第30話

 ――呆然としていたのは、そう長い時間ではなかった。


『歌姫』は謎の人型へ目を移し、迷ったように再びオルレニアへ戻す。


「構わぬ。先に此奴を尋問せよ」

「はい……!」


 オルレニアが視線に応えると、『歌姫』はすぐに固まったままの人型に駆け寄ると、その顔を自分の方へと向ける。


「”何が目的?”」


 どこか響くような声で、『歌姫』は人型に問いかける。


 すると、先ほどまで狂ったような言葉を発していた人型が、ゆっくりと口を開いた。


「古き者。ソの力を、我らが王の供物とすル」


 ギチギチと、人の声にしては奇妙な音を立てながら人型はそう言った。


 よく見るとその顔は真っ黒で、目も鼻もなく、ただ虚空が見える口があるのみ。

 全身もただただ黒く、本当にそれは、人型をしているだけの存在であった。


「”我らが王とは?”」

「王、黒の、王。眠りから、覚まスのだ」


 そして続いて口から出た言葉に、そこにいた全員が反応する。


 黒の王といえば、オルレニアがかつて逃したと言う、『黒』を生み出す災厄の存在。

 つまりこの人型は、『崩れた色彩ケルミデ・ケルラィ』ということか。


「っ『歌姫』、言葉を重ねよ!」

「”止まりなさ――」


 オルレニアが叫ぶ。


 思い出すのは、以前戦った暗殺者たち。

 彼らは尋問されると知ると、毒薬を服役して自害を図った。


 当然、そういった行為は、この人型も行う筈。


「――失敗しました」


『歌姫』がそう告げる。

 人型の腕が動き、自らの胸を突き刺した。


『歌姫』はおそらく、魔法によって人型の動きを止めたのだ。

 だが時間経過でその効力が落ち、人型の片腕が動いた。


 あるいは、この人型が、なんらかの抵抗を行なったのか。


「……まあ良い」


 オルレニアは仕方ないとばかりに首を振った。

 尋問してもあれ以上の情報は聞き出せないだろうと、おそらくは予想していたような表情だった。





  ◎◎◎◎





「改めて……お久しぶりです、ヴィエナ様」


『歌姫』との遭遇から少し。

 人型の自害を確認した『歌姫』は、その死体を魔法による炎で灰にすると、落ち着いた場所で話ができるように移動することを促した。


 そしてアルテに案内された先は、錬金術師の区画の中にある、小さな食堂。

 この区画唯一の食事処であり、錬金術師の中でも特に変わり者が経営している場所だという。


「ああ、久方ぶりである。アルテ・シクルよ」


 机を挟んで反対側に座る赤髪の美女が、探していた『歌姫』アルテ・シクル。

 書物にすらほとんど残らないほどの昔、オルレニアと共に戦った仲間の一人。


「時間にして、いかほどになるでしょうか。もう数え切れないほどの時が経ちましたけれど、衰えはないようですね」

お前・・も、変わりない様であるな」


 くい、と杯を傾けながら、互いに挨拶の言葉を交わす。

 やはりアルテも、見た目にそぐわない年齢なのだろう。


「そちらの二人は?」


 挨拶が終わると、自然とアルテの視線がルフィアとウラガーンに流れる。


「わ、わたしはルフィア・エリンツィナ。オルレニアさんと共に旅をしている者です。こっちはウラガーン。銀狼で、同じく旅の連れです」


 わずかに緊張しながらも、ルフィアは丁寧な言葉遣いを意識して、小さく笑う。


