第8話

目の前に座る奇妙な人間。ロンバウトの視線に内心焦りながら、ルフィアは先に考えていた口実を述べる。


目的は、この商会の内部構造を知る事だ。


「私の名はルフィア=エリンツィナと申します。実はこの商会で依然、世話になった身なのですが。」

「うん?そうだな。どこかで見た事がある気がする。確か……ああ、そうだ。毛染めの着色料を買っていたかね?」

「はい、その節では良品質の物を頂きまして、感謝の限りでございます。」

「いや、アレはまあ、中々高価な物なのでね。此方としても買い手が現れた事には感謝しているのだよ。」


まずは掴み。


出来るだけ相手の対応から実力を推し量り、本題を巧く進められるようにする。


だが流石は商会の支部長と言うべきか、上辺だけとは思えない表情の動かし方や声音に、ルフィアは内心で眉を顰める。


「して。そのルフィア殿は我が商会に何の用かな。もしやまた、着色料を買いに来てくれたと?だとすればこちらも嬉しいのだがね。」


探る時間を短めに閉ざし、ロンバウトは微笑してそう言った。

『だとすれば嬉しい』というのは、遠回しにその事以外に関心的ではないという事だ。


恐らく、以前の売買は今回の話には関係させないという意思表示だろう。


「いえ、今回のお話は別の、もっと重要な話にございます。」

「ふむ?」

「少し、耳にした程度なのですが、貴方様の命が狙われているという情報を聞きまして。」

「……ふむ。」

「その実行犯らしき集団を見かけたと、そのお話にございます。」


焦らず、相手の対応から一拍空けて、目線は逸らさず、緊張しない。

相手の僅かな探りを拒み、真実ではない情報――しかし嘘ではない情報で、誘導する。


「その話が事実だったとして、君は私に何を求めるのかね?」


当然。ロンバウトは全く動揺を見せず、少し挑戦的な声音でルフィアにそう問いかけた。


「そうですね…。私はこれからもノーグ商会の世話になる事があると思うのですが、その時に少しだけ。贔屓をして頂ければと。」


ルフィアはその問いに、実際に望んでいた事を提案する。

つい最近まで、依頼を受けるまではの話であるが。


「その位なら、良いでしょう。……して、その集団とは?」


本当にどうでも良いのであれば、嘘だと一声掛ければいい。


興味の一端を掴んだ。


「その集団とは、黒衣を纏った、六人以上からなる者達。夕暮れ時に見かけたという情報が多く、実際に接触した者はいないとの事です。」

「確かに怪しいが、それだけでは怪しいだけの集団では無いかね?」


苦笑して、ロンバウトの言。


確かにここまでは浅はかな子供でも考え付く程度の嘘だ。

だから当然、ルフィアの言葉はそれだけではない。


「なので、私は何日も掛けて、彼らと接触しました。」


嘘を吐く時は慎重に、しかし大胆に行く。


接触はした――敵としてだが。


「最初は簡単な応対のみでしたが、私が貴方様の護衛だと言うと、案の定攻撃を仕掛けて来ました。」

「……それで、打ち勝ったと?」

「いえ。私の実力では一人を倒し、その者を引き連れて何とか逃げ仰すことが限界でした。」


ロンバウトは怪しむような素振りを見せない。ただ感情豊かに問いを投げかけるだけだ。


それだけにルフィアは言葉選びを慎重に、嘘を吐いている事を悟られないように話を続けなければならない。


「そしてその者の懐から、ある一つの命令書を見つけました。」


そう言って鞄から小さなメモを取り出し、ロンバウトの机に置いた。


オルレニアが作った、念の為の偽装書類だ。

筆跡は貴族らしい滑らかな物を、少し時間が経ったように、汚れを付けてある。


内容はルフィア達が受けた物と同じ。ロンバウトの殺人と、書類の調達だ。


「それで、少しこの商会の内部地図を見せて貰えませんか?その命令書で気になる部分がありまして。」

