はユエンさんに雇われた傭兵です。錬金術師のようですが、何者ですか」


男はルフィアの持つ剣に目をやり、顰めた顔に驚きを加えた。

そして、小さく咳ばらいをすると、腕を組む。


「吾輩の名は「満天」のカルロス。この街に住む錬金術師たちの頭であり、偉大なる錬金術師だ」

「それで、何の用ですか」

「何をしでかすつもりだと、ユエンに言いに来たのだ! 奴はいつも我らの秩序をかき乱し、また、抜け駆けして良い素材を手にしおる……」


どうやら、ユエンに文句を言いに来たようであった。

ルフィアは剣を鞘に納めつつ、ため息を吐く。


「ああ、奴にも吾輩の偉大な研究を見習ってほしいものだ。陳腐で矮小な成果しか残さぬ馬鹿者め。きんの探求こそが、我ら錬金術師の目的だと言うのに」

「ユエンさんに用があるだけなら、お帰りください。それとも、まだ何か用ですか?」

「ならば、奴が帰ってきたなら伝えるがいい! 吾輩は、ついに錬金を可能にしたと! お前なぞより、遥かな存在なのだ、とな!」

「……わかりました」

「傭兵の娘よ、お前の瞳は珍しい色だ。ユエンに飽きたならば、吾輩の下に来るといい。報酬は多分にくれてやろう」

「考えておきます」


ルフィアは呆れつつも、何度か頷いて、カルロスが去っていく姿を見送った。

プラーミアに来るまでに持っていた錬金術師の、まさにイメージ通りだったな、と思う。

しかしあれでも、相当な知識を抱えているのだろう。錬金を成功させたというのが事実であれば、素晴らしい功績ではあった。


「アルテさん、あの人は」

「錬金術師をまとめているつもりの、面倒な男ですわ。ユエンもおかしな男ですけれど、まだ彼のほうが話が通じるだけマシですわね」

『妙なことを言っていたが、なんだあれは。意味がわからなかったぞ』

「ユエンはあれでいて功績は納めていますのよ。だから、それを妬んだ錬金術師が時折、ああやって文句を言いに来ますの。嘘か本当かわからない自慢話も持って」


今現在、ルフィアたちはユエンの邸宅を外観から分かるほどに、襲撃に備えたものにしている。

それをユエンの新しい実験かなにかだと勘違いしたのだろうか。

それならば、このタイミングで現れたことも、決しておかしいことではない。


「アルテさん。念のため、あの人を尾行してもいいですか?」

「別に構いませんけれど、いかがしまして?」


しかし、ルフィアはわずかに気がかりを覚えていた。

錬金術師は、神をも恐れない真理の探究者。そんな者が、『珍しい色』の瞳を求めた理由は、一体なんだ。


錬金術師の特区で、錬金術師のまとめ役をしているとなれば、ユエンと共にいる、アルテに干渉することもそう難しいことではない。

『崩れた色彩』がこの街に入ってきているというのであれば、それが錬金術師に関わりがある可能性は、大いにあったのだ。


「少し、怪しい気がするんです。ウラガーンはアルテさんを守っていてください」


 そう言って、ルフィアは寝室に戻ると、急いで支度をする。

 戦いに必要なものをかき集めると、髪を一まとめにして、ゲルダンから貰った短剣を懐に忍ばせた。

 素早く行動できなければ、傭兵は生きてはいけない。

 舞い上がったほこりが地面に落ちるよりも早く、ルフィアは準備を終えた。


『本当に大丈夫なのか。ルフィア』

「尾行なら、何度か経験があります。深追いはしません、安心してください」


不安げに唸るウラガーンに、少しだけ笑って返す。

浮気調査や情報収集員の一人として、実際に尾行をして、相手に気づかれたことはない。

気づかれても何とかできるという自負もあった。


一度深呼吸して、軽く二人と顔を合わせて頷くと、ルフィアは走り出す。


先に歩いて去っていったカルロスは、特区を走る大通りを上っていった。

すこしだけ走ると、すぐに鼠色の外套を着た猫背の男が見える。

丁度、角を曲がるところだった。


数拍置いて、ルフィアは角の先を覗く。


細い一本道になっているそこは、何が入っているかわからない頭陀袋が多く捨てられて多くおり、わずかに臭う。

カルロスが長い一本道の半ばを過ぎたところで、彼の歩調に合わせて、ルフィアは角を曲がった。


出来るだけ、頭は働かせない。

何も考えないことで、自然の空気の中に溶け込むのだ。


目線は絶対に対象から外さず、足を見る。突然雑踏の中に紛れ込まれても、絶対に見失わないように。


カルロスがもう一度角を曲がると、また同じ手順でそれに追従する。

特区の路地裏は狭く、似たような風景ばかりだ。

気を付けなければ、進んできた道を忘れてしまいそうになる。


それから三度、同じように進んだ角の先で、カルロスは止まった。


そこは小さな空き地になっていて、彼はそこでフードを脱いだ。

長い茶色の髪が背中を流れ、色白の端正な顔つきがあらわになる。


「なるほど――優秀だ」


明後日の方向に向けられた言葉に、ルフィアは警戒した。


「我輩を追ってくるだろうことは、予想していたよ」


カルロスが振り向く一瞬、ルフィアは角に身を隠す。


しくじったか、と心臓が鼓動を早くして、無意識に全身が強張った。

剣の柄に手を伸ばし、いつでも鞘から抜けるように構える。


「ふむ……」


しかし、カルロスはルフィアを追っては来なかった。

数十秒が経過し、思案気なうなり声が、角の先から聞こえてくる。


長い呼吸を小さな音で続けるルフィアは、わずか数歩の間合いに入られない限り、絶対に気づかれない自信があった。


「ハッタリをかけてみたが、なんだ。気のせいか」


ふと、とぼけた声が聞こえてきて、ルフィアは顔をしかめた。

こちらの行動を予想して、カルロスは行動した。そして結果的に、ルフィアはその読みに引っかかっている。


わずかに、勘に障った。

それに加えて、自分の油断を戒めなければならないと、頭で理解する。


カルロスが歩き始める音を聞いて、再び角の先を見ると、丁度曲がり角を進むところだった。


急いで足を進めて、カルロスの曲がった角の先を見る。

今度こそ、当たりを引いたようだ。


「ただいま! 我が家よ……」


角の先には、ユエンの家よりは少し小さい、白い壁の家があった。

玄関の緑色の扉を開けてその中に入っていくカルロス。つまりここは、彼の家であるということである。

二度目のハッタリを警戒して、しばらく時間をおいてから、ルフィアは家の前まで歩みを進めた。


家自体に、別段おかしいところはない。

トカゲが干されていたりはするが、それはユエンの家も同じであった。

無駄足か、とルフィアは肩を落とす。


「嫌な予感が、したんだけど」


小さく落胆の声が洩れた。


その瞬間を狙ったかのように、家のガラス窓の中に、黒い影が映った。

急いで家の庭の茂みに身を隠し、そこを注視する。


しかし、黒い影は黒いまま、影にしか見えない。


目をこすり、何度か見直してから、ルフィアはその影の顔を見て気づいた。


「これは……」


男は、カルロスだった。

そしてその体は、真っ黒に染まっていた。









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