「炎の街」プラーミア編
第27話
北の地には、輝く街があると言う。
満天の星空の下、決して眠らずに輝く街が。
それは星の輝きに抗う為か、星に届く為にの願いのものか。
いつから現れたのか、いつそうなったのかは誰も知らない。
歌い継がれた暗い歴史は、輝きの中に呑まれて消えた。
しかし輝きの側には闇がある。
誰もが忘れた歴史の遺物は、決して消えずに歌うのだ。
誰もが忘れた者達を、守らなければならないと。
灯りの中で唄うのだ。
輝く街は、暗い街。
古き時代を忘れるな、と。
少女は小さく呟いた。
◎◎◎◎
その日は吹雪だった。
ごうごうと白雪が舞い、その中を動くのは無謀なほど、荒々しい自然の力だ。
予想でもう一日遅く街に着くことを考えていた旅人にとっては、災難でしかない。
そんな吹雪の中に、レンガ状に切られた氷の塊で作られた小さなかまくらがあった。
そしてその内側では小さなランタンが小さな蝋燭を輝かせ、二人の旅人の影を映し出していた。
「これが、この冬最期の吹雪やもしれぬな」
その片方、黒い外套を着た男がそう呟いた。
黒々とした髪を撫で上げ、まるで不機嫌であるかのように眉間に皺を寄せている男の名は、オルレニア。
伝説として語られる太古の大戦。その生き残りであり、『冷酷なる王』の異名を持つ伝説の傭兵だ。
「早く止んでくれるといいのですけど……」
オルレニアの余裕な態度に対して、毛布で身を包みながら不安そうに呟く少女の名を、ルフィア。
赤い瞳以外のほとんど全てが白い、アルビノと呼ばれる身体を持つ若い傭兵だ。
実力は高く、経験は浅い。
オルレニアはそんなルフィアを成長するまで手助けすると言い、同行している。
「窮屈でごめんね、ウラガーン」
「ん……」
ルフィアに頭を撫でられ、こくりと頷く少女――実際には性別などないのだが――の名を、ウラガーン。
古くから存在する狼であり、長い時の間に高い知性を得た「銀狼」である。
その体は既に定命の殻から解放され、馴染み深い生命の姿に変異することが出来る。
しかし、元々が口で会話する生物では無い為、会話ができないという欠点があった。
「吹雪が止み次第、出来るだけ早く移動する。あと半日程度の距離だ」
オルレニアが地図を見ながら言うと、ルフィアは小さく頷いた。
目指す先は、ヴァロータよりも少し東、しかし関所を越えた先に在る街、
又の名を『炎の街』。
絶えず煙が上がり、真夜中でも灯りが灯っているためにそう呼ばれている。
五代ほど前から、代々この辺りを治める領主、エイゼンシュテイン伯爵が領主になった際に真っ先に作った街と言われ、普通は異端者として扱われる『錬金術師』達が多く暮らしている街だと言う。
「それにしても、錬金術師とはな……」
「なにか嫌な思い出でも?」
旅立つ前にロンバウトから受け取ったプラーミアについての書類を見ながら険しい顔をするオルレニアに、ルフィアは問い掛ける。
「嫌な思い出、というわけでは無いが、危険な者たちであったと記憶している。昔、寝ているイヴの鱗を剥ごうとして逆鱗に触れた者がいたが、全く竜すら恐れぬ気狂い共よ。……今でも、そのような存在なのか?」
「はい。わたしも噂に聞く程度ですけれど、頭の良い変人、何をしているのかわからない、不気味な存在だって聞いたことがあります。
時折信じられないような大発見をするので、貴族や王族が懐に抱えていることが多い存在です」
オルレニアがふっと口元を緩めて話すのは、竜に挑んだ勇者の話の実情だろうか。
現代の知識に疎いオルレニアの問いに、ルフィアは軽く頷き、答えた。
「ふむ、であれば此度もあまり関わるべきでは無いだろう。奇人や変人と言うものは、基本的に不利益しか寄越さぬ。
利益を求める我らのような存在には、仇敵が如き存在よ」
地図を丁寧に巻き直し、革紐で縛り終えると、オルレニアはため息とともにそう呟いた。
体を動かすことが仕事の傭兵と、頭を使うことに特化した錬金術師。
上手く手を組めたのであれば素晴らしい組み合わせだが、思想の違いはそう簡単な問題ではない。
「今のうちに睡眠を摂って置くが良い。吹雪が止むと共に動くぞ」
「はい。ウラガーン、お願い」
「ん」