「ヴィエナ様と、旅……ですか。それは、如何なる理由で?」


 アルテはきょとんと一瞬驚いた表情を見せると、小首を傾げてルフィアに聞いた。


 ルフィアは、オルレニアとの出逢いから、ヴァロータでの出来事を話す。

 オルレニアのほうが適切な説明も出来ただろうし、ユエンに説明したことと根本的な部分は変わりない。

 しかしできるだけ丁寧に言葉を紡ぎ、説明した。


 オルレニアが黙っていると言うことは、この説明は自分に任されたことだからだ。


「なるほど……それで貴女方は、わたくしを探しにこの街に来たわけですね。ユエンにはもう会いまして?」

「はい。あなたの抱えている問題も、既に聞いています」

「話が早くて助かりますわ。では、ヴィエナ様の協力が得られると考えてもよろしいですね」

「……役に立つかはわからんがな」


 アルテがちらりと視線を送ると、オルレニアは眉間に皺を寄せてそう答えた。


「我はまだこの時代には疎い。お前の魔術が研究の末の物であるならば、我の知識が追い付かぬ可能性もある」

「魔術において、貴方様を上回る者などおりませんわ。あるいは、アレクセンでもいれば良かったのですけれど」

「接触していないのか?」

「しましたけれど、自分のことは自分でしろ、と言われましたわ。イヴリアナ様は協力的でしたけれど、あの方は魔術は苦手でしょう?」


 アルテがここにいる、とロンバウトが知っていたのは、どうやら一度接触があったからのようだった。

 たしかにノーグ商会に所属し、北の大地を転々とするロンバウトにとって、アルテに協力し続けるのは難しいはずだ。


「……そういえば、ルフィアさんは『色の力』についてどれ程知っているのですか?」

「基礎的な事を教えた程度だ。使うことも出来ぬ」


 アルテの疑問に、オルレニアが応える。


 ルフィアも何度かオルレニアの話を聞いて、その存在、それがどういうものかは理解しているが、応用といったものはまだわからない。


 使えたなら便利とはわかっている。

 しかしルフィアには、自分の身を人の理から外すという行為に対する覚悟がなかった。


「それなら、わたくしが教えられることもありますわね。初心者に教えるなら、きっとヴィエナ様よりもわたくしの方が得意ですもの」

「む……」

「貴方様は素晴らしい使い手ですけれど、慎重が過ぎるきらいがありますわ。何かを学ぶためには、少し怪我をしてでも経験することが大切と思いますけれど」


 どうやらオルレニアの教え方は慎重すぎるらしい、とルフィアは苦笑いしながら理解する。

 そしてアルテは意外にも大胆に来るらしい、とも。


「……ならば、この街に滞在する間はお前に指南を託すとしよう。何か求めるものはあるか?」

「ありませんわ。妹の復活に比べれば、些細なことですもの」


 さも当然というように応えて、アルテは喜びを隠せないかのように微笑む。

 オルレニアが協力することで、その目的が必ず果たされるという確信があるのだろう。


 自分が手伝えることがあれば力になろう、と、ルフィアはその笑顔を見て思ったのであった。





 ◎◎◎◎





 小一時間ほど経った頃、ルフィアは先日荒らしてしまった酒場に来ていた。

 先に絡んで来たのは向こうだ、と言ってしまえばその通りなのだが、どんな場所でも一定の仲間意識というものは存在する。


