第22話

「彼と、少々話をしていたんだ。今回の件は人の常識で判断できないことが多かったからね」


 なぜケビンがここに居るのか。


 そう疑問を呈したルフィアに、来客用の椅子に座り込んだケビンはそう言って、山積みにした書類をイヴに運ばせ、机に突っ伏して休憩するロンバウトを指した。

 以前に見た時とはまるで別人だが、あの時は変装していたのだろうか。


「まず何よりも、あの『悪魔』のような化け物の件が難題だった」


 悪魔が現れた次の日、悪魔と戦っていた者の中にノーグ商会の雇っていた傭兵が混じっていたのがヴァロータに知られ、悪魔に関する情報の提供を求められたのだ。


 ロンバウトはもちろん 何も知らない と言い通したのだが、ロンバウト本人が避難誘導を行っていた事もあり、その栄誉を讃えるやらなんやら、と結局は仕事を増やす羽目になったのだと。


 それについて責任があるケビンは、悪魔が消えてから今までロンバウトの手伝いをしていたと言った。


「ヴァロータも信用に関わる問題だ。あの『悪魔』が何者なのか、どこから来たのか、そんな事を調べているうちに、近頃ノーグ商会付近で問題が起きていることを突き止めてきたのさ。

 なんとか誤魔化すことは出来たのだけれども、二度とああいった問答は勘弁したい物だね」


『色の力』のことは、世間に広まらないようにしなければならない。


 その存在が周知になってしまえば、強大な力を持った者達はいずれ戦争を起こす。

 それはかつての大戦争を再び始めようという事に他ならないからだ。


『色の力』を知る者の中で、この事は共通認識だと言う。


「そういえば、その『悪魔』と呼んでいる化け物は結局何だったんですか?」


 ふとルフィアが、そう声を上げた。


 ユーリの中に潜んでいたのか、それともアレがユーリだったのか。

『色の力』関係の存在だとしても、今なら理解できる。


「それについては、僕もロンバウトに尋ねてみたんだ」


 ある程度の予測は着けていたのだけれど、ね。


 ケビンはそう言うと眉間に皺を寄せた。


「アレは、ユーリの内側に蓄積された『黒』の色が彼を支配し、その体を乗っ取って自我を持ったいうことらしい」

「……?色が、自我を?」

「ああ。『黒』を持った人間と長期的に関係を持っていたせいで、気が付かないうちに体を蝕まれていたみたいだ。

 彼は自分が『魔者』になっていたことに気づかないまま日々を過ごし、ついには害意に呑み込まれて化け物になったんだと思う」

「え……」


 それは、とても恐ろしいことではないか。


 ただ人と触れ合うだけで、あんな化け物になってしまうと言うならば、それはもう人には抗えない現象である。


 思わず絶句したルフィアに、しかしケビンは話を続けた。


「本来なら、そう簡単に人は『魔者』にはならないさ。ユーリが特別『黒』の強い人物と関わっていたんだろう」

「そう、なんですか」

「どうやらアレは他の人間にも侵食するみたいでね。……ああなった者はただの化け物だ。気に病む必要はないよ」


 俯きがちになるルフィアを見て、ケビンは励ますように声を掛けた。


 ユーリの自業自得、という訳でもない。

 ルフィアはユーリの事が嫌いではあったが、どうにも心が晴れないのは、なぜだろう。


 暗い気持ちから目を背けるために、顔を上げる。


「そういえば、」


 そして、視線をケビンの隣に向け、口を開いた。


「そちらの方は?」


 ルフィアの視線の先。

 ケビンが座るすぐ側に、一人の女性が座っていた。


 長い銀髪、閉じられた瞳。


 薄い青色のドレスに身を包み、静かに佇む女性の存在は、初めから気にしていたことである。


「ああ、そうだった。紹介が遅れたね。シルヴィア、彼女がルフィアさんだ」