かまくらの中に入るには思い切り縮こまらなければならない狼の姿、生きた毛布となったウラガーンに埋まると、ルフィアは目を閉じた。
オルレニアが睡眠を必要としない、と言うことを知ったのは旅に出てからのことであった。
ルフィアに睡眠を促す彼に、いつ寝ているのかと問うと、必要ないと答えたのだ。
つくづく並外れた存在だと思う。
本当に同じ人間なのか、という疑問を少しだけ抱きながら、ルフィアはすぐまどろみの中に沈んで行った。
◎◎◎◎
翌日には吹雪は止み、ルフィア達は移動を始めた。
すると程なくして、遠方に煙をあげる街が見えてくる。
炎の街プラーミア。
そこはそれほど高くない赤煉瓦の外壁で街を囲み、巨大な門で入口を塞いだ街だった。
さすがに南と北の貿易の要であるヴァロータに比べれば一回りほど小さいが、充分に大きな街である。
そうなると、また中に入るために面倒な手続きが必要になるのか、と二人は渋い顔をしたが、その手続きは身体検査と名前の確認という、とても簡単なものだった。
理由を問うと、錬金術師達はよく奇天烈な物を持ったまま街を出入りするからという事らしい。
それは裏を返せば麻薬の密輸などが横行しているということで、危険な街だという事だ。
門が開かれ、ルフィア達は新たな街へと入っていく。
外壁の内側には、ヴァロータとはまるで違う光景が広がっていた。
「すごい……」
そう呟いたのは、ルフィアだ。
無数の精錬炉が輝く、美しく、質素な街並み。
木造の家は殆ど見当たらず、代わりに焦げ跡の見える煉瓦の家屋が立ち並んでいた。
火を多く使う街ならではの、炎に対する対策である。
「錬金術師がいるのはあの区画か」
街の中で少しだけ盛り上がった区画。
そこは外壁から繋がった壁で仕切られており、その内側からは今も煙が上がっている。
そして遠目にも分かるほどに、立ち並ぶのは豪邸ばかりだ。
「エイゼンシュテインとやらは、この街に随分と力を賭けているようであるな」
「たしかここの錬金術師たちは戦いの道具の発明に重きを置いていて、彼らの発明した物の製造を全てこの街で行うことで、技術の占有をしているみたいです」
「ふむ……異端者として行き場のない錬金術師からすれば、素晴らしい街という訳であるな」
街のあちこちに精錬炉がある理由は、そういう事情があったという事だ。
実際に目で見るのは初めてだったが、なるほどこれは嘘ではないなと頷ける。
「しかし……この街の様子を見る限り、件の者は恐らくあの区画にいるのであろう」
「ロンバウトさんが言っていた、かつての仲間……ですか?」
ルフィア達がこの街に来たのは、ただ近かったから、という理由ではない。
ヴァロータで経験した通り、『
オルレニアは悪魔を真っ向から倒すことができるが、一人では複数の場所で現れるその全てを倒すことはできない。
故に、かつての大戦争でオルレニアと共に戦った仲間を集め、その者たちに悪魔と戦うように要請しようと考えた。
そしてロンバウトの知る限り、最も近くでそれらしい情報を得ることが出来た街が、このプラーミアであったという訳だ。
「我の最も信頼する者たちはアレクセン、イヴリアナを含めて六人。あの二人を除けば、残るは『
街に馴染めんだろう『城壁』と『迷霧』を除けば、ここにいるのは『歌姫』しかあるまい」
オルレニアは思案げに顎に手を翳し、そう言った。
以前悪魔と戦った限りでは、その六人ならば完封できる程度の強さだったそうだ。
改めて人間なのか、と問うと、「イヴが人間に見えたのか?」と返された。
大戦争時代では、人外はそう珍しいものではなかったらしい。
「三つの名で、四人なんですか?」
「歌姫は二人いる。アレは二人が揃う事で力を発揮するのだ」
名前の通り、歌でも歌うのだろうか。
ルフィアも鼻唄を歌うことはあるが、その行為に戦術的な意味があるとは到底思えなかった。
「ところで、その名前は二つ名ですよね。本当の名前はわからないんですか?」
「わかる。だが、この場で口にすることは憚られるな」
オルレニアが周りを見回すと、明らかに周囲の気配が変わった。
当然のように感じていた空気が、二人の会話に注意を向けているものであったと、ルフィアはそこで気付く。
「それは、どうしてですか……?」
