第24話
「食事中に失礼する」
暖色に満たされた食堂で食事をしていたルフィアとオルレニアのもとに、そんな言葉とともに一枚の手紙が届けられた。
便箋には蝋によって封がされており、それを見たオルレニアは眉間に皺を寄せつつ、躊躇いなく腰からナイフを抜くと、それを開く。
「どうしました?」
その内容を見て、つまらんとばかりにため息を吐いたオルレニアを見て、ルフィアが小首をかしげた。
するとオルレニアは、無言でそれを卓上に置いた。
「教会からの呼び出しだ。それも、司教の印付きである」
悪魔を討った男に話がある、と、手紙にはそんな旨が書かれてある。
最後には丁寧に司教の印まで押されており、この手紙の重要性を表していた。
ルフィアは教会からの手紙を見たのは初めてだが、司教の印とは、そう簡単に使われるものではないはずだ。
「よもや司教まで出てこようとはな。あの『化物』、それほどまでに厄介な手合いであったか」
「オルレニアさんは、教会がきらいなんですか?」
みるからに面倒くさそうな顔をするオルレニアに、ルフィアは白く濁ったスープを口にしながら問いかける。
「好き嫌いの問題ではない。奴らが絡むと碌な事が起きん」
経験の豊富なオルレニアが言うと、それだけでなるほどと頷いてしまいそうな説得力がある。
たしかに教会関連でいい噂は聞いたことがないな、とルフィアは思うが、強大な組織になるためにはなんらかの方法で世の中に利益をもたらしている筈なのだ。
「だが、呼ばれたのならば仕方あるまい。明日の内に行くとしよう」
行動が早いのは、身持ちの軽い個人の傭兵らしい。
教会もそうとわかって手紙を寄越したはずなのだから、お互いにとってそのほうが都合が良いだろう。
「そうだな……ルフィア、貴様も来るがいい」
そしてオルレニアは、片手に握ったライ麦の黒パンをかじり。
さも当然というようにルフィアの目を丸くするような一言を放ったのであった。
◎◎◎◎
流れていく木々を横目に、ルフィアは涙目で悲痛な声を上げる。
地面に足が付いていない、ぐらぐらとした不安定な感覚がどうしても気持ち悪い。
馬が躓いて投げ出されるのではないか、急に曲がられて振り落とされるのではないか。
そんなことばかりが頭に浮かんで離れない。
「我が呼ばれたということは、連れである貴様も聞いておくべき話であろう。
場合によっては戦いになるやもしれんが、そうなれば尚更貴様を遠くには置いておけん」
どうして、と溢したルフィアに、オルレニアはそう答えた。
その時はルフィアもまあいいかと頷いたものだが、翌日になってはじめて、馬に乗るという事実を突きつけられたのだ。
教会に行くことも、そこで戦闘になることも、まだ良い。
ただ、出来ることなら馬には乗りたくなかった。
「もう少しの辛抱だ」
オルレニアの言葉に、ルフィアはほんの少しだけ顔を上げて前を見た。
木々が後ろへ流れていく光景を見ながら、そこが以前ルフィアが入ることを諦めた針葉樹の森だと理解する。
大吹雪のような結界もなく、どうやら今回は簡単に通してくれるらしい。
「ああ、今のうちに言っておくが、以前は教会の者たちと戦闘になった。我一人でなんとか出来るとは思うが、気をつけるが良い」
そして想定外の言葉に、思わず絶句した。
場合によっては、などという話ではない。
初めから戦うことが決まっていたのではないか。
深く追求しなかった自分も悪いが、完全にオルレニアの思惑の内である。
「……抜けるぞ」
続けてオルレニアが言うと、ルフィアはしぶしぶ腰に帯びた剣へ手を伸ばし、いつでも抜けるようにとその柄へ指を掛けた。
一瞬。
空気感が変化し、目の前に巨大な聖堂が現れる。
「っ……!!」
そして感じる、無数の敵意。
八人ほどだろうか。
全身を銀色に輝く鎧で覆った騎士たちが、ルフィアたちを牽制するように囲み込んでいた。
気配だけでわかるほどに、全員が手練れだ。
「随分と手荒い歓迎であるな」
そんな騎士たちを前にして、オルレニアはゆっくりと馬の歩みを止めて、地面に足を着く。
騎士たちはもちろんルフィアへの警戒を薄くして、オルレニアに集中した。
「しかし、我に話があるのではなかったのか?」
困惑を露わにしながら、言葉を紡ぐ。
