第29話
「ようこそ、錬金術師の特区へ」
そう言って恭しく頭を下げるのは、ユエン。
ノーグ商会で出会ったときのように気狂いじみた声ではなく、落ち着いた無感情な男の声だ。
商会でユエンと出会った翌日、区の入り口に向かうと、ほとんど同じタイミングでユエンは現れた。
そして何も言うことなく、ただ付いてこいと言わんばかりに歩き始めた彼についていくと、一つの大きな屋敷に辿り着いた。
そこでようやく彼は言葉を発したのだった。
「ふむ。想像していたよりも整った住処ではないか」
「そうだろう?折角の高級な邸宅だからね、綺麗に保っているんだ」
その割には、身にまとっている服は妙な臭いを放っているが。
ウラガーンが半分ルフィアの背に隠れているのは、嗅覚が鋭いからか。
やや顔を顰めてユエンを見ていると、彼はくくくと笑った。
なにを考えているのかはわからないが、いい意味の笑いではないはずだ。
「……その笑い方は、素なんですか?」
「くく、どうだろうね」
不快感を露わにするルフィアに、ユエンは答えをはぐらかしつつ、屋敷の門をくぐって玄関の扉を開ける。
綺麗な見た目とは反対に、ギィィ、と蝶番の軋む音が耳を通り抜けた。
「さあ。いらっしゃい、まずは落ちついて話でもしようじゃないか」
先には入らず、扉を持ったまま入るように促すユエン。
オルレニアへ視線を向けると、彼は訝しげに眉を寄せつつもすぐに歩き始めた。
しぶしぶ、ルフィアとウラガーンがその背後について屋敷へと踏み込んだ、その瞬間。
「……!」
バタン、と大きな音を上げて扉が閉じられる。
鍵をかける音、窓はすべて締め切られ、天井に吊られたシャンデリアがぼんやりとしたオレンジ色で照らす部屋の中で、ルフィアとウラガーンは思わず身構えた。
「おっと、待ちたまえ。争おうというわけじゃないさ」
剣を抜こうと手をかけるルフィアに、ユエンは両手を挙げて首を振る。
「誰かに聞かれたりする可能性をできる限り減らしたくてね。オルレニア、君ならばわかるだろう?」
「……貴様の発言が確かならば、我ら以外の何者であろうとこの場に入れるわけにはいかぬだろう。閉め切るのは構わんが、先に説明をするが良い」
「これは失礼、まずは客間に行こうか」
とん、とんと足音を響かせながら、ユエンはルフィア達を客間へと案内する。キィ、とまたもや蝶番の軋む音を鳴らしながら開かれた扉の先には、豪奢な机と椅子が並べられていた。
「座ってくれ。特にもてなせるものはないけどね」
奇妙だとは思っていたが、この屋敷の様相を見てその疑心はさらに強まった。
外観は美しく、内装も豪奢なものであったが、蝶番は錆び切って軋んでいる。
ルフィアはユエンの隠れた顔を睨みながら、ゆったりとした椅子に腰掛ける。
「……ユエンよ。その外套は脱がんのか」
「ああ、そうだった。普段あまり着替えないものでね」
オルレニアの発言を受けて、ユエンはばさりと、今まで身に着けていた汚い外套を床に脱ぎ捨てた。
まず目に入ったのは、肩にかかる長さの、奇妙な深緑色の髪。
次に、細い目の下を覆う真っ黒な隈と、貼り付けられたような口元の笑み。
最後に錬金術師らしい薬品が無数に吊り下げられた革のベストが目に入った。
「そんなに私の姿が奇妙かね、お嬢さん」
「……不健康そうですね」
「くくく、眠れないことが多くてね」
ユエンは目を擦ると、ルフィア達に向かい合うように座り込んだ。
そして、真面目な顔で口を開く。
「最初は、君らをここに呼ぶ気はなかった。錬金術師に関わりたい者は沢山いるから、その有象無象の範疇だろうと思っていたからね。
だが出会った瞬間、その考えは捨てた。君は私の探し人だ」
「探し人だと?」
「ああ。私がノーグ商会と取引していた理由は、いずれ現れる君を見つけるため、だったからね」
オルレニアの威圧的な気配をものともせずに、ユエンは大げさな動きで語った。
何を考えているのか、話している内容は理解できるが、その思考が読めずにルフィアはわずかな恐怖を覚える。
