労働の対価

 その日の労働は約12時間だった。

倉庫から物品を搬出して、馬車に積み込み。この仕事が朝のうちに4時間ほど。

そこで一旦現場は休憩に入ったのだが、アテナが『この間に倉庫の清掃をしますよ』と言い始めたため、碌な休憩も出来ずに2時間清掃に従事することに(勿論この時間の給与は支払われるのだが)。

午後になると今度は馬車から荷物を降ろして、倉庫に搬入。これを6時間。

流石に体が疲れた。しかし今日という日は、今までの俺の人生では珍しい、かなり充実した1日になったと思う。

 何せそこかしこで俺の名前が呼ばれるのだ。

 『コウマ! こっちを手伝ってくれ!』『コウマ! これを運んでくれ!』

 ううむ……人に頼られるという事が、これほどまでに気持ちがいいことだったとは……。

 久しく忘れていた快感だ。

 日本の職場では能無し、無能の代名詞とまで言われた俺がここまで称賛されるとは。

 ……まあ、このぐらいは一般的な体力のある日本人男性であれば結構できる仕事の内容なんだけどな。

俺のレベルが上がったのではなく、周りのレベルが低い環境に来たと言うだけ……でも、褒められたのは褒められたのだ! 難しいことを考えずに喜んでおこうじゃないか!


「お疲れさまでした、コウマさん!」

「ああ、お疲れ」

「いやあ、凄かったですね、コウマさん」

「まあ、それなりにな」


 俺の方が良い働きをしたという自負はあるが、実はアテナも結構凄かった。

 一見すると華奢な体をしている癖に、並の男を凌ぐ働きを見せた。

 力は俺の方があるが、体力は俺よりあるのかもしれないな。


「おう、お疲れ、お前ら」


 現場監督であるダッドさんが声を掛けて来た。


「初日から随分とよく働いてくれたじゃねえか。これは今日の給料だ。お前らの頑張りを評価して、少し色を付けておいたぞ」

「有難うございます!」


 給与は二人分まとめられているらしく、布袋が一つアテナに手渡された。


「明日も来るか?」

「勿論です! 二人で来ます!」

「よーし、期待してるぞ!」


 俺の知らないうちに明日の予定が埋められてしまったが……まあいいか。どうせ他に出来る事もあるまい。


「それじゃ、帰りましょうか、コウマさん。

 お疲れさまでした!」

「お疲れさまでした」

「おう、お疲れさん」


 俺達は現場監督に頭を下げ、その場を後にした。


****************************************


「御馳走様でした」

「お粗末様でした」


 その日、ギルド『イージスの盾』に帰った俺達は、すぐに夕食をとった。

 まだ日が暮れ始めたぐらいの時間ではあったのだが、明日も朝が早い為、全体的に行動を早めなければいけないのだ。


「食器は取り敢えず水につけておくとして……先に給与の分配をしましょうか」

「よっ、待ってました!」


 久しぶりに自分で金を稼いだせいで妙なテンションになってるな、俺。


「ええと、今日貰った給与はこのぐらいですね」


 アテナは布袋をひっくり返して、中を全部テーブルの上に出した。

 チャリンチャリン、と銀貨が10枚ほど落下する。


「……これだけ?」

「これだけって何ですか。結構な稼ぎじゃないですか」


 数えてみると、銀貨は12枚あった。

 因みに、銀貨は日本円で換算すると千円であり、日本とフィルセントは固定相場制なので以下略。つまり稼ぎは、1万2千円という事になる。


「いや、だってこれ、二人分の給料だろ?」

「そうですよ。だからコウマさんの給料は銀貨6枚ですね。ですけど、取り決めによって10パーセントはギルドの取り分ですので、1枚はこちらでもらいます」


 アテナは俺の銀貨を1枚取り、代わりに腰につけていたポシェットから、銅貨を4枚取り出した。


「はい、どうぞ」


 銅貨4枚が手渡された。

 分かるかもしれないが、銅貨は1枚当たり百円相当なので、俺は6百円をギルドにとられたことになる。

 つまり俺の今日の稼ぎは5千4百円。12時間働いて。時給にすると450円である。

 労基は何してんだ! ……いや、そんなもの無いのは知ってるけど。


「いくらなんでも安すぎないか?」

「こんなものですよ、相場は」


 マジでこれが普通なのか……?


「でも、コウマさんが入ってくれたおかげで、稼ぎが増えました。有難うございます」

「あはは……」


 アテナは本心から感謝してくれている様なのだが、俺は乾いた笑いを返す事しかできなかった。

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