一歩踏み出すと、完全にルフィアへの警戒が外れ、全ての意識がオルレニアに向けられる。
それほどに警戒しているということは、ここにいる騎士達はオルレニアの強さを知っている者達ということだ。
「……問答をする気は無い、とでも言いたげだな」
オルレニアの鋭い目が一人の騎士を見据える。
同時に、ルフィアも地面に降りると剣を抜いた。
僅かに騎士達の注意がルフィアに逸れるが、眼中にすらないというようにオルレニアへの警戒は外れない。
しばらくその状態のまま、それぞれの動きが固まっていると、唐突にオルレニアの視線に射止められていた一人の騎士が槍を構えて動いた。
威圧感に耐え切れず、オルレニアへ攻撃しようとしたのだ。
「ふん」
剣すら抜かず、オルレニアは槍に対して徒手で構えた。
それでもルフィアにはその先が見える。
騎士が槍を奪われ、敗北する姿――
「やめたまえ」
次の瞬間、その場に響いた声に騎士の動きが止まり、ルフィアもびくりと身をすくめた。
オルレニアは険しい表情のまま声の主へ目をやり、他の騎士達は慌てて道を作るように並び、跪く。
「……貴様が司教か?」
視線の先に立つのは、白と銀の糸で編まれた長いローブを羽織り、老いを感じさせる白髪を後頭部で一纏めにした、荘厳な男だった。
右手には長い杖を持ち、その青色の瞳には落ち着いた光を浮かべている。
「はい。私がこの聖堂、及びこの辺りの教徒を纏めている司教です」
司教は丁寧な態度でオルレニアにそう言うと、ちらとルフィアへ小さく会釈する。
オルレニアの側に寄りながらルフィアも会釈を返すと、司教はその顔に少しだけ笑みを浮かべた。
「貴様が呼んでいると聞いた。この、唯の傭兵である我を」
相手は司教だというのに、オルレニアの態度は変わらない。
無礼とも言えるほどに、騎士達に向ける敵意に等しい気配だ。
「ええ、私が呼びました。『悪魔』を圧倒したという、あなたを」
そして司教も、正面からその殺気を受けながらも、小さく笑みを浮かべてオルレニアと視線を交わし続ける。
しばらくしてオルレニアが剣を収めると、司教もまた、笑みを消して目を伏せた。
「……案内せよ。話を聞こう」
「感謝を。お前達、下がって良いぞ」
司教の指示で騎士達が去り、オルレニアは堂々と司教の元へ歩いていく。
「ルフィア、貴様も付いて来るがよい」
自分も行って良いのだろうかと右往左往していたルフィアは、オルレニアの言葉を聞いて小走りでその背を追う。
「では、中の方で話をしましょう」
司教はそう言うと、聖堂の中へと進んで行った。
◎◎◎◎
聖堂とはいえ、森の中に建っているのでは大した物ではないだろうと、
そう考えていたルフィアの考えは中に入った瞬間に塗り替えられた。
聖堂の各所で火を灯しているのは、無数の蝋燭。
礼拝堂には見上げるほどの女神像があり、巨大な暖炉から伸びた管が全ての部屋に繋がっていて、聖堂内は一定の温度に保たれている。
さすがは教会というべきか。
「ここが、貴様の私室か?」
「申し訳ない。どうにも豪奢なのは性に合わんのです」
しかしそんな他の場所に比べて、司教の私室だけは質素な物だった。
小さな寝床と、椅子と机。
灯りに蝋燭を使う等のことはしているが、それ以外はまるで宿の一室のようである。
「いや、こちらの方が落ち着いて話せよう」
司教が長机を置き、椅子を並べる。
オルレニアの言葉に、ルフィアも力強く頷いた。
「そう言って頂けるとありがたい。どうにも部下達に心配されているものでして」
「上に立つ者が自分達と同じ扱いでは、落ち着かん物だ」
オルレニアとルフィアが席に着くと、苦笑と共に司教も向かい合うように腰を下ろした。
とても噂に聞く『私腹を肥やす悪い司教』という雰囲気はしない。
どちらかと言えば、度々物語に登場する賢者のようだ。
「……さて、早速だが話とは何だ」
少し間を置いて、オルレニアがそう問うた。
余計な言葉はもう済んだと、司教も顔から笑みを消して視線を交わす。
「我々教会は今回のあなたの行動をなかった事にする所存です。
あなたが教会の者に傷を負わせた事も、あなたが悪魔を倒したという事も」
その功績の代わりに、罪を不問にしてやる。