「我らは目立つ。余所者の中でも、我らは特に好奇心の的だろう。『
真っ白い少女と、黒い男の組み合わせは、ただ街中を歩いているだけでも目立つ。
なるほど、と自らの髪を弄りながら、ルフィアは目を伏せた。
「気にするな。貴様が悪い訳ではない」
「はい……ですけど、下手に目立つことは避けたいですね」
「ああ、出来る限り無駄な外出は減らすべきであろうな」
オルレニアが言うと、少しばかりルフィアの表情が翳った。
街の観光を楽しむことも目的にあったのだとすれば、仕方のない事だろうが。
少なくとも、この火の粉の舞いそうな街の中に、まともなパン屋があるとは思えない。
ルフィアの期待は、いずれにせよ叶わないものだった。
「……宿を探す。上等な食事を求めるのであれば、そこで存分に探すが良い」
何事を行うにも、やる気というものは大切だ。
それがたとえ欲にまみれたものであろうとも、これから旅を続けるにおいて、楽しみはなくてはならないだろう。
無邪気に笑顔を浮かべるルフィアを見ながら、オルレニアは小さくため息を吐いたのだった。
◎◎◎◎
カランコロンと小さな鐘の音色と共に、宿の扉を開けると、そんな音がする。
中は北の大地ではよくある、大きな暖炉といくつかの長机、厨房を隣に控えた一階の酒場と、二階の客室。
しかし昼食を頼んでみると、ヴァロータではあまり見ない魚料理が出た。
塩漬けにされた鰊をそのまま焼いたものに、ぶどう酒とパン。
魚料理に慣れのないルフィアは最初驚いたように串で突いたりしてみていたが、一口熱々の
オルレニアは少しキツめのぶどう酒が口にあったのだろう。珍しく追加の注文をして。
ウラガーンはルフィア達の懐事情を知ってか知らずか、次々に魚を口にしては変化の乏しい表情で喜びを表した。
「ふぅ……」
そうして昼食が終え、旅の疲れもあるだろうと言うオルレニアの気遣いにより、しばらく自由に街を見て回ることになったルフィアは、満腹の腹を抱えながら騒がしい街中を歩いていた。
プラーミアは事前に持っていた情報の通り、職人たちの集まった街だ。
そこかしこに見える製錬炉は煌々とした光を放ち、道を職人の弟子たちがあわただしく移動する。
その他には、剣呑とした面持ちで歩く傭兵や、恐らくは職人の家族と思われる者たち。遠くから来たのか、聞いたことがない話を披露し駄賃を集める吟遊詩人に、広場で火を使った芸をして周りを湧き立たせる旅芸人。
また、地面には石畳が広がっていて、いかにこの街が重要であるかを表すように、綺麗に舗装が行われていた。
北の大地には無数の街があるが、石畳で舗装している街など、両手で数えられる程度しかないはずだ。
炎で照らされているからか、吹雪が去ったからかはわからないが、随分と賑わっているようにも見えた。
ルフィアはヴァロータを中心として活動してきたが、他の街に移動することはあまりなかった。
だから新しい街に来ると、いろいろなところに目が行ってしまう。
宿で軽く髪に色を付けるなど、目立たないように工夫したおかげで周りからの注目を集めるということもなく、錬金術師たちの住む区画以外は見て回ることが出来た。
「……ふむ、貴様が楽しめたのであれば良かろう。体の調子は問題ないようだな」
宿に帰ってくると、オルレニアは道具の手入れをしながらそう言った。
他人には自由にするように言って、自分は休憩もせずに必要なことをこなしているのだから、とルフィアは苦笑を浮かべてしまう。
「オルレニアさんは休憩しなくていいんですか?ヴァロータにいた時から、ずっと忙しそうですけれど……」
「構わん。寧ろ暇を持て余していた期間が長かった故、この位の方が気も紛れるというものだ」
「そういうものですか……」
「貴様から見ればつまらん事だろうが、道具を弄ることもまた奥深く、不思議な物である。新しい発見があれば、それはまた役に立つ故にな」
そう、怖い顔に貼り付けたような笑みを浮かべる。
つまりは道具を手入れすることが、オルレニアにとっては休憩になる、ということだろう。
ルフィアにはよくわからない事だが、長い間生きると、考えも自然と変わっていくのかもしれない。
「貴様はこの後、何か予定があるのか?」
「いえ、特に何も考えていませんけれど……」