 言われて、はっとした様子でケビンはそう言った。

 シルヴィアと呼ばれた女性が、目を閉じたままルフィアの方へ顔を向け、微笑む。


「あなたがルフィア様でしたか。わたしは、シルヴィアともうします。

 ケビン様がすみません。この人、口が下手なもので……」


 静かで、透明感を感じる美しい声。


 シルヴィアという女性は、申し訳なさそうに眉を八の字にした。

 その内容に、隣のケビンは苦笑するばかり。商談のような事柄は得意でも、励ましたりするのは苦手なようだ。


「そしてもうひとつ、謝罪を」


 さらにシルヴィアは一拍置いて、深く頭を下げた。


「今回の件について、ケビン様がこのような事をしたのは、あの『悪魔』に人質として囚われたわたしを救うため。

 その結果、あなたがたにとても迷惑をかけてしまいました。

 誰が悪いと言うものではない、とケビン様には言われましたが、原因の一端はわたしにあります」


 そうだったのか、とロンバウトに目を向けると、その背後に立つイヴが小さく頷いていた。

 深く深く頭を下げるシルヴィアを見て、ルフィアは思わず口を開く。


「えっと、シルヴィアさん。今回の件は依頼を受けたわたし達にも非があります。

 わたし達は傭兵です。傭い主のために傭われ、死すら厭わずその願いを叶えることが仕事なんです。

 ……なので、その謝罪は受けられません。ごめんなさい」


 たとえ自らが危機に瀕しても、それが傭い主の願いならば叶えよう。

 それがルフィアの中での、傭兵が持つ誇りであった。


 国が抱える騎士や兵ではない。

 身元を保証するものは無く、それになること自体に条件など無い。


 時には賊のように扱われ、誇りすらない者と嘲られる。


 それでもそのたった一つの信念を突き通す、それがルフィアが求める傭兵の姿であった。


 その事を口にすると、シルヴィアがゆっくりと貴族らしい流れるような動作で顔を上げる。


「……失礼いたしました。では謝罪ではなく、あなたの仕事ぶりに感謝を」


 今度は頭を下げずに、薄っすらと目を開けて優しく労うような一言を。


 シルヴィアはケビンよりも随分と貴族らしく、柔らかな性格をしているようだった。


「さて……それで、君をここに呼んだのは、今回の依頼についての報酬のことだ」


 少し間を空けて、ケビンは小さく咳払いすると話を切り出した。

 ようやく本題、という事なのだろう。


「結論から言うと、報酬は支払う。

 元々この依頼は『悪魔』の要望を叶えるためにした物だけど、君たちはその根本的な問題を解決してくれたからね。

 依頼の報酬と言って良いかは分からないが、支払う事は確約するよ」


 ケビンはそう言いながら、シルヴィアから一枚の羊皮紙を受け取り、ルフィアの前に広げた。


 それは少し前に依頼を受けたときの契約書だった。

 依頼内容とその報酬、それぞれの同意を示す印が書かれている。


「この契約書の通りなら、報酬は銀貨百四十枚。仕事の結果によっては上乗せを認める、そんな内容だ」


 ケビンが口にする内容に、ルフィアは首肯する。


 銀貨百四十枚という報酬は、今までルフィアが受け取ってきた賃金の概念を覆すほどの大金だが、オルレニアはさらに報酬の上乗せを要求したのだ。

 その時、ルフィアは相手が貴族だという事を考えていなかった。


 一つ、大事な経験を得た出来事である。


「それで上乗せ分の話だが」


 言いながらケビンは羽ペンに黒いインクを付けて、銀貨百四十枚という文字に線を引き、すらすらと綺麗な文字をその下に書く。


「……?」


 ルフィアは文字を読む事は出来るが、少し時間がかかる。


 ゆっくりと目を通してその内容を見たルフィアは、思わず自らの目を疑った。


 ”君達の良心に期待する”