「……ああ、それは別に構わないがね。」


目的に辿り着いた。そうルフィアは確信し、内心でニヤリと笑った。

地図さえ見る事が出来れば、侵入経路も簡単に浮かんでくる。



「君が気になったというのはこの、奴隷売買の話かな?」

「いえ。それとは違う――……!?」


違和感。

空気は変わっていない。ロンバウトは動いていない。ロンバウトは何もしていない。


そう、何もしていない。


この奇妙な人間は、ルフィアのメモを見ずに、今の言葉を放ったのだ。


「それとも、私が殺そうとした二人組の話かな?もしくは、どこかの黒衣の集団が全滅したという話かもしれんね。」


ロンバウトの表情は変わっていない。


初めから、滑稽な物を見るような目で、笑っていた。


「まあ、何でも構わないが。」

「ッ!!」


次の瞬間、ルフィアは剣を引き抜き、飛んできた黒い塊――黒髪の少女の斬撃を防いだ。


そのまま少女を受け流して弾き飛ばし、距離を取りながらルフィアは入り口とは真逆の、窓の方向へと後退する。


「いつから、気付いていたんですか?」

「少し前に君達があの貴族と会っていた時だ。君のもう一人の男が危なくて近寄れなかったのだが、君が一人になってくれて助かった。」


そう言ってロンバウトが立ち上がり、扉へと移動すると、それを守るように黒髪の少女が二人の間に入る。


「長話はあまり好きでは無くてね。まあ、頑張ってくれたまえ。」


そう、嘲笑しながら出て行くロンバウトと入れ替わりに数人の傭兵が現れる。


完全装備の、屈強な男達だ。


「窓の下にも、いるんでしょうね。」

「覗いて見るがよい。胸から刃を生やしたければな。」


声音から察するに、絶対にいる。


半分相手の声音すら関係無しにそう確信したルフィアは、腰に着けた小さな鞄の中から、白い粉の入った瓶を取り出し、窓を開けた。


その一動作の間に黒髪の少女が床を蹴り、6メートル近い距離をひとっ飛びで詰め寄り、その手に持った長剣を振るう。

ルフィアはそれを剣先を当てて逸らし、少女の返す刃を、剣を逆手に持ち替えて防ぐ。


そして一気に窓枠を蹴って、二階から雪が降る屋外へ飛び降りた。

視点を下に向けると、案の定、十を越える傭兵達。


「やァッ!!」


おもむろにルフィアは、左手に持った瓶を着地点に投げ付け、傭兵達が瓶を避けた所に転がりながら着地する。


瓶の中に入っていたのは塩だ。つまりはコケオドシである。


そのままルフィアは腰を低く構え、目の前の男の鎧を思い切り突いた。

そして一歩後ずさった男の顔面に雪を叩き込み、足の関節部を突いて跪かせる。


だがすぐその隙間を他の者が埋め、包囲が固められた。


「……凄え速さだけどよ。嬢ちゃん。諦めて捕まっちまえ。そうすりゃ俺らがちったぁ融通利かせてやっからよ。」

「融通を利かせてくれるとどうなるんです?」

「ま、奴隷落ちか鉱山送り、良ければ俺達の慰安役ってとこか。悪かねえだろ?」


まるでよくある語りの山賊だ。傭兵は金で動くが、誇りある存在だと言うのに。

賊などと同じにされては、なるほど傭兵の名も地に堕ちる物だと思う。


「非常にありがたいんですけど、お断りさせて頂きます。…臭そうですし。」


嘲笑に近い表情でルフィアが笑うと、男達の下卑た顔が引きつった。

いかにも誇りを持たない猿のような、単純な思考だ。


そうしているうちにルフィアは腰鞄から鉤爪型のフックを取り出し、それを背後の壁に引っ掛けると、窪みや突き出た木材を蹴ってその屋根の上へと登り始めた。


「てめえら!弓撃て弓!!」


挑発に苛立っていた男の判断は遅く、そう声を上げた時には既にルフィアは屋根に手を掛けていた。


「それじゃ、さようなら!」


そこから屋根の上へと登り切ると、全力で走り出す。