 そこから弾かれてしまうと、情報が大切な世の中である以上、なんらかの不具合が起こる可能性は大きいのだ。


 はぁ、と小さくため息を吐きながら扉に手を掛け、手前に引き開ける。


 直後、ぶわりと勢いよく熱気と騒音がルフィアに襲いかかった。


 北の大地は寒い。だからこそ、酒場の熱気がより感じやすい。


 しかしルフィアがその中へ一歩踏み出した瞬間、騒音がごっそりと消え去った。


「……?」


 なにかしてしまったか、と視線を回すと、以前最初に地面に転がした男と目が合ってしまう。


「……こ、こんにちは」


 気まずい空気の中、ルフィアは先手を打って微笑む。

 すると面食らったように男は唖然として、一度咳払いをすると手招きをした。


 騒音が戻り始め、ルフィアは男の隣に座る。


「少しぶりだな、小娘」


 苦々しい顔をしながら、喉奥から絞り出すように男は声を上げる。


「その件では、ご迷惑を」

「構わんさ。ありゃ仕掛けて負けた俺らが悪い」


 ひらひらと手を振り、酒を呷った男に、周囲もそうだそうだと同調する。


 傭兵というのは、大抵こんなものだ。

 過度に固執しないことで、戦場での悔恨を作らない。


「それにしても、いくら酔っ払ってたとはいえ、俺たち全員を相手によくあそこまで出来たもんだな」

「集団の問題が出てたんです。みんな自分の動きしか把握できていなかったから、邪魔が多くて上手く動けなかった」

「ほぅ、若いのに随分と冷静に物事を見てる。誰に教わった?」


 男はピュゥ、と口笛を吹くと、苦々しかった表情を興味に彩らせて質問をする。

 教えてもよいものか、と少し悩みつつも、ルフィアは答えることにした。


「ヴァロータの『大熊』ですよ。わたしの教え親です」


『大熊』のゲルダンといえば、今は落ちぶれていてもかつては二つ名持ちの傭兵だ。

 男くらいの年齢ならば知っているだろうか、と反応を伺ったルフィアは、口をあんぐりと開けた男を見て固まった。


「……『大熊』に、弟子がいたのかぁ?」

「弟子と言われたことはないですけれど、近しいものです」

「そりゃ強ぇわけだ……一人で魔獣とやりあった男の弟子に、俺らなんぞが勝てるかよ」

「へ?」


 男が何気なく口にした言葉を聞いて、今度はルフィアが大きく口を開けて固まる。

 一人で魔獣とやりあったとは、誰のことだ。


「あ?聞いてねえのか?」

「……聞いたことがありません。少なくとも、本人の口からは」

「ほぉ〜……お前の師匠、『大熊』のゲルダン、だよな?」


 こくりと、ルフィアは頷く。


「じゃあ間違いねえよ。10年前くらいに大熊の魔獣とやり合って、一人で勝利して帰った男。その際に『大熊』の名前が付けられた傭兵がゲルダンだ」

「へぇ……」


 熊というと、この北の大地においてもっとも恐ろしいとされる野獣だ。

 分厚い皮に、尋常でない膂力、さらに速さを兼ね備えた存在である熊は、一般的に見つけたら手を出してはいけない存在であり、狙われたら死は免れない存在。


 そんな熊が、魔獣と化したモノ。

 それに勝った、それも一人でとなれば、英雄的所業ではないか。


「そのあと、彼はどうしたんですか?」

「どうしたって聞かれたところで、そこまでさ。奴は時折戦場に現れては他とは一線を画す戦いぶりを見せた。だが魔獣との戦いで左腕に負った怪我のせいか本調子じゃねえようで、やがて界隈から姿を消した」