恐らく教会は、自分たちが悪魔を倒したと公言することで力をつけるつもりだろう。
幸か不幸か、悪魔の姿を見た者は一定数いる。
その者たちの話が広まれば、それを倒した教会への信頼も厚くなるという訳だ。
「私としては、これでも等価ではないと思ったのですが、ね」
その点でいうならばこの司教は、教会の中ではかなりの変わった考えを持っているらしい。
「教会から干渉して来ないというだけで充分だ。我らの存在を抹消してからその功績だけを奪いに来るかと思っていたのだがな」
「そのような意見もありました。ですが、あなたがいなければここに居る者たちは全滅していたでしょうから。それはあまりにも、酷い話だ」
それに、と司教は言葉を続ける。
「あなたを消すには、こちらも痛手を覚悟しなければなりませぬ」
想像以上に、この司教は観察眼が優れているらしい。
教会から干渉しないという条件を取り付けさせたのは、彼で間違いないだろう。
「元より、やられるつもりは無いがな」
皮肉げに口端を吊りあげるオルレニアに、司教はピクリと眉尻を動かした。
内心、穏やかでは無さそうだ。
司教はオルレニアの強さを知っている様だが、それがどの程度かはまだ分かっていないらしい。
「……話は変わりますが、あなた方はあの悪魔がどういった存在かは理解しておりますかな」
ふと、司教が軽く咳払いをして、そう言葉を紡いだ。
悪魔の正体は、ユーリの体に潜んだ『黒』の力だとロンバウトたちは言っていた。
それが抑えきれなくなり、ユーリの体を支配して『魔者』と化したのだ、と。
「ある程度、だが確信出来るほどでは無い」
「そうでしたか。良かった、私の情報が役に立つ」
少し安心したとばかりに表情を緩ませる司教だが、どこまでが本当の表情なのかと疑ってしまう。
自分が直接会話をする立場でなくて良かったと、ルフィアは思った。
「あの悪魔が、人間の内側に潜む『色の力』、その『黒』だという事はご存知ですかな?」
「ああ」
オルレニアは淡々と応えているが、ルフィアは小さく驚いていた。
『色の力』のことを、この司教は知っているのだ。
「あの悪魔の核となった者が、なぜそれ程までに『黒』を溜め込んでいたのか。その事については?」
「調査中と聞いているが……あまり良い報告は聞けんだろう」
穏やかな物腰とは裏腹に、司教は詮索するように問いを続ける。
迷いなく答えていくオルレニアは相手の口に乗せられているように見えるが、今までオルレニアを見て来た限りでは、そう簡単に相手の調子に呑み込まれはしない筈だ。
「ではそこから話をしましょう。
先に明かしておきますと、悪魔の核となった男は、『
「『
「ええ。我ら教会が追っている――『黒』の信奉者達の総称です」
ほう、とオルレニアが関心を零す。
司教の、意外に鋭い目が動いた。
「奴らが各地で活動を始めてから、我らは久しく口にされることのなかった『悪魔』という言葉を用いる事となりました。
教会が絵画として遺している『悪魔』の絵と類似した姿の化け物が現れ始めたのです」
確かに、あれはまさしく悪魔の姿をしていた。
黒山羊の頭に、鋭い牙。
蝙蝠の翼を背中に持ち、人の体。
思えばここに来るまでの会話でも、あの化け物の事は皆『悪魔』と呼んでいた。
教会がそう呼称するならば、間違いなくアレは『悪魔』という名で世界に広まることだろう。
「そうか。つまり其奴らが、あの男に『黒』を植え付けたのだな」
「そういう事になりますな。
奴らは欲が強い者に接触し、時間をかけて『黒』を浸食させた後、『魔者』――いえ、『悪魔』として発現させている」
欲が強い、という言葉はまさにユーリに当てはまる。
彼は自らの足で旅商人として活動し、僅か数年でヴァロータに商店を構えた。
朝、日が昇るのと同時に開店し、草木と共に眠りに就く。
そうしてできる限り時間を削ってまで金を稼いでいた彼は『崩れた色彩』にとって、打ってつけの人間だったのだろう。
「そして『悪魔』が現れた場合の被害は、ご理解頂いているかと」
今回『悪魔』が出現した時の被害は、オルレニア達の尽力で軽微で収まった。
だがもし、あの化け物を斃せる者が街にいなかったのならば、きっとその被害は尋常では無いものとなっていた筈だ。
「教会も出来る限り対応をしてはいるのですが……」