するとウラガーンも同じであったのか、隣に座るルフィアを守るようにその手を握った。
「黒ずくめの姿、常に放たれる威圧的な気配、高い身長、そして私でさえ恐怖を覚えるほどの殺気。すべてアルテに聞いた通りだ」
「我の聞き間違いではなかったか。此処に『歌姫』がいるのだな」
え、とルフィアの口から声が洩れる。
探していた『歌姫』が、こんなに簡単に見つかるとは。
「……彼女が聞いたら、酷い顔をしそうなものだ」
「さっさと答えるがいい。貴様は構わんかもしれんが、我の連れが先ほどから気を張っていることがわからぬか」
「おっと、これは失礼。気遣いが足りなかったかな」
その時のわざとらしい笑顔に、ルフィアは思いきり顔を顰めた。
それを見てユエンが笑うと、ウラガーンまでもが顔を顰める。
どうやら相性は悪いようだった。
「これ以上余計な遊びをして彼女らの気分を損ねてはいけないからね。本題に入るとしよう」
ユエンが怪しいことに変わりはない。
しかしこの男が『歌姫』の確かな手がかりであることは間違いなかった。
オルレニアはふんと鼻を鳴らすと、いつも通りの険しい眼つきでユエンを眺める。
「アルテ――君たちの言う『歌姫』は、この家を住まいとしている。彼女は今、彼女の妹を復活させる研究をしているのさ」
「復活、か」
「ああ。私にはわからないがね、人形に命を宿らせて、そこに記憶を差し込むのだとか」
肩をすくめてくくくと笑うユエン。
ふむ、と顎に手を添えて、オルレニアは思案するように少し明後日の方向を見た。
「疑似的な命を作り、そこに保管しておいた記憶、人格を流し込む。手段自体は理解できるが、よもや実行を考える者がいるとはな」
「そんなことができるものなのかね?」
「『色の力』とは、生命を構成するものだ。記憶の『色』、命の『色』、それらを見つけ、切り離せば、不可能では無い」
オルレニアは簡単なことのように口にしたが、当然の如くルフィアのような一般人には理解できない発想である。
生命は潰えるものであり、それは神のみが司る絶対のもの、というのは教会が声高に叫ぶ話。
つまり生命を操る行為は禁忌であり、人が手を出してはいけない領域のはずなのだ。
しかし目の前の二人の話は、その禁忌に類するもの。
この場所に自分がいていいのか、とルフィアは思うと同時に、隣にいるウラガーンが何も理解していないのを見て少し安堵した。
「して、その研究はどうなっている。我を探していたということは、我がなにか手を貸さねばならぬ問題があるのか?」
「そう、それだ。聞くには、心臓部分を作り出すための魔術が難しいそうでね。君の手を借りないと厳しいらしい」
「制御の問題か。それならば我で無くとも良いだろうが……今の世は、扱える者がいないのであったな」
何度か聞いた魔術の話だ。
制御に失敗すれば危険なものとなると言っていた。
オルレニアが『色の力』の中で最も危険な『黒の力』を制御しているというなら、つまりそれは魔術の制御も上手いということなのだろう。
「『色の力』を知識として知っている人間は、一握りだが確かに存在している。しかしそれを扱えるものは……私が知る限り、アルテと君しか知らない」
「気にするな。解っている」
オルレニアの過ごした時代には、きっと『色の力』を扱える人間は多かったのだろう。
わずかに淋しさを漂わせるオルレニアに気を遣ったのか、ユエンは言葉をかけるが、何でもないというようにオルレニアは応える。
「ユエンさんがオルレニアさんを探していた理由は、アルテさんの為にという理由だけですか?」
「ふむ。なかなか鋭い質問だ。君はそう思うかね、ルフィアさん」
「いいえ。何か魂胆がある気がしました」
隣でオルレニアがほう、と声を上げる。
錬金術師は異端者揃い。
ならばその異端者が、他人のためという理由だけで動くだろうかと考えれば、怪しいと思うのは自然なことだ。
「若き傭兵の良き質問に免じて、素直に答えるとしよう」
軽く前置きをして、ユエンはルフィアへ目線を移した。