「あなたは、彼を見たことが?」

「数年前だがな。正面からやり合った俺の仲間が、体当たりを食らって俺の上から降ってきたよ……」


 今でもよく思い出せる、と男は笑う。


 傭兵の大抵は防寒のために着込み、戦いのために鍛えている。そんなものが上から降ってきたならば、この男はその時点で戦場を離脱するほどの打撃を受けたはずだ。


「まさか小娘、お前もあんな戦い方じゃねえだろうな?」


 あんな戦い方、というのは、ゲルダンのような筋力での戦いということだろうか。

 ルフィアはゲルダンから技や生き方は教わったが、彼自身が主とする戦法は一切真似たことは無い。

 正確には、できない、と言う方が正しいだろう。


「冗談はやめてください。わたしの見た目で、あんな力押しができるとでも?」

「いや、気になっただけさ。ほんのすこし前に吹っ飛んだ気がしたんでよ」


 確かに、彼は重い一撃で吹き飛ばしたが、あれは力というより勢いである。

 ルフィアが微妙な顔をしていると、男はまあいいと笑って酒を呷った。


「小娘、名前を聞かせろ。奴の弟子なら、知っておいて損はねぇ」

「その前に、あなたの名前を聞かせてください」

「等価交換か?まあいいさ」


 男はわずかに残った酒をぐいと呷ると、ふぅと一息ついてルフィアの方に向く。


「俺は『石鎚』のドルフ。先端に丸い石玉がついた鎚を使うから『石鎚』だ」

「ドルフさん、ですね」

「さん付けはやめろい。背筋が冷たくなるぜ」

「じゃあドルフ……?」

「やっぱ付けておいてくれ。違和感だ」


 再びひらひらと手を振ってドルフはため息を吐いた。


「じゃあドルフさん。わたしの名前はルフィアと申します。以後、よろしくお願いしますね」


 ルフィアが小さく微笑みながら手を差し出すと、ドルフはおぅ、と妙な顔をしながら杯を差し出した。

 一瞬、ルフィアは困惑するが、ドルフはそれに対してにやりと笑う。


「可愛い顔してるが、お前も傭兵だろ?酒の一杯が繋がりの報酬だ」

「へぇ、あなたが奢ってくれるんですか?」

「……当然だろ。年若い傭兵少女に乾杯だ」


 ハハっ、と笑い声を上げたドルフに、周囲も笑いながら杯を挙げる。


 戦の場面でないならば、傭兵たちは野蛮で粗悪で気が良いものだ。


 ゲルダンに感謝すると共に、この一杯の繋がりは大切にしよう、とルフィアはそう心に刻んだのであった。





 ◎◎◎◎





 深夜、ルフィアとオルレニアはユエンの邸宅にいた。錬金術師の特区に入るための理由づけとはいえ、護衛として雇われたのならば、それ相応のことはする。

 特に『崩れた色彩』が現れたことを考えると、アルテの存在を知り、『崩れた色彩』の刺客が来る可能性が高いという理由もあった。


 外ではヒュウヒュウと風が吹き荒れており、しかしこの邸宅にとってはその程度は些細なことである。

 ルフィアが少し前に泊まっていた宿ならばガタガタという音が止まらなかっただろうに、今の自分の状況に思わず気分が良くなるというものだ。


「これが、私がノーグ商会と取引しているモノだ。アルテはこれを心臓にする、と言っていたが、君ならばわかるのかね?」

「黒檀か。悪くは無い選択だ」


 オルレニアはついでとばかりにユエンとアルテの研究内容を聞いていた。

 どんな魔術を予定しているのか、その為に何を使っているのか。これまでにどのような実験をしてきたのか。


 ルフィアが聞いてもさっぱりな事ばかりだが、オルレニアはそれを聞いて、途方もなく緻密に計算された魔術だと評価していた。


 曰く、魔術は編み物のようなもの。編み糸が『色の力』、編み棒が言葉や模様。少しずつ編み、完成したものが発動する。

 複数の色を規則正しく混ぜ、綻びが出ないように丁寧に作ることで、その効果は増大するという。


「……一体これほどのものを作るために、どれほどの時間を費やしたのだ。一年や二年では済むまい」

「失敗した回数は、私が知る限りでも百を超えているね。私が関わる数十年前からずっと試行と失敗を繰り返してきたそうだ」


 オルレニアたちが見ているのは魔術陣と呼ばれるらしい幾何学模様。この魔術陣と詠唱を合わせて魔術を使用し、先に用意した器に生命を与え、そこに魂を流し込む。

 そうすることで、アルテは復活を成功させようとしているらしい。


「しかし成功はしていない。我ら錬金術師がどれほど失敗に慣れているとはいえ、これほどまでに成功しないことは初めてだ」


