第11話


暗闇の中、灯りを持った見張りが数人。


全員が全身鎧を着込み、侵入可能と思わしき方向を見張っている。


一切の油断を感じさせないその者達は、恐らくノーグ商会の雇った傭兵達の中でも精鋭の戦士達なのだろう。


しかし、その内の一人が座り込んだ事に気付かない様では、彼を止めるには役不足だった。


一人の見張りが何やら気配を感じた瞬間、その意識が刈り取られる。


続いて一人、また一人と。


いくら暗闇の中であろうと、幾人もの精鋭を簡単に打ち倒すのは容易ではない筈だろうに。


「クソッ……何が起きてやがる!!」


一人の見張りの男がそう叫んだ。

彼の視界には、一つずつ消えて行く灯火が写っている。

灯火を絶やすなというのが依頼主から伝えられた命令だ。


つまり現状は、異常事態。


(何が起きてるかは知らねえが、とにかく警鐘を鳴らさねえと……嫌な予感がする。)


警鐘はこの商会に四つある。


一つは支部長室、一つは鐘楼、一つは地下牢、最後に円形に配置された見張り達の中心だ。


その警鐘を一つ鳴らせば、それを聞いた者が一斉に集まる。

異常に気付いて走り出してから数十秒が経った。


最寄りの警鐘はもう目前だ。


重い鎧を外せるだけ外して全力で走る。


冷や汗が背中を濡らし、呼吸が早くなり、暗闇の中の未知なる恐怖に、男はかつてないほどの全力疾走を行っていた。


(見えた!)