司教の声音が陰る。
きっと、村程度の集落はいくつも消えている。
それで、救えなかった命も多いだろう。
戦える力を持ちながら、救えない。
その苦しさを、ルフィアは知っている。
「成る程、貴様が我を呼んだ理由はそういう事か」
「……?」
今の話の中に、理由の説明などあっただろうか。
得心したとばかりに言い放つオルレニアへ、ルフィアは小首を傾げる。
オルレニアは眉間に皺を寄せて、司教を睨め付けていた。
「我に『悪魔』を狩れと言うのだな」
「……その通りに、ございます」
なるほど、と頭を下げる司教を見て思う。
あの『悪魔』は一般の兵士が束になってかかった所で、まるで勝てる敵ではないだろう。
事実、傭兵団長やウラガーンという精鋭に、十人程度の傭兵と冒険者がいたにも関わらず、敗北を喫しているのだ。
教会がいかに強大だとしても、対応が間に合わなくなる筈だ。
そこに、それをたった一人で一方的に狩る男が現れた。
教会が欲しがるのは当然だろう。
「して、それは教会に従い、教会の下で戦えということか?」
その声は、今までルフィアが聞いてきたオルレニアの声の中で、最も忌々しげで、気怠げで、鬱陶しそうだった。
司教がわずかに息を呑む。
ここで言葉を間違えたなら、オルレニアからの協力は得られない。
「……私としては、あなた方の行動を邪魔するようなことはしたくない。これは我らが求める、一方的な願い事。
あなた方には自由に動いていただき、もしもその途中に悪魔が現れた場合のみ、全面的な協力を要求したいのです」
真っ直ぐに司教を貫く、オルレニアの視線。
司教は言葉を終えると、その視線に向き合った。
蝋燭の炎が揺れ、外を動く騎士たちの足音がかすかに響く。
司教とオルレニアの間で、見えない力が働いているようにすら見える、そんな時間が過ぎていく。
これは交渉だ。
それも、これからの教会の動きを変化させるほどの大きなものだ。
部屋を満たす緊張感に、ルフィアの手が震えた瞬間、司教が目を見開いた。
「これは、失礼……」
「はっ、ようやく気付きおったか」
司教のそんな様子を見て、オルレニアがそう溢した。
そして、ため息混じりに微笑する。
「貴様らが頼むべきは、『黒』である我ではない。我の隣に居る『白』のルフィアだ」
突然名を出されたルフィアは、驚き、うろたえる。
しかしオルレニアはそれを気にする素振りも見せず、上機嫌に口を開き、続ける。
「『悪魔』は『魔者』に近しい存在であろう。であれば、その本質は『黒』だ」
そして、『黒』を斃せるのは『白』である。
オルレニアが話す内容は、ただの人の会話ではない。
『色の力』を理解し、それについて深い知識を持つ者に対する内容である。
司教はそんなオルレニアの口ぶりに、苦笑を以って応じた。
「でしたな……私は、どうやら視野が狭くなっていた様です」
「貴様の内心もわからん事は無いがな。それで、先の言葉はどうする」
苦笑する司教に、オルレニアはそう問い、嗤う。
この会話の主導権は、完全にオルレニアが握ってしまった。
「改めて、そちらのお嬢さんに頼み込むとしましょう」
妙な見栄を張らないところも、教会の者らしくない。
ルフィアに向き直ると、司教はオルレニアに向けていたそれを同じ視線で、ルフィアを貫いた。
「先の内容で、あなたにこの依頼を受けて頂きたい。『白』の傭兵殿」
オルレニアほどの威圧感も、鋭さも無い。
だがその真摯で直線的な眼は、ルフィアを緊張させるに充分だった。
「は――」
はい、と言いかけて、隣のオルレニアを見る。
試すような視線。
上手くやれ、と言っている。
「――報酬は」
「ほう」
紡いだ言葉に、司教が感心の声を上げた。
「報酬は、あるのですか?私たちに頼み込んだ、この危険な行為を行うに見合うほどの」
ちらりと視線を隣にやると、オルレニアがほんのすこしだけ口角を上げている。
及第点、という程度だろう。
「我々から干渉しない、というだけでは不満ですかな?」
「それはこちらのオルレニアさんが、そちらに手を出さない事への対価です。
わたしたちは傭兵、金で動き、金に命を賭して戦う兵士。剣に誓って、報酬はいただかねばなりません」
貰えることを期待してはいけない。