 そう口にするユエンの瞳は、言葉とは裏腹に面白いとばかりに輝いている。

 ユエンの許可を得て、屋敷の中を見て回ったとき、ルフィアは様々な実験の内容を見た。

 浮遊する紙袋や、表面だけが燃えている水。表からは透明だが、裏から見ると黒い硝子。


 一つ一つに興味を示しているとユエンがにやにやと笑うため、流し見程度になってしまったが、その成果は確かに素晴らしいものだった。


「お待たせしましたわ。ヴィエナ様」


 程なくして、オルレニアが魔術に関わるものに大体目を通し終わったころに、扉を開けてアルテが現れた。

 その背後には、無機質な顔をした青い髪の少女が立っている。


「……それが、体か」


 その少女を見て、オルレニアは目を細めた。


 少女は復活のための器、つまり復活するアルテの妹の体だ。

 この少女もまた、アルテの魔術によって構成され、完全に人と類似した生命体となっている。


 魔術陣を使い、黒檀の核に魂を入れ、それを肉体の心臓部分に入れる。


 そうすることで、アルテの妹は復活を果たす。


「はい。よく、似ているでしょう」


 淋し気に笑うアルテの言葉に、オルレニアは小さく頷いた。

 死んだ妹の体を作る、というのは、どんな気持ちだったのだろう。


 ルフィアは隣に座るウラガーンを撫でながら、緊張を解くように息をつく。


「さて、どうでしたか、ヴィエナ様。貴方様から見て、欠点などは」

「無いな。少なくとも、魔術陣に問題は無い。素材の選択も正しいだろう」


 オルレニアはそう告げる。

 アルテもどうやら、自分の選択に間違いがあるとは考えていなかったのだろう。オルレニアの言葉に大した反応をすることもなく、頷いただけだった。


「それでは、やはり色の力の不足ですね。核に『色』を流し込む際、わたくしだけでは限界まで振り絞っても足りませんでした。

 しかし貴方様ならば、その点において、不足はあり得ない」


 核を完成させるには、魔術陣の隅々まで『色の力』を行き渡らせる必要がある。

 曰く、アルテがそれを行った時、半ばほどで力尽きたらしい。

 それは自身の体の中に貯められる『色の力』を限界まで使用した、という事であり、アルテでは力不足という事だ。


 そしてオルレニアが持つ『色の力』は膨大で、この魔術陣を完成させて尚、余裕がある程だとアルテは語った。


「では、ヴィエナ様。お願いできますでしょうか」


 アルテの瞳は力強く、その気迫を口以上に語っている。

 オルレニアはその目から目を逸らすことなく、正面から受け止めた。


「任せておけ」


 そして一言、そう言うと、核の傍らに膝を着く。

 その目は真剣そのもので、思わず見ているだけのルフィアも喉を鳴らし。



 ――解けた緊張と共に、異音を察する。



「待ってください、オルレニアさん!!」


 おかしいのは、風の音。


 思えば邸宅に入るまではそよ風程度だったのだ。

 更にこの風の音は、ずっと同じ音なのである。


 強弱が存在しない。


 その違和感に思考が追い付いた瞬間、ルフィアは窓が開く音を聞いた。


「何者かが、一階に侵入しました……!!」


 ルフィアの言葉と共に、邸宅のあちこちから窓の開く音や移動音が響き始める。


 一人ではない。かなりの人数だ。


「ふむ。嗅ぎつかれたかな?」

「そのようですね」


 恐らくは、昼間の敵が原因だ。

 何らかの方法で情報が『崩れた色彩』に伝わったのだろう。


「……ルフィア、ウラガーン。ユエンを守れ」


 オルレニアは立ち上がり、腰に携えた黒い剣を引き抜く。


「敵をこの場所に誘い込む。その方がやり易かろう」


 そして二人がユエンの下に移動したことを確認すると、息を大きく吸い込んだ。


「来るが良い!我らは此処に居るぞ!!」


 重く、よく響く声が邸宅の中を駆け巡る。

 足音の進路が定まり、次の瞬間。


 窓や扉が一斉に開かれ、黒ずくめの男たちが現れた。


「『崩れた色彩』か」


 人数は十数人ほど。

 全員が、左手に短剣、右手に長剣を握っている。


 昼間にあった人型とは違い、顔は覆面で覆っており、幾分か人間味を感じられた。


 部屋の中央にいたルフィア達は囲まれる形となるが、ユエンとアルテを中心として、数の多い窓側をオルレニア、数の少ない扉側をルフィアとウラガーンが守っている為、むしろ戦いやすいといえる。


「守ってくれよ、ルフィア君?」


 ルフィアの前に立つのは五人。何とか守り切れる程度だ。

 ユエンが嗤い、軽口を叩いたと同時に、黒ずくめ達が動いた。


「シィ――っ!!」


 初撃の突きをいなし、返す刃で腕を狙うが、左手の短剣により防がれる。

 しかし隙が出来た男に、横からウラガーンが噛みつき、投げ飛ばした。


 動きについては、ルフィア達の方が優れているだろう。


 おまけに敵は仕掛ける側であるために、守るだけのルフィア達の方が有利ということは間違いない。


 だが、一合の打ち合いでわかったのは、敵も優れた剣士ということだ。


「左が来るね」


 背後から、ユエンの声が聞こえる。同時にルフィアは左から突き出された剣を弾き、反撃する。

 敵は一人ではない。そういう時に、ユエンのような支援はありがたい。


 非常に癪な話だが、命を懸けた戦いにおいて、自らの感情など切り捨てるべきだ。


「ユエンさん、絶対にわたしより前に出ないように」

「くく、従うと思うかね?」

「従ってくださいっ!」


 こんな時だというのに、ユエンは全く動じていない。


 ルフィアは微妙なやりにくさを覚えながらも、黒づくめ達をウラガーンと共に、的確に一人ずつ減らしていく。

 正面に立つ三人の鋭い突きを連続して弾くと、案の定残りの二人がその隙を突こうと動いた。

 それをウラガーンが牽制し、状況は膠着する。


 だが、ルフィアの目的は敵を打ち倒すことではない。


 背後で戦うオルレニアが敵を倒すまでの時間を稼ぐことこそが、今のルフィアの役割だ。


「――!!」


 そう考えている間に、背後から耳障りな声が聞こえる。


 今のは黒づくめたちの声なのか。

 ただ斬るだけでは声を上げない故にわからないが、この場でそのような声を上げるのは黒づくめしかいない。


 ルフィアが二人片付けたところで、敵の動きも悪くなる。


 五人で掛かって二人をやられた、ということは残り三人では勝ち目が薄いということ。

 人数の多いほうがオルレニアを処理して加勢してくることを考えたのだろうが、それも不可能だということを、ルフィアの背後を見て察したのだろう。


「ルフィアよ。一人は生け捕りにするぞ」


 そして何事をなかったかのようにルフィアの隣に立つオルレニアを見て、いよいよ黒づくめたちは自分たちの劣勢を察したらしい。

 二人が前に、一人を逃がすような態勢になる。


「アルテよ」

「”退きなさい”」


 オルレニアの一声でアルテが口を開く。

 それだけで黒づくめの二人が道を開け、その瞬間、ルフィアが逃げようとした黒づくめの足を貫いた。


「二人は殺す。万が一があってはならん」


 さらに素早く心臓部を一突きして、オルレニアは動けない二人の黒づくめを殺す。


 そして今度こそ、残る一人の黒づくめを捕らえた。


「一先ずは此奴を優先したいがな……アルテ、お前の意見を聞きたい」


 周囲には、黒づくめたちの死体が散らばっている。


 オルレニアは相当綺麗に殺していたようだが、それでも部屋が荒れたのは間違いない。

 この状態で尚、復活の魔術を優先するかどうかを、オルレニアはアルテに聞いているのだろう。


「……先に、尋問いたしましょう。どこまで情報が得られるかはわかりませんけれど、襲撃された以上、対策は必要です」


 妹の復活を目前にして、邪魔が入った。

 表情にはほとんど表していなかったが、アルテの声には、隠し切れない苛立ちが見える。


 そんなアルテを気遣ってか、オルレニアは言葉を発することなく、小さく頷いて了承した。


 ヒュウヒュウという風の音も消え、ただ静かになった屋敷の中には、随分と気まずい空気が漂っていたのだった。





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