警鐘が暗闇の中、視界に映った。


男は安堵と焦りを同時に感じながら、剣を鞘ごと引き抜き、警鐘へと投げ付ける。


鐘楼に置かれるほど重い鐘ではない為、剣がぶつかったなら充分な音が鳴り響く筈だった。


「……え?」


見ると、投げた筈の剣が真っ二つになって地面に落ちていた。

警鐘は僅かにも揺れていない。


ならば自ら鳴らせば、と考える事は、男には出来なかった。


「見張りの中で、警鐘へと動いた者は貴様だけだ。誇るが良い。」


剣を鞘ごと、手刀・・で叩き割った男が目の前に立っていたからだ。


チラリと見回すと、十近くあった灯火は全て消え、自分の焦りとは裏腹に、周囲は静まり返っていた。


「ぁ……」


そして、泳がせた視線は元に戻らず。


見張りの傭兵は全滅した。





◎◎◎◎





オルレニアは歩いていた。


仲間を攫った者達の本拠地、いわゆる敵地にて、静かに歩き続けていた。


外の見張りは全員数時間は目覚めない。出会った者は全て昏倒させた。


しかし、問題は敵の数や強さでは無い。


まるで迷路のように複雑に作られたこの商会の建物だ。


「厄介な……」


コン、と隣の壁を叩き、反対側が空洞である事を確認しながら歩く。

時折、音に反応して傭兵達が現れるが、実際何人来ようと敵では無い。


強引な手法を使うのは、時間が無い為だ。

ルフィアの告発は日が昇って数時間後には行われる筈。

それまでにルフィアを発見しなければ状況は不味い事になる。


オルレニアにとって、ケビンがどうなろうと知った事では無いが、旅の連れであり、自らが救おうと思ったルフィアの存在は重要だった。


「ふん……」


誰か捕らえるとすれば、牢屋か監禁部屋か。外観にはそんな場所があるようには見えなかった。


既に建物の半分は歩いた。


察するに、ルフィアが捕らえられているのは地下牢の可能性が高いだろう。


と、背後の曲がり角から一人の気配があらわれた。

丁度良い、と尋問するべくオルレニアは振り返り、同時に突き出された剣を手刀で難なく弾いた。


「……てめえがオルレニアか。どうやら俺の部下達を散々痛めつけてくれた様じゃねえか。」


不意打ちの一撃を弾かれるもすぐさま距離を取り、攻撃を仕掛けた男はそう言って挑戦的な笑みを浮かべた。

対して、オルレニアは興味深げに眉尻を上げる。


「珍しいな。貴様、亜人か。」

「ほお。てめえ、亜人を見たことがあんのか。」

「最後に見たのは数十年程前だがな。」


男の外見――下半身がヤギ、上半身が人間という姿を見て、オルレニアは口角を上げた。

尚、亜人というのは、人と類似する点を持った人外の生物を示す言葉である。


「なら、俺の実力もわかるだろ?」

「ああ、下半身が動物の亜人は優秀な戦士が多い。……先ほどの言葉を聞くに、貴様が傭兵団の長か。」

「当たりだ。部下の仇討ちって訳じゃあねえが、雇い主の命令通り、てめえにはここで死んで貰うぜ。」


下半身がヤギ、それはつまり人間では得る事が出来ない脚力を持っている事にもなる。

かつての戦争でも、亜人は大きな功績を上げている者が多く、実際その戦闘力は人間の数倍とも言われていた。


男は言葉を言い終えた瞬間、地面を蹴り飛ばし、瞬きするよりも早くオルレニアに接近、剣を振るう。


しかしその剣はオルレニアへ届かない。ソッと添えられた手により、その軌道はおよそ狙ったいた場所とは見当違いの方向へと振り抜かれた。

そして剣を振り抜いたならば、当然その脇腹はガラ空きとなる。


そこにオルレニアの掌底が放たれ、男は体を捻って回避しようとして。


錐揉みしながら吹き飛んだ。


「ッ……」

「速いが、まだ足りんな。剣技も速さも人並み以上だが、それだけだ。それでは実につまらんぞ。」


男は何とか体制を立て直し、地面に転がるような無様は見せなかったが脇腹を抑えてオルレニアを睨む。

それを余裕の顔でオルレニアは見下ろし、評価を下す。


「三度だけ我への攻撃を許そう。それで我を殺せなければ、我から攻勢に出る。……今ので、一度目だ。」

「はッ……あんまり気ィ抜いてんなよ。」


そして再び、男が地面を蹴った。


今度は左右上下へ不規則な動きをしながら加速、オルレニアへ右斜め下から剣を振るうフリをして、左腰にさした剣を抜き、左斜め下から一気に振るう。

受け流す事が難しい角度からの攻撃。


オルレニアは今、剣を抜いていない。


貰った。そう男は確信するが――


「なっ……!?」


男が驚愕の声を上げ、地面に打ち伏せられた。


オルレニアは振られた剣に目もくれず、逆に一歩踏み出して男の手首を掴み、男の体を横向きに回転させて地面に叩きつけたのだ。


二度目の攻撃は返された。


「後一回だ。来るが良い。」

「……」


全く危機感を覚えていない顔でオルレニアがそう言うと、男は無言で立ち上がり、大きく距離をとって剣を逆手に構えた。


オルレニアが僅かに目を細めた次の瞬間。


男の一度目の蹴りで床に穴が空いた。


ほとんど同時に二度目の蹴り、一瞬遅れて三度目の蹴りが行われ、異常なる瞬発力で加速を終えた男の体は目で捉えることが不可能なほどの速度でオルレニアへと跳んだ。


そして宙空で更に一回転。


遠心力を利用して、男が放てる限り最速の斬撃が、オルレニアへと放たれる。


相当な手練れであっても、直感で感じ取るのが精一杯な斬撃。

オルレニアの右手が動く。


そして銀閃が走り、真夜中の商会に金属の激しい衝突音が鳴り響いた。


