飛び込み営業

「さて、どうしたものかな」


 俺は地図を見ながら、行くべき場所を考えていた。

 この地図は、さっきアテナが『渡し忘れていた』とわざわざ持ってきてくれたものだ。

 曰く、


「この地図には、最近事業を拡大しようとしている店舗や工房、ギルドなどがまとめられています。闇雲に歩いても仕方ないので、参考にしてみて下さい」


 とのこと。

 こんな物をまとめている辺り、アテナもあいつなりに色々考えているのかもしれないな。

 さて、その肝心の地図なのだが、これが意外と広い範囲をカバーしている。

 そもそも、ギルメリアと言う街は50万人近くが生活している大規模な街だ。

日本基準で言えばそこまで巨大ではないが、フィルセント王国では3番目に大きい街なのである。

加えて言うなら、現代日本の様に公共交通機関が発達しているわけでもないので、移動は基本的に徒歩(金持ちなら馬を使えるが)。そのせいで余計に広く感じるわけだ。

そんな状況なので、1日で回れる範囲も自然、限られてきてしまう。

 うーん、出来れば効率よく回りたいところだが……。

 アテナから渡された地図には、営業先として有望な店舗などの位置こそしっかり描かれているものの、そこがどういう商売をしようとしているか、などはあまり書かれていない。

 これじゃあ、優先順位をつけるのが難しいな……。

 ……駄目だな。頭で考えてわかるもんじゃなし。近い所から順番に回るに限るな。


*************************************


 今、俺の目の前にはいかにも改修中です、と言わんばかりの木造建築が1棟鎮座している。

 ここが一番近くにあったから来てみたが、アテナの地図には『流通ギルド』としか書かれていない。詳しい情報はないが、飛び込み営業なんてそんなもんだ。

 俺は意を決して、玄関らしき扉をノックした。


「はいはい」


 返ってきたのは、若い男性らしき声と、パタパタと言う駆け足の音。

 ガチャリと扉をあけて出て来たのは、その声のイメージと違わぬ若い兄ちゃんだった。


「ええっと、お客さんですかね? 済みません、今、うちはちょっと倉庫の改修中でして、仕事はお受けできない状況なんですよ」

「ああ、いえ、済みません。仕事の依頼では無く、仕事を貰いに来たんですよ」

「ああ、営業か」


 兄ちゃんの態度が目に見えて砕けたものになった。


「んー、まあ、確かに護衛の仕事はちょっとばかし募集掛けてたことはあるけど、もう大体は埋まっちゃってるんだよなあ」


 護衛の仕事か。

 そう言えば、ギルド説明会であった流通ギルドの人も、危険な場所に行く時は別個で護衛を雇うとか言ってたな。今回もそう言う仕事の募集ってわけだ。


「だがま、依頼できる先は一つでも多い方が良いか。お宅、ギルドの名前は?」

「『イージスの盾』です」

「『イージスの盾』ね。聞かない名前だな……。因みに規模は? 所属人数は何人ぐらいなの?」

「あ、えっと、2人、です……」


 実際に口に出してみると非常にさもしい数字だ。


「2人……2人かあ……」


 兄ちゃんが眉間にしわを寄せる。

 まあ、言いたいことはわかる。


「ええと、経験の方はどうなのかな? 護衛任務とか、よく受けてる?」

「いえ、そう言う経験はないですね」


 アテナならあるかもしれないが……。


「……装備の方は? 剣とか一式、揃えられるかな?」

「いえ、装備も持ってませんね」

「そっか……」


 うん、これは無理だ。

 アテナには色々と偉そうなことを言ってしまったが、確かにこの状況では禄に仕事を取って来られないのも無理はない気がしてきた。

 事実、兄ちゃんは露骨に苦笑いをしている。


「あー、一応名前は覚えておくよ。縁が有ったら声を掛けるかもね。じゃあな」


 兄ちゃんは一方的に言い切って扉を閉めてしまった。

 ……これは駄目だな。多分俺達のギルドに仕事を振られることは無いだろう。

 だって住所聞かれなかったし。流石にネットも無いこの世界、ギルドの名前だけで連絡を取るのは非常に手間がかかる。つまり、仕事を頼む気はないという意思表示と同じだ。


「はあ、先が思いやられるなあ……」


 俺は溜息を一つ吐いて、次の目的地へと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る