憧れを求めて
「やっぱりこういうのは違うんと思うんだ」
俺が『イージスの盾』に所属して2週間ほど経ったある休みの日。
朝食を取り終えてから、俺はアテナに抗議していた。
「違うって何がですか?」
「このギルドの活動だよ。ギルドって言ったらさ、もっとこう、冒険したり魔物と戦ったりするものじゃないのか?」
「まあ、そういうギルドもありますけど。ウチは違うんですよ」
「何でだよ。仮にも冒険者ギルドだろ?」
そう、『イージスの盾』は分類上『冒険者ギルド』になるのである。
そもそもギルドと言っても種類は様々あり、商人ギルドとか、流通ギルドとか、職人ギルドなんていうのもある。
その中でも冒険者ギルドであるここが、荷積みや清掃ばかりやっているのはおかしい。
「冒険者ギルドだから冒険するって認識は古いです。確かに未だに冒険や魔物討伐は主要な仕事ですが、一般人における冒険者ギルドの認識は『何でも屋』に変わりつつあります」
「そうなのか?」
「そうですよ。そもそも、数あるギルドの中でも、最も活動内容が曖昧だったのが冒険者ギルドですからね。分類が難しい仕事は、大体冒険者ギルドに振られてきたという歴史があるんですよ」
「それで、雑用ばかりになっているわけか」
「勿論それは力と言うか、財力と言うか、人材に欠ける冒険者ギルドに限った話ですけどね。今でも上位の方の冒険者ギルドは、冒険とか魔物討伐で生計を立てているみたいですよ」
「俺はそういう仕事がしたいんだよ」
「まあ、確かに儲けはいい仕事ですけど……そこまでやりたい仕事なんですか?」
「当たり前だ。日本人の大半はそう言う冒険に憧れを持っていると断言するね、俺は」
大半は言い過ぎたかもしれない。
「それなら日本でやればよかったじゃないですか。ドラゴン狩り」
「日本にドラゴンはいねーよ」
「ああ、絶滅したんでしたっけ」
「いや、最初っからいないが」
「なら何でそんなに拘るんですか」
「憧れだからだ」
若干余談になるが、地球とミズガルズは元々一つの世界だったと言われている。それが何らかの理由で分離したのだと。
出なければ説明がつかないことがあるのだ。
それは、何故地球で『空想上の生き物』とされていた存在が都合よく『ミズガルズ』にいたか、である。考えて見ればおかしな話である。ドラゴンは地球には実在しない。なのに、ミズガルズにはいる。ドラゴンだけでなく、魔法やエルフなどの存在も同じだ。
まるでミズガルズは、地球の伝説に合わせて創られたかのような世界なのだ。
それだけじゃない『イージスの盾』の名前にもある様に、一部では神話の内容まで被っている。
それらに説明がつく合理的な説として『一元世界論』と言うのが主流である。まあ、それが先程言った、二つの世界は元々同じ世界であった、と言う説である。
そいう点で言えば日本人、いや地球人がこのミズガルズに憧れを持つのはある種必然とも言えるわけなのだが……現実は厳しいね。
「まあ、これ以上は水掛け論になりそうなので聞きませんけど、事実として、今のウチには魔物討伐なんて無理だと思います」
「何でだよ? 戦力的にか?」
「確かに戦力的にも十全とは言えませんよ。でも、弱い魔物程度なら私達でも対処できるでしょう」
「じゃあ、何が問題なんだよ」
「勿論依頼者がいない事ですよ。当たり前じゃないですか。そこら辺にいる魔物を適当に倒したからって、誰もお金なんてくれませんよ。実害のある魔物が出て、それを駆除してほしいという依頼者がいて、初めて仕事になるんです」
「魔物で困ってる人っていないものなのか?」
「いえ、いますよ。問題はウチに頼むかってことです。こんな2人しかいないようなギルド、言いたくはないですけど、わざわざ頼りにする人はいませんよ」
「じゃあ、人数を増やそうとは思わないのか?」
「うーん、うちの経営状況じゃ、支援金が出る日本人以外を雇うのは厳しいですね」
「それは所属契約の話だろ? 依頼単位契約なら人が増やせるかもしれないじゃないか」
「でもですね? 荷積みと清掃とかしかしないギルドにわざわざ仕事を探しに来る人がいますか?」
「じゃあ、受ける仕事の種類を増やそうぜ」
「簡単に言ってくれますね。あの荷積みとかの仕事だって、私がかなり頑張って取ったものなんですよ」
「だが、探せばもっといい仕事もあるかもしれないだろ」
「まあ、最近はそんなに別の仕事を探してはいませんでしたけどね。でも仕方ないじゃないですか。日々の仕事に追われて、そんな時間無かったんですから」
まあ、確かにそうだろう。俺達は1週間のうち6日働いている。それも、全て肉体労働だ。
折角得た休みの1日に、別の仕事を探すと言うのは肉体的にも精神的にもかなり辛いものがある。
「んー……でも、そんなに言うなら、コウマさんが探してみてはいかがですか?」
「俺が?」
「はい。もう、今月の規定労働時間は終わってますし、言うなればここから先の仕事はやるもやらないもコウマさんの自由ですから。勿論、その間の給与は支払われませんけど、最低賃金は確保しているわけですし。やって見たらどうです?」
「成程。それもいいかもしれないな」
「ええ。仕事を探して、ついでに依頼単位契約を結べる人なら連れて来てもらって構いませんよ。まあ、いないと思いますけど」
投げやりな口調で言いやがるアテナ。
こいつは本当にギルドを立て直す気があるんだろうか。
「わかった、じゃあ凄い仕事取って来てやるから待ってろよ!」
「はい、期待して待ってます」
対して期待してなさそうな声に見送られ、俺はギルドを後にした。
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