第3話



「嘘です。私が、貴方のような凄い傭兵を……知らない訳、無いです」


堂々と言い放った男に、ルフィアは少し萎縮しながら反論した。

高名な傭兵ならばその名も、実績も、小さな噂を嫌でも耳にするからだ。


「ほう、ならば貴様は、何故我を凄い傭兵だと思った?」


意地悪な問い掛けだとルフィアは眉を顰めた。


先に言った言葉は、ルフィアの予測から放った物。

間違っていたならば、それは自信や誇りを損なう事になる。


相手に二の足を踏ませる言葉だ。


「……この家の内装もそうですが、特にあの強さです。あれ程の強さがあれば、何処かで武勲を上げている筈」


傭兵の世界は噂が力となる。

もし大規模な戦いで大いなる戦果を挙げよう物ならば、その噂が噂を呼び、やがて貴族に雇われるほどの傭兵にもなれる。


しかし自信有り気にいい終えたルフィアを見て、剣士は軽く首を振った。


「貴様も経験した事があるだろう?傭兵とは、信用で成り立っている職業だ」

「っ……」


大規模な戦いで雇われるのは傭兵団が主だ。そしてその傭兵団に入る為には、ある程度の信用が必要だ。

そしてその信用を得る為には、実力ではなく愛想と話術が必要となる。


の我には信用が無い。名を上げることなど不可能なのだ。まるで、駆け出し傭兵の若い娘の様にな」


実力は申し分無く、しかし信用を得られず道を諦める。

そんな傭兵や商人は多く、逆に実力を持たずともある程度成功している者も多い。


当然、ルフィアもそんな事は知っている。


「何故ですか。貴方の実力があれば信用など幾らでもついてくる筈です」

「貴族が揃いも揃って陰口を讃え、邪魔をする。そんな者を信用出来る依頼人など僅かだろう?単純に見た目の問題もあるのだがな」


一体何をしたのだ、という質問を呑み込み、ルフィアは確かに信用ならないと肯いて、問いを変えた。


「な、ならこの家はどうしたんですか?」

「自分で建てた」


そう言って剣士は家の構造を次々に言って行く。建てて行く過程での感想も付けながら。



顔に血が上っていくのが分かった。

ただの勘違いで、ルフィアはこの男を過大評価し、褒め称えていたのだ。


大局的に見れば、滑稽な姿であっただろう。


男は顔を赤くするルフィアを見て、目を細めて少しだけ笑った。


「しかし、昔の文献に載った事ならば経験がある」


そう言いながら、男はおもむろに本棚から一冊の本を取り出し、ルフィアに差し出す。


「なんですか、これ……?」

「四十二項だ。貴様の知りたい事は分かるだろう」


ルフィアは本を受け取ると、パラパラと紙の項を捲っていき、目的の項を開いた。


「えと……」


『オルレニア=ヴィエナ。『冷王』の二つ名を持つ傭兵。

我流の剣技と摩訶不思議な力により数々の武勲を挙げたが、同時期に活躍した『暖王』ウォルライトとの決闘を最後として、この世界から姿を消した。

その後の消息は不明。死んだ物と思われる』


まだ文は続いていたが、ルフィアはその先を読まず、視線を目の前に立つ男に向けた。


「これ、貴方ですか?」


男は口は開かずに、ただ首を縦に振った。


ルフィアは驚愕のあまり声が出ない、という様子でもなく、男――オルレニアを眺めた。


「今の文献に載る事は無いが、こうして武勲を立てた事もあった」

「!」


ルフィアの顔の赤みが引き、心に余裕が戻って来る。

たとえ昔であろうと、名高い人物だったのだ。

予測が完全に外れた訳ではない、と。


本を閉じて、からかわれた事のあてつけに、少しだけ乱暴に返す。


「解りました。……貴方が傭兵だというのは信じます。

ですが、こんな所に住んでいるのもおかしいですし、この家を自分で建てたというのは信じられません」


話を聞くほど信用出来ない。高名な傭兵ならば今でも活躍出来るだろうし、不可解なのだ。

するとオルレニアは考える素振りを見せて、口を開いた。


「……腹が減ってはおらぬか?」

「え、お腹、ですか?」


全く拍子抜けな事を言われ、ルフィアは自分が空腹だったことに気付く。

この二日ほどあまり何も食べていなかった事を思い出したのだ。


「準備する。少し待つが良い」


目を瞬かせるルフィアを置いて、オルレニアは暖炉の横の扉の奥へと消えていったのだった。



◎◎◎◎



「料理……出来るんですね」

「これで我が戦い以外も出来ると分かったであろう?」


食欲を唆る濃厚なスープに、焦げ目なく綺麗に焼かれたステーキ。食後の菓子やデザートまで。

オルレニアの料理技術は、想像を遥かに上回っていた。

建築も出来ると言われれば、無条件に信じてしまいそうになるほどに。


「……それで、オルレニアさんはどうしてこんな所に?」


そして豪勢な食事を食べられるだけ食べきったルフィアは、軽く咳払いをした後にそんな事を口にした。