 数字ですら無いその言葉の意味。


 それはつまり――


「言い値、ですか……!?」


 その問いに対して、ケビンはにこやかに笑い頷いた。


 次の瞬間、ルフィアが言葉を失ったのは言うまでも無い。


「オルレニア殿と存分に話をして、決めてくれ」


 これが僕らの、最大限の感謝だ。


 春が近付く頃の暖かな光は身も心も暖める。

 どうやら目の前の春は、ルフィアの懐までも暖めようとしているようだった。





 ◎◎◎◎






「ふむ。それでどうするのか、という話か」


 ケビン達との話を終え、再びイヴの案内でオルレニアのいる部屋を訪ねたルフィアは、開口一番に報酬についての話を伝えた。


 さすがのオルレニアも予想外だったのだろう。


 僅かに驚きを見せた後しばらく黙り込み、そしてこの言葉を口にした。


「オルレニアさんなら、どうしますか?」


 言い値、とは言ったもののルフィアの思考はやはり貧乏であり、銀貨百四十枚で充分だという考えまであった。

 しかしそれでは流石に勿体ないだろうと、オルレニアに意見を求めたのだ。


「我ならば元値の二倍か、三倍であろうな」


 するとオルレニアはさして迷うことなく、そう言った。


 二倍ならば二百八十枚。三倍ならば、四百二十枚。

 四百二十枚というと、金貨に直して十四枚。


 それはルフィアの三年分の生活費に近い額である。


「そ、そんなに……ですか?」

「むしろ、何を躊躇っておるのだ」


 言い値とは言ったがそれほどに要求して良いのか、と考えたルフィアに対して、オルレニアは当然とばかりに言う。


「奴が百四十枚から言い値に変えたという事は、そういう事だ」


 どういうこと?