この状況で下手に出ては、会話の主導権を奪われてしまうからだ。
ゆえに、いただく、と断言しなければならない。
そして司教もきっと、その言葉を予想していたのだろう。
感心の表情を、正しく教会の者としての表情へと変化させた。
「良いでしょう。報酬は支払います」
まずは、言質。
しかし、と続ける言葉を警戒する。
「それはあなた方が『悪魔』を狩った場合のみとしますが、よろしいですかな?」
「ええ。それ以上を求めるには、相手が悪いので」
想像以上にこの司教が謙虚でよかった。
この司教は下から伺うように声をかけてくるが、そこにあるのは教会の権威だ。
求めすぎては、こちらにも相手にも、不味いことになる。
「『悪魔』を倒したという証明は、どのように行えば?」
「奴らは核である人間を破壊されると霧散しますが、奴らの持つ『黒』はしばらく残留します。それをこの石に吸い取り、教会の者に見せてくだされば」
言いながら、司教は透明な宝石を懐から出して、コトリと机に転がした。
都合のいい石があったものだ、とは思うが、教会もそれだけこの件に関わってきたということだろう。
「それでは、その様に」
「はい。よろしくお願いします」
差し出された手を取って、契約は成立する。
ルフィアは司教の手を握ると、その手が剣を握り慣れている手だと気付いた。
それも握り方の癖からして、かなりの使い手である。
驚きを顔にすると、司教は声が出そうなほど大きく微笑んだ。
「私は今でこそ、この地位にありますが、もともとは教会などなんぞ関係のない冒険者でした。その時の名残ですな」
「……道理で、教会らしくない考え方だと思いました」
「よく言われます。ほかの司教たちは、神に捧げるための金品を必死に集めておりますからね」
もちろん捧げるのは、自分という至上の神に、である。
教会が腐敗しているというのは、噂だけではないらしい。
「ああ、そうだ。この場合、オルレニア殿は協力していただけるのですかな?」
ふと、思い出したかのように司教はオルレニアにそう聞いた。
ルフィアだけでは心許ない、と言うわけではないだろう。
純粋に、悪魔を一人で斃せるオルレニアの存在は大きいのだ。
するとオルレニアは、考えるように顎に手をやった。
「……我は、『黒の王』を探している」
そして、低い声で、よく響く声で、そう言った。
「かつて我が逃した、『黒』を生み出す災厄だ」
司教もルフィアも――それぞれ違う意味ではあるが――目を見開いて驚いた。
司教は、その存在に。
ルフィアは、オルレニアが逃したというその事実に。
「此度の騒動、及び貴様の話を聞く限り、恐らく『崩れた
腰に掛けた剣の柄をカツンと弾いて。
「奴らの動向を、貴様らの知る限りすべて教えるが良い。それが、我が貴様らに協力する条件だ」
教会の司教に威圧感を浴びせかけながら条件を突き付けるなど、この世界でどれほどの者ができるだろうか。
オルレニアはそれに見合う強さを持っているとは思うが、それでも唯の傭兵なのだ。
「わかりました。我ら――いえ、この場では私の持つ限りの情報しか用意できませんが、全てを貴方にお教えしましょう。
『黒の王』の情報も含めて、貴方という存在にはそれほどの価値がある」
しかし迷う素振りもなしに、司教はそれを受諾した。
もともと迷う必要もなかったのだろう。
この司教は、人々を『悪魔』から救うために動いているのだから。
「では、後ほどノーグ商会宛に全ての資料の写しを送ります。
この度は我ら教会の要請を受諾していただき、本当に、感謝致します」
全く、調子が狂ってしまう。
頭を下げる司教を見ながら、ルフィアはそんな感想を抱いた。
上に立つ者はすこし尊大なほうがいい、という言葉がよく理解できるというものだ。
「ようやく、か」
部屋から出ると、途端に外の音が大きくなった。
その中でオルレニアが小さく呟いた言葉が、耳に入り込む。
ようやく?
しかしそう問いを投げかける間も無いまま、オルレニアは司教に付いて進んで行く。
ルフィアは小さな疑問を胸に抱いたまま、再び馬を目にしてため息を吐くのであった。
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