会話の途中に食事を挟んだのは、話題を切り替えるという意味もあったのだろう。

暖炉の薪がはぜる音だけが響く部屋の中、オルレニアは少しだけ目を細め、言った。


「心を休める為だ」

「心を、休める……?」


つい、間髪入れずに問うてしまう。


「戦に戦を重ねた我の築けた物は『冷酷なる王』の名と、多くの悲しみだけであった。

その事に気付いた時には既に、我が救おうとしていた皆の目は我を畏怖の対象としてしか見る事が出来ない物であったのだ」

「それで傷付き、貴方は世捨て人に?」

「それもあるが、最たる理由は皆の恐怖を取り除く為だ。我が消えていったこの森も、昔は悪魔の森と云われていた」


噂が噂を呼び、やがてそれが常識となる。オルレニアは表情をピクリとも動かさないが、自分が望まず恐怖の対象になるというのは相当な重圧と苦痛があった筈だろう。


「寂しくは、無いんですか?」


寂しい。と言うのは目の前に座る男に、最も似合わないであろう感情だった。

しかし、そこに居るのは飽くまで感情を持つ生き物だったらしい。


「……時折、世界には自分しか居ないのかもしれぬと、思う事がある」


オルレニアは声にも顔にも陰りを見せなかったが、杯を傾け、虚空に目をやった。

そして杯を下ろす頃には、少し困ったように眉を吊り上げていた。


「しかしこうして言葉を交わす者がいる。寂しくはない」


その答えについて、数瞬の間ルフィアは目を丸くした。

まさか自分に対してそんな事を言うとは思っていなかったのだ。


「……さて、我はここまで問いに答え、話した。貴様の話を聞こうではないか」


傭兵稼業は力だけでは成り立たない。

深入りさせて置いて、上手く設けた間にそう言うと、オルレニアは二人の立場を置き換えたのである。

直後まで目を丸くしていたルフィアは、やられたと頭を抱えたのであった。



◎◎◎◎



「貴様は……なんだ。つまり、ただの貧乏な傭兵か」


空の杯をテーブルに置くと、静かな空間に金属特有の鈍い音が鳴り響く。

何処となく懐かしい物を見るような目でルフィアを眺め、オルレニアは様々な言い訳を織り交ぜたルフィアの自己紹介を凝縮した一言を呟いた。


「い、良いじゃないですか別に。私だって頑張ってるんです」

「馬鹿にしている訳ではない。皆、通る道だ」


本当だろうか、と下げていた視線を上げると、オルレニアは僅かに苦笑していた。

それが敢えてだというのに気付いたのは悔しさに眉を寄せてからである。


「……貴様を見ていると、駆け出しの頃を思い出す」

「それがどうかしたんですか」


自分が手の平の上で踊らされていると気付いてしまうと、どうしても言葉が雑になる。

ルフィアは剣の柄を爪で弾きながら、頬杖を着いた。


「駆け出しの頃は我も貧乏でな。仲間を探して何とか駆け出し同士で集まって、その日を過ごすのが精一杯という所だった。

今思えば、あの仲間達がいなければ我は此処にいなかったのかもしれん」


何が言いたいのか。と問おうとして声を上げかけた口を閉じる。

今のルフィアは、孤独な傭兵だ。


その日どころか、次の日もまた次の日も。生きるのがやっとの生活を続けている。


「今の貴様は危険な状態だ。このまま傭兵を続ければいつか博打に走り、死ぬ事になろう」


今回の様に。


今回は運が良かっただけだ。次は無い。だからと言って地道に金を稼いだ所で、いつまで経っても貧乏なままだろう。


「やめろって、言うんですか?」


結果、最善の方法は転職する事。

南に下れば職に困る事は無いだろう。実際にルフィアの友人などはほとんどが南に下りて、安定した生活を送っている。


だがルフィアは傭兵になりたくてなったのだ。そう簡単に職を変える事など、したくなかった。


「否」


これも違う。募った苛立ちを露わにするようにルフィアは身を乗り出した。


「じゃあどうするって――」

「我が共に行こう」


椅子を蹴って立ち上がったルフィアの声を遮って、オルレニアは語調を強めて言い放つ。


数瞬の間、理解が追いつかずに固まり、その後椅子に座り込む。


「と、共にって…何でですか?」

「久々に旅をしたくなった。そのついでだ」


ルフィアを助けると同時にオルレニアの目的も果たせる。

利害の一致というには充分だ。


「元より、ここに初めて来た者に道案内を頼む予定だったのだ。構わぬだろう?」

「……良いですけど、役に立てるかはわかりませんよ?」


ルフィアの問いに、オルレニアは無言のままに右手を差し出した。

嘘の交う世界に置いて、言葉は信用出来ない。


ルフィアはその手を握り、初めてオルレニアと目を合わせた。


ぱちり、と二人の会話を終わらせるように薪がはぜるのだった。














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