「……良い一撃だ。貴様の本気を見たぞ。」


オルレニアが言うその言葉に返答は無い。


男の剣は砕かれ、その意識は強い衝撃によって刈り取られていた。


オルレニアは男の最速の攻撃が行われる瞬間に剣を抜き、男の持つ剣を砕き、そしてその頭を剣の柄で殴るという三つの行動を行っていたのだ。


「尋問する積もりだったが、仕方あるまい。」


どうやら傭兵達は本当に商会を守る為だけに雇われた様子。


であれば尋問しても有益な情報は得られないだろう、とオルレニアはそう考えながら、再び歩き始めた。


牢獄ともなれば、警備は通常よりも固い。つまりこの真夜中の静寂。鎧の音が多い場所が入り口となる。


ほとんど音を立てずに歩きながら、時折聞こえる小さな音を頼りにオルレニアは右へ左へ進み続けていく。


「む……」


どこかで金属を落とした音が鳴った。


オルレニアが向かっていた場所と寸分違わぬ場所、地下牢への階段の場所が判明した。

そうとなれば、もう静かに行動する必要性はない。


床を蹴り、走り出す。


次の瞬間、耳をつんざくような鋭い音が鳴り、続いてカンカンと鐘が鳴る音が商会内に響き渡る。

各所に取り付けられた物を誰かが鳴らしたのだろうが、既に遅い。遅すぎる。


オルレニアの眼前には、警備兵が数人と、その奥に続く階段。

下へと続いていく大階段へ、オルレニアは突撃した。


「来るぞッ!!」

『応ッ!!』


鏃型の陣形を取った傭兵達の先頭三人の男が盾を構え、その後方に並ぶ数人が短槍を構える。


オルレニアの進行を阻むにはうってつけの陣形だ。


加えて、先頭の三人が持つのは安物の木製の盾ではなく、恐らくノーグ商会から提供されたであろう鉄の盾だ。

簡単には貫けない、重量で押し切るのも難しいだろう。


だからオルレニアは、あえて剣を抜かずに懐へ手を入れる。

そして取り出すのは、火薬の詰まった小さな玉の数々。


それを天井ギリギリに放り投げ、敵の頭上から降らしながらオルレニアは突撃する。


「ぉおっ…なんだ!?」


パァンという音がなり、男達に炸裂した破片が衝突する。

鎧を着ている相手に通じるような物ではないが、声を上げ、視線を泳がせた一瞬の隙は大きい。


オルレニアの接近に対して突き出した短槍の先はブレて、擦りすらしない。

盾を構えた男は床を踏みしめられず、オルレニアの蹴りを受けてよろめき、足払いを受けて盾を奪われる。


盾を持ったオルレニアはそれを短槍を持った男の腕に叩きつけ、武器を落とし、流れるような動作で頭を打って気絶させて行く。


陣形が崩れた男達は上手く連携が出来ず、オルレニアに翻弄されながら僅か数十秒にして全滅した。


「やはり、鎧を着た相手は厄介か。」


オルレニアの使う剣は安物の片手剣だ。


剣の腕によってただ斬るだけなら充分に出来る。

だが、鎧を断つほどの技を使うとなると、剣が耐えきれずに割れてしまうのだ。


しかし、幸いヴァロータは職人が多い街。

この一件が終われば、一本注文するのも悪くは無いだろう。


そんな事を考えながら、オルレニアはランタンの火が薄暗く照らす階段を下へ下へ降り、長く続く石畳の牢獄へと辿り着く。


既に自分は見つかっている。声を上げても問題はない。


「ルフィア!!」


声が反響し、目の前に並ぶ牢屋の中から驚きの声がいくつか洩れるが、ルフィアの物はない。

最奥までとなると聞こえていない可能性もあると、オルレニアは少し歩いた。


「ルフィア!!いるのか!!」


返事は、ない。


「おい!誰だか知らねえがうるせ――」

「黙れ。」


牢屋の中から投げかけられる罵声に対し、適当に殺気を送って無視。

あの少女の事を考えると、この状況で寝ている可能性もある。


もしそうなのであれば間抜けとしか言いようがないが、同時に全ての牢屋を確認しなければならないという問題も起きた。


一つずつ、左右、手前の方から確認して行く。


まるで犯罪を犯していなさそうな痩せ細った気の弱そうな男や、如何にも犯罪者然とした眼帯を着けた大男。

他にも麻薬で頭がおかしくなったであろう女性、まだ二十にも届いていない少年。


ノーグ商会が扱っている奴隷か、それともただの犯罪者か。


そうして探す事数十分。


銀髪の少女といった風に見た目が近しい者は数人いたが、ルフィアは見つからなかった。


既に告発のために動き始めたのか、と一瞬考えるが、ヴァロータは真夜中の門の出入りを禁じている。


それに例えヴァロータの許可が出て門を出たとしても、教会は深夜に近づいて来た者には容赦しないという話だ。


まだ、連れて行かれてはいない。


しかしこの地下牢にいないとなれば、彼女はどこにいるのか。

思えば、黒髪の少女も現れなかった。


ルフィアをどこかへ隠したのか。


だとすればどこに?


「……もしや。」


オルレニアの目に煌々と輝くランタンの火が映り込む。

そして浮かぶ言葉。


商会、怪しい、ルフィアと関係がある。


つい一日前の事を思い出し、オルレニアは走り出した。


小さな店だというのに、オルレニアに一目置かせるほどの品を揃え、やけにオルレニアを警戒し、やけにルフィアに好意的に近付いた者。


ユーリ=フラトコフ。


日は山の背に身を隠しているが、もう時間がない。


潜入の準備の時に道具を購入した店へ、オルレニアは剣を抜き、躊躇いなく殺気を放ちながら向かうのであった。

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