 と間髪入れずに首を傾げたルフィアを見て眉間に皺を寄せつつ、オルレニアはため息を吐く。


「二倍でも三倍でも、払ってみせるという事だ。だが”良心に期待する”、十倍二十倍は払えないと言っているのだろう」


 改めて、経験の差を思い知った。


 オルレニアはたった今話に聞いただけだというのに、まるでケビンと対面で話をしたかのような淀みなさで今の結論を導き出したのだ。


 ルフィアはオルレニアの過去の事をほとんど知らないが、今回の様な事案の経験があるのかもしれない。


「しかし、言い値とはな」


 ルフィアが感心していると、ふとオルレニアが驚きを含んだ声を漏らした。


「我も長い間傭兵をしてきたが、言い値で払うと言った馬鹿者はまるで聞いた事がない。……ケビンは随分と、変わり者の様だ」


 そして今度こそ、空いた口が塞がらないという物だ。

 先のルフィアの予測の一切を裏切り、オルレニアはルフィアへ小さく微笑んだ。


 まさに経験の為せる技。


 オルレニアは様々な経験から、今までに無かった事案についての予測を着けたのだ。


「さて、二倍は奴の予想通りであろうからな。三倍程度は要求させて貰うとしよう」


 固まるルフィアをよそに、そんな事まで言っているのだから敵わない。


 オルレニアが立ち上がると、ルフィアも外套を羽織り、その背を追う。

 扉を開けたオルレニアは迷いなく歩き出し、どうやらこの複雑な商会の通路をも既に憶えている様だった。




 ◎◎◎◎



「二人合わせて、金貨二十八枚。その内二十枚はノーグ商会に預ける、という事で良いんだね」

「うむ」

「はい」


 元値の三倍を希望すると、ケビンは苦笑したが、無事支払うことを約束した。


 しかしこの場ですぐに、とは流石に行かず、二日後にルフィア達の元へ届ける事となる。


 仕事柄大金を持ち歩くのが厳しいと言うと、ロンバウトがノーグ商会で預かる旨を口にした。


「では、これで僕からの依頼を達成とする」


 そしてそう締めくくると、ケビンは少しだけバツの悪そうな顔をする。

 それから、ルフィア達に向かって頭を下げた。


「……本当に、ありがとう」


 本来ならば、貴族は簡単に頭を下げてはならない。


 ましてや木っ端の傭兵に下げることなど、まるであり得ない事である。

 しかしケビンは――少なくともその顔が見えなくなる程度には――頭を下げた。


 そこに込められた思いは、計り知れない。


「これから何か力になれる事があれば、ノーグ商会をにこれを見せて、連絡を寄越してくれ。シルヴィアに害が及ばない限りは力になれると思う」

「ああ、助かる」


 オルレニアはケビンから小さな印を受け取ると、懐に仕舞った。


 これで契約は終了である。


 これでケビンの依頼は終わり、ルフィアがオルレニアと出会ってから初めての依頼達成となった。

 体は疲れを感じていないのに、ルフィアは肩に乗っていた重石が消えた様な、そんな感覚を覚え、息を吐く。


 そしてそれは傭兵になって初めて依頼を終えた時の感覚と似ていて、少しだけ笑みを浮かべた。


「そういえば話題は変わるけど、君達、手合わせするんだってね。シルヴィアが気にしていたよ」

「まあ、はい……?」


 情報が回るような場所でした話ではなかった筈だが。


 小首を傾げてオルレニアの方を見ると、目を明後日の方へ向けている。


「言ったんですか?」

「……少しな。アレクセンと話をしていたのだが」


 話しながら、オルレニアはケビンを睨む様に視線を移した。


「全く、貴殿の耳はネズミのようであるな」

「僕はただロンバウト殿と世話話をしていただけさ」


 オルレニアの威圧感に気圧されたのか、引きつった笑いを浮かべながら、ケビンはそう答えた。

 ロンバウトの口が軽いのか、それともあえて話したのか。


 オルレニアは大きなため息を吐く。


「シルヴィアさんが見るだけでしたら、別にわたしは構いませんよ?」

「見るというより空気感を楽しむ感じだけど、そう言ってもらえてよかったよ。オルレニアさんも構わないかい?」

「……判断はルフィアに任せている」


 手合わせの何を楽しむのだろうか、と疑問を覚えるが、とりあえず何も言わずにルフィアは了承を口にする。

 続いてオルレニアが頷くと、ケビンはまるで自分のことの様に喜びを顔にした。


「それで、いつするのかは決めているのかな?」


 そしておもむろに、そう問いかけてくる。


「ルフィアの体調も考えて、明日の正午にする予定である」


 するとオルレニアは、一切逡巡する様子もなくそう答えた。


 確かに、体調が完全に戻るにはそれくらいの時間が丁度だといえる。


 そんな話聞いてないんですけど、と思いつつもルフィアは内心で同意する。


「じゃあ、場所は?」

「その為にアレクセンと話をしたのだ。商会の中庭、その一角を使う事になっている」


 いつも数人から十数人の傭兵達が鍛錬をしている場所だ。


 商会にしては珍しく、おあつらえ向きの大きな多目的広場である。

 そこに傭兵達が用意した案山子や弓的などが置かれ、すっかり練兵場のようになっていた。


「本当に君は動くのが早いね。もし決めていないのなら、手を貸そうと思ったんだけど」

「それで恩を売ったと言うのであろう。見え透いた考えはやめておけ」


 ケビンの細められた目と、オルレニアの刺し貫くような視線が合わせられる。


 油断も隙もない、とはまさにこの事だ。


「君たちに借しを作っておけば、役に立つと思ったんだけどね」