「ならば、色の力の話をするとしよう。説明もまだ終わってはいなかった筈だ」
道具を片付けて、オルレニアはベッドに腰かけた
ヴァロータで聞いた、『色の力』の話。
それは現代ではほとんど知る者がいない、超常的な力を扱う術である。
オルレニアの色は『黒』だと聞いたが、危険と言われるそれを扱えている理由も、その力を得ることになった所以も、結局は聞けずじまいだった。
どうせ時間があるのなら、それについての話をしようという事か。
「そういえば、ウラガーンは?」
「人の街は過ごしにくいと、今は街を出ている。呼べば来るだろうが、放っておいても問題あるまい」
色の力を扱うに当たって、『上位の生物』とやらの協力が必要と聞いていたが、その『上位の生物』であるウラガーンは、どうやら居ないらしい。
どうせならば使ってみたい、と思いつつも、とりあえずルフィアはオルレニアの話を聞くことにする。
「……さて、色の力を得る方法の細かい話はしていなかったか。それから教えるとしよう」
使ってみたい、というルフィアの思いを見抜いてか否か、オルレニアは以前は大まかにしか話さなかった内容について、話し始めた。
「まず、以前にも言ったが、色の力を扱うには、自らよりも上位の生物の力を借りる必要がある。
要は、本来の生物としての理から外れた生物、寿命を持たぬものや、竜や悪魔と云った神話上の生物か」
寿命を持たない、姿が変わる、体の構造的にあり得ない、超常の力を持つもの。
それらをまとめて、現世の理から外れた『上位の生物』と呼ぶ。
そして、色の力を扱うためには、その『上位の生物』の力を借りて、理を脱するか、または『上位の生物』に指示を出せる存在になることが必要だそうだ。
「前者は自らの意思で色の力を扱う故に自由ではあるが、魔術の使いすぎで『魔者』に堕ちることや、実力不足で自らの魔法や魔術で身を滅ぼすことがある。
後者は少し毛色が違うが、確かな信頼を築いている 『上位の生物』がいるのであれば、危険性もなく、実力不足の心配も無かろう」
つまり、ルフィアがヴァロータでウラガーンに魔法を使うように指示をした時、それはルフィアが色の力を使用したということになっていたのだ。
「『上位の生物』の力を借りることで、自らを人の上位へ引き上げる。これが色の力を使う方法だ。
具体的には、『上位の生物』の魔法を受けることが必要となる」
「なるほど……」
ルフィアが頷くと、オルレニアは言葉を続けた。
「そして『上位の生物』になることは、それだけで副次的な効果を持つ。我やアレクセンが、古き大戦よりこの時代まで生きているのはそれが理由だ」
「……不老の、力ですか?」
「正確には寿命が長くなる。我も、アレクセンも、その長い寿命の中で不老になるための魔術を編み出したのだ」
衝撃的な事実だということは、明らかだった。
貴族や王侯の者たちは皆、不老長寿の力を求めている。しかしそんなものはない、と諦めを知ることこそが歴史の中の『当たり前』であった。
しかしこの話を聞く限りならば、上位の生物との繋がりさえ作れば、人は人ならざる寿命を得ることができるというのだ。
「……貴様の言いたい事は分かるが、そもそも上位の生物に出会う事自体が限りなく難しい事である。
大森林の奥深くの秘境、雲を突き抜けた山の頂上、光も届かぬ海の奥底。奴らはそんな場所を好み、尚且つ排他的だ」
「でも、それでもわたしみたいに出会えた人はいるんじゃないですか?」
「出逢ったところで、進化できるとは限らん。半端な人の身では、進化の負担に耐えられず、死ぬ事の方が多い」
オルレニアが言う『上位の生物』になるためには、人並み外れた強靭さが必要だそうだ。
長い時を生き、その過程で強靭な肉体や生命力を得た動物のような丈夫な体がなければ、進化の際に力尽きて命を落とすらしい。
「……かつてより、色の力を扱う者たちは精鋭揃いであった。
今は説明を省くが、生まれた時より『上位の生物』であった五人の『色の王』。一騎当万の『色の騎士』。騎士には劣るが戦況を覆すほどの力を持つ『色の準騎士』。その下に『色の憲兵』、『色使い』。
最低位の『色使い』でさえ、百人隊長の器である。」
時代の流れに埋もれて消えてしまった言葉なのだろう。