下からはルフィアの現在地を報せる怒声が聞こえ、時折対応の早い者が矢を放って来た。


しかし焦りながら放たれる矢など、当たるわけも無く、ルフィアはそのまま門のすぐ上まで到達した。

門を越えればノーグ商会はヴァロータの権力の元、自由に動けなくなる。


「後はここから飛び降りるだけっ!!」

「"戻れ"!!」


背後から聞こえた黒髪の少女の声を無視して、ルフィアは雪の上に飛び降りる。

そのまま立ち塞がった一人の傭兵を流れ動作で無力化すると、そのまま門をくぐり、商会から出発した馬車に飛び乗ってその場を後にしたのだった。



◎◎◎◎



「オルレニアさん!!」


不穏な空気。それを感じ取っていたオルレニアは、扉を破壊するような勢いで部屋に飛び込んできたルフィアを見て、僅かに顔を顰めた。


「どうした。」

「ノーグ商会に、私達の存在が気付かれていました。奴らは夜中になったらすぐにここを襲撃する筈です!!」

「そうか。……少々落ち着くが良い。まだ正午だ。」


息を上げながら必死に説明するルフィアとは反転して、オルレニアは落ち着き払った様子で腕を組んだ。


「で、でもっ!早く動かないと、襲撃されたらひとたまりもないですよ!」

「大商会ほどの相手に、逃げ隠れは無意味だ。で、あればこちらにとって都合の良い戦場で、我らはただ待てば良い。」


そう言ってオルレニアは立ち上がると、鞄を一つ持ち上げて、ルフィアの表情を見て苦笑する。


「そう不安な顔をするな。逃げるのは悪手だが、最悪の状況になれば貴様を連れて逃げるつもりである。」

「……最悪の状況って、なんですか?」

「剣が全て折られ、使える道具が無くなり、その状態で敵が三十人以上もいれば少々不味いだろうな。」

「むしろその状況でまだ諦めてないのに驚きです。」


普通ならば死を覚悟する状況を、「不味い」の一言で片付けてしまうこのオルレニアに、ルフィアは不安を少しだけ抑えて、微笑した。


「一先ずは戦場探しだ。行くぞ。」

「……はい、案内は任せてください。」


汗が頬を伝うのも気にせず、ルフィアは少し早歩きでオルレニアの前を歩き始めた。


その瞳の淵が白ずんでいるのに、オルレニアは気付かない。




◎◎◎◎




「やっぱり、この辺が良いと思います。」


ルフィアが案内したのは、暗殺者達を撃退した場所の付近だ。

相変わらず人通りが無く、降り積もった雪が廃屋を目立たせている。


「ルフィアよ。」

「はい?」

「この周辺には何故、人がおらぬ。」


普段質問するのはルフィアだが、それは基本的な知識だからであって、現代の知識はルフィアの方が上だ。

しかしルフィアは質問されたのが予想外だったのか、少し目を瞬かせてから口を開いた。


「この場所はですね。かつての大戦争の犠牲者が眠っているんです。それで亡霊が出ただとか、呪いに掛かったなんて話が多いんです。だから皆、首長や貧民街の人でさえ、ここには寄り付こうとしないんですよ。」

「かつての、大戦争か。」

「はい。…オルレニアさんも経験した、歴史的にも最大規模の戦争です。」


大聖戦と呼ばれる、異教徒と教会の、周辺国家を幾つも巻き込んで行われた大戦争。

結果は異教徒の長が死に、教会側の勝利となったが、その戦争の爪痕は未だ残っている。


そしてその戦争を実際に体験したオルレニアにとって、かつてとなったこの場所はどう見えているのだろうか。


「丁度良い戦場だ。我が剣を振るい、かつての昂りに浸るにはな。」

「ではここで。私も微力ながらお手伝いします。」


オルレニアが雪の絨毯から覗く岩に荷物を置くと、ルフィアはグッと伸びをしてから、その横に座った。

そうして、外壁を背後にルフィア達は刺客を待つのであった。



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