「貴族間の問題に関わる積もりはない。契約を外れた今、これ以上余計な事をするならば容赦はせんぞ」


 二人の会話を聞いて、ルフィアは理解した。


 先ほど話をされていない事に不満を覚えたが、そういう訳ではない。

 オルレニアは後でこの話をするつもりだったのだ。


「ああ、君の恐ろしさは知っているからね。これ以上はやめておくよ」


 真正面から強烈な殺気を受けたケビンは、お手上げとばかりに両手を挙げた。


 オルレニアはケビンと違い、罠や謀略を使わずともその首を刎ねれられる。

 本当に諦めたかどうかは別として、この場では手を引く他にないのだろう。


「ではまた明日、正午に中庭で」


 最後にそう言って微笑すると、話は終わったとばかりに立ち上がり、ケビンは部屋を出て行った。



 ◎◎◎◎



「すまんなルフィア。後で言おうと思っていたのだが」

「いえ……大丈夫です」


 ケビンが去ると、オルレニアは苦笑しながらルフィアに声を掛けた。


「今の世は面白い。我の力を知りつつ、それを利用する為に知恵を巡らせる男なぞ、昔は居なかった」


 愉快げに笑うオルレニアは、決してケビンを侮れる相手とは考えていない。

 その目は確かに敵を見る目で、しかし水面上では手を組んで。


 まるで片手にナイフを持って握手してるみたいだ、とルフィアは思う。


「しかし以前貴様がイヴに連れ去れられた時もそうだったが、我は少し弛んでいるのやもしれん」

「弛んで、いる?」

「そうだ。貴様を守る、生かす為に森を出たというのに、我は貴様を危険に晒してばかりであろう?」


 思えば今回の件で、命に関わる出来事は多かった気がする。


 暗殺者がもう少し強ければ、イヴがルフィアの命を狙っていたならば。


 ルフィアはここに居なかったかもしれない。


「故に、少々貴様にまじないを掛けておこうと思う」

「は……?」


 と、オルレニアの手がルフィアの肩を掴み、その体をぐっと引き寄せた。

 頭一つ以上も大きいオルレニアの体に衝突し、ルフィアは小さく悲鳴を上げる。


「軽いな」

「オルレニアさんの力が強いんですっ」


 確かにオルレニアからすればルフィアの身体は軽いだろう。

 しかしだからといって抗議しない訳ではない。

 貧相だ、と遠回しに言われてるように感じたルフィアは、口を尖らせて言った。


「まあ、どちらでも良かろう。取り敢えずその話は後だ」


 それに対して、この反応である。


 ぽん、とルフィアの頭に手を置いて、オルレニアは小さく微笑んだ。


「竜の言葉は些か強すぎる故使えんが、妖精か人か、あるいは古代語か。選ぶが良い」

「……妖精で」

「良かろう」


 オルレニアが頷くと、それを切っ掛けに談話室にふわりと、花の香りが漂う。


「目を閉じろ」


 言葉に抗わず、目を閉じてオルレニアに体を預ける。


 するとすぐに鳥のさえずりが響き、木々の騒めく音が周りを包みこんだ。




「"語るは緑"、"妖精フアソルの音色"」



 複雑な言葉で、命令を下す。

 オルレニアの詠唱が始まった。


 普段は重く響くオルレニアの声が、風に流れるように薄く、周囲を舞う。


「"転がる雫"、"堅き幹の古木ラダ テリエ"」


 目を閉じているのに、情景が浮かんで来る。


 深い森の中で、羽根の生えた小人が飛び交い、朝露の落ちる無数の葉の奥に佇む、巨大な幹。


「"洞窟に潜む影"、"卑しき者"」


 暗い洞穴の奥に、光る赤い瞳。


「"宿り木集う"、"ソーティエの子"」


 洞穴を塞ぐように育った無数のヤドリギ。


「"微睡み"、"手遊び給う森の人よ"」


 くらりと揺れる身体を支えるように、オルレニアの手がルフィアの背を抑える。


「"針無く刺繍を施したまえアケルテ ネ テルエ"」


 最後にくすくす、とルフィアの耳元で少女の笑う声が聞こえ、一気に森の気配が消えた。


「目を開けるが良い」


 普段通りのオルレニアの声が耳に入り、おそるおそる目を開ける。


「ほんの軽い物であるがな。これで危険が近づいた時に、我にその声が届くようになった」


 ぼんやりと身体を緑色が包み込んでいる。

 ルフィアは自分の身体の作用を思い出し、口を開いた。


「今のは『緑』の『魔術』、ですか?」

「そうだ。『緑』は風、植物の力を借りる物であり、『魔術』の中で最も代償が小さな色だ」


 代償、と口にしながら、オルレニアは半分が掛けた銀貨をルフィアに見せた。


「『魔術』は本来自分の『色の力』を捻じ曲げる術だが、対価を支払う事でそこらを漂う『不思議の者たち』の力を借りる事でも使用できる」


 銀貨は綺麗に半分だけが消えている。


 最後に聞こえた笑い声が、オルレニアの言う不思議の者たちなのだろう。


「これは『魔術』とは違う名で、『魔法』と呼ばれる事が多い。覚えておくが良い」


『魔術』は自分の色を変色させて使う物。

『魔法』は対価を支払い、他人に使ってもらう物。


 少し考えて、ルフィアはそう覚える事にした。


「さて、もうすぐ夕食時であろう」


 気がつくと陽がオレンジ色に染まっていた。


 目を覚ましたのが昼頃であった為、少しだけ違和感を覚えつつ、ルフィアは眩しい夕日に目を細くした。


「明日に備えて、ゆっくりと休息を取っておけ」


 そしてオルレニアに言われるがまま、ルフィアは談話室を去ったのであった。





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