恐らく熟練の傭兵であるゲルダンや、貴族であるケビンも知らない言葉だ。
「ルフィアよ。貴様は、昇華に成功する事が出来たならば、努力次第で『色の騎士』に至る才覚を持っている。喜ぶと良い」
喜ぶと良い、と言われたところで、驚きが先行する。
「わたしに、そんな才能があるんですか?」
「ああ。かつてよりアルビノの人間は、極めて高い『白』の資質を持っている。貴様の年齢まで生きていることが珍しい故に、その事を知る者は少ないがな」
この世界で、17歳まで生きることが出来ないというのは、よくある話と言えるだろう。
病や怪我、人攫い、獣害など、理由を挙げればいくらでも出てくるほどだ。
そんな世界で、体の弱く、見た目も奇妙であるアルビノの人間が17歳まで生きることは、非常に難しい。
「貴様に、言うことではなかったか」
もしかして、オルレニアがあれほどまでにルフィアを守っていたのは、『白色の騎士』が今後必要になるから、という理由だろうか。
もしもそうだとすると、少しだけ、悲しく思う。
「どうした?」
「あっ、いえ、なんでもないです」
一瞬だけ感情が顔に出たのだろうか、オルレニアが訝しげにルフィアへ目を向ける。
「気を使う必要はない。話すが良い」
ああ、迂闊だった。
とルフィアは心の中で頭を抱える。
察しがよく、気遣いをできて、何故か自分に優しい。
しかし隠し事や、腹の中まで見抜かれてしまうのはすこし厳しい。
本気で隠せばオルレニアは気を使ってまあいい、と言うのだろうが、それはそれで罪悪感が残り、後味が悪いというものだ。
「あの、色の力の話は気になりますが、それ以上に聞きたい事があるんです」
少しだけ違和感だった。
成長の手助けをすると言ったオルレニアだが、ノーグ商会で見せた焦りようは、ただそれだけの理由だとは思えないほどに激しかった。
「オルレニアさんはどうして、わたしを守るんですか?」
オルレニアの表情に変化はない。
「貴様が傭兵として自立できるまで、その手助けをすると言ったはずだが」
やはり、建前のように感じる。
個人の傭兵として、危ういルフィアではあったが、最悪はゲルダンに頼るという方法があったのだ。
それがわかっていて尚、オルレニアはこうやって理由を述べる。
「本当に、それだけなんですか?」
「ああ。我は自分がした約束は守る」
すぅ、と自然と息を吸い、心の内を外へ出す支度。
「さっきの――わたしが『色の騎士』になる器だから、利用価値があるから、優しくしてくれているんじゃ、ないんですか?」
オルレニアの表情に、驚きが生まれた。
「……なんだと?」
そして呟くように、そう零す。
「だって、オルレニアさんはあまりにもわたしに優しいです。裏があるように、感じてしまいます」
決して殺気や威圧感を覚えたわけではない。
自分が今まで見てきたオルレニアの戦う姿、その殺気を思い出し、思わず体がたじろいでしまう。
「ふむ」
堂々と明言したわけではないが、ルフィアの発言は、オルレニアの信頼を裏切るような行為である。
オルレニアは顎に手をやり、ゆっくりとルフィアと視線を合わせた。
「よくぞ疑った。だが、我が貴様を守る理由は変わらぬ。仮に嘘であったとしても、今の貴様にそれを言う事はできぬだろう」
飴と鞭、というのはまさにこの事をいうのだろう。
しばらくオルレニアと共にいたルフィアは、彼にほとんど心を許してしまっていた。
それ故に、彼に褒められることには少なからず喜びを覚えてしまう。
だが最初の褒め言葉のあとに続いたのは、ルフィアにとって厳しい言葉であった。
「今のわたしには、教えられない……とは?」
「嘘であれば、の話である。我が貴様を守る理由は言った通りだ」
これ以上は聞き出せない。
そう、これまでの経験で理解している。
恐らくオルレニアは嘘を吐いている。
でなければ、仮になどと言う言葉は使わない筈だ。
「さて、それだけか?」
淡々と問うオルレニアに、ルフィアは言葉を詰まらせた。
「……いつか、話してくれると信じています」
数泊置いて口から出た言葉に、オルレニアは静かに頷いた。
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