「私はアルテの研究を手伝っていてね。その過程で、彼女には古き時代の知識を教えてもらっていたのだが、それらはとても素晴らしかった。
その彼女が扱えない技術を扱う男となれば、興味を惹かれてしょうがないじゃないか。……ぜひ話を聞きたいと思ったのさ」
嗜好品を味わうかのように、ユエンは嗤ってそう言った。
錬金術師は知の亡者であり、きっとそれは彼らにとって最高の嗜好品なのだろう。
オルレニアがサイラスに対して記憶の隅から隅まで奪われそうだと言っていたが、きっと錬金術師も、そういう類の存在だ。
「そうですか……欲望に正直で良いですね」
ルフィアは苦笑し、話が続かないように言葉を終う。
もっと腹黒い魂胆があるのかと警戒していたが、理由はそう複雑でもなかったようだ。
「その話を聞くならば、我は貴様に知識を寄越す必要があるのか」
「そうしてくれると嬉しいね。君を見つける為にわざわざノーグ商会との繋がりまで作ったんだから」
こちらはまだアルテを探していた理由を説明していない。
ユエンがアルテとの繋がりを持つ存在である以上、ユエンの希望をないがしろにする事ができない、ということはユエン自身もわかっている筈だ。
その上でオルレニアの言葉の隙に要求できたのは、ルフィアの質問があったからということになる。
「……良いだろう。貴様の要求を呑んでやる」
力で脅したところで、このユエンという男は口を割らないだろう。
現時点でアルテをこの場に呼んでいないということは、最初からこの話題を持ち出す予定だったということか。
「ありがたい。ではこちらも君たちの話を聞かなければならないね」
これは自分のミスだ。
そう思うルフィアはオルレニアの顔を見るが、彼はため息も吐かず、ただユエンを見据えている。
この状況になることも見越して、ルフィアの発言に関心を示したのだ。
「ではこちらの話をさせて貰うとしよう。少し長くなるが、貴様にとって有意義な話でもあるだろう」
「早速かね?これは素晴らしい。君には期待できそうだ」
そうして再びくくくと笑うユエンを見つめて、ルフィアは絶対に同じ間違いを犯さない事を決意するのだった。
◎◎◎◎
「――実に興味深い話だった。なるほど、悪魔……『崩れた色彩』か。聞いたことがなかったな」
ヴァロータでの事件をかいつまんで説明すると、ユエンは悪魔とその裏にある組織『崩れた色彩』について特に興味を示した。
逆に教会の名前が出たときは、仏頂面でどうでもよさそうにしていたのだが。
「そう有名な組織ではない、という事か?」
「いや、恐らく教会が情報統制をしているのさ。悪の存在は正義を大きく見せるが、長引けば不安の種になる。
教会も確実な手段が見つかるまでは、表面下で動くしか無いのだろうね」
「今まで、その、アルテさんに干渉してくることはなかったんですか?」
「今の話を聞く限り、干渉してきてもおかしくは無かったがね。錬金術師の排他主義が役に立った。まだここに居るとは気づかれていないようだ」
明確な敵ができたならば、ユエンも協力は惜しまないという姿勢になった。
ユエンはいまいち曖昧な言葉を使いがちだが、錬金術師としての欲求は信用できる。
傭兵の間でも信用の証拠としてよくあるのが、その欲を利用した物だ。
例えばそれは金銭であったり、情報であったり、高級な酒などである。
「要約するなら、君たちはその組織の作り出す『悪魔』への対抗策として、アルテの力を借りたいということか。
それ自体はアルテに直接頼んでくれたまえ。私は彼女への取次は手伝うが、それ以上は力になれないだろうからね」
「それで構わん。元よりこの街にいるかどうかすら怪しかった故に、こうも簡単に見つけられたのであればそれだけで充分だ」
オルレニアの返答を聞いて、ユエンは仰々しく頷いた。
おそらく、彼と『歌姫』の関係は研究を行う上での仲間という程度の関係なのだろう。
「あともう一つだけ言っておこうか。彼女を今日は呼び出せない。なにか実験をしているらしくてね、最低でも明日以降しか駄目なんだ」
「構わん。我らはこの街に来てまだ二日程度だ。街巡りでもしていれば時間は潰せるゆえにな」
「……それなら、またこの区画に戻るのは面倒だろう」
ふむ、と言って立ち上がると、ユエンは床に放置されていた外套の中から、巾着袋を取り出して、机の上に置く。
ジャラリとした音と、それの重さがよくわかる衝撃がテーブルを伝わる。
「これで君たちを雇いたい。そうすれば、君たちは区画の門を自由に通れるようになる」
巾着袋の口を開けると、その中には鈍く銀色に輝く硬貨がぎっしりと詰まっていた。
豪快な金の使い方だが、この街にいる錬金術師は領主の援助を受けているために、基本的には金銭の心配はいらないのだ。
「この中には銀貨が五十枚ほど入っている。これで君たちは何日雇えるかな?」
「この街に滞在する分には充分だ。最も、異例の事態や護衛を要求するならば、その例には洩れるが」
「では、万が一の場合の護衛はしてもらおうか」
銀貨五十枚といえば、多少切り詰めれば、ルフィア一人の半年分の生活費に相当する。
三人であり、切り詰める必要がない現状では一月程度になるだろう。
だが『歌姫』が見つかった以上、この街にそう長くは滞在しないため、充分な金額と云えた。
ユエンの言葉を受けて、オルレニアはルフィアへ視線を向ける。
貴様が決めろ、ということだろう。
「私たちが側にいるとき、または『悪魔』や『崩れた色彩』が現れた場合の対処のみ応じましょう。それ以上は上乗せを希望します」
「良いだろう。君の実力はまだわからないが、オルレニアの力を味方に持てるならそれだけで充分すぎるくらいだ」
評価されているのがオルレニアだけであるのは仕方のない事だ。
実際、ルフィアは無名の駆け出しといって差し支えない傭兵であり、ユエンが現状握っている情報ではルフィアに期待を寄せられるはずもない。
「一つだけ問いたいのだが、オルレニア。そこの二人は君の弟子なのかね?」
訝し気に目を細めるユエンに、問われたオルレニアよりも二人のほうがぴくりと反応を示す。
三人の視線が向けられたオルレニアは、小さくため息を吐いた。
「違う。ルフィアは我が旅の友であり、ウラガーンはかつての同胞の一体――銀狼の末裔だ」
「それはそれは……随分と珍妙なものだね。くくく」
心の中で小さく同意するのは、ルフィアだ。
自分がなぜこんな旅に関わっているのか、オルレニアがなぜ自分を連れているのか、妙に感じることが多々あってならない。
『色の力』、『悪魔』、『崩れた色彩』……すべて、本来自分が関わるものでもなければ、今でも自分には関わりのない話だ。
すべて、オルレニアが関係しているだけの話。
自分は、その後ろについているだけなのだ。
「まあ、二人にも少しは期待しておこうか。アルテが信用する男が連れている少女二人、面白いじゃないか」
ユエンは嗤う。
その目は、ルフィア達を見ているようで、どこか遠くを見ているようで。
こういう存在は、こちらとしても面白い。
奇妙な錬金術師にぞわりと鳥肌が立つ感覚を覚えながら、ルフィアはわずかに微笑んでその意気を返すのであった。
◎◎◎◎
窓から覗いた顔が、視線が合いそうになると引っ込んで消える。
綺麗な街並みだというのに、道に人通りはなく、邸宅の煙突から上がる煙は妙な色を纏って気味が悪い。
明確に『歌姫』との繋がりを得たものの、明日まで会えないとなれば、ルフィア達はどこかで時間を潰さなければならなかったわけだが。
ルフィアは昨日のうちに街をある程度探索しきっており、また、『歌姫』探し以外に大した目的を持っているわけでもない。
それならと錬金術師の特区を見て回ることになったのだが、この区画は何もなかった。
人一人出歩いていない街というのは、中々不安をあおるものだ。
『臭いな。あまり長居したくはない』
「なんの臭いかわかりますか?」
『混ざりすぎてわからぬ。嗅いだことのある臭いだが、何だ、これは……?』
そんな街であり、人目を気にしなくていいという話であれば、ウラガーンが人の姿である必要もない。
大狼の姿になったウラガーンは鼻を鳴らしながら、やはりというべきか理解できない様子を表していた。
「錬金術師って、いろいろなものを混ぜるらしいから、ウラガーンが理解できないものも多いんですね」
『ヌゥ……やはり人のすることはおかしい。自然は自然のままで良いだろう』
「ウラガーンが食べた料理も、人が作ったものですよ」
『ヌゥ……』
唸るウラガーンだが、何も言えないほどに魚料理が美味かったのか。
完全に胃袋を掴まれているな、と恐ろしい狼に若干の愛嬌を感じながら、ルフィアはウラガーンの柔らかな毛並みを撫でた。
「オルレニアさんは、なにをしているんですか?」
ルフィアは少し離れた場所を歩きながら、虚空に目をやっては悩むように眉間にしわを寄せるオルレニアに声をかける。
「この辺りに、僅かだが魔術の残り香を感じる。ふむ……」
これはこれで、おかしな人間に見えてくる。
元々威圧感のある外見に黒ずくめの姿であるゆえに、この奇妙な区画にいると本当に怪しい。
『オルレニア。この尻尾が立つような感覚は、その魔術のせいか』
「やもしれぬ。複数の魔術が混じり合って居る」
そして狼と会話を始めるのだ。
この状況を知り合いの傭兵たちに話しても、絶対に信用されないだろうな、と思いながら、ルフィアは二人の会話に耳を澄ます。
何気ない話を聞いて勉強しなければ、オルレニアから教わるときに余計な手間をかけさせてしまうからだ。
そうしているとふと、オルレニアが動きを止めた。
「この魔術は……」
ぽつりと、口から言葉を溢す。
オルレニアの体が、ブレた――
『ルフィアッ』
何もないと思っていた空間に人が出現し、ルフィアへとナイフを振りかざす。
それを咄嗟に反応したウラガーンが強靭な体で防ぎ、いつの間にか目の前に立っていたオルレニアが卓越した技術でナイフを奪って投げ飛ばした。
「なっ」
「貴様、何者だ」
ようやくルフィアが反応したころには、襲撃者は地面に倒された後であった。
あまりにも早いが、二人がいなければどうなっていたかを考えて、ルフィアは息を呑む。
「古き、者」
地面に倒された、女とも男とも付かない黒い人型が、唯一覗いた口をにたりとゆがませる。
「見つけたゾ、古き者だ」
そしてカクカクと震えはじめ、うわごとのように声をあげた。
まるで人のように感じられないその人型に、ウラガーンがガチンと牙を鳴らして顔を寄せる。
「すべては、黒の王の復活のたメに――」
口が裂け、人型が倒れた状態からオルレニアへ飛び掛かった。
その体に一瞬にして殴打が数度叩きこまれるが、人型が止まらないことを確認したオルレニアが剣を抜こうとしたと同時。
「”止まりなさい”」
凛とした、透き通った声と共に、人型が姿勢を固まらせて地面に落ちた。
「ようやく見つけましたわ。不埒者」
静かだからこそ、その美しい声はよく響いた。
そしてその声の主が不機嫌だということも、よくわかる。
ルフィアが顔を上げて声の主を見やると、そこには黒いドレスに身を包んだ、赤い髪の少女が一人。
「わたくしの魔術に干渉して、一体なにを……」
その少女を見て、ウラガーンが一歩下がり、オルレニアが一歩踏み出した。
新たな敵かと身構えるルフィアの隣に立ち、オルレニアは口を開く。
「――『歌姫』」
低く、底冷えするような声でオルレニアが呼びかけた。
黒いドレスに身を包んだ少女は、今更三人の存在を認識したとでもいうように目線を向けて、動きを止めた。
「あなたは……」
そして少女はつぶやき、絶句した。
今起きたことは、まるで計算でもされていたのだろうか。
ならば手助けをしたのは、天使か、悪魔か。
ルフィアは黙り込んだ街並みを背後に、奇妙な運命を肌で感じていた。
そこにはまるで劇の役者が立つように、ただ五人だけが在